第4話(累計 第26話) 運命に引き裂かれた兄妹(きょうだい)。
「……ということで、ウィエンネンシス子爵家一家全員が亡くなってしまいまいましたの。ただ一人、別件の用事で食事を共にしていなかった先代当主ピエール様を除いて」
マリーは、依頼内容をフィンに話し出す。
今から半月ほど前、ウィエンネンシス子爵家で事件が発生した。
先代以外がそろった夕食以降、毒味を含め食べた者達が全員翌朝以降に皆が激しい下痢と嘔吐、腹痛を起こして苦しんだ。
だが、昼過ぎには全員回復したので誰もがそこまで重大な案件とは気が付かず、ただの軽い食中毒か感染症だと思った。
そして、シェフが先代に酷く叱責された程度で話は終わった。
そう終わったはずだったが、その先には「地獄」が一家を待っていた。
「最初に亡くなったのが跡継ぎのお孫さん。五歳くらいの男の子だったのだけれども、問題の食事より数日後から吐血、下血。更に尿が出なくなって、酷く苦しみながら……。奥様は次に。お子様が亡くなったのがショックだったのか、亡くなる直前にはすっかりお狂いになられて可哀そうでしたの。二週間後、最後に亡くなったのが当主セザール様でしたわ。毒味役も奥様の後に同じ様な症状で亡くなっています」
マリーは、とある貴族一家を襲った最後の地獄を悲しげな表情で語る。
あまりに凄まじい症状に、ミアは顔をしかめた。
「……話を聞く限りでは、毒殺。もしくは意図しない毒による食中毒か感染症が考えられますね、レディ。ただ、亡くなる原因の食事が二週間も前ともなると……」
「ええ、教授。食材も残っていませんですし、毒味役も時間差があるとは言え亡くなっています。その上、孫まで失って激怒した先代が関係したシェフらを全員断罪、処刑してしまい……」
「生き証人すら残っていないのですか。では、私に出来る事は解剖以外ないですね。状況証拠だけでは、正直なところ犯罪立証も証拠探しも難しいです」
ミアには想像も出来ない話なので、二人の会話に口を挟むことも出来ない。
……先生も凄いけど、マリーお姉さまもすごいの、先生と同じレベルのお話について行けてるんだもの。仲良くて羨ましいの。あれ? 二人の眼の色が同じなんだ。珍しいけど偶然かな?
「そう思いまして、最後まで生きていらっしゃった当主のご遺体は、埋葬前に当方で確保しましたの。そのご遺体を解剖して毒殺であった事、出来れば真犯人を見つけて下さいませんか、教授? もちろん、ご遺体は死亡直後に保存魔法で腐敗変化を止めています」
「マリーお姉さま。ボク、あまり分からないんだけど。そんなに昔の毒を先生でも見つけるのは難しいんじゃないですか?」
「ミアくんのいう通り、普通では無理だろう。ただ、遺体が残っているのであれば、最終的な死因を確認ができる。宮中伯様のご依頼なら、元から嫌とは言えないですがね。では、私。フィンエル・シンダール1級教授が解剖をお受け致しましょう」
フィンは、あまり気乗りしない顔でマリーからの依頼を受ける
いつもと全く違う様子にミアは不思議に思った。
「せんせー。どうしてマリーお姉さまの依頼を受けたがらないのですか? いつもの先生なら、もっと親身ですよ? お姉さまと仲良しさんなのに? 事件解決したいんじゃないですか?」
「私はね、貴族間のややこしい話に首を突っ込みたくないんだよ、ミアくん。私自身、貴族の中で生まれて追い出された者だからね」
「そうですわねぇ。でも、『誰かさん』は追い出されたというより勝手に逃げたのではないですか? おかげで残された人が困っていらっしゃることでしょうねぇ、教授?」
「ぐ。うう」
……どうしてマリーお姉さまは先生に辛辣なの? そんなに親しい仲なの? ボクとは、先生はそんな感じに話さないよ? どうして?
毎度、フィンに対して辛辣な言葉と視線を向けるマリー。
どうして、ずっとマリーがフィンに対して不機嫌そうなのか。
しかし、その言葉は親しい仲でないと言えない言葉なのが不思議だし、気になってしまう。
「マリーお姉さま、どうして先生に対して酷い事をいうんですか? 先生は素晴らしい人ですし、ボクにだってとっても優しいのに?」
心の中で何かチクンとするものを感じながらも、ミアは気になってマリーに訪ねてみた。
「そうですわね。あえて言えば、『やるべきことから能力があったにも関わらず怖がって逃げた』。教授にはそんな印象がありますの。なので、そんな馬鹿がミアちゃんをイジメていないかというのも、今になって気になってますわ。でも、もういいですの。お仕事を受けてくださったのなら感謝ですわ」
優雅に茶を飲みながら、ミアに優美な笑みを向けるマリー。
そして彼女は背後の執事らしき老人に声を掛けた。
「セバス。例の書類をミアちゃんに」
「はい、お嬢様」
セバスと呼ばれた老人は洗練された動きで、懐から封蝋された封筒を二つ取り出す。
そしてミアへ優雅に渡した。
「ミアちゃん。すいませんが、お仕事をひとつ頼まれてくださいませんか? 神殿と警察に遺体解剖の許可をお願いしたいですの。宛名に名前がある方へ、アタクシからの封書を直接届けてくださいませんか?」
「はい! お姉さまの頼みなら喜んで。これは早い方がいいですよね。じゃあ、今から持って行きます。じゃあ、せんせー。マリーお姉さまと仲良くね!」
……今はお仕事優先。マリーお姉さまとの事は一旦置いておくの。今度、先生にマリーお姉さまと昔、どんなことがあったのかゆっくり聞こーっと。
マリーの返答も待たず、飛びあがって全速力で走り出すミア。
そんな可愛い姿を、マリーとフィンは笑みを浮かべて見送った。
「本当にとっても愛らしくて可愛らしいく優しい子。心の中も眩しすぎて、『お兄様』には勿体ないですわ!」
「私も正直、そう思う時があるね、マリー」
マリーとフィン、年の離れた兄と妹は二人顔を見合わせた。
◆ ◇ ◆ ◇
「で、どうして態々キミが自分で態々私のところに来たんだい?」
フィンとマリー。
そしてマリーの執事以外が誰もいなくなった研究室。
そこで兄と妹が久方ぶりに話し合う。
「だってぇ。お兄様は最近、実家に顔を全然出さないんですもの。お父様もお母様も心配していましたわよ。不器用なお兄様が研究に没頭しすぎて生活がおろそかになって身体を壊していないかって。アタクシもお兄様には逢いたかったのよ? せっかくだから、ミアちゃんみたいに大好きなお兄様にくっついてみましょ」
マリーは、フィン。
年の離れた兄に寄り添いくっつき、甘えるように苦言を呈する。
「暑い! まだ真冬じゃないんだから、くっつかれても困る。第一、オシメを替えた事がある実妹がいちゃついてきても面倒だけだ!」
「あら? 同じようにオシメ替えたり、幼女時代に一緒にお風呂にまで入ったミアちゃんに欲情なさってキスしたのは、何処の変態お兄様かしらぁ。おほほ」
「う! そ、それはなぁ……」
マリーに弄ばれるフィン。
マリーも久方ぶりに大好きな兄を揶揄えて楽しい。
「まあ、そこに関しては今はいいですわ。あんなに可愛い子ですものね。どうしてミアちゃんがお兄様みたいな堅物のダメ男を好きになったのか、少し不思議ですわ」
「そこは、私もずっと不思議だったよ。私には、ミアくんが眩しすぎる時があるし」
二人ともミアについて好意を語る。
ややこしい貴族に生まれ、更に家系の「能力」もあってどうしても捻くれざるを得なかった二人からすれば、真っすぐで素直すぎるミアは実に愛らしく眩しくてたまらない。
「ですからアタクシも、ミアちゃんを最初は当家の財産狙いの小娘かと懸念しましたが、あそこまで天真爛漫で裏表がなく可愛らしい良い子を疑う方がどうかしていますの。その上、アタクシにお姉さまと懐いてこられては、可愛がるしかないです! アタクシ、妹というものがずっと欲しかったですから」
「だが、私と結婚すれはミアくんは、マリーの義姉になるのだが?」
「あらぁぁ! 歳下の可愛いお義姉ちゃん。これはアタクシの中で新しい世界への扉が開きそうですわぁ」
もはや漫才になっているフィンとマリーの会話。
結局、似た者な兄妹である。
「そんな扉なんて開かなくていいって。で、ミアくんの事をそこまで調べたのなら、彼女の『本当の』身の上も知っているんだよな、マリー?」
「おほん、ええ。そこがもう一つの問題ですの。ミアちゃん自身は悪意も無く、とっても良い子。ですが、『彼ら』はミアちゃんの事を知ったら、必ず確保して『錦の御旗』に利用しようとするでしょうね」
マリーは語る。
ミアは歴史の歯車が狂わなければ、とんでもない存在であったと。
「そうか。そこまで知った上でミアくんを可愛がってくれるのなら、私も安心だ」
「ミアちゃんの事は、アタクシにお任せくださいませ。お兄様。イジワル小姑にはなりませんですから」
マリーは、柔らかい笑みを兄に向けた。




