第12話(累計 56話) 学院に潜む闇。
「では、これからは危険だからお兄様は家に帰らない方がいいですの。幸いな事に防御完璧な当家では、お兄様の帰還をいつでもお待ち……」
「却下だ、マリー。これ以上、父上たちに迷惑をおかけできないよ。それに、まだ私は実家のドアを潜れない。だが、危険なのも確かに。これらの資料を大学においておくのも問題だし……」
「せんせー! だったら、ボクのところに来たらどう?」
一通り、事件について話し合った後。
三人は今後の方針を話し合う。
マリーが持ち込んできた資料があまりに危険であるし、学院上層部に敵がいる可能性が高い今、学院も安全圏では無くなった。
「ミアくんの家こそ、危ないよ。先日も帝国の暗殺者に襲われて……。あれ? まだお店は開店していないよな。開店祝いも持って行った記憶がないし」
「そーなの。今、ボクとおとーさん、おかーさんは一緒に神殿にいるの。今、神殿でお店を開かせてもらっているんだー!」
ミアの実家は、王都でも大人気のパン屋さん。
先日の襲撃事件で家族全員無事だったものの、家内は悲惨なものになった。
大量の流血と肉片。
もはや生活&家業不可能と判断されたが、騎士爵授与のオマケとして家屋立て直しが王のポケットマネーから支払われている。
……王様、こそっと自分もウチのパンのファンだって言ってくれているの。今度お店を再建したら、王家御用達の看板も送ってくれるって言ってくれたもん。
「神殿なら安心ですわね、お兄様。では、アタクシもその算段で動きます。ミアちゃん、お兄様の警護をお願いしますわね」
「うん、おねーさま。せんせー、今日からずっと一緒だね」
「う! せ、背に腹は代えられんか。では、そのあたりの手続きを頼む。ミアくん。では、今日は早めに帰ろうか」
老執事を含めてフィン達四人は大荷物を抱えて研究室を離れる。
その時、フィンに向かって軽薄そうな男性の声が掛かった。
「これはこれはシンダール1級教授。両手に華とは、これまた羨ましい事ですね」
「ルフェーヴル2級教授。貴方はご存じのはずですよね? 片方は妹ですし、片方は元生徒で警護役の警察官なのですが?」
亜麻色の髪と碧眼。
如何にも高級そうな衣装を身にまとう甘いマスクの瘦躯な青年、ジュール・ルフェーヴル。
彼の方こそ、女子生徒を取り巻きにしつつフィンを羨ましそうに眺める。
「それは失礼しました。可愛い護衛さん、もしや巷で有名な姫騎士さまでしょうか? お初にお目にかかります。私は現代理論魔法学を教えておりますジュールと申します。お見知りおきを」
「ひゃ、ひゃい。ボクはミアって言います。ジュール様」
ジュールはキザっぽくミアの手を取り挨拶をするので、ミアは驚いてしまう。
……このお兄さん、美形だけどボクの好みじゃ無いの。取り巻きのお姉さま達の視線が痛いなぁ。
「宮中伯。父、ドゥラス子爵がいつもお世話になっております。1級教授は最近、警察や宮中伯とご協力することが多いとお聞きしています。今回もそれでしょうか?」
「それは秘密とだけ申しておきますわ、ルフェーヴル様。おほほ」
ジュールはマリーに対しても手を取ろうとするも、扇を上手く使いスルリとあしらわれてしまう。
「それは残念です、レディ。ですが、大学上層部は我ら若手教授に対し、妙に冷たい事があります。シンダール教授、いえ、フィンエル様」
ジュールはフィンの耳元まで顔を近づけ、真剣な表情で呟く。
「私も貴方も上から警戒されています。お互い、身の安全には気を付けましょう」
「え? それは……」
フィンが驚く顔をしているのを笑い返すジュール。
「では、シンダール教授、ミアちゃん、宮中伯。またお話ししましょう。さて、君たち一緒に行きましょう。あ、そんなに嫉妬で表情を崩すと可愛くないですよ、お嬢様がた。貴方達も可愛いです。花は皆違っていて良いのですから。ではでは!」
取り巻きの女子が嫉妬の目をミアやマリーに向けるのをあしらいつつ、笑いながら去っていくジュールだった。
「せんせー、あれどういう人なの? 悪い感じはしなかったけど?」
「魔法研究者の中では私と同じく異端派。科学的アプローチから研究をしている人だね。あの通り、甘いマスクで独身と女子生徒人気ナンバーワンの教員だよ」
「でも、案外とキレものね。彼、上層部の危険を察知していますし、取り巻きの女の子たちは、いわば護衛役。彼女たちがいる場所では、うかつに誰も手出しできないですわ」
マリーは軽薄そうに見えるジュールに対し油断ならないわと評した。
◆ ◇ ◆ ◇
「せんせー。まだ起きてますか?」
「ああ。マリーから貰った資料を整理していてね」
神殿に借りた部屋の中、魔法灯の灯りの中で真剣な表情で机の上に視線を向けたままのフィン。
背後から聴きなれた声が聞こえたので、視線を向けずに声を返す。
「こんな狭い部屋しか準備出来ずにごめんなさい」
「いやいや。急に部屋を借りるって話をしたのに、寝て本が読める部屋を確保できたのは助かるよ。私も広い部屋だと落ち着かないしね」
フィンが神殿で借りた自室。
ベットと机があるだけの中級神官向けの個室。
フィンが自宅や研究室、そしてマリーから貰った資料や本でいっぱいになっている。
ミアは足元に注意しながら、ベットに座る。
「でも、マリーお姉さまもスゴイの。ボクがせんせーのお家まで荷物持ちに言っている間におじちゃん、神聖騎士団長様や神殿長様に話を付けて寄付金まで持ってくるんだもん」
「私は自腹で家賃や食事代を払うって言ったのに、先に寄付されてはね。マリーはマリーで気を使っているんだろうね。まだ、実家に帰る勇気がない私の事を思ってね」
フィンは尚も机の上から目を離さず、背後にいるだろうミアに話しかけた。
「せんせー。ボク、なにか怖いの。今までの敵って殴ったら勝てたのに、殴る相手も見えないし。それにせんせーが遠くなって怖いの。せんせーは前の世界に帰らないよね?」
だが、ミアの声に涙を感じたフィンは、急いでミアに振り返る。
そこには普段は三つ編みをしている長い栗毛を軽くまとめた乙女が居た。
魔法灯のオレンジ色の光の中、ミアの瞳は神秘的な金色で輝き、そこから大粒の真珠、涙がこぼれ落ちそうになっていた。
「……ミアくん。私は何処にもいかない。決してミアくんの側から離れないから安心しなさい。だが、心配してくれてありがとうな」
フィンは目の前の乙女に愛しさを感じ、ぎゅっと抱きしめる。
そして額に軽くキスをした。
「せんせー……。どーいたしまして。でもお口にキスしてほしーなぁ。あ、痛い! もー」
「こら! 今はそんなタイミングじゃないし、神殿で乙女を犯す趣味は私にはない。今はそのくらいで納得しなさい」
だが、案の定調子に乗るミアに対し、苦笑しながらデコピンを返したフィンだった。
「はーい。じゃあ、おやすみなさい。せんせーも徹夜なんかしちゃだめだよ」
「ああ、おやすみ。ミアくん」
満面の笑みをしながら部屋を出ていくミアを見て、フィンはため息を一つした後、再び机に目を向ける。
「絶対に私はミアくんを守る。その為には、この秘密を全部解読せねば!」
そして夜が更ける中、本から目を離さないフィンであった。




