第12話(累計 第19話) 年金偽装犯 逮捕劇 その2:悲しい兄妹(きょうだい)
「だってアタシが逃げたから、お兄ちゃんはお父さんを殺したんでしょ」
涙目になり、震えながらもしっかり眼を兄に向けるクロエ。
両腕を広げて、背後で倒れている兵士達を守るように立ちはだかる。
彼女は、自分に魔剣の切っ先が迫っても眼を閉じない。
「死にたいのか、クロエ! オマエがぁ、お前が生まれなきゃ。俺は優秀な妹と比較されなかったし、お母ちゃんも死ななかった。お父ちゃんだって、お母ちゃんが死にそうなのに、仕事場から帰らなかった。皆、みんな! 俺のことなんてどうでも良かった。俺なんて、俺なんて!」
震える切っ先を妹に向けたまま、今まで心の中で貯めていたモノを全て吐き出すファブリス。
誰もが二人の兄妹から眼を離せない。
ただ、一人を除いて。
「うん、そりゃ、たりゃー!」
飛び回る短剣と戦っていたミア。
手足など肌を晒している部分に細かい切り傷を作りながらも、最後には飛ぶ短剣を床にたたきつけ、刀身を床に深く突き刺して動きを止めた。
ミアは、そのままの勢いでファブリスに飛びかかった。
「クロエちゃんの前からどけぇ! このシスコン、マザコンがぁぁ!」
「オマエがいうなぁぁ!」
交差する剣戟。
「ぐはぁぁ」
「きゃ!」
予想していなかったミアの回し蹴りを躱しきれず、胴の真ん中に喰らったファブリス。
彼は、店の床へ派手に吹き飛ぶ。
しかしロッドを蹴り技の囮に使ったミアは、ロッドが魔剣に両断されて武器を失う。
また、避け切れなかった切っ先がミアの頭部をかすり、流血が顔に落ちてきた。
「これでノックアウト……。してくれないかぁ」
「このバケモノガキめ。だが、武器を失ったらそれまでだな」
荒い息をしつつ頭部からの出血を抑えて、ファブリスを睨みつけるミア。
しかし、武器を失い徒手空拳で魔剣を捌くのはかなり難しい。
ファブリスもミアに蹴られた腹部を抑えながら立ち上がる。
彼はミアを見据え、輝きながら振動する魔剣を突きつけた。
「お兄ちゃん、もうやめて。ミアちゃんを殺さないでぇ!」
クロエは倒れている兵士達に寄り添い、治癒魔法を使いながら兄に向かって叫ぶ。
兄が大事な友達を殺そうとしているのを止めようとして。
「知るかぁ。俺は、ここから逃げて自分の国をつくるんだ!! 恵まれ過ぎのメスガキめ、死ねぇ」
背後にいるクロエに悪態をついたファブリス。
彼は魔剣を振りかざし、ミアに振り下ろそうとした。
「今だ。<雷撃鞭>!」
兵士達の陰に隠れていたフィン。
ミアの危機を救うために、ここぞという時用に温存していた魔法。
雷で作られた鞭を、背後からファブリスに撃ち込んだ。
「ぐぎゃぁぁ! く、クソ魔術師がぁ」
雷撃で筋肉が硬直・痙攣し、動きが止まったファブリス。
激しい痛みと各筋肉の痙攣の中、強引に振り返ってフィンを鬼の形相で睨んだ。
「ミアくん!」
「はい、せんせー。うぉぉぉ!」
それこそが、フィンが作りたかった隙。
魔剣を取り除けば、ミアの方がファブリスよりも強い。
なら、魔剣を一瞬でも使えなく出来れば……。
「ちぃぃ。お、俺を嵌めたかぁ」
「ボクをぉ、舐めるなぁぁぁ!」
ファブリスは、慌ててミアの方へ振り返ったがもう遅い。
一気に剣の間合いの内側に踏み込んだミア。
血しぶきと激しい金色のオーラをまき散らしながら、ファブリスの腹部ど真ん中に右の正拳を叩き込んだ。
「ぐはぁ!」
胃液を吐きながら身体を『くの字』にするファブリス。
「まだまだぁぁあ!」
右頬、左頬。
右横腹、左こめかみ。
右顎、左横腹。
「馬鹿、馬鹿、ばかぁぁ!」
「ぐぅ! ぎゃ! ぐわぁぁ!」
泣きながらのミアの拳によるラッシュが続く。
ファブリスは最初の数撃で魔剣を手から取り落とし、もはや意識も朦朧。
「うぉぉぉぉ。クロエちゃんの悲しみを受けろー」
なおも、泣き虫ミアのラッシュは続く。
拳だけでなく掌底、肘撃ちに蹴り技も繰り出す。
もはや棒立ちのファブリスを左右から交互に攻撃するので、彼には倒れる事すら許されない。
ファブリスの手足は、本来曲がらない部分が曲がっていく。
彼が纏う軽装鎧すら、ミアの攻撃でどんどん砕けて飛び散っていった。
だが、打撃を撃ち込むミアも反動で満身創痍。
至る所から出血し、拳を握り込む指も曲がりきらない物が増え、爪も剥がれていく。
「ミアくん。キミは……」
涙と血に濡れるミア。
それは凄惨であるが美しくも見えたのか、フィンは彼女に見とれた。
「お、お兄さんの馬鹿ぁぁぁ! ふっとべぇぇ。<気力砲>ぉぉぉ!」
トドメとばかりにファブリスの水月へ右掌底を深く撃ち込んだミア。
そのまま「接射」。
俗にいう「0距離砲撃」にて、神聖魔法には珍しい遠距離攻撃魔法。
気功砲を叩き込んだ。
「ぐはぁぁぁぁぁぁ!」
ファブリスが纏っていた鎧が全て粉砕され、本人は凄まじい速度で飛んでいく。
ドカンという衝撃音が、ファブリスが壁に叩きつけられた後に店内に響く。
店のしっくい壁に大きなヒビとクレーター上のくぼみを作り、深くめり込んだファブリス。
激しい吐血を口から吐き出して、彼はそのままずるずると床に崩れ落ちた。
「はぁはぁはぁ」
敵が沈黙、無力化出来たのを確認しつつ、大きく息を整えながらも「残心」を忘れず格闘技の構えを解かないミア。
なおも涙も出血も止まらない彼女の小さな体からは、身体強化の金色のオーラと共に室内ながら激しい蒸気が巻き上がっていた。
「ミアくん、大丈夫か? キミが無事で良かった。だが、最終ブローは少々やり過ぎだ。あれじゃ必殺技の『瞬獄〇』とか『神の指』、『掌底ビーム砲』だぞ。被疑者が死んでしまうじゃないかぁ」
「え、先生? あ! あぁぁぁ! ボク、勢いでやりすぎちゃったぁぁ! お兄さん、生きてる? あ、このままじゃ死んじゃう。ど、どうしよう、どーしよ!」
フィンの声で我に返ったミア。
己の拳が人を殺しかけている事に気が付き、大慌てをしだした。
「落ち着け、ミアくん。キミなら治癒魔法が使えるだろ? それで死なない程度に治療をすればいいんだよ」
「あ! そうでしたぁ。急いで治癒魔法を……。あれ、クロエちゃん?」
フィンに言われて、自分が神聖魔法使いだったことを思い出したミア。
急いで倒れているファブリスの元へ走ろうとするも、既にクロエが兄の身体を膝枕させて治療を開始していた。
「お兄ちゃんの治療はアタシに任せて、ミアちゃん。怪我をしてた兵士さん達も全員大丈夫よ。ミアちゃんは、先に自分の怪我を治そうね。随分と痛そうだよ」
クロエは治癒魔法を使い、緑色の光に照らされながら意識不明の兄を治療していく。
そしてボロボロなミアの身体を見て、自分こそ早く治しなさいねと優しく諭した。
「うん。ごめんね、クロエちゃん。ボク、お兄さんを殺しかけちゃった」
「いいの。お兄ちゃんもミアちゃんを殺しかけたんだし、お相子よ。でもね、ミアちゃん。お兄ちゃんを止めてくれて本当にありがとう……」
クロエは、意識を失ったままの兄の顔を優しく撫でながらミアへ感謝の言葉を紬ぎ、大粒の涙をこぼした。




