2-5
待ち合わせの駅前公園の屋台の始まり口と呼ばれる場所に着いた。
真っすぐ歩くのが難しいくらいに混み合っている。
その中から隆が目に飛び込んできた。
どんな人混みの中でも隆だけが私の瞳を奪う。
「遅れてごめん」
隆と一緒の上杉くんに言った。
「いや」
それだけ言って上杉くんが黙る。
「えっ!!」
隆が驚いたのは、南さんがいたからだろうか、高橋くんがいたからだろうか。
「あ、隆」
高橋くんが隆に気がついて、私に説明を求めるように視線を向けてきた。
「何だか、こんな感じになっちゃって。紹介するね」
それで私側の人たちと、隆側の人たちが集まった。
「えっと、まず一組の渡辺さんと、南さん、それから五組の高橋くんに、高橋くんの知り合いの田代さん」
隆が南さんから視線を外さないので、南さんが困ったように私を見てくる。
「上杉くんも紹介してくれる?」
それに応えて上杉くんが言う。
「俺が四組の上杉大地で、こいつが五組の井上隆、そっちが二組の筧翔、それから偶然会ったんだけど、バスケ部のマネの倉持とその友達の弥生ちゃん」
隆目当ての女子がすでに隆を発見して合流していたらしい。何だか大所帯になったなと思っていたら隆が動いた。近づいてきて、私を通り過ぎていく。
「南」
隆の緊張に夜の空気まで震えた気がした。
「二人で見たい!!」
隆が南さんの手首をふわっと掴んだ。
「あのときのお礼まだもらってない。だから今だけ俺に付き合って。花火が終わったら、ちゃんとうちまで送るから」
そう言って強引に南さんの手首を引いて、隆は人混みの中へぐんぐん入っていった。
南さんが戸惑った様子で何度もこちらを振り向いたけれど、誰もが隆の気迫に押されて動けなかった。
二人の姿が人の波にのまれて完全に見えなくなって、最初の花火が弾ける音が聞こえた。
そのとき、二人の消えた先を切なそうに見つめる高橋くんとりっちゃんに気がついた。
私が隆のために取った行動が、二人を傷つけてしまったかもしれなくて、かもではなく多分そうで、そのことで泣きたいくらいに自分を呪った。
「何だかなー」
上杉くんが言って、その場の空気が再び動き出した。
「さすが隆だな。俺らとは違う」
筧くんが言う。
「あの、部外者の僕が言うのもなんだけど、花火見えるところに移動しない?」
冷静な田代さんのおかげで私たちは花火を見るという当初の目的を思い出した。ひと通り屋台を見終わっていた上杉くんたちと一旦別れて、私たちは屋台で買い出ししてから合流することになった。
「みんな、何食べたい?」
思い切り意気消沈してしまっている私たちに気を遣って、初対面の田代さんが色々話しかけてくれる。
「僕、お腹空いてるんだけど、焼きそばとか食べない?」
「はい」
「あとは唐揚げとかかな?」
「はい」
「何か食べたいものは?」
「私はかき氷とか、レインボーアイスとかあったら食べたいです」
とにかく冷やしたかった。頭も心も体も全部。
「暑いもんね」
「はい」
「あれっ?」
先に田代さんが気づいて、すぐに私も気づいた。私たちはりっちゃんと高橋くんとはぐれていた。りっちゃんの携帯電話を鳴らしたけれど出ない。
「困ったね」
田代さんが本当に困ったみたいに言って、なんだか少し面白くなった。
「デートみたいですね」
何でそんなこと言ってしまったのかわからない。
「えっ」
田代さんが赤くなったのがわかった。こんなに素敵なのに、女性に慣れていないのかもしれない。
「私たちははぐれないようにしましょう」
そう言って田代さんの手を取ったのは、さっきの隆の腕の残像のせいだと思う。田代さんが拒否しなかったから、私たちは本物のカップルみたいに手を繋いで歩いた。
焼きそばと飲み物を買っただけで三十分くらいかかってしまった。上杉くんからの着信があったけれど無視して、花火が見える川べりまで出た。人の少ないところまで歩いて花火を見上げる。
周りに外灯もなく、花火がよく見えた。
「もうここら辺で座りませんか?」
もう疲れていた。慣れない下駄で足の指も痛かった。
「え? 友だちはいいの?」
「きっと、探してる間に花火終わっちゃいますから」
「じゃあ、そうしようか」
田代さんは地面にハンカチを敷いてくれて、私はそこに腰を下ろした。花火がどんどん上がっていく。
上杉くんから何度目かの着信があって出る。
「やっと出た。聞こえる?」
声に苛立ちが滲んでいて、白けてしまう。
「うん」
「今どこ? 花火前半終わっちゃうよ」
花火は前半四十五分、休憩三十分、後半四十五分の構成になっている。家族で見に来ていた頃は前半で飽きて、あるいは疲れて、後半まで見られなかったなと懐かしく思う。
「そうだね。すごい人で屋台列からなかなか出られなくて、今やっと出たとこ」
「じゃあ、もう来られる?」
「そこ、どこら辺?」
「屋台始まり口の先だけど」
「だよね、私たち逆側に出ちゃったんだ」
「はあ?」
「ごめん。だからこのまま解散で」
「マジで言ってんの?」
「うん。また今度ね」
上杉くんが何か続けようとしたが無視して電話を切った。




