1. 極光
長い長い時と遠い遠い世界を超えて、再び巡り合った、やっと通じ合えた。最愛の君は何処まで思い出してくれたのだろうか。
――雪之丞。
私と過ごした日々も。
――冬樹さん。
私と過ごした日々も……?
君の中にしかと存在するのだろうか。姿形、性別、世界。ありとあらゆる状況が変わってなお、それぞれに惹かれ合った私たちを……天よ。どうか運命と認めてはくれないだろうか。
共に居させてはくれないだろうか。運命を、永遠を、約束してくれるのならば、きっとそれだけで私たちは報われるのだ。
世界中の誰もが“悲恋”と称したとしても。
君と一つでいられれば……もう、それで。
あの嵐の山中にて全てが終わるのだと覚悟した。そして永遠が始まることをほんの少しばかり期待して。
貫く閃光を境に意識が遠のくと、反して君のぬくもりが濃さを増した。
そして再び目覚める頃には、また反して。
「……ユ……キ……?」
薄れて。
――――!
状況はまるで掴めないが、そこに君が居ないと気付いてすぐさま身体を起こした。見渡せばうっすらと青みの混じった暗がりの中。次第に慣れていく瞳孔がわずかばかりの光を捉え、ぐるりと囲む光景を慣れた記憶と結び付けていく。
(研究所……)
そう確信したのは続いて取り戻した嗅覚によってだ。更に言うなら医務室。カナタの姿になってから寝食を共にした場所だけに合点がいくのも容易で。
「生きて、いる」
そう納得するのも容易で。
しかし見過ごせないことがある。もはや本能の赴くままに、行き場に見失った亡霊の如く力無い両手を宙に彷徨わせ、ユキ、ユキ、と君の名を呼び続けていた。そのときだ。
――ここだよ。
青みの小部屋の何処か片隅から届いた、柔らかな声色に吸い寄せられる。
歩みもままならない傷付いた右足を無理矢理に引きずり近付いていく。私はすっかり忘れていた。この医務室に寝床は一つではないということを。
月明かりと隙間風を受けてオーロラの如く青く、白く、波打つ。軽やかな隔りをシャッと鳴らして開くと、既に床の上で半身を起こした君が。紛れもない春日雪之丞が目尻を垂らして微笑むのだ。
「ユキ……ッ!!」
両手を広げる仕草から“おいで”と感じ取るや否や、私は無我夢中で彼の胸へ飛び込んだ。
「秋瀬……いや、ナツメ」
優しく頭を撫でられてやっと気付いた。私が現在に戻ったこと。そして、泣き顔のような笑みを浮かべる君の中に“貴方”が居ることを。
「冬樹さん……冬樹、さん……」
冷静になればきっと身の毛がよだつであろう乙女の声色で泣きじゃくる私に、そうだね、と呟いた貴方が確かな肯定を頷きで示して。
「僕は春日雪之丞だけど、磐座冬樹でもあるんだ。ナツメ、ちゃんと覚えているよ」
蒸気した私の頬を冷たい指先が辿っていく。心地よく。流れる雫を受け止めて。
「君を愛したこと。どちらの君であろうが、どちらの僕であろうが、この想いは変わらないから。君は安心して現在に戻……っ」
囁きを遮って頭から強く引き寄せたナツメは長い漆黒の髪を滅茶苦茶に振り乱して叫ぶ。
「言い回しが違う。愛し合ったのだ、私たちは……!」
もう明らかだというのに。まだ何処か遠慮がちにしている君に少しばかり憤ってしまった。
八月は間近。真夏の気配はすぐ側まで。
この時期にしてはやけに冴えた空気。かまくらの壁面の如く冷ややかな壁を背もたれにして、同じ床の上の彼と私は、寄り添いながら緩い呼吸を何度か繰り返した。
潤んだ眼差しが求める方向へ、そして正面からぶつかると、言葉など無くともそれぞれの角度へ傾いて重なり合う。春風みたいにほのかに届く、吐息に混じる本能の香りに酔いしれてしまう。
どういう訳か深い裂傷を負った右足以上に疼く。胸元の傷をすり寄せるようにして冷感の首筋へと腕を回す頃、私はすでに彼の膝の上に乗っていた。
――起きてるのか、春日。
そう、すぐ間近まで。波打つオーロラ……もとい、カーテンに大きな人影が映るまで気付かなかった。あまりに夢中で。
「さっきはその……すまなかった! 大人気ないことをした。俺も頑固だから全て許すとは言ってやれねぇけど、お前の誠意くらいは受け止めてやっても良かったと、思う」
深くこうべを垂れる動作を捉えるとナツメの眉は片側のみ、ぴくりと跳ね上がる。ひとまずは続きを聞いてみようとも考えたのだが。
「無事で良かった。あいつを庇ってくれたことにも感謝する。今後のことは一緒に考えていこう。俺らで必ず……」
待っているのもたいぎいと。実にじれったいとこちらから開け放ち。
「ユキに何か言ったのか、ブランチ」
「あ、ああ。お前も反省してるのはよくわかるんだけどな。夏南汰を連れ去られたときのことを思うと……」
「連れ去ったとは?」
…………。
…………。
言っておくが忘れていた訳ではない。ユキに乗っかっていることも、腕を絡ませていることも。
「か~す~がぁぁ~~~~」
耳たぶ近くまで唇を寄せていることも。わかってはいたが待ちきれなかったのだよ、ブランチ。そんなに憤るな。そんな地響きを立てるようにして、ユキが怖がってしまうだろう。
「なんしとんじゃワレェ! 誰が一緒に寝てええと言うた!?」
「ご、ごめんなさ……!」
「何を言ったのかと聞いている」
甘い微睡みから幻想のオーロラへ。そして再び嵐をもたらす。今宵は実にせわしなく気まぐれだ。




