09. 対話と取引 - 3
竜の件は一旦忘れることにして、ナギは移動しながらの採取を再開する。
何度か繰り返すうちに石片を用いてのツキヨゴケの採取にも慣れ、あまり品質を損なわずに素材を回収できるようにもなってきた。
……とはいえ、やっぱりちゃんとした採取の道具が欲しいのも事実。
採取のコツ自体は理解できた気がするので、ロズティアで採取道具にヘラかナイフを調達できれば、品質を全く損なうことなく採取することもできそうだ。
(この森は過ごしやすいなあ……。じめじめしてないし、適度に陽も差し込むし)
木洩れ日に手のひらを翳しながら、ナギはそんなことを思う。
昨日歩いた森とは違い、この『竜の揺籃地』は木々の密度がそれほど高くなく、森の天井を覆う林冠にも隙間が多い。
林冠越しに陽光がそれなりに射し込み、風通しも悪くないお陰で。森の中にありがちな、独特の鬱蒼とした不気味さというものがこの場所からは全く感じられないのだ。
むしろ逆に適度な心地よさのようなものさえ感じられて。この森に居るだけで小さくない活力を与えられているような気さえしてくる。
なるほど、こういうのが『森林浴』なのだろうか―――と、ナギは感慨深く思った。
充分な木洩れ日が射し込むこともあってか、この森では林床にまで様々な植物が生えている。
採取可能な素材がとても豊富なようで、ナギとしては嬉しい限りだ。
もう少し時間に余裕がある旅路であれば、感知対象の閾値を緩めて、様々な素材を採取しながらのんびり歩きたい所なのだが。
「おっ」
道中で〈素材感知/植物〉スキルに引っかかったステギを、地面から引き抜いていると。今度は8体もの集団で纏まって動く、大所帯のオークの集団と遭遇した。
今回はあちらもナギの存在に気付いたようだ。オーク達がゆっくりと歩み寄って来るのを、ナギは僅かに緊張した面持ちで見つめる。
絶対に襲われないと判っていても、まだ近づかれるのはちょっと怖い。
「ヨウ、ニンゲン。オレタチヲ殺シニ来タワケジャナサソウダナ?」
「―――!?」
集団の先頭に立つ、リーダー格と思わしき大盾を持ったオークから不意にそう話しかけられて。ナギはびくりと驚かされてしまう。
どうやらゴブリンと違って、オークには会話を行うだけの知性があるらしい。
エコーによって翻訳された言葉は少し辿々(たどたど)しい語調ではあったものの、話しかけられた内容を理解するには十分だった。
「み、見ての通り、武器も何も持ってはいません。僕はただ、ロズティアに向けて旅をしているだけですから、戦う意志はありませんよ」
やや狼狽しながらナギがそう伝えると。
オークは顎に手を当てて、何か思案するような素振りをしてみせた。
「ロズティア……。タシカ、コノ先ニアル、ニンゲン達ノ都市の名ダナ。
オマエハ、ワザワザ森ノ中ヲ通ッテ都市ヘ行クノカ? 途中デ、オレ達オークニ襲ワレルトハ考エナカッタノカ?」
「そうですね、オークの皆さんに襲われると困ってしまいますが……。でも、そんなことはなさらないでしょう?」
「……ソウダナ。ナゼカオマエハ、殺シタイト思ワナイ」
僅かに首を傾げながら。小集団を率いている大盾を持ったオークは、不思議そうに言葉を零してみせた。
『何故か』も何も、それは違いなくナギのスキルによる効果なのだか。どうやらそのことは相手に判らないようだ。
「オマエ、ブキカサケ持ッテナイカ?」
「ブキカサケ? ああ―――武器かお酒、ですか?」
「ソウダ。ムカシハドチラモ、コノ森ニ住ンデイタ、エルフ達カラ奪エバ手ニ入ッタ。ダガ今ハモウ、イナクナッテシマッタ……。トクニ酒ガアルナラ、譲ッテホシイ」
魔物も酒を飲みたいと思うものなのか、と。
オークの話を聞きながら、ナギは小さな関心を覚える。
「残念ながら持っていませんね……。数日後でも良ければ、ロズティアで購入してこの森まで運んできましょうか? 生憎と所持金に余裕が無いので、あまり多くは買えないと思いますが……」
ナギの側からそう提案すると、大盾を持ったオークは唇を嬉しそうに緩めた。
「ゼヒタノム。酒ノ味ガ恋シクテナ。金ハコレヲ使ッテクレ」
そう告げると、オークは腰に下げていた巾着袋をナギのほうへ投げて寄越す。
慌ててナギが受け止めると、その袋は意外な程にずしりと重く、思わず落としてしまいそうな程だった。
「これは?」
「オレ達ヲ殺シニ来タ、ニンゲンガ持ッテイタ金ダ。オレ達ニハ、ドウセ使イ道ガ無イ。ゼンブオマエニヤルカラ、持ッテイケ」
「………」
オークを狩りに来た掃討者を返り討ちにした際に、奪った金か―――と思うと、少しナギは嫌な気分になるが。
考えてみれば、掃討者もオークを狩るのに成功していたなら、相手の持っている装備品やアイテムなどは根こそぎ奪っていたのだろうから。勝者が敗者のものを奪うのは、この世界では自然な摂理なのかもしれなかった。
(……ま、お金自体に善悪は無いよね)
中を見てみると、巾着袋に入っているのは殆どが銀貨だった。
くれるということなので、袋に入っていたお金を〈収納ボックス〉の中へ収納してみると。ナギの所持金が一気に『80,000gita』近くも増える。
どうやら銀貨の中でも特に価値の高い『2,000gita銀貨』が、結構な枚数混じっていたらしい。
「デキレバ酒ガ、ヒト樽ハ欲シイガ。ニンゲンノ金ノ価値ハ、オレ達ニワカラン。ソノ金デ足リソウカ? 足リナケレバ、モット持ッテクルガ」
酒の価格相場についてはナギもまだ知らない。なので一瞬返答に詰まってしまうが。
いつも通り、すぐにエコーが(それだけあれば充分に足ります)と教えてくれた。
「大丈夫だと思います」
「ナラタノム。買ッテキタ酒ハ『オグルス』カラ頼マレタモノダト言ッテ、適当ナオークニ渡シテクレレバイイ」
「判りました」
魔物に武器を供与するのは問題かもしれないが、酒であれば渡してしまっても、それほど問題にはならないだろう。……多分。
スキルのお陰で襲われない以上、そもそもナギにとって魔物は、別に敵対する必要が無い相手だとも考えられる。買い物ぐらいは喜んで代行し、オークと友誼を図ってみるというのも面白いかもしれない。
「その『オグルス』というのが、あなたの名前ですか?」
「ソウダ。オレノ名ガ『オグルス』ダ。―――ジャアナ、ニンゲン」
「はい。酒はなるべく数日以内に届けますね。生憎と僕には酒の良し悪しが判りませんので、美味しいお酒かどうかまでは保証できませんが」
「手ニ入ルダケデモ、アリガタイ。タノシミニシテイル」
やがてオグルス達が立ち去った後も、暫くの間ナギはその場に立ち竦む。
なんだか普通に頼み事をされて、引き受けてしまったが。こんな風に魔物と話して、何らかの交友を持つというのは、おそらくこの世界でもかなり珍しいケースではないだろうか。
《……人間が魔物と対話したという話は、私も聞いたことがありません。まして、対話だけでなく取引の約束まで行うなど、本当に前代未聞としか……》
(広い知識を持つ、エコーでもそう思いますか……)
《魔物は普通、人間を発見した時点で……問答無用に襲い掛かってくるものです。仮に交友を持とうと考える人が居ても、通常であればまず不可能でしょう。そもそもの話、ナギ様が持つ唯一無二のスキル〈非戦〉が無ければ絶対に成り立ちません》
確かにエコーの言う通り、全ては〈非戦〉スキルがあってのものだ。
(今まで、この世界に〈非戦〉のスキルを持つ人はいなかったのですか?)
《〈収納ボックス〉と〈鑑定〉、それから〈素材感知〉系のスキルなどは、この世界にも以前からスキルの所持者が存在しておりました。ですが〈非戦〉と〈採取生活〉のスキルについては、現状でナギ様以外に所持している方はいないと思われます。
おそらく、天職が『採取家』でなければ修得不可能なスキルなのでしょう》
ナギが召喚されたことで、この世界を彩る天職は『100種類』へと増加した。
たった1つ増えただけの才能の種子が、けれどもこうして変異の余地が存在しなかった筈の世界に、新しい可能性を呼び込む風となる。
『神様』という途方も無い存在から、自分がこの世界へ招かれることになった理由の一端を、改めてナギは思い知らされるような気がした。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.2
〈採取生活〉1、〈素材感知/植物〉1、〈収納ボックス〉1、
〈鑑定〉1、〈非戦〉1→2、〈繁茂〉1
〈植物採取〉1、〈健脚〉1
10,840 → 91,990 gita
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