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初恋なんてしたくなかった!!   作者: 空図
初恋なんていらない
21/26

2-6

 田代さんと分け合って焼きそばを食べてから、浴衣が汚れるのも気にせずに横になった。田代さんもとなりに寝転んだのがわかった。


「花火が降ってくるみたいだね」


 私には田代さんの声も降ってくるみたいに感じた。


「はい。花火が襲ってくるみたいでちょっと怖いです」


 花火は綺麗だった。


 左手を伸ばすと田代さんの右手とぶつかった。



 花火がどんどん咲いていく。



 田代さんが私の左手を掴んだ。


 花火の音に心臓の鼓動が重なった。 


「私、失恋したんです」


 何回目かわからない失恋を今日もした。


「え?」


 田代さんがこっちを見ているのが、花火が開いている間だけはっきりと見える。


「奇遇だね。実は僕も最近失恋したんだ」


 こういうのって巡り合わせって言うのだろうか。

 田代さんが私の左手を軽く引いて、二人の距離が縮まる。

 赤い花火が夜空に広がって、田代さんの顔が近づいてくるのが見える。


 目を閉じると、花火はもう見えない。

 音だけが花火を届けてくる。


 唇が重なって、田代さんに抱き寄せられる。


 あの日、隆に好きと言ってしまったときから、凍りついていた涙が田代さんの胸で溶ける。田代さんの胸の鼓動が優しく涙を溶かしたのだと思った。


「ごめんっ!」


 涙に気づいた田代さんが慌てて体を引いて言った。


「違うの。ただびっくりして」


 緑の花火が田代さんの真摯な瞳を闇の中に浮かび上がらせる。


「それに嬉しくて」


 こういうふうに女の子は嘘を覚えていくのだと冷静に思った。


「なら、よかった」


 私が目を閉じたから、田代さんが優しく涙を拭ってくれて、それから再び唇が重なった。



 満たされていくのがわかった。



 こんなふうに満たされるのをずっと待っていたのだと思った。


 田代さんの唇が離れて、淋しくなって、今度は私から田代さんの唇を求めた。



 何度も何度もキスをした。



 隆の記憶が上書きされていくように感じた。

 私は本当に隆から卒業できるかもしれない。



 それは切ない予感だった。




 花火の打ち上げが終わってもしばらく川べりにいた。

 ただ手を繋いで川のほうを見ていた。

 携帯電話の着信音が鳴って、もう帰らなければと思う。出ないで横を見る。花火が終わってしまったら、目を凝らしてもぼんやりとしか田代さんの顔は見えない。 


「あの」


 何て言ったらいいのだろう。


「もう帰らないとね」

「はい」


 名残惜しくて、温もりを手放したくなくて、田代さんの胸に顔をうずめる。


「ねえ」


 田代さんが私の背中で手を結んでから言った。


「名前教えてくれる?」

「!!!」


 驚いて、田代さんの胸から顔を上げる。

 名前も知らない人とキスをしていたのだ。 


「帰りたくないって言ったらどうしますか?」


 夜が私を大胆にするのだろうか。


「それでも送っていくだろうね」

「つまんない」

「僕はつまらない人間だよ」

「……でも好き」


 自分の口から出た言葉に驚く。

 私の知っている好きは、こんなに冷静でお行儀よくなんかない。


 田代さんはそれには答えずにキスをした。

 それまでとは違った大人のキス。


 激しくて、熱くて、焼きそばの味がした。


「好きって言ってはくれないんですね」


 こんなふうに甘えた声を作れる自分に戸惑う。


「さっき会ったばかりの僕が好きだと言って信じる?」

「それは私の好きが信じられないってことですか?」

「名前教えて。僕はあきら。日にちの日の下に光で晃」

「理科の理に、さんずいに少ないで理沙」

「理沙、僕は理沙が好きになったみたいだ」

「奇遇ですね。私も晃さんが好きみたい」

「晃でいいよ」

「晃」

「うん」

「好き」


 好きを重ねていくうちに本物になっていく気がした。


「好きだよ」


 もう一度濃密なキスをしてから帰った。タクシーの中で携帯電話の番号を交換して、運転手さんの目を盗んで短いキスをした。うちの前でタクシーを降りて、タクシーが見えなくなるまで見送って中へ入った。


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