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真夏の雪に逢いに行こう  作者: 七瀬渚
番外/荻原圭吾の推理記録
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Mission2. 遥か春まで誘う者



挿絵(By みてみん)



 気が付けばもう夏が終わってた。花火大会に夏祭り、川原でのBBQ、もはや定位置と化した合コン幹事もこなして、それなりに充実した毎日を送っていたつもりなんだけどね。


 歳をとるごとに時間が早くなるよ~っていう、アレ。信じたくなかったけどこうなったら信じちゃうじゃない。確かに去年より早く感じるよ。まだ十九だと思ってたけど、来月で二十歳ハタチなんだよね。


 今からこれで大丈夫なの? 嫌だわ~。



 秋口つったってやけに肌寒いこの日、俺は電車とバスを乗り継いで慣れない方向へと向かっていた。所要時間は約二時間。


 本当はこっちへ行くの抵抗あったんだけどね~。確か去年だったっけ?


 横浜もなかなかダンジョンだけどまぁあっちは慣れっていうか? 都内に出ようとして気が付いたら埼玉だったっていう。しかも駅名が草加だったからって“そうか! 草加か!”なんて全埼玉県民を底冷えさせるくっっだらないネタまで思いついちゃったっていう苦い思い出があってね。


 なんか誰かに話したような話してないような……いや、多分話してないな。想像で終わったような気がするっつーか、むしろ話してたら困るわ。去年の俺のお笑いスキルなんてマジで底辺レベルだったから、こんなん言ったら失笑間違いなしだったわ。


 あー良かった、言わなくて良かったぁ。うん、そう思っとこう。草加ネタはこれにて終了! 聞いちゃった誰かさんは忘れてね!



 こんなふうに気を紛らわせてるつもりだったんだけど、電車の窓になんかポツポツ降ってんのを見て、ホラ、また気分が沈んじゃったよ。


 俺は断然春夏が好きなんだ。この時期は嫌い。なんかじめっとしてて寒くって、気温の変化で身体もだるいし。



 人気ひとけの少ない古びた駅に降り立って、しばらく歩くと縦長の看板が見えてきた。ありありと存在している文字に現実なのだと思い知らされる。



 寂しい場所は嫌いだ。雨も嫌いだ。



 ましてやこんなに人でひしめいているにも関わらず聞こえてくるのが啜り泣きばかりだなんて。こんな日に似合いすぎてる雨だなんて。



「なんで死んじゃったのさ、ユキちゃん先生」



 こんな寂しい光景は二度と見たくない。こんなの……嫌いだ。




 ユキちゃん先生は雪のような真っ白な肌が特徴の年齢不詳な准教授だった。よく見れば結構綺麗な顔してて、振る舞いも……まぁおっちょこちょいだったんだけどね、基本的には上品だからお坊っちゃまなのかな~って薄々気付いてはいたんだ。


 だけどこんな大きな屋敷の生まれだったなんて想像以上だよ。葬儀を見るのが初めてって訳じゃないけど、少なくとも俺の身近じゃあ自宅葬なんて聞いたことはなかったし。歴史ある家って凄いんだな~って、核家族育ちの俺にはこの程度のボキャブラリーしか出てこないよ。



 同じ電車に同級生が何人か居ることには気付いてたけど、俺にしては珍しく声もかけなかったんだよね。こんなときになって初めて実感するの。俺って実はそんなにつるむの好きじゃないのかも、ってね。



 モヤモヤしてたらついに気付かれちゃった。肩を叩いてくる同級生の方を振り向いて、この場に失礼じゃない程度の微笑を返した。すっかり板についちゃってる自分にうんざりきてた、そんなとき。



――あの子。



 ふと目に留まったのは同い年くらいの華奢な女の子と大柄な男の人だ。気になってこっそり前へ回ってみるんだけど、ほんの少し見える横顔にも覚えは無い。


 知り合いって訳でもなさそうなのに、何故だろう。懐かしくさえ感じる。



 息を飲むほど綺麗な


 漆黒の……髪。



 一瞬こちらを見ていた気がしたんだけど多分気のせいだね。ちらっと聞こえたけど広島とか言ってたし。そっちに知り合いなんて一人も居ないし。



 むしろ此の期に及んで女の子に気を取られてる俺の方がどうかしてるんだと思った。だけど結局俺は彼女のことを忘れられなくなる。



「…………あ!」



 だって彼女、ユキちゃん先生の棺の前で倒れたんだもん。



☆✴︎☆✴︎☆



 噂に聞いた話によると、葬儀で見かけたあの女の子は昔重い病気を患ってて、当時広島の大学病院に居たユキちゃん先生にすっごく懐いてたんだとか。


 もしかしたら好きだったのかも知れないね。女の子にとっては案外歳の差って関係ないみたいじゃない。ああいう優しい人ってうんと年下の子からモテたりするよね。



 だとしたらいたたまれないなぁ。可哀想って言葉は好きじゃないけど、これじゃああまりにも、いや、あんまりだよ。


 もう広島に帰ったのかな。まさか後を追ったりしてないよね? お兄さんみたいな人が一緒に居たから大丈夫、だよね?



 今どうしてるのかな。何処に居るのかな。


 あの子……




 気が付けばレクチャーの授業が終わってた。歳をとるごとに時が……って、さすがにこれは違うでしょと一人でかぶりを振ってみる。


 もう誰も居ない。いつもなら誰かしらが声をかけてくるのに、全力でスルーされるくらい近寄るなオーラを出してたのか、俺は。



「ばっかじゃないの、俺」



 うんざりして一人で笑った。広島から来た漆黒の髪の彼女がユキちゃん先生を好きだったなんてただの推測でしかないし、具合悪くて倒れたのかも知れないじゃん。


 大体そんなに気になるんなら連絡先の一つでも聞いときゃ良かったじゃん。だけどやめといたんじゃん、葬儀の場でそんなチャラいこと出来ないわ~って。でっかい兄さんにもビビッてたし。そうやって俺はいつも空気を読むんだ。読んだ上での行動しか出来ない。自分から何か変える能力なんて最初ハナから無いんだよ。


 つまるところ一度居合わせただけの彼女に俺が出来ることなんて、何も、無いんだよ。



 考えれば考える程、自分に嫌気がさしてくる。これって恋の始まりに似てる。だけどもう始まらないんだ、始めようが無いんだと、自分に言い聞かせつつ荷物をまとめていたんだけど。



――きゃっ!!



 バサバサッ!



「!?」



 思わぬタイミングで思わぬ方向から響き渡った。まるでうたた寝から叩き起こされた気分だ。



「ちょっと君、大丈夫?」


 斜面になった階段の方に目をやると、小さい誰かが疼くまっている。みゅ~、とかいう呻き声は何だか変だけど、痛がってるのは間違いなさそう。



 手をかけようとしたところで一瞬動きを止めた。



 漆黒。



 何故だか鮮烈に焼き付いて。



「ごめんなさい~! 授業遅れちゃう~って思ったんですけどぉ、あれぇ、ここじゃなかったのかも」


「あ、あぁ。君一年生?」


「そうです~。えへへ~」



 まじまじと眺めてしまう。こう言っちゃ失礼だけど、一瞬でもドキッときたことを早くも後悔しそうだよ。


 だって全然っ、好みじゃないもん。むしろこんなあかさらまなブリっ子は苦手だし。みゅ~って何。アニメの見過ぎじゃない?



「ひゃあぁぁぁっ!? ごっ、ごめんなさいぃぃ! お見苦しいものを~~っ!」


 今度は何事かと思ったら慌ててスカートを押さえてる。大丈夫、見てないよ。大体見られたくないならそんなミニ穿かなきゃいいでしょ。ドジなくせに。



「しかもゴムが切れたぁ」


「はっ!? ゴムが……っ、切れ……!?」


 何を言うんだこの女。


「はい~、気に入ってたヘアゴムだったのにぃ」


「あっ……」


 ヤバい、馬鹿がうつった。



 ばさりと解けているのは片側だけ。印象的な黒髪の元の形はどうやらツインテールだったらしい。気に入らない俺はちょっぴり唇を尖らせて言ってやる。


「ってか下ろしてる方が似合うし」


 せっかく綺麗な髪なんだし、顔もよく見りゃそこそこ可愛いじゃん。ちょっと幼いけど装いでいくらでも大人っぽくなりそうだよ。



「えっ! 本当ですかぁ!? メイクも似合わないって言われるからこれじゃなきゃ駄目なのかと思いましたぁ」


「それは下手なだけ」


「みゅ~~……」



 なるほどね、素直過ぎるんだ。ちょっと合点はいったけどやっぱり好みだとは思えないね。馬鹿っぽいっていうか多分馬鹿だし。


「ドジなのも治したいなぁ~、これじゃあまた……」


 危なっかしいし。



「ブリっ子って嫌われる……」



 わかってたんだ。いや、違う?



 よく見れば膝擦り剥いてるし。生傷作ってまでブリっ子する女っているのかな? わざとだとしたら凄いね。でもわざとじゃなかったら……


 あぁ、もう。どっちでもいいや。



「ノートもぶちまけてるよ。ホラ」


 拾い上げた小花柄の一冊に視線を落としてちょっと吹き出す。字も下手だなぁって。


 なんだかこの瞬間を忘れたくなくて思わず読み上げちゃう。



 えーっと……



 アキセ……?




「はいっ、遥夏はるかって読みます〜」



 へぇ。まぁ字面でなんとなく想像できるけど。せっかく教えてくれたし、何故かちょっと嬉しそうだし……? せっかくだからあえて繰り返してみるよ。



「遥夏ちゃん?」


「えへへ~、こう見えても脚本家の孫なんですよ~」


「なにそれ、マジ?」



 すっごい文才の無さそうな字ですけど?



 クスクス笑ってからキョロキョロ目をしばたたかせて見上げてくる。やめて、なんか熱くなる。なんかまだ認めたくはないから。



 えーっと……



 小さな呟きだけでなんとなくわかる。俺は多分、今年の夏のどんな遊びでも見せることの無かった心からの笑顔で答えたんだ。ごく自然とね。



「荻原圭吾」


「荻原先輩、ですねっ!」



「……圭吾でいいよ」



 さぁ、この気持ちはなんだろう? 終わったはずの夏を通り越して満開の春まで遡るみたいな妙な疼き。蠢く気配。



 紐解く推理をちょっくら始めちゃいますか!




(荻原圭吾の推理記録〜Fin〜)





 ★おまけ漫画★



『だから無邪気は手に負えない』


挿絵(By みてみん)



 いや……だからさぁ、見たいのと見せたいのはまた違うじゃん?




挿絵(By みてみん)



 う〜ん、俺は何がしたいんだろう。



☆✴︎☆✴︎☆



 探偵さんの追いかける不思議がもしあの感情であるならば、それは人を変えるものというよりかはむしろ内なる自分を引っ張り出すものなのかも知れませんね。



 ちなみに今回初登場の『遥夏はるか』は番外編限定のキャラクターである為、あまり詳細は語りません。いかにも繋がりがありそうな要素がたっぷりですが……



挿絵(By みてみん)



 彼女がどんな経緯で南波大学ここへ来たのか。クールなようで意外と自分が掴めてない彼にこれから何をもたらしてくれるのか。


 二人でどんな未来を見ていくのか……? 是非読者様なりにご想像してみて下さいね。



 圭吾視点の番外編にここまでお付き合い頂きました皆様、誠にありがとうございました。それでは。



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