72. 五人姉妹
無事快復しました。ご心配お掛けしました。
ここ数回分の投稿内容の推敲は、次回の投稿までには何とか。
「アリス。あなたはこの先、どういう将来を目指したいですか?」
イザベラが穏やかな口調で、娘のアリスに問いかける。
その言葉に―――アリスはどこか驚いたような表情をしてみせた。
「将来……。そっか、私……自分で、選べるんだ……?」
「もちろんだとも。アリスには未来があるのだからね」
娘のつぶやきに応えて、アモンドが即答する。
そう告げるアモンドの表情は、何とも晴れやかで嬉しそうだった。
ただ身体が腐り落ちていくのを、受け容れるしかなかったのは過去の話。
アモンドの言う通り、病が治った今のアリスには未来があるのだ。
沢山の将来像が、アリスの前にひらけている。
発覚した『優れた聴覚』の才能を活かして、天職の通りに〈錬金術師〉となるべく知識と技術を修めてもいい。
アモンドから商売について学んで『商人』を目指すこともできるし、イザベラから『建築』について学ぶのも良いだろう。
この世界では貴族位を女性でも相続することができるので、アモンドから統治について学び、いずれ『領主』の座を継ぐという手もある。
あるいは―――もちろん、そのどれとも異なる未来を選ぶこともできる。
アモンドもイザベラも、娘が自分で選ぶ道を、否定したりはしないだろう。
「―――あのね。お父さん、お母さん」
暫くは考え込むかと思ったのだが。
ナギの予想に反して、アリスは迷うこともなく言葉を紡ぎ始めた。
「私はね、生きるのを一度、諦めてたんだよ」
「……ええ、知っているわ」
「お父さんとお母さんも、一度は私のことを諦めていたよね」
「………」
そう告げるアリスの言葉に、責めるような語調は全く含まれていないが。
とはいえ娘本人の口から、はっきりそう言われたのは堪えたのだろう。アモンドもイザベラも悲愴な表情で項垂れながら、かろうじて頷くことで答えていた。
「私自身が諦めて、お父さんとお母さんも諦めちゃってたんだから。私はきっと、一度は死んじゃったようなものだと思うんだよ」
「アリス……」
「いま生きている私の命は、ナギお姉ちゃんがくれたものだと思うんだ。
だからね、この命はナギお姉ちゃんのために使いたいって。そう思うんだよ」
アリスの双眸が、真っ直ぐにナギを見据える。
自分よりも幼い少女である筈なのに。アリスの視線に射貫かれて、ナギはどこか気圧されるようなものを感じていた。
「私は立派な〈錬金術師〉になって、ナギお姉ちゃんと一緒に生きたいと思うの。ナギお姉ちゃんが拾い集めた薬草を私が『霊薬』に変えて、ナギお姉ちゃんの元に集まって暮らしている人達のために、末長く役立てて行こうと思うんだ。
―――だからね、私、ナギお姉ちゃんの『眷属』になろうと思うの。
昨日、レビンお姉ちゃんが言ってたの。三番目までの席はもう埋まってるけど、四番目になら、アリスがナギお姉ちゃんの『眷属』になってもいいよって」
「眷属……」
アリスの身体がまだ『黒腐病』に蝕まれていた時には。もし薬草を飲ませても、病を除くことができない場合には、アリスを自分の『眷属』にするということも、選択肢のひとつとして考えていたけれど。
とはいえ病が治った今となっては、アリスを『眷属』にする必要は無いのだが。
「ナギ君。その『眷属』というものを、私はよく知らないのだが。良ければ詳しく教えて貰えないだろうか?」
「あ、はい。了解です」
アモンドから求められて、ナギはまず自分の種族が『古代吸血種』であることを明かす。
それから『古代吸血種』が他者の血を吸うことで、相手を自分の『眷属』にすることができることを話してから。更に、『眷属』にした相手に付与される『恩恵』と『枷』についても、自分の知る限りのことを説明する。
また、病の治療のために、一度はアリスを『眷属』にするのを考えたことについても、ナギは正直にナッシュ夫妻に打ち明けた。
「なるほど、『眷属』になると寿命が無くなるのだね。つまりアリスは、ナギ君が永遠の時間を生きる隣で、共に永遠を生き続けたいということかな?」
「うん! 『眷属』になって、私はずっとナギお姉ちゃんと一緒に居たいんだよ」
「ふうむ……。ナギ君の『眷属』になったら、もう二度と病に苦しめられることも無くなるようだし。アリスがいつまでも健康的に暮らせるなら、悪い話では無いのかもしれないねえ」
「えっ」
アモンドの口から予想とは違う言葉が漏らされたことに、ナギは驚かされる。
アリスを溺愛しているアモンドのことだから。娘を吸血種の眷属にするだなんてとんでもない! ―――とか、そんな具合に怒ると思っていたのだが。
何しろ『古代吸血種』は自身の『眷属』になった相手に対して、拒否できない絶対的な『命令』を行うことができてしまう。
やろうと思えば、自身の『眷属』を奴隷同然に扱うことだって可能となるのだ。
「ナギ君なら、アリスのことは悪いようにしないだろうからね」
疑問を率直に訊ねると、アモンドはさも当然のようにそう答えてみせた。
信頼して貰えているのは嬉しいけれど―――
「……僕が『男』だって、判ってます?」
どうも『男』だと認識されていないような気がして、ナギがそう訊ねると。
アモンドは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、すぐに笑顔で噴き出した。
「ふっ、あはははっ……! ああ、大丈夫だよ、判っているとも。まあ、ナギ君の見た目は確かに男どころか、黒髪の利発なお嬢様にしか見えないけれどね!
精神的には、ナギ君が僕と同じ『男性』であるとが、ちゃんと理解しているよ。正しく理解した上で、ナギ君がアリスに手を出したいのであれば、それは別に構わないとも思っているけれどね。君ならば然るべき責任は取ってくれるだろうし」
「せ、責任、ですか……。それは『結婚』という意味でしょうか?」
「アリスとずっと一緒に居てくれるなら、形式は何でも構わないかなあ」
何故か少し満足げな表情をしながら、アモンドはそう答える。
その隣から、イザベラが「ひとつお訊ねしたいのですが」と声を差し挟んだ。
「私と夫のことも、お願いしたら『眷属』にして頂くことは可能でしょうか?」
「お二人もですか? それは別に、構いませんが……」
「アリスがナギさんの『眷属』になりたいという意志は尊重したいのですが……。寿命が無くなって、永遠を生きることになった娘を遺して、夫と私だけが先立つというのには―――正直を申し上げて抵抗を覚えるのです。
ナギさんさえよろしければ、いつまでもアリスと共に家族で生きられるように、私と夫のことも『眷属』にして頂けましたらと思うのですが」
「ああ、それは良いね。ナギ君が構わないなら、是非そうして欲しいものだが」
「な、なるほど……」
種族的な本能であるからなのか、ナギは『他人の血を吸う』という行為に些かも抵抗を覚えない。
本人が望むのであれば、『眷属』にすること自体は全く構わなかった。
アリスは両親から愛されている。両親もまた、アリスから愛されている。
なればイザベラの言う通り、アリスだけを『不老不死』にするよりは、アリスの家族を丸ごと『不老不死』にするほうが、三者の幸せには繋がりそうだ。
「そうですね―――僕も、自分のことも『娘』だと言ってくれる数奇な両親には、一緒に生きていて欲しいと思います」
そう告げながら、ナギの顔は自然に綻ぶ。
アモンドとイザベラの二人は今朝、ナギのことを『娘』だと呼んでくれた。
もちろんそれは、半分以上は冗談だったと思うけれど。冗談でも何でも、自分のことを『家族』として扱ってくれる二人の言葉が、ナギには嬉しくもあった。
「そうだね。アリスだけでなく、ナギ君のことも遺して死ぬわけにはいかないね。だから私とイザベラのことも、良ければナギ君の『眷属』にしてくれるかい?」
「判りました。でしたら代わりに、僕のことは『ナギ』と呼び捨てにして下さい。アモンドさんもイザベラさんも、娘を『君』付けで呼んだりはしないでしょう?」
「でしたら私のことも『お母さん』と呼んで頂かないとですね?」
「うっ……。さ、流石にそれは、急には難しいです」
「あら、そうですか。残念ですね」
そう言って、くすくすと嬉しそうに微笑むイザベラ。
異世界の地で、家族を得られるのは嬉しいけれど。出逢ってまだ二日しか経っていない相手を『母』と呼ぶのには、まだ抵抗があるし恥ずかしい。
「じゃあ『妹』の私のことも、ちゃん付けはやめて欲しいんだよ」
「ん……。では今後は『アリス』と呼び捨てにしても?」
「うん! ありがとう、ナギお姉ちゃん!」
にかっと笑いながら、アリスは何度も強く頷いてみせた。
その様子が可愛らしくて、ナギが優しくアリスの頭を撫でると。はにかんで頬を少し赤らめながらも、アリスは目を細めて嬉しそうに笑っていた。
小さい子だから、何となく『アリスちゃん』と呼んでしまっていたけれど。もしかすると、ちゃん付けで呼んで子供扱いされるのは嫌だったのかもしれない。
……とはいえ、その割にナギから頭を撫でられるのは嫌がらないようだけれど。
「では、お姉さまが長女で、わたくしが次女ですわね!」
「―――レビン。いつからそこに?」
「つい今しがたですわ。お姉さまを呼びに参りましたの」
驚きながら後ろを振り返ると。そこにはレビンだけでなく、イヴとエコーの二人の姿もあった。
「父親がアモンドというのは、正直腑に落ちませんが。お姉さまと姉妹になれるのでしたら、そこは我慢することに致しましょう」
「……レビンが次女なら、私が三女?」
「では私が四女で、アリス様が五女でしょうか」
「わわっ……! お姉ちゃんがいっぱいなんだよ!」
レビンとイヴ、エコーの言葉を受けて、アリスが嬉しそうに飛び跳ねた。
随分と大家族だなあ、とナギは少し呆れながらも。
けれど、日本で暮らしていた頃から、兄弟姉妹というものに多少の憧れは持っていたので。沢山の姉妹ができたというのは、やっぱり結構嬉しくもあった。
「ところでレビン、僕を呼びに来たというのは?」
「あ、詳しくはエコーさんから聞いて下さい」
そう告げたレビンは、ちらりとエコーへ目配せをしてみせる。
エコーもまた、コホンと小さく咳払いをすることでレビンに応えた。
「つい先程、アルティオ様から連絡がありまして。
―――『新しい世界』を披露する準備が整いました、とのことです」
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
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ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔現人神〕〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉2、〈調理〉3
〈神癒〉3
227,812 gita
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