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投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第48話 ランベール侯爵、北の地にて孫を見る

【ヴァレリア視点】


『アヴァロン帝国歴160年 9月20日 昼 快晴』


 ハーグの城門へと続く道は、塵一つなく掃き清められ、沿道には私の訓練した兵士たちが、寸分の隙もない完璧な整列で並んでいた。城内もまた、隅々まで磨き上げられ、静かで、しかし張り詰めた空気が満ちている。


(新大陸からもたらされた珈琲や砂糖、東方との交易……。ライル様がもたらした富は、この北の辺境を、帝国でも有数の豊かな国へと変えた。この、入念な準備も、その繁栄の証。……だが、父上と母上は、これをどうご覧になるだろうか)


 全ては、今日この日のため。私の両親、アヴァロン帝国南部をその権威と武力で治める、ランベール侯爵夫妻をお迎えするために。


(……平常心。私はヴィンターグリュン王国の騎士団長、ヴァレリア・フォン・ハーグ。動揺など、許されない)


 そう自らに言い聞かせるそばから、心臓は裏切り者のように激しく脈打ち、額にはじっとりと汗が滲む。隣に立つライル様も、私が先日来、叩き込んだ貴族作法のせいか、その動きはぎこちなく、まるで借り物の鎧を着ているかのようだった。ただ、その腕に抱かれた、私の息子、フェリクスだけが、すやすやと穏やかな寝息を立てている。


 やがて、地平線の彼方に、壮麗なランベール家の紋章を掲げた一団の馬車が姿を現した。来た。その事実が、ずしりと重く私の肩にのしかかる。


 馬車が城門の前で止まり、従者が恭しく扉を開ける。最初に降り立ったのは、父、アルノー・フォン・ランベール侯爵。その姿は、私が家を飛び出した十年前と何一つ変わらない。背筋は鋼のように伸び、その鷲のような鋭い眼光は、まず私を、次にライル様を、そしてこの国の全てを射抜くように見定めている。


 続いて、母、イザベラ・フォン・ランベール侯爵夫人が、優雅な仕草で姿を現した。その表情は穏やかに見えるが、私は知っている。あの笑みの裏で、母は常に血筋と家柄という、絶対の物差しで全てを測っていることを。


「父上、母上。長旅、ご苦労様でございました」


 私が震える声で挨拶をすると、父は短く頷くだけだった。母は、私の顔を一瞥した後、その視線を、ライル様の腕の中の小さな存在へと、一直線に向けた。


「……その子が」


 母の声が、わずかに震えていた。ライル様は、緊張しながらも、そっと腕の中のフェリクスを母の前に差し出した。


 母は、その小さな顔を覗き込んだ瞬間、それまで保っていた氷のような仮面を、あっさりと捨て去った。


「まあ……!」


 その声は、もはや帝国の格式高い侯爵夫人のものではなかった。ただ、初めて孫の顔を見た、一人の祖母の声だった。


「アルノー、あなた! 見てくださいまし! なんて、なんて愛らしい……! この、通った鼻筋は、ヴァレリアの小さい頃にそっくりですわ! ああ、私が抱いてもよろしいかしら?」


 母は、ライル様から恐る恐るフェリクスを受け取ると、その頬に自分の頬を寄せ、うっとりと目を細めた。父も、無言でその光景を眺めていたが、その厳しい口元が、ほんのわずかに緩んでいるのを、私だけは見逃さなかった。


 その日の午後、父の強い要望で、王国軍の練兵場を案内することになった。父は、母とは違う。孫の顔を見ただけで、この国と、この国の王を認めるような、甘い男ではない。


「……ふん。寄せ集めの傭兵と農民兵。数だけは揃っているようだが」


 父の言葉に、私の背筋に冷たい汗が流れる。だが、ライル様は少しも悪びれず、いつもの調子で言った。


「みんな、僕の国のために、一生懸命頑張ってくれてるんだ。すごく、頼りになる兵隊さんたちだよ」


 私が合図を送ると、千の銃兵が、寸分の狂いもない動きで『ヴィンターグリュン・ローテーション』の陣形を展開した。


「――撃て」


 ライル様の静かな号令と共に、地獄の演奏が始まる。絶え間なく続く轟音と、弾丸の嵐。それは、個人の武勇など一切を無意味にする、冷徹で、あまりに効率的な、殺戮のシステムだった。


 父は、その光景を、ただ黙って見つめていた。その表情からは、先ほどまでの侮りは完全に消え失せ、軍人としての純粋な驚愕と、そして知的な好奇心が浮かんでいた。


「……ライル陛下。あの戦術、そしてあの『銃』という兵器。あれが、貴官の国の力か」


「うん、そうだよ。これがあれば、僕の民を、誰も傷つけさせずに済むからね」


 飾らない、しかし確固たる意志のこもったライル様の言葉に、父はしばらく何かを考えていたが、やがて、深く、一度だけ頷いた。


「……見事だ。戦の目的は、勝利することにある。その一点において、貴官の軍は、帝国のどの騎士団よりも、本質を捉えている」


 父が、ライル様を認めた。その事実に、私の胸は熱くなった。


 夜に開かれた晩餐会は、昼間とは打って変わって、和やかな空気に包まれていた。テーブルには、ハーグ自慢の黒豚のローストに、厨房で皆で開発したばかりの、真っ赤なトマトソースがたっぷりとかけられている。


「うむ! このソースは、実に美味いな! 肉の味を引き立てる、見事な酸味だ!」


 父も母も、初めて口にするであろうその味を、素直に称賛していた。

 その時だった。緊張が解けたライル様が、ナイフでポテトを切ろうとして、手元を滑らせた。ポテトは、綺麗な放物線を描いて宙を舞い、あろうことか、父のワイングラスのすぐそばに、ことりと音を立てて着地した。


(あ……!)


 私が絶望に顔を覆った、次の瞬間。


「ぶはっ! はっはっは! 陛下、豪快ですな! 気に入った!」


 父が、腹を抱えて笑い出した。母も、ハンカチで口元を押さえながら、楽しそうに肩を揺らしている。

 父は、ワイングラスを高々と掲げると、高らかに宣言した。


「ライル王に、そして、この豊かで、力強い国、ヴィンターグリュンに乾杯!」


 その言葉が、私にとって何よりの祝福だった。

 宴が終わり、母が私にそっと小さな包みを渡してくれた。


「ヴァレリア。これを、陛下に。我がランベール家からの、ささやかな土産です」


 父が、少し照れくさそうに補足する。


「南方の我が領地ではな、この『トウガラシ』という香辛料が、山のように採れるのだ。そなたの領地でも、すでに流通しておると聞く。料理の味をぴりりと引き締め、この国の豊かな食卓を、さらに面白くするであろう。これからは、毎年、好きなだけ送らせようぞ」


 包みの中には、乾燥させた、真っ赤なトウガラシがぎっしりと詰まっていた。それは、ただの土産ではない。父と母が、この国と、私たち家族の未来を、正式に認めた証だった。


 その夜、私は自室の窓から、穏やかなハーグの夜景を眺めていた。腕の中では、フェリクスが静かな寝息を立てている。


 父も、母も、私が思っていた以上に、私の幸せを願ってくれていた。そして、ライル様という人は、その飾らない人柄と、底知れぬ幸運で、どんな相手の心さえも、いつの間にか掴んでしまう。


 気づけば、私の頬を、安堵の涙が、一筋、伝っていた。

 この国で、この方のそばで、生きていく。その決意が、今、確かな喜びに変わっていた。

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― 新着の感想 ―
ん?唐辛子はとっくに皇帝との話し合いで専売権がもらえてるんじゃないでしたっけ? たしか商業都市の権利返還の時だった気がしますが、私の気のせい?
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