76. 空中世界『レヴィン』
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初めて『農場世界』を訪れてから、三日が経った。
あれからナギ達はずっと、ナッシュ家の邸宅に世話になっている。
エコーとレビンの二人がイザベラから『建築』や『設計』について学び、イヴがアモンドから『商売』や『施政』について教えを受けているので、宿を取るよりもナッシュ邸に厄介になった方が都合が良いのだ。
もちろん、それはアリスと共に『錬金術』を学んでいるナギ自身もそうだ。あれからナギは毎日アリスと共に『錬金術師ギルド』へと通っている。
「娘達が家で親と一緒に過ごすのは、当然のことです」
「家がとても賑やかになってくれて嬉しいよ」
前者はイザベラの言葉で、後者はアモンドの言葉だ。
ナギ達が滞在することを、ナッシュ夫妻が歓迎してくれるのが嬉しい。
せめてもの滞在の礼として、アリスの身体への治療をあれから二度行った。
神力を用いた治療には、相手の身体を『どのように治療するか』という、明確なイメージが必要となる。『黒腐病』を取り除いた時には大まかなイメージで身体を治しただけなので、まだアリスの身体の内外には、治療が充分でない部分があったからだ。
追加で行った二度の治療で、とりあえず『充分』と思えるだけの治療を行うことができたと思う。
ナギは医療を学んだ経験など無いので、人体に関する知識は義務教育レベル程度にしか持ち合わせてはいない。治療を行う際の『イメージ』にも限界があるので、これ以上の治療を行うのは難しいだろう。
そもそも、これ以上の治療を行う必要自体、それほどあるわけでもないのだ。
本人が希望していることもあり、ナギは遠からずアリスのことを『眷属』にする覚悟を決めているのだから。
ナギは眷属にした相手に、自分の持つ『不死種族』の特性を分け与えることができる。
この特性を得た相手は寿命に縛られず永遠を生きられるようになり、更に人間の時とは比較にならない速度で、身体が健康体へと徐々に回復するようになる。
なので、あとはナギが下手に治療するより、自然回復に任せれば良いのだ。
『農場世界』の方には、あれから毎日通っている。
訪問の主目的は、何と言っても『温泉』だ。綺麗な夜桜の下で温泉に浸かる贅沢というものは、一度味わったが最後、もう手放せないものになっていた。
現在『農場世界』の本島には一軒の小屋が建てられ、そこに主神アルティオの分体である『ルティ』と、主神オキアスの分体である『キア』の二人が住んでいる。
分体は『農場世界』へ遊びに来るために作ったものだと思っていたのだけれど。どうやら二柱の主神は、分体を完全に『農場世界』に置いておくつもりらしい。
なので、奇しくもルティとキアの二人が『農場世界』にとって、初めての住人ということになった。
二人はどちらも温泉が大変気に入っているようで、一日に二度も三度も入っている様子が窺えた。
ナギ達が温泉を利用している際に、一緒に入ってくることも多いので……目の遣り場に困ることが多いのが、ナギの目下の悩みだろうか。
ちなみに本人の談によると、この『分体』は独立した知性を持たないらしい。
つまり、ルティの身体が動いている時には、それは別世界から『主神アルティオ』が肉体を操作しており、キアが動いている時も同様に『主神オキアス』が操作しているのだ。
なので主神が操作していない時には、ルティとキアの身体は眠らせることにしているらしい。本島に建てられた小屋は身体を睡眠させる為に用意したそうだ。
……もっとも、遠隔操作が必要という割に、ルティとキアの二人は『農場世界』の中で、この三日間ずっと、時間を問わず活動しているように見えた。
(主神って暇なのだろうか)と、内心で思ってしまったのは許して欲しい。
「もし何か早めに欲しい作物があれば、私達で少量だけですが育てておきますよ」
昨日の昼頃に『農場世界』を訪ねた際に、ルティとキアからそんなことを言われたので、ナギは迷うことなく「日本のお米が欲しい」と二人に希望した。
とはいえ、最初の作業から全部お任せするのは流石に申し訳無かったので、水田用地の準備作業は、ナギ自身が行うことにした。
『農場世界』は二つの浮き島から構成されていて、本島のすぐ近くに『衛星島』と呼ばれる、本島の半分ぐらいの大きさしかない島がある。
日本のお米は品種改良が幾度となく繰り返された結果、日本の気候環境下でなければ上手く育たないという話を聞いたことがある。『農場世界』では『島』単位で気候や天候などの環境を自由に設定できるので、この『衛星島』のほうは島全体を日本を模した気候環境にすることにした。
水田用地は、まず全体を【掘削】の魔法で掘り起こす。
当たり前だけれど、水田は『水を張っている』から水田なのだ。湛水させるには用地の高さを周囲よりも低く窪ませる必要がある。
普通は土を盛って用地の周囲を高くするのだが、ナギの場合は【掘削】の魔法で用地自体を掘り下げるほうが手っ取り早い。
【掘削】の魔法を何度も行使して用地全体を1mぐらいの深さで彫り、その後に〈収納ボックス〉に回収された土を、少しずつ用地に戻す。
こうすることで、土壌を柔らかくして『耕す』という作業も省略した。
『農場世界』の気候は自由に設定できるので、取水を考える必要はない。
準備できた後は、島全体に雨を振らせることで水田用地への湛水を行う。
環境が一定なら、揮発して水田から失われる水量も毎日等しくになる筈なので、以降は水量が維持される程度に、主に深夜時間帯に雨を降らせることにした。
取水口も排水口も無いので、田んぼの水の入れ替えを自由に行えないのが難点だけれど。『農場世界』は病害と無縁の世界らしいので、案外同じ水を溜め続けたままでも大丈夫ではないかと思っている。
何か問題が生じるようなら、またその時に対策を考えればいいだろう。
水田の準備を終えると「後のことは私達に任せなさい」とルティとキアの二人が言ってくれたので、全てお任せしてしまうことにした。
植物の成長が早い世界とはいえ、お米が採れるまでには結構な時間が掛かるだろうけれど。いつかの収穫の日が、今から楽しみだ。
「お姉さま。あちらの世界に、何か名前をつけませんか?」
今朝になって、レビンが唐突にそんな提案をしてきた。
朝食の後の洗い物を、ナギとレビン、エコーの三人でやっている最中のことだ。
「名前ですか? 例えば『エコーズ』みたいな感じで?」
「はい。『農場世界』という呼び方は、ちょっと淋しい気が致しますので」
スキル名が〈農場世界〉なものだから、すっかりその名前で呼んでしまっていたけれど。確かにレビンの言う通り、それ自体を『世界の名前』にしてしまうのは、ナギにも少々どうかと思える。
こちらの世界には『アースガルド』という立派な名前があるのだから。ちゃんとした名前を『農場世界』のほうにも付けるべきかもしれない。
「うーん……じゃあ、安易な名前だけど『エコーガルド』とか?」
「そうですね。エコーさんが作った世界なのですから、よろしいのでは」
「―――できれば今回は、私の名前を付けるのはやめて下さい」
食器を水で濯いでいたエコーが、ナギとレビンの会話を受けて、軽く苦笑しながらそう告げる。
「私の名前は、既にエルフの人達が居住する『森の集落』に付けて頂いたのですから。次に引用するなら、やはりナギ様かレビン様の名前からでは?」
「なるほど。『農場世界』は浮遊島で構成された『空の世界』だから、空を自由に飛ぶことができるレビンに肖った名前にするのは良いかもですね。
じゃあ―――あちらの世界を『レヴィン』と呼ぶのはどうかな?」
「えっ」
「大変結構だと思います。では、以後あちらの世界は『レヴィン』ということで」
「えっ? えっ?」
速やかに合意へと至り、ナギとエコーは互いに頷き合う。
レビンひとりだけが、きょとんとした顔で「えっ?」とまだ言っていた。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
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ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔現人神〕〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉8、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉8、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉2、〈調理〉3
〈農場世界〉2、〈神癒〉3
227,812 gita
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