78. 天空都市レヴィン
[3]
「では私もナギさんが新しく修得した、その〈共有ボックス〉というスキルを利用することができるのですか」
「はい。利用許可を出していますので、既にイザベラさんにも利用可能になっていると思います。あ、もちろんレビンとエコーのことも許可してあるからね」
「ありがとうございます、お姉さま」
「私には必要無い気がしますが……いえ、でもありがとうございます」
ナギの言葉を受けて、レビンが嬉しそうに微笑む。
エコーもまた、一瞬戸惑いの表情を見せた後に、頷くことで応えた。
エコーは独立した個体であると同時に、ナギと存在を共にする個体でもある。
ナギがエコーの持つ『神力』を利用することができるのと同じように、もともとエコーにはナギが持つ『ボックス系』のスキルなどを自由に利用することが可能なのだ。
先程エコーが『必要無い気がする』と零していたのは、その為だろう。別に許可なんか出さなくても、エコーには〈共有ボックス〉が自由に利用できるのだから。
「まあ……。凄い、本当に何も無いところから木材が出てきました」
イザベラが初めて〈共有ボックス〉から木材を取り出し、驚きつつもそう感想を漏らしていた。
いつの間にか『ボックス』系のスキルを使うことが、すっかり当たり前のことになってしまっていたけれど。僕も最初はそんな風に驚かされたなあ―――と、イザベラの様子を見ながら、ナギはしみじみと心の中で思う。
無事に〈共有ボックス〉のスキルについての説明も終わったので、イザベラとレビン、エコーとナギの四人で、世界樹温泉の近くに脱衣所の建設を開始した。
イザベラは建築のプロであり、レビンとエコーの二人はそのイザベラから、ここ数日『建築』や『設計』について手解きを受けている。
つまり、この場で一番素人なのは間違いなく『ナギ』だった。イザベラから指示された作業をナギが1つ進めているうちに、レビンとエコーは2つも3つも作業を終わらせてしまう。
イザベラに至っては、もうナギの何倍の速度で作業を進めているのかさえ、傍から見ていて判らないほどだ。
みるみるうちに建物の土台、床や外壁、天井、屋根といった順番で組み立てられていき―――結局1時間も経たないうちに、世界樹のすぐ隣に『脱衣所』の建物が完成した。
(これが玄人と素人の差か)と、ナギは改めて思い知らされる。
もちろんそれだけでなく、建築が予想以上に早く済んだのは〈共有ボックス〉が非常に便利だったことも大きい。
この場にいる四人全員が、建築に用いる資材の残数をいつでも確認でき、自由に取り出すことができるというのは、それだけ有意義なことなのだ。
ちなみに脱衣所は、虫害に弱いとされる『ヒカリザクラ』の木材だけで建てているわけだけれど、これは特に問題とはならないと思っている。
何しろ、この世界には『虫』自体が存在していないのだから。シロアリに代表されるような害虫に、木材を食われる心配も全く無いのだ。
逆に言えば『ヒカリザクラ』の木材は、あちらの世界で建材として使うと問題が生じるかもしれない。地産地消というわけではないけれど、なるべくこの世界の中だけで消費してしまうほうが賢明だろう。
「あとは脱衣所の籠棚に入れる、肝心の『籠』のほうを準備しないとですね」
「あ、そちらは既に夫へお願いして、手配してありますので大丈夫ですよ」
ナギが漏らしたつぶやきに、イザベラがにっこりと笑みながらそう答えた。
商会を運営する女傑ともなると、その辺の準備にも手抜かりは無いようだ。
脱衣所自体は12畳ぐらいの広さしかない小さめの建物だけれど、壁に備え付けられている棚には、脱衣籠が全部で60個は収納できる。
これだけの収納力があれば、女性用の脱衣所としては充分だろう。
「エルフの人達も、レヴィンの温泉を気に入ってくれると良いのですが……」
「それは絶対に大丈夫ですよ。私が太鼓判を捺しておきましょう」
ひとりごちたナギの言葉に、イザベラがそう告げて力強く頷いてくれた。
イザベラにお願いして、脱衣所をなるべく沢山の人が利用できるように設計して貰ったのは、偏にエコーズに住むエルフの人達にも、この温泉を利用して欲しいがためだ。
+--------------------------------------------------------------------------------+
〈農場世界〉Rank.2 - 神授スキル
農地などの利用に適した『農場世界』を管理・運営できる。
『農場世界』は1つの本島と1つの衛星島によって構成され、
全ての島で植物の成長速度が通常よりも『20%』早くなる。
『農場世界』へ繋がる任意サイズの門を2つまで作成できる。
このスキルは世界樹の成長段階に応じてランクが成長する。
スキルランクが上がると衛星島の数と門の作成上限数が増加する。
+--------------------------------------------------------------------------------+
ナギは現在、農場世界―――レヴィンへ繋がる『門』を2つ作ることができる。
なので、当面はナッシュ家の空き部屋に『門』の1つを設置しつつ、もう1つの『門』をエコーズの集落のどこかに設置したいと考えていた。
そうすれば、エルフの人達が自由に温泉を利用することができる。
エコーズの集落がある『竜の揺籃地』には、既に森の中心に聳え立つ古代樹の根本に温泉があるわけだけれど。あの温泉を利用するためには、古代樹の周囲を囲む『結界』を通らなければならない。
そして、あの結界は『古代種』ではない種族の通行を阻んでしまう。
なので古代樹の温泉は、ナギやレビン、イヴにとっては気軽に利用できる温泉であるにも拘わらず、エコーズに住むエルフの人達にとっては『近くにあるのに利用することができない』場所となってしまっている。
温泉の有難みというのは、やはり冬場にこそ顕著に感じられるものだ。なればこそ、ナギはせめて、このレヴィンの世界樹の根元に広がる温泉は、エルフの人達にも気軽に利用できるようにしてあげたかった。
「お姉さま。近いうちに一度、森へ帰りましょう?」
「うん、そうだね。その時はまたレビンに乗せて貰っても?」
「勿論ですわ。わたくしの翼は、お姉さまの為にあるのですから」
さも当然のようにそう告げて、にっこりと笑うレビン。
彼女が寄せてくれる無条件の愛情に、いつだってナギは救われている。
早速、出来たばかりの脱衣所を利用して、ナギ達は世界樹の温泉に入浴した。
『竜の揺籃地』にある古代樹の泉とは違い、レヴィンの世界樹の温泉は陽が落ちる前の時間帯でも常に『温泉』なのが嬉しい。
キラキラと眩く輝く夜桜を眺めながら楽しめる、夜の温泉も素敵なのだけれど。昼に眺める異世界の景色や世界樹もまた、それはそれで綺麗な光景だった。
「こちらの世界はナギさんが自由にできる場所なのですよね。どうせなら脱衣所だけでなく、この島にどんどん色々な建物を建ててはいかがでしょうか?」
湯に浸かって目を細めながら、イザベラがそう告げた。
ここレヴィンは『農場世界』なので、本来は『農地』として活用するのが一番良いのだろうけれど。とはいえ世界樹が成長するに従って衛星島の数が自然に増えていくらしいので、本島ひとつぐらいは農地以外の為に使うのも良いかも知れない。
「お姉さま。では折角ですから、立派な都市を目指しましょう?」
「と、都市ですか……。それはまた、大きく出ましたね」
「だって、目標は大きく掲げておくほうが素敵だと思いませんか?」
「なるほど。では都市が完成した暁には、この場所は『天空都市レヴィン』と呼ばれることになりそうですね」
レビンとナギの会話を横で聞いていたエコーが、ぽつりとそう漏らした。
―――天空都市レヴィン。
その単語を聞いて、ナギは内心で(良いかもしれない)と深く思った。
-
お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.16 /掃討者[F]
〔現人神〕〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉8、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉8、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈共有ボックス〉2→3、〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1、〈シールド補強〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉9、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉2、〈調理〉3
〈農場世界〉2、〈神癒〉3
227,812 gita
------------------------------------------------------------




