2-8
翌日、日曜日だから部活もないのに、早朝五時に目が覚めてしまった。
昨日の今日で母に心配をかけたくないので母が六時に起きてくるのを待って、母におはようを言ってからランニングに出る。
夏休みは折り返したけれど、まだまだ夏は盛りで、これからぐんぐん暑くなるって気配が朝から満ちていて、その力強さが私を元気づける。けっこう速めに走る。頭の中を空っぽにしてみたいけど、それは無理だから、せっせと整理していくしかない。積まれた問題を順に解決していくしかない。
顔見知りの散歩中の人たちに挨拶しながらぐいぐい走る。
足も腕も体も軽い。
頭だけがすっきりしないけれど、走るのに支障はない。
晃のことがもっと知りたい。そう思いながら夕日公園の入り口の坂を上る。
昨日の花火大会でここへ来た人が多かったのが、残されたゴミでわかる。
いつもショルダーバッグのミニポケットに入れているスーパーのレジ袋を広げて、ゴミを拾いながら進む。陸上部に入って朝のランニングを始めてから、公園や通っていた小学校の外周なんかのゴミを拾うようにしている。
綺麗な街作りが治安の維持に繋がり、それが犯罪抑止力になって、それが自分の身を守ることに繋がる。そんな授業を受けたのがきっかけだった。自分の安全のためにゴミを拾う。
思えばどんな行動だって、結局自分に繋がってしまう。
因果応報、ブーメラン、情けは人のためならず。
昨日失礼な態度をとってしまった上杉くんにも謝ろうと思った。
二枚のスーパーのレジ袋いっぱいにゴミを拾って、それを公園のゴミ箱に捨てようとしたが、ゴミ箱事態が溢れていて困る。
「これ使えよ」
後ろから隆の声がして、振り向くと隆が大きなゴミ袋を持っている。心臓がどっか行きそうになるくらいに驚く。
「俺もたまにはゴミ拾いでもして、心を浄化しようと思ってさ」
「そう」
隆のゴミ袋に私の拾ったゴミを入れて、隆と一緒に公園広場のゴミを拾った。隆の持ってきていたゴミ袋いっぱいに燃えるゴミを、ゴミ袋の半分ほどまでに燃えないゴミを集めて、それは終わった。
「ほれ」
隆が自動販売機でバナナオレを買ってきてくれた。
「ありがと。てか珍しいね。バナナオレとか」
「これ以外全部売り切れだった」
「花火大会すごいね」
バナナオレはまったりと甘かった。
「昨日、ごめんな」
隆が言う。
「ううん。こっちこそ、心配かけたのに態度悪くてごめん」
「ああ、それマジでな」
隆のいつもの笑顔が眩しくて痛い。
「あのあとさ、光佑に電話して、あいつのこと詳しく聞いてさ、で、ネットで検索したらあいつすげえ有名人なのな。びっくりした。マジで。イケメンだし、今んとこ悪い噂もないみたいだし、いいんじゃね」
隆は私が晃を好きになってもいいんだよね。
「あの人ね、すごいあったかいんだ」
晃の腕を思い出す。
「で、優しいの」
晃の唇を思い出す。
「その上イケメン」
晃の困ったみたいな笑顔を思い出す。
「のろけんじゃねーよ」
私は多分、晃に傾いていっている。でもまだ隆から南さんの話は聞きたくなかった。
「これ、ごちね」
飲み終わったバナナオレの缶をゴミ袋に入れて、ちょうど出勤してきた公園の清掃員さんに渡す。いつもありがとうとお礼を言われて、素直にいい気分になる。
「じゃ、先行くから」
隆を置いて走り出す。
急な坂道でももう転ばない。
たとえ転んでも自分で立ち上がれるくらいに成長した。隆しか好きになれないなんて幻想を捨てられそうな気がしていた。
午前中のうちにりっちゃんと上杉くんに電話した。
りっちゃんはあのとき、高橋くんと二人で隆たちを追いかけたのだという。それで花火の後半が始まってすぐに隆たちを見つけたそうだ。それから花火を最後まで見て、四人で帰ったそうだ。どうやら隆と南さんは進展がなかったらしい。それを聞いてほっとしてしまう自分が情けない。
私は晃と二人で見ることになったと言った。人が多くて、上杉くんたちを探せなかったからと半分だけ嘘をついた。それでタクシーでうちまで送ってもらったと話した。隆から私の帰宅が遅いことも聞いていたはずだったけれど、りっちゃんは何も言わなかった。
上杉くんたちは前半が終わってすぐに四人でカラオケへ行ったらしい。しかもそのときに弥生ちゃんといい感じになったらしく、遠回しに振られたみたいになった。変な感じだけれど、上杉くんの新しい恋が成就すればいいと思った。私ははぐれてしまったことを謝って、また学校でねと電話を切った。
昼食は冷やし中華だった。母と二人で食べた。
昨日のことを謝った。
連絡しなかったこと。
電話に出なかったこと。
浴衣を汚してしまったこと。
母は次何かあったら外出禁止にするからと言った。それから隆と兄にも謝るように言った。
夕方、新潟土産を抱えて父が出張から帰ってきた。笹団子、チョコがけ柿の種、ルレクチェのゼリー、日本酒。それらを並べながら父が新潟の土産話をする。母は何も言わない。どうやら昨日のことは父には内緒にするようだった。
母が夕食の準備にキッチンへ立ち、父は早めのお風呂に入った。私は一人で夕方のバラエティー番組を見ていた。そこに携帯電話が鳴った。晃だった。慌てて出て、自室へ向かうために階段を上がる。
「もしもし」
「僕だけど」
「うん」
「急なんだけど、今から会えないかな?」
「えっ」
そこで何やら雑音が入り、電話の向こうで晃が改まった挨拶をしているのが聞こえて、電話は切れた。土日は基本仕事だと言っていたから、その関係だろうと思った。せっかく自室に戻ったので、ベッドにダイブする。天井を見上げながら、夕食までもうひと走りしてこようかなと思う。




