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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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73. 異界の桜

「快復しました」と書いた翌日からめっちゃ高熱が出て焦りました。

(今は元気です)

 


     [2]



「ナギお嬢様、こちらの荷物をお願いできますでしょうか。アリスお嬢様の着替えと、五人分のタオルなどが入っておりますので」

「わざわざ僕らの分まで……すみません」

「いえいえ、このぐらいはお安い御用です」


 アモンドが子供の頃からナッシュ家に仕えているらしい老齢の執事が、柔和な笑みを浮かべながら差し出した手提げ袋を、ナギは有難く受け取った。

 この執事の男性は、なんだか不思議なぐらいに存在感が無い人で。全然気付いていなかったのだけれど、ナギ達がこの場所で歓談していた時にも、実はずっと普通に部屋の隅に立っていたらしい。

 なので、アモンドとイザベラの二人がナギを『娘』として扱おうとしていることを、この執事の男性は把握している。

 ナギのことを『ナギお嬢様』と呼ぶのは、その意志を汲んでのものだろう。


「温泉って、どんなのだろ……。楽しみなんだよ」

「どんな場所だったか、是非あとで爺にも聞かせて下さいませ」

「うん!」


 頬を緩ませながら、アリスが嬉しそうな声でそう話している。

 微笑みながらアリスに応える執事の目は、かすかに潤んでいるように見えた。

 病床に伏していた長い年月を知っているだけに。本人が望むままに『お出かけ』できる今のアリスの姿を見て、感慨深いものがあるのかもしれない。


 今からナギ達は『新しい世界』へと出掛ける。

 それは以前に要求した『使命(クエスト)の報酬』として、主神アルティオと主神オキアスが用意してくれた『世界』だ。

 いや―――厳密に言えば、主神二柱は『神力』を提供しただけであり、『新しい世界』を創造したのは、あくまでもエコーであるらしいが。

 エコーは主神アルティオの欠片として生まれた存在、いわゆる『分霊』のようなものなので、充分な神力さえあれば本体(アルティオ)と同じ奇蹟を起こすことができる。

 そして主神アルティオは、この世界(アースガルド)を創世した神様。

 つまり『世界を創造』できる権能が、エコーにも備わっているのだ。


 実はエコーは昨日、主神アルティオと主神オキアスの二柱に神力を分けて貰った時点で、すぐに『新しい世界』を創造していたらしい。

 その世界のお披露目が1日遅れた理由は、エコーが作った『普通の平面世界』に二柱の主神が、色々と手を加えていたからだ。

 エコーはそれを『魔改造』だと零していたことがある。

 ……一体どんな世界になっているのか、確かめるのがちょっと怖い。


 エコーの話によると、その『新しい世界』には温泉があるらしい。

 折角今から訪問するのだから、その温泉には是非とも入ってみたい。そんな話をしていた所、ナッシュ家に勤める執事の人が気を利かせて、アリスの着替えと一緒に五人分のタオルなどを用意してくれたのだ。


「本当は私も、その『新しい世界』というのを見てみたいし、温泉にも入りたいのだけれどねえ……」


 アモンドは残念そうな表情をしているけれど、こればかりはどうしようもない。


「アモンドと一緒に温泉だなんて、断固として拒否致しますわ!」

「私も殿方に裸を見られるのは許容しかねる」


 レビンとイヴの二人が、アモンドが温泉へ同行することに反対しているからだ。

 今から行く温泉は、『竜の揺籃地(ようらんち)』の古代樹の元にある泉と同じように、自然そのままに存在している温泉であるため、周囲を覆う壁などが用意されていない。

 なので温泉に入っている姿は、同行者からは丸見えになる。

 それを嫌がるレビンとイヴの気持ちは、女性としては至極当然のものだと思えるだけに、ナギとしても無下にはできない。

 ナギ自身は(精神的には)アモンドと同性なので、別に気にしないのだが。


「娘が反抗期でつらい……」


 悄然と肩を落とすアモンド。

 その様子を見て、妻のイザベラは可笑しそうに笑っていた。


「えっと、エコー。その『新しい世界』へは、どうやって移動するのでしょう?」

「移動するための『(ゲート)』をナギ様は2つまで設置できる筈です。詳しくはスキルが1つ増えていると思いますので、そちらをご覧下さい」

「スキル……?」


 エコーに促されて、ナギが自分の身体を〈鑑定〉してみると。

 果たしてエコーの言う通り、いつの間にかスキルが1つ増えているのが判った。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 〈農場世界〉Rank.2 - 神授スキル


   農地などの利用に適した『農場世界』を管理・運営できる。

   『農場世界』は1つの本島と1つの衛星島によって構成され、

   全ての島で植物の成長速度が通常よりも『20%』早くなる。

   『農場世界』へ繋がる任意サイズの門を2つまで作成できる。


   このスキルは世界樹の成長段階に応じてランクが成長する。

   スキルランクが上がると衛星島の数と門の作成上限数が増加する。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 増えているスキルは〈農場世界〉というものだ。

 種別は『神授スキル』と書かれている。スキルランクは『1』ではなく、なぜか最初から『2』になっているようだ。


 表示されている説明文をざっと読んでみたところ、どうやらこのスキルは『農場世界』という場所を管理・運営するためのスキルらしい。

 この『農場世界』というのが、主神アルティオが言っていた『新しい世界』のことだと考えて良さそうだ。

 主神アルティオは以前「植物がよく育つ世界を作ると良いかもしれない」みたいなことを言っていた気がするので、農地に適する世界に改造したのだろう。


 〈農場世界〉のスキルを持つナギは、『農場世界』へ繋がる門を最大で2つまで作成できるらしい。

 門のサイズは自由にできるようなので、試しにとある著名なアニメに登場する、便利な『ドア』ぐらいの大きさをイメージしてみる。

 すると、ナギの目の前に、ちょうど片開きのドア1つ分ぐらいのサイズをした、不規則な燐光を帯びた『光の扉(・・・)』が出現した。

 あるいは、それは部屋の床に対して垂直に立てられた、淡く光るだけの薄い板のようにも見えそうなのに。けれど、その光る板が間違いなく『扉』であるのだと、不思議とナギには頭の中で理解できた。

 同時にこの『光の扉』が間違いなく、異世界へと繋がっている『(ゲート)』であることも、何故かナギには理解できてしまう。


「これが、エコーさんの世界へ繋がる入口なのですね……」


 小さな声で、イザベラがそう口にする。

 イザベラにも判るぐらいだから。この『光の扉』が異世界へと繋がる『(ゲート)』であることは、ナギに限らず、この場の全員に理解できているのだろう。


「な、なんだか凄いんだよ……! これ、(くぐ)っちゃってもいいの?」

「ええ。特に危険はありませんので、大丈夫ですよ」


 アリスの疑問に、エコーが頷きながら太鼓判を捺す。

 その回答を受けて、躊躇することなくアリスが『光の扉』の中へに飛び込むと。薄い板を通り抜けると同時にアリスの姿は掻き消えて、部屋のどこにも見当たらなくなった。


「だ、大丈夫なのかな……?」


 娘の安否が気がかりなのか、やや狼狽した声でそう訊ねるアモンド。

 その疑問にエコーが答えるよりも先に。『光の扉』の向こう側から、ひょこっとアリスが上半身だけを出してみせる。


「す、凄いんだよ! これ、森の中に繋がってるんだよ!」

「森?」


 『農場世界』と言うぐらいだから、この扉が繋がる先の世界は、一面が畑で埋め尽くされた場所だろうか―――とナギは予想していたのだが。

 実際に見てきたアリスが言うには、向こうは『森』であるらしい。


「ナギお姉ちゃんも行こ! 夜なのに明るくて、なんだか不思議な森なんだよ!」

「森なのに明るい……? それは確かに、気になりますね」


 森の中は、空からの光を林冠が遮るせいで、昼でもあまり明るくはならない。

 また月明かりも林冠に遮られるので、夜には深い闇が森中を埋め尽くすのが常であることを、この世界に来てからの約一ヶ月をほぼ森の中だけで過ごしたナギは、既に十分過ぎるほど知悉していた。

 なので、アリスが告げた「夜なのに明るい」という言葉が容易には信じられず、ナギは少なからず興味を掻き立てられる。


 上体だけを出して手招きをするアリスに誘われて、ナギが近寄ると。

 アリスが片手を取り、引き寄せるようにナギの身体を『光の扉』の中へ導いた。


 ―――『光の扉』を通過すると同時に、景色が一変する。


 アリスの言う通り、扉を潜った先は森の中だった。

 いや―――樹木の密度があまり高くなく、天井も林冠で覆われていない。

 それに樹木が生えている間隔が一定で、あまりに整然としすぎている。

 林業に携わる人は、人の手が加わっている環境を『林』と呼び、自然そのままの環境を『森』と呼び分けるのだと何かの本で読んだことがあるが。だとするなら、この場所は『森』ではなく『林』と呼ぶほうが適切だろう。


 ナギの目の前には、沢山の花弁を薄桃に光らせている、不思議な樹木がある。

 『竜の揺籃地(ようらんち)』に存在する、どの樹木とも異なるものであるのに。ナギにはその樹木が、何の木なのかすぐに理解できた。


「桜……?」


 思わずナギは、その樹木の名前を口から零してしまう。

 花を咲かせている状態で見たならば、その木が『桜』であることは、日本人なら即座に理解できるのは当然のことだった。


 ―――周囲一帯に生えている木は、そのどれもが明らかに『桜』だった。

 もっとも、ナギの知る『桜』とは明確に違う部分もあったりするのだが。


「見たことがない木ですが……。お姉さまは、ご存じなのですか?」


 ナギに続いて、すぐに『光の扉』を通過していたらしく。いつの間にかレビンがナギのすぐ傍に立って、そう疑問を口にしていた。

 隣にはイヴとエコーの姿もある。二人とも周囲の景色に圧倒されているらしく、口を半開きにしたまま固まっていた。


「ええ、僕が以前住んでいた世界にあった『桜』という木に、よく似ています。

 ―――もっとも僕の知る『桜』は、花が光ったりはしていませんでしたが」


 綺麗な薄桃色の花弁を満開にしている『桜』の木々。

 ナギの周囲を取り囲む沢山の『桜』は、全ての花が発光していた(・・・・・・)


(異世界の桜って、光るんだなあ……)


 幻想的な光景を眺めながら、ナギは茫然とそんなことを思う。

 それは今までにナギが毎年見ていたどの『桜』より、圧倒的に美しかった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.14 /掃討者[F]

  〔現人神〕〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3

  〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1


  〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1

  〈錬金術〉2、〈調理〉3


  〈神癒〉3


  227,812 gita

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