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今日も世界は泣き虫女神の善意で滅ぶ  作者: 夕立
第一章 はじまり
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雲の上はいつも晴れ

「おはよう、久遠君」

「おはよ。……それ、昨日集めてたやつ?」

「うん、皆に返すようにって。さっきそこで先生に見つかっちゃった」

「見つかっちゃったかぁ……」


クラスの全員分のノートを抱える手は、その重さから指先が真っ赤になってしまっている。

俺も別に力持ちというわけではないけど、ここで格好つけなくていつ格好つけるのか。

4分の3程のノートを奪い取り、なんてことないという顔で教室への道を歩き始める。


「わ、久遠君!」

「俺今日、日直だから。元々俺が先生のパシリ。手伝ってくれてありがと」

「……ありがとう」

「こちらこそ」


慌てたようにぱたぱたと走り寄ってきた――と並んで廊下を歩く。

朝練の片付けをしているのであろう運動部の声が窓の外から聞こえてきている。

こんな時間にきたって何もすることないのに、いつも早くきているみたいだからって理由で毎日早起きして登校している俺はつくづく馬鹿だと思う。

早起きは三文の得とは言うけれど、今日は本当に得をした。


「もうすぐ夏休みだね」

「だなぁ。――は部活?」

「うん。今年は目指せ全国!」

「放送部で全国……?」

「あ、そんなこと言っちゃうんだ? 放送部にも全国大会があるんだよ」

「へぇ~……応援してる」


ここで『声綺麗だもんね』とか言えたら良いんだろうが、言えるわけもなく。

ノートの重さで指先が冷たくなってるのを悟られないようにするので精一杯だ。


「久遠君の予定は?」

「何も。ばぁちゃん家に行くくらい?」

「そっかぁ……ね、久遠君。夏祭り、行く?」

「いや……――は、行く? ああいや、部活忙しいか」

「う、ううん! その日は、部活なくて……予定も……あはは……こんな言い方、良くないね。

 あの、久遠君……良かったら……」

「……俺と祭り、行ってくれない?」



会いたい。

あの日に帰りたい。



俺がこの世界に来てからどれくらいの年月が経っただろうか。

時折不貞寝を挟みつつ、ほとんどの時間を本を読むのとトレーニングに費やした。

カレンダーもなければ時計もないので正確な年月は分からないが、1年やそこらではないだろうことは分かる。

その間、感覚では早くて2週間、遅くとも2ヶ月に1回は世界が滅びている気がする。

それはあくまで天界の時間であって、地上での時間は2週間なんてものじゃないが。


「そこにある農具引き寄せて。いけそうなら服も」

「の、農具ですか!? で、でも、今は……」

「無理だってもう。俺じゃ地面が割れるのは止められないし、女神の奇跡しか対処法ない」

「ですが……わ、分かりました! 同時進行で頑張ります!」


抜け落ちてる部分もあるだろうが、ここに来た時とは比べ物にならない程の知識を得ることができた。

あとは衣食住……とりあえず食は良いとして、手ぶらで地上に降りるのは遠慮したい。

新たに本に追加された項目を確認するだけになってからは、文明から生まれた品々を滅亡へと転がり落ちる地上から天界へ引き寄せて貰うようになった。


「ハヤトさん! 助けてください!」

「何?」


いつも同じだった。書庫に籠っていると滅亡の予兆を察知した女神が助けを求めてくる。

鏡の部屋で鏡を覗き込み、俺は対処法をおざなりに答えながら、引き寄せて貰う品々を探す。

女神は天界と地上を繋ぐ奇跡だけは失敗することがなかったので、何もなかったこの家に色んなものが増えた。

何もないがらんとした部屋にそれらを集めて、使い方を確認したり、実際に試してみるようになった。


「ハヤトさん。それ、何を作ってるんですか?」

「本に書いてあった風邪薬。道具と材料、引き寄せてもらったから」

「そうなんですか……わ、凄いです。風邪薬、出来てますよ。

 朝と夜に2回服用で、軽い風邪なら1日で治る薬です」

「へぇ~。試せないし本当に出来てるか分かんなかったんだけど、出来てたのか」


鉢植えで植物を育て、薬を作ってみたり、DIYに挑戦してみたり、服を作ってみたり。

時間も潰せるし、失敗も多かったけど色んなことができるようになっていくのは楽しかった。

元の世界で生活していたら絶対にしなかったであろうことばかりだったが、なんというか……ゲームをやっているような感覚だった。


そろそろ良いだろうかと思い始めた頃、困惑の表情を浮かべた女神が部屋にやってきた。

木材を削っていた手を止めて、女神に視線を向ける。


「うぅ……おかしい、おかしいです。どうしてこんなことに……」

「今度は何をしたんだ?」

「強くありたいと願う者が教会を訪れまして……加護をですね、ちょっと、はい」

「ほーん。加護ねぇ……は? お前が?」

「か、加護くらいなら……! 出来ないことはないというか……えっと」

「いや……出来たとして、だ。前に強くしようとしてどうなったか忘れたのか?

 世紀末になったって騒いでたじゃん」

「そ、そうなんですけど、あくまで加護なので……元からそうするのとは違うと言いますか……」

「ちょっとしたバフ程度ってこと?」

「バフ……あ、はい、そうですね。そんなに効果が高いものでは……はい。 

 ただそのー……ちょっと失敗しまして……。強さではなく、我慢強さになっちゃったんですけど」

「我慢強さ? なんだその加護」

「……を、更に失敗して、とある国の全ての人が我慢強さの加護を持って産まれるようになってしまったんですが」

「……まぁ……別に、それくらいなら大した問題もなさそうだけど」


我慢強くなったからって困ることもなさそうだ。

寧ろ良いことなのではないだろうか。


「いえ、それが……これが滅亡の予兆になっているんです」

「我慢強さが……? 我慢強い人がいる国があるからってなんで滅亡するんだ?」

「今現在、地上には4つの国が存在しているんですけど……」

「へぇ、今回は4つ? 多いじゃん」

「はい! 今回はいつもより発展してるんです!

 それで、その、我慢強さの加護を持った国……グラ―ティアという国なんですけど、そのー……」

「なんだよ。煮え切らないやつだな」

「いやー……何と言いますか……簡単に言いますと、国の上層部がちょっと……良くない方々でしてね」

「王様が腐ってるって?」

「いえ! 王様は腐ってません! 現在グラ―ティアを治める王様は素晴らしい方だと思います。

 あ、その、別に、王様以外の方達も腐ってるわけではないんですよ!?

 ただ、ちょっと……性格に難があると言いますか……人間らしい方々と言いますか……」

「そうは言っても、我慢強いやつらなんだろ?

 我慢強いやつらが性格に難があるってちょっと分かり難いんだけど」


人間らしい方々というのは恐らく、欲に溺れていたり、権力やらを誇示したがるような人のことだと思われる。

分かり易く言うなら七つの大罪だろうか。それらに溺れている人間ということではないかと思う。

我慢強さとそれらが共存することはあるのだろうか。それらを我慢できないから駄目なのだと思うが。


「グラ―ティア国の隣国……スペルビア国と言うんですけど……」

「スペルビア?」

「はい……あ、えっと、もう一度言って貰えますか?」

「? スペルビア?」

「ありがとうございます。スペルビアというのは、ハヤトさんの世界の言葉に変換された言葉ですね。

 ちょっと待ってくださいね……えーと……スペルビア国では*****、グラ―ティア国では*****と呼ばれています」

「聞き取れなかったわ。スペルビアじゃ通じない?」

「通じます通じます。あの……逆バベルの塔になってしまっているので……」


言語の壁が女神によって馬鹿になっているこの世界では、日本語だろうが英語だろうが、古代語だろうが宇宙語だろうが、女神がそれらの言葉を認識していたら通じてしまう。

スペルビアと言えば……聞いたことがあるような気がするが、なんだっただろうか。


「スペルビアってなんだっけ?」

「ハヤトさんの世界でってことですか?」

「そうそう。なんか聞いたことあるような気がするんだよなぁ」

「えーと……る……らん……? あ、ラテンって国の言葉だったと思います!

 姉様に昔教えていただいた言語です。たしか、傲慢って意味だったかと……」

「ラテンって国はない。傲慢……なるほど……」


我慢強い国と傲慢の国。この組み合わせは良くない気がする。


「隣国に搾取されてる、とかか?」

「そう、ですね。正しくは、王様以外の上層部の方々が隣国の方、ですね」

「乗っ取られてんじゃん」

「はい……スペルビアの方がいらっしゃるまでは平穏そのものだったんですが、いらっしゃってからは……様々な税が課せられるようになりました。

 朝も昼も、それから夜も労働力として扱われ、そんな中でもなんとか育てて収穫した作物のほとんどを税として納めなければならず……」

「我慢強いせいでそれが出来てしまうってことか」

「はい、そうなんです」


我慢強すぎるのも考えものだ。

お腹が空いても我慢、きつくても我慢、怪我で体が痛んでも我慢。

どれだけ疲れていても、苦しくても、不満があっても、我慢できてしまう。


「とは言え、それがなんで滅亡の予兆になるんだ?」

「我慢強いと言っても、結局は我慢しているだけ、なんですよね」

「なるほど……その内爆発するのか。反乱が起きるわけだな」

「はい、そのようです。それだけなら、まだ……良いんですが、問題は……グラ―ティア国の王様です」

「王様? 王様は一応、悪いやつではないんだよな?」

「はい、そうなんです。国民達は王様のことを慕っていますし、人気も高いんです」


いずれ王様も隣国の手の者に変わるのだろう。

今それをしないのは他の国への体裁なのか、国民からの反乱を恐れているからなのかは分からないが。


「王様もなんとかしようと動いてはいるみたいなんですが……」

「多勢に無勢だよなぁ。それで、その王様の何が問題なんだ?」

「強大な魔力を持っているんです。それを完璧に制御出来ているなら良いのですが……。

 大臣達の計らいで最低限の教育しか受けられなかったようで……制御もまた、最低限なんです」

「知識をつけられても、強くなられても困る、か……」

「はい。一度箍が外れた国民達は、狂い始めるでしょう。

 そうなると、悪も罪も全て善になります。どれだけの仕打ちをしても足りなくなります。

 それは慕っていたはずの王様にも……そして、その仕打ちによって魔力の制御ができなくなり……」

「魔力の暴走が起きる」

「はい、そうです」


魔力の暴走については書庫にある本で読んだ。

俺がこの世界に来てからはなかったが、過去にはそれが原因で何度か世界が滅亡しているらしい。

稀に膨大な魔力を持つ者が誕生し、世界の滅亡を引き起こしてきた。

膨大な魔力を持つ者が必ずしも滅亡の予兆となるわけではないが、これまで何千何万と繰り返されてきた世界の中で生まれた膨大な魔力を持つ者の半分がその予兆となっていたようだ。

そもそも数百回から数千回に1人生まれるか生まれないかのようだが。


「……分かった。行くよ」

「え? ハヤトさん、地上に降りるんですか?」

「は? そういう話だったよな?」

「そ、そうですね……あの……いえ、その、お願いします。しっかりサポートさせていただきますので!」

「やめろ。何もしなくて良い。良いか? くーれーぐーれーも! 余計なことはしないでくれ」

「はい……ですが、ずっと見てるので安心してくださいね!」

「……まぁ、どうしようもなくなったら引き寄せて」

「はい! 任せてください!」


鏡の前に立ち、降りる場所を探す女神を横目に深呼吸をする。

前回のようにはならない。女神がそのままの俺を降ろしてくれたら大丈夫だ。

それに、今回はたくさんの知識を詰め込んだ。前回とは違う。


「……この辺り、ですかね。グラ―ティア国の端にある教会の裏です。いきなり人が現れたら驚かせてしまうかもしれないので……」

「了解。旅人とかそんな感じで近付く」

「はい、お願いします。……では、送りますね」


頷くと同時に俺の体を光が包む。

早く会いたい。その為にはこの世界を救わなければ。




この時の俺は何も考えていなかった。

天界には何の変化もない。引き寄せた物が増えたり、鏡に映る風景に違いはあるが、それ以外は温度1つ変わらない。

鏡の中で誕生と滅亡を繰り返し続ける世界はゲームのようで、現実だとは思えなかった。

そこは確かに現実で、生命がいる。それについて少しでも考えられていたら、あんな思いはしなくて済んだだろう。

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