2-6
田代さんと分け合って焼きそばを食べてから、浴衣が汚れるのも気にせずに横になった。田代さんもとなりに寝転んだのがわかった。
「花火が降ってくるみたいだね」
私には田代さんの声も降ってくるみたいに感じた。
「はい。花火が襲ってくるみたいでちょっと怖いです」
花火は綺麗だった。
左手を伸ばすと田代さんの右手とぶつかった。
花火がどんどん咲いていく。
田代さんが私の左手を掴んだ。
花火の音に心臓の鼓動が重なった。
「私、失恋したんです」
何回目かわからない失恋を今日もした。
「え?」
田代さんがこっちを見ているのが、花火が開いている間だけはっきりと見える。
「奇遇だね。実は僕も最近失恋したんだ」
こういうのって巡り合わせって言うのだろうか。
田代さんが私の左手を軽く引いて、二人の距離が縮まる。
赤い花火が夜空に広がって、田代さんの顔が近づいてくるのが見える。
目を閉じると、花火はもう見えない。
音だけが花火を届けてくる。
唇が重なって、田代さんに抱き寄せられる。
あの日、隆に好きと言ってしまったときから、凍りついていた涙が田代さんの胸で溶ける。田代さんの胸の鼓動が優しく涙を溶かしたのだと思った。
「ごめんっ!」
涙に気づいた田代さんが慌てて体を引いて言った。
「違うの。ただびっくりして」
緑の花火が田代さんの真摯な瞳を闇の中に浮かび上がらせる。
「それに嬉しくて」
こういうふうに女の子は嘘を覚えていくのだと冷静に思った。
「なら、よかった」
私が目を閉じたから、田代さんが優しく涙を拭ってくれて、それから再び唇が重なった。
満たされていくのがわかった。
こんなふうに満たされるのをずっと待っていたのだと思った。
田代さんの唇が離れて、淋しくなって、今度は私から田代さんの唇を求めた。
何度も何度もキスをした。
隆の記憶が上書きされていくように感じた。
私は本当に隆から卒業できるかもしれない。
それは切ない予感だった。
花火の打ち上げが終わってもしばらく川べりにいた。
ただ手を繋いで川のほうを見ていた。
携帯電話の着信音が鳴って、もう帰らなければと思う。出ないで横を見る。花火が終わってしまったら、目を凝らしてもぼんやりとしか田代さんの顔は見えない。
「あの」
何て言ったらいいのだろう。
「もう帰らないとね」
「はい」
名残惜しくて、温もりを手放したくなくて、田代さんの胸に顔をうずめる。
「ねえ」
田代さんが私の背中で手を結んでから言った。
「名前教えてくれる?」
「!!!」
驚いて、田代さんの胸から顔を上げる。
名前も知らない人とキスをしていたのだ。
「帰りたくないって言ったらどうしますか?」
夜が私を大胆にするのだろうか。
「それでも送っていくだろうね」
「つまんない」
「僕はつまらない人間だよ」
「……でも好き」
自分の口から出た言葉に驚く。
私の知っている好きは、こんなに冷静でお行儀よくなんかない。
田代さんはそれには答えずにキスをした。
それまでとは違った大人のキス。
激しくて、熱くて、焼きそばの味がした。
「好きって言ってはくれないんですね」
こんなふうに甘えた声を作れる自分に戸惑う。
「さっき会ったばかりの僕が好きだと言って信じる?」
「それは私の好きが信じられないってことですか?」
「名前教えて。僕はあきら。日にちの日の下に光で晃」
「理科の理に、さんずいに少ないで理沙」
「理沙、僕は理沙が好きになったみたいだ」
「奇遇ですね。私も晃さんが好きみたい」
「晃でいいよ」
「晃」
「うん」
「好き」
好きを重ねていくうちに本物になっていく気がした。
「好きだよ」
もう一度濃密なキスをしてから帰った。タクシーの中で携帯電話の番号を交換して、運転手さんの目を盗んで短いキスをした。うちの前でタクシーを降りて、タクシーが見えなくなるまで見送って中へ入った。




