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氷壁の向こう側で何かしらを動かす音をバックに、ソフィーさんとフェリックス殿下を眺めていたのだけれど。
「フェリックス、私が分かる? フェリックス、フェリックス……!」
ソフィーさんは、いつまでも反応が薄いフェリックス殿下にペチペチを続けていた。
ペチペチが激しくなってるし、フェリックス殿下は疲れたのか目を閉じている。
えーっと、多分おおよそ半年近くフェリックス殿下がこんな風に埋まってたんでしょ?
どうやってここまで生きていたのか知らんけど、筋肉とかその他もろもろがダメになってるんじゃないんですかね。
こういうのって損傷とはいえないから、回復使っても意味ないんだよなぁ。
「ソフィー様、フェリックス殿下は体をうまく動かせない状態かと思われます。不自由なく会話や移動ができるまで、時間が必要かと」
「そう、なのですか……?」
「はい。ですので、フェリックス殿下を安全な場所へ運べる状態にしましょう」
今のフェリックス殿下は黒いのに覆われた状態のままだ。
運べないのは当たり前なので、どうにかして取り出さなきゃいけない。
ソフィーさんは納得をしてくれて、ペチペチをやめて黒いのを手で剥がそうとし始めたんだけれど。
「思っていた以上に硬い……! あんなにもヴァルムント将軍の剣では綺麗に斬れていたのに……。……やはり、あの剣は名品すぎます。惜しいです……」
剣に未練たらたらすぎる。
おれが呆れていたら、いきなりソフィーさんはスカートを捲り始めた。
ぎゃあ!! 突然スカート捲らないでえ!!
目線を勢いよく真横に向けると、カチャリと音がしてからガッガッと削り始める音が聞こえる。
恐る恐る目線を戻したら、ソフィーさんがナイフで黒いのを削っている音だった。
……スカートの下にナイフ仕込んでたの?
びっ、び、びびびびびるわ!
というかご令嬢がどうしてスパイみたいなナイフ仕込みをしてんのさ……。
いや、もうソフィーさんをご令嬢という枠に当てはめる自分がおかしいのか? 分かんなくなってきたな、これ。
「あっ……。……あー、あ~!?」
何かに気がついたソフィーさんは、顔を赤くさせて一歩二歩三歩と後ずさっていく。
どうしたん? って思ってフェリックス殿下を覗いたら、その理由に納得がいった。
服がボロボロで肌が結構見えてしまっている。
そこの感覚はご令嬢なのね。
ソフィーさんはナイフを持っていない方の手で顔を覆ったまま、俯いて小刻みに震えていた。
このまま掘り出したら肌スッケスケだろうしなぁ……。
おれがやるのはそれはそれで問題だし、削るのに力が要りそうで無理っぽい。
どうすっかな~って困っていたところでヴァルムントがこちらへやってきた。
「こちらは完了いたしました。ご無事ですか」
「ヴァルムント様……! ヴァルムント様こそ大丈夫ですか?」
駆け寄って近くで見たら、重傷ではないもののどっかしらから血が出ており汚れも結構すごかった。
……元々イケメンであるヴァルムントくんが戦い抜いたイケメンに変化している。
へへへ、傷があるのはいただけないんだけど、これはこれでカッコいい。
ちょっとだけまじまじと見てから回復をヴァルムントへかけていく。
「ありがとうございます」
「いいえ、お礼を言うべきはわたくしの方です。ありがとうございます」
おれは魔力注いでただけだし、何か恐ろしいの飛んでいったけど一番頑張ったのはヴァルムントくんだよ。
ヴァルムントへ少ししゃがむように指示してから、ハンカチを取り出し顔を綺麗にしていく。
綺麗にしなくてもイケメンだけどさー、汚いと不快でしょ。
……前も似たようなことしたな?
ほんのりヴァルムントくんが目を逸らして恥ずかしそうにしているのを見て、イタズラしたい気持ちが競り上がってきた。
い、いや〜、ダメダメ。ダメだって。流石にこの場ではできないや……。
うずうずする心を必死に抑え、ハンカチを仕舞って完了したから普通にしていいと促す。
「……ありがとうございます。フェリックス殿下は?」
「一度お目覚めになられたのですが、お疲れのようです。そして、あちらからフェリックス殿下を取り出さなくてはいけません」
フェリックス殿下の方を見ると、ソフィーさんが頬を赤く染めながらも発掘再チャレンジしていた。
ヴァルムントはその様子に首を傾げながら近寄り、頬を赤くしている理由を理解したようだ。
「この部屋の中でフェリックス殿下を包めるものを見繕ってきます。お待ち下さい」
「お願いします……」
ふにゃふにゃとした返事をソフィーさんが返し、ヴァルムントはまた氷壁の向こう側へと移動していく。
おれもついていこうとしたら止められてしまった。
「カテリーネ様は戻る時に備えて少しでもお休みください」
それ言われると何も言えねえや!
おれは大人しくその場で待機をし、ヴァルムントが戻ってくるのを待った。
ヴァルムントは大きめの布を持ってきてソフィーさんに渡すと、ソフィーさんと交代で黒いのを手でバリッと剥がし始める。手でいけるのか……。
粗方剥がし終えたらソフィーさんから布を貰い、先にフェリックス殿下に布を巻きつけてから抱き上げた。
殿下のいなくなった場所には台座があり、それに座る形でいたようだ。
……その台座には禍々しい魔法陣が存在感を放っていた。うわぁ。
おれがひえーっとなっている中で、ソフィーさんがヴァルムントへ話しかけている。
「私がフェリックスを運びます」
「……ソフィー様が、ですか?」
「はい。前に今とそう変わらないフェリックスを運んだこともあります」
ソフィーさん、剣といいナイフといい意外とパワフルすぎる……。
どんどんおれが思っていたソフィーさん像が崩れていくわ。
悪くはないよ、悪くはないんだ。色々想像と違いすぎてびっくりしてるだけで。
「女性に運ばせる訳には」
「いいんです。それに、まだ敵が現れないとは限りません。大変申し訳ないのですが、将軍には万全の対応ができる状態でいていただきたいのです」
一理ある。
いくら大方ここで倒せたって言っても、第二陣がこないとは言えない。
ヴァルムントは抱えてても対応はできるだろうけど、何があるか分からないからね……。
当のヴァルムントは渋い顔をしたものの納得をしてくれたようで、ソフィーさんが殿下をおんぶできる形にしてくれた。
殿下を背負ったソフィーさんは、なんてことのない様子をみせる。強い。
「では、戻りましょう」
「ヴァルムント様、どう戻ればいいのでしょうか。戻り方も分かりません……。ソフィー様、ご存じですか?」
「……私は一度この地下に来たことがありますが、ここの部屋には来たことがなかったのと、道が多岐にわたりすぎて分からないのです」
つ、詰んでる?
道はとんでもなく複雑だったし、おれ達をここに連れてきたフェリックス殿下は寝てるし。
カメロン宰相から聞き出すって手もあるだろうけど、嘘言われる可能性もあるし……。
おれとソフィーさんが悩んでいたら、ヴァルムントがあっさりこう言った。
「問題ございません。私が覚えています。恐らくカテリーネ様に起動していただく必要はございますが、元の場所に戻れる仕組みがあの場にはあるのです」
ヴァルムントくん、道を覚えているだなんてすごい。てかそんなのあったのか……。
多分他に最短の戻れる道はある。でも最短を探して迷子になったら意味がない。
行きと同じくヴァルムントが先頭になり歩いていく。
兵士達は何故か端の方にまとめられて転がっており、入り口には気絶したカメロン宰相が布か何かで動けないよう縛られている。
足から出血してるしそんな動けないと思うんだけど、念には念を入れたんだな。
この後どうするんだろうとか考えながら、おれ達は元の場所へと向かって行った。




