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五. 真実一路



 同日の昼過ぎ。自分以外の者くらいは現在の波長で見えるようになってきたものの、未だ“ナツメ”の感覚が遠い私に代わって、主にブランチとヤナギが今後の計画を進めることとなった。


 まずブランチが物質世界フィジカルへ渡り、磐座冬樹の安否を確認。なんと言っても人命が関わる重要な任務。私情を持ち込むのは危険であるがゆえに、お前にさせる訳にはいかないのだと厳しい表情の彼が言った。


 ユキの看病を慎重に行う傍ら、研究班の部下たちが原因の解明に当たる。波長の変動はないか、それからこの世界の何者かである可能性も視野に入れて行方不明者リストの確認、捜索も進めていくという。王室にも許可を得てそのように引き継いであるとのこと。


 妖精族の血を引くヤナギは近辺調査だ。ユキの身体に付いていた木片や木の葉から辿ってきた足取りを追い、周辺の植物たちの声から手がかりを見つけてくると彼女の真摯な眼差しが誓った。



 そして。



「夏南汰、お前はまず所長に報告しろ。あらかた伝えてはあるが、ちゃんとお前の口から包み隠さず話すんだ」


「うん……」


「お前もわかっているだろうが、なんらかの処分が下される可能性もある。研究目的で渡った物質世界で男と戯れていたなんて話しづれぇのもわかるさ。だがこれも協力を得る為だ。少なくとも原因が解明されるまではクビにならねぇように、土下座してでも頼み込むんだぞ」


「…………」



 ブランチの言うことは尤もだ。たった一晩でこれ程の計画が立てられているのだ。きっとろくに眠ってもいないのだろうと思うと、これから自身に起こりうる処罰への恐れ以上に、いたたまれない罪悪感が胸の奥を詰まらせる。



 声も無く頷くだけで精一杯だった。そんな私へ。


「なぁに。おめぇが居場所を失くしたら、その……俺が引き取ってやってもいいぞ」


ちょっぴり“陽南汰”を感じさせるブランチが鼻をこすりながら言う。そこへ続いて。


「私、が!」


 ちょっぴり“夏呼”を感じさせるヤナギが私の腰に縋り付いて言う。いつになく強気な二人の視線がぶつかり、チカチカ眩く点滅しているように思えるのだが……


 君たち、元夫婦、でいいのだよな?



「ありがとう。大丈夫じゃ……覚悟はできとるけぇの」


 決意と共に強く握った拳を柔らかく包む感覚があった。見下ろしたちょうどそのとき、未だ腰に縋り付いているヤナギが顔を上げる瞬間と重なった。



「ナツメの、気持ち、わかる、私」


「ヤナギ……」


「ナツメ、きっと、残したかった」



――ここに。



「…………っ」



 伸びてきたもう片方の小さな手が胸に触れると逆流した息が軌道を塞ぐ。参った。彼女には全てお見通しなのかと苦笑を浮かべたところへまた、届く。




「ナツメ、と、ユキ、さん、幸せ……見たい」



 嗚呼……



「あぁ、ヤナギ……!」



 生きる世界から姿形、ありとあらゆる状況が変わってもなお、君の中には未だ残り続けているのか。小さな身体を抱き締めると更なる決意が固まっていく。


 そう、これは彼と私の為だけではない。もう悲しませはしないと。




 それから数十分程の猶予で心を決めた私はついにその場所を訪れる。


「このような姿ではありますが、生物研究班副班長・ナツメでございます。ベルックス所長、この度の多大なるご迷惑をお詫びするとお伝えしたいことがございます」


 銀のデスクの後ろは一面の窓硝子となっている為、向かい合うその人には惜しみのない逆光が降りかかり表情さえよく見えはしない。


 それでも深々とこうべを垂れた。いかづちが落ちたなら迷うことなく五体投地。ブランチの言った通りに動く覚悟でだ。



「う~ん、ナツメくんって意外と悪い子だよねぇ。夏南汰くんもね、困った子だ」


 聞き覚えのある言葉、それにだってもう否定する気にもなれない。こう何度も繰り返されては認めざるを得ないだろう。



 恐る恐る顔を上げたとき、ちょうど流れ行く入道雲が陽射しを遮ったところだった。明るみになったその姿に息を飲む。



 稀少生物研究所所長、アズライト・ベクルックス。


 仕立ての良いベストにしわ一つ見当たらない真っ白なシャツ。額から後方へ流して纏めたグレーの長髪。確か四十だと聞いたその年齢の割には若々しい。決して動じぬ切れ長の目といい、堂々とした佇まいと言い、何も知らない者が見ればさながら裏稼業の幹部であるかのよう。



「ナツメくん、君の頼みを聞く訳にはいかないんだよ」


 この低い声色も本来なら恐れおののいて然るべき。それでも夏南汰は確かに感じ取っていくのだ。



「だってもう受理しちゃったもの。ごめんね」


「え……」



 何を言っているのだこの人は。そして何故そんなにも柔らかい顔をしている?



「君が来るよりずっと前にね。研究班と管理班……そうそう、保護班もいた。皆が総出で頼みに来たんだよ。知らなかったのかい?」


「な……ぜ……」



「君は不器用なだけなんだってさ。俺の方がもっと酷いとか言って、過去の罪を白状する者まで居た。人なんてただ生きるだけで何らかの罪を背負うものなんだと。前世かつてをしかと覚えているこの世界の人間特有かも知れないねぇ」



 もう堪えることも出来ず情けない嗚咽を漏らす私に所長は更に促すのだ。やけに下がったように見えた切れ長の目尻に懐かしさなど感じてしまったくらい。


「罪を潰す為に罪を重ねる革命軍……彼らなりの譲れない意志があるのだろう。それは私も同じだ。だが形は違う。罪と向き合い最善を模索する。ナツメくん、夏南汰くん、覚えておいて。ここはそういう場所だよ」


「ありがとうございます……っ、ベクルックス所長……!」



 かくして次にすべきことが定まった。いつまでも泣きベソかいてなどいられないと、ようやく涙を拭った夏南汰は真っ直ぐ確かな眼差しで。


「今一度、神殿へ向かいます。つきましては臨時休暇を」


「何言ってんの。たぐまれなる現象に立ち向かうのも研究の一環でしょ? 立派な労働だよ」



「うぅぅぅ……っ、面目無い……!」


 それもすぐに赤みを帯びてしまったのだが。



 皆が協力してくれる。本来なら軽蔑されて然るべき罪を受け入れ、私よりも先に動いてくれていた。それだけであの自慢の俊足が蘇ってくれそうな気がしたのだ。



「こうしてはいられない」



 駆け抜ける足取りに下駄の音を感じた。それからユキとの絆、あの鈴の音がしんしんと。躍動する私の波長は、本来この世界には無いはずのものを次々と呼び寄せる。



 すっきりと後ろで束ねた漆黒の髪。



 最小限の荷物を纏めた夏南汰は、研究所を飛び出し夏の息吹を全身に浴びる。深く息を吸い込んで、また先へ。



 目指すは天界への窓口。


 星幽神殿アストラル・テンプル……!



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