77. 新たなボックス
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「―――ナギさん、こちらを」
アリスと一緒に、午前のうちから『錬金術師ギルド』の工房へ二時間だけお邪魔して、20本ぐらいの霊薬を作ってから昼食のためにナッシュ邸へ帰ると。
居間で図面を引いていたイザベラが、ナギ達が帰宅したことに気付いて。一枚の用紙をナギに手渡してきた。
「……これは?」
「ナギさんから頼まれていた、脱衣所の図面ですよ」
「えっ。も、もう出来たのですか? お願いしたのって昨日の夜ですよ?」
軽く狼狽しながらナギがそう訊ねると、イザベラはくすりと小さく微笑んだ。
「一応、これでも設計のプロですからね。備え付けの籠棚を沢山用意しただけの、簡素な脱衣所の図面程度でしたら、難しいこともありませんので」
「わあ……。僕が用意できる木材だけで組めるよう、設計して下さったんですね。ありがとうございます、とても助かります」
ナギが行使できる【伐採】の魔法は、樹木から直接『意図したサイズの木材』を得ることが可能な、非常に便利なものではあるのだけれど。一方で、当たり前だけれど『樹木の幹のサイズを超えた木材』を得ることはできない。
イザベラが引いてくれた脱衣所の図面は、『レヴィン』の島中に沢山生えている『ヒカリザクラ』の木を【伐採】して得られる木材だけで、簡単に組み立てられるように設計されている。
これなら午後いっぱいを【伐採】と組み立て作業に費やせば、今日のうちに世界樹の温泉のすぐ傍に脱衣所を建てることができそうだ。
「あの温泉はとても気持ちいいのですが……何も無いところで裸になるのは抵抗がありましたから。脱衣所が出来てくれると、私も助かるのです」
恥ずかしそうに頬を赤らめながら、イザベラが小さな声でそう告げる。
脇に控えている二人のメイドが、イザベラが告げたその言葉に、うんうんと何度も頷いていた。
レヴィンへ繋がる『門』は現在、ナッシュ邸の空き部屋に設置されている。
一日に何度も温泉に浸かっている主神アルティオと主神オキアス―――もとい、ルティとキアの裸体を、うっかり男性が見てしまうと問題になりそうなので。現在は『女性だけが利用できる』ようにナギは『門』を設定している。
なので、アモンドやナッシュ邸に勤める護衛兵といった男性陣は『門』を利用できないのだが。イザベラやナッシュ邸で働くメイドの人達は、いつでも好きな時間にレヴィンへ行き、温泉を利用することができるようになっていた。
満開の『光る桜』を長めながら楽しむ温泉は格別であり、イザベラにもメイドの人達にも大変好評なのだけれど。
唯一不評なのが、温泉を利用するにあたって『着替えをする場所が無い』という事だった。
先程イザベラも言っていたけれど、何も無い場所で裸になるというのは、これがなかなか恥ずかしいのだ。
一応、ここ数日イヴが作業をして、周囲から温泉付近が見えなくなるように結界を張ろうとしてくれているのだけれど。この結界が完成したとしても、着替えができる場所は欲しいとの強い要望がメイドの人達からは出ていた。
イザベラが書いてくれた『脱衣所』の設計図はそのためのものだ。
古代樹の温泉で慣れてしまったので、ナギとしては何も無い所で裸になるのも、現在はそれほど抵抗を感じなかったりするのだけれど。恥ずかしいと告げる人達の気持ちは判らないではない。
それに、イザベラやメイドの人達はナギと違って〈収納ボックス〉を利用できるわけでもないのだから。やはり着替えなどを置いておく場所は必要だろう。
「材料の木材を揃えるのに、どの程度時間が掛かりそうですか?」
「えっと、そうですね……。二時間もあれば大丈夫だと思いますが」
イザベラから問われて、ナギは少し悩んだ末にそう答えた。
レヴィンの本島や衛星島に『ヒカリザクラ』の木は沢山生えているので、樹木を探し回る必要はない。
【伐採】の魔法は行使すると魔力を『100』も消費するけれど、木材以外にも沢山の素材が手に入るせいで、大量の経験値が手に入る。経験値が溜まってレベルが上がれば魔力は全快するので、消費した魔力の自然回復を待つ必要も無い。
一本の樹木から欲しいサイズの木材を何枚切り出せるかにもよるけれど、おそらく必要数を揃えるだけなら二時間は掛からないだろう。
「そんなに短時間で、この量の木材を準備できるのですか……。ナギさんは希有な存在ですね。よろしければ私の商会に就職なさいませんか?」
冗談混じりの口調でイザベラはそう口にしてみせるけれど、おそらく半分は本気の提案だろう。
実際『建築』を主体とするイザベラの商会では、ナギのように樹木から『意図したサイズの木材』を、しかも『乾燥済の状態』で手に入れるスキルを持つ相手は、喉から手が出るほど欲しい人材でもあるだろうから。
「就職はお断りします―――が、何か採ってきて欲しい木材がある時には、いつでも言って頂ければ【伐採】してきますので、遠慮無く僕を使って下さい」
「あら、それは助かります。ふふ……良い娘を持って、私は幸せですね」
そう告げて、イザベラが嬉しそうに微笑む。
イザベラから『娘』と呼んで貰えるのは、ナギとしても嬉しいことだった。
……最近『女性』扱いされることに、殆ど抵抗を感じなくなってきているのが、少しだけ怖くもあるのだけれど。
「そういえばポニカの木材でしたら、今もかなり大量に持っていますが。よろしければお譲りしましょうか? アルバーグの木材もそれなりにはあります」
「まあ! ポニカは建材に適していますので是非とも譲って頂きたいですね。アルバーグも装材には使えますので、大量でなければ引き取りますよ」
「では、近いうちにイザベラさんの商会へ遊びに行きますね」
ナッシュ邸には広い庭があるので、そこに木材を出しても良いのだけれど。綺麗に手入れがされている庭園を、木材置き場にしてしまうのも勿体ない。
運搬の手間を軽減することにもなるので、ナギが直接イザベラの商会の倉庫などへ出向き、木材を置いていく方が賢明だろう。
「ありがとうございます。査定には少し時間が掛かると思いますが、ちゃんと木材の代金はお支払いしますからね」
「手持ちの余り物ですので、別にお金は結構なのですが……」
「なりません。取引を公正に行ってこその『商人』なのですから」
何か商人としての拘りのようなものが、イザベラにはあるらしい。
そういうことであれば、有難く代金は頂戴することにしよう。
「とりあえず、僕は『レヴィン』に行って『ヒカリザクラ』の木を【伐採】してきますね。脱衣所は今日中に建ててしまいますか?」
「ええ、そうしましょう。私はレビンさんとエコーさんを呼んで、この家で待機していますので、木材が揃いましたら教えて下さいな」
「判りました。では、そのように」
話が纏まったので、ナギはナッシュ邸の空き室から『門』を通過する。
そして到着した本島の桜景色の中で、早速【伐採】に着手した。
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-> ナギは『ヒカリザクラの木材』を『60個』採取。
-> ナギは『ヒカリザクラの樹皮』を『2個』採取。
-> ナギは『ヒカリザクラの実』を『39個』採取。
-> ナギは『ヒカリザクラの花』を『166個』採取。
-> ナギは経験値『2,136』を獲得。
-> ナギのレベルが『15』にアップ!
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1本目を【伐採】した時点で、ナギのレベルが『15』へと成長する。
それからも『ヒカリザクラ』の木を更に20本程【伐採】していると、レベルがもうひとつ成長して『16』へと上がった。
判っていたことだけれど、上げようと思えば割と簡単にレベルは上がってしまうのだ。【伐採】で得られる経験値がそれだけ大量だということでもあるが。
(まだ『ボックス』系のスキルが増えるのか―――)
視界に表示されたレベルアップのウィンドウを見て、ナギはそんなことを思う。
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〈シールド補強〉Rank.1 - 採取家スキル
【掘削】を行使した際に刳貫いた境界面の一部ないし全部を
〈収納ボックス〉内にある任意の素材で補強することができる。
スキルランクが上がると補強素材の消費量が軽減される。
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〈共有ボックス〉Rank.1 - 採取家スキル
異空間にアイテムを5種類まで収納することができる。
あなたが許可した相手は〈共有ボックス〉をいつでも利用可能になる。
スキルランクが上がると収納枠が拡大される。
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今回の新たに得たスキルは〈シールド補強〉と〈共有ボックス〉の二つ。
前者の〈シールド補強〉のスキルは、ナギがレベル『14』になった時に修得している【掘削】の魔法に、任意で効果を追加できるようになるスキルのようだ。
効果は、掘削した場所の境界面を〈収納ボックス〉にある任意の素材を使って補強することができるというもの。例えば〈収納ボックス〉にある『石』を消費すれば、掘削した場所の周囲を『石』で出来た壁や床、天井で補強できるわけだ。
地面を掘るだけで、壁面が全て『石』で覆われた地下室などを簡単に作ることができるので、使いようによってはかなり便利なスキルだろう。
スキル名に『シールド』の単語が用いられているのは、いわゆる『シールド工法』のような利用法が想定されているからだろうか。
だとするなら当然、トンネルを掘ったりするのにも使えそうだ。
……あんまり〈採取家〉という天職と関係無いスキルのような気もするけれど。
もしかして、このスキルでトンネルを掘り、地下深い場所にある鉱石を『採取』しに行けということだろうか。
後者の〈共有ボックス〉は、ナギにとって四番目の『ボックス』系スキルだ。
容量は〈収納ボックス〉の半分でレベル当たり『5枠』しかなく、かといって〈氷室ボックス〉や〈保存ボックス〉のように、収納品の品質を保つ機能を備えているわけでも無いけれど。
代わりに〈共有ボックス〉は、その名前の通り、ナギが望む他の相手と『共有』して利用することができるらしい。
最初にナギがレビンとエコーに利用を『許可』しておけば。レビンとエコーの二人はナギから離れた場所に居ても、あるいはナギが眠っている深夜でも、いつでもどこでも〈共有ボックス〉にアイテムを収納したり、取り出したりすることが可能となるのだ。
―――これが、どれ程に便利なスキルであるかは想像に難くない。
実質的に、ナギが望む相手の全員に〈収納ボックス〉のスキルを付与できるようなものだからだ。
(このスキルは、早めに成長させた方が良いかも)
他人と共有して利用するボックスが『5枠』しか無いようでは、すぐ満杯になりかねない。スキルランクを成長させて収納枠を増やすことが大事だろう。
そう思い、とりあえずナギは〈収納ボックス〉にあるポニカの木材を全てその場で取り出して、改めて〈共有ボックス〉のほうへ収納した。
この世界では『スキル』は活用すればするほどランクが上がる。
また、ナギはこれまでの成長経験から、特に『ボックス』系のスキルの場合はアイテムを『収納』した際にランクが成長しやすいことを学んでいる。
この『収納』とは、直接アイテムを『ボックス』に入れる行為でなければならない。
〈収納ボックス〉に入っている木材を〈共有ボックス〉へ移し替えるのは、やろうと思えば頭の中でイメージするだけで、一瞬で完了できる作業なのだけれど。それではアイテムを『直接』収納したことにはならないのだ。
なので、面倒でも一度木材をこの場に取り出して、それから〈共有ボックス〉の方へ収納し直すことが、スキルに成長経験を積ませる上では重要なのだ。
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-> ナギの〈共有ボックス〉スキルが『Rank.2』にアップ!
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ポニカの木材を〈収納ボックス〉から〈共有ボックス〉へ、ひとつひとつ取り出しながら収納し直す作業をやっているうちに。ナギの期待通り〈共有ボックス〉のスキルランクが『2』へと成長する。
これで収納枠が倍の『10枠』に増えて、より便利に活用しやすくなった。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.14→16 /掃討者[F]
〔現人神〕〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉8、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉8、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈共有ボックス〉0→2、〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1、〈シールド補強〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8→9、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉2、〈調理〉3
〈農場世界〉2、〈神癒〉3
227,812 gita
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