07. 対話と取引 - 1
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翌朝、異世界の空模様は嬉しいことに、見渡す限りの快晴だった。
もしも雨が降っていたなら、出発を延期しなければならなかった所だ。今日はかなり長距離を歩く予定なので、悪天候は可能な限り回避しなければならない。
ただでさえ体躯が小柄になったせいで歩行速度が落ちているのだから、この上に雨天まで重なり、更に移動に苦労するような事態は絶対に避けたいのだ。
早く起きすぎたせいなのか、宿の飲食スペースには客の姿が殆ど無かった。
女将さんが作ってくれた朝食をゆっくり味わってから、ナギは一旦自室に戻り、手早く着替えだけを済ませる。
衣装を替えてからもう一度宿の飲食スペースのほうへ移動すると。こちらの姿を認めた女将さんが、たちまち喜色満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「おやおや、まあまあ! やっぱりアタシの見立てに間違いは無いね! アンタには絶対にそういう服が似合うと思ったんだよ!」
「に、似合ってますか……」
「似合ってるともさ! いまなら嫁の貰い手には何の不自由しないだろうね!」
「……そうですか」
今のナギの姿は、良くも悪くも『村娘』の格好だった。
いや、このランデンの村で暮らしている女性の姿格好より、些か洒落た色合いやデザインをしているように思うから。『普通』よりは些か華やかな服装になるだろうか。
女将さんが昨日言っていた『良いモノ』とは、ナギがいま身に付けている、この衣服のことだった。
事の発端は今朝のことだった。ナギが朝食を注文した際に、女将さんは良い笑顔を浮かべながら、朝食と一緒に『瀟洒な村娘の衣服』という衣服を持ってきたのだ。
何でもこの服は、村の雑貨屋で売られていた上等品らしい。
「アンタから薬草を買い叩こうとしたマーカスの馬鹿には、しっかりヤキを入れておいたからね! こいつはマーカスから詫び代わりにぶんどってきたものだから、アンタにあげるよ。きっと良く似合うと思うんだよねえ!」
男顔負けの上腕二頭筋を見せながら、グッとサムズアップしてみせる女将さん。
手渡された、明らかに女性モノの衣服に対して、内心でかなりの抵抗感を覚えながらも。女将さんが純粋な善意から手渡してくれた衣服だと判るだけに、ナギにはそれを固辞することが出来なかった。
(まあ……ずっと学生服を着ているわけにもいかないしね……)
出費無しに着替えを貰えたというのは、素直に有難いことでもある。
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□瀟洒な村娘の衣服/品質[60]
【カテゴリ】:衣類(体防具)
【流通相場】:2,800 gita
物理防御値:5 / 魔法防御値:2
装備に必要な[筋力]値:2
都市住まいに憧れる村娘が好んで着用する衣服。
上衣とスカートのツーピースに、短いポンチョがセットになっている。
ランデン村の〈縫製職人〉ロウネによって作成された。
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正直、スカートには抵抗があるけれど、長丈なのがまだ救いだろうか。
にしても―――〈鑑定〉で確認できる相場額によれば、結構良い値段のする衣服らしいが。本当に貰ってしまって良いのだろうか。
なんとなく受け取りづらくて、ナギがそのことを告げると。女将さんはにかっと笑いながら「気にすることはないよ」とあっさり肯定してみせた。
「半年ほど前にロウネが仕立てた服なんだけどね。生地がちょいと上等過ぎるせいか、うちの村に住んでる若い娘達にはあまり評判が良くなくってねえ。売れ残ってマーカスの店で埃を被っていた物だから、アンタが貰ってくれるならそのほうがいいのさ」
―――そういった事情で、ナギは見事女性モノの服を着るに至ったわけである。
ロングスカートなのは有難いが、中に履いているのが男物のトランクスなのが、正直を言って凄く違和感がある。
かといって、女性物の下着を身につけるというのも……。それはそれで、ナギの精神に多大なダメージが発生することは、考えるまでもなく明らかだった。
その後、昨日と同じように井戸で水を汲んでいるロウネの姿を見かけたので、服を頂いた旨と感謝だけを手早く伝えてから、ナギはランデンの村を発った。
少しばかり名残惜しいような気もするが、今日は長距離を移動する予定なので、村で悠長に過ごしている時間は無い。
テレビを点ければ天気予報をチェックできた現代日本での暮らしとは違い、この世界では未来の天候を知る術が無い。いつ天候が崩れ始めるのか、ナギには全く予想もできないのだ。
だからせめて、雲ひとつない快晴の空模様をしている今のうちに。少しでも早く村を発ち、ロズティアまでの道中で雨に降られる可能性を抑えておきたかった。
ここランデンの村からロズティアまで移動するには、街道上を進めば52km。
但し、街道を無視してロズティアがある東北東の方向へ直進するのであれば、移動距離は40kmちょうどにまで短縮される。
(僕は魔物や動物に襲われないのだから、別に街道を歩く意味は薄いか……?)
暫く悩んだ末にナギはそう思い、最短距離でロズティアへ向かうことにした。
この世界の街道には『魔を払う』効果があるらしく、魔物は街道の近くへは、あまり積極的に近寄って来ないらしい。だから旅人は魔物との遭遇率を下げるために、普通は必ず街道上だけを移動するのだそうだ。
逆に言えば、街道を歩くメリットは『魔物と出逢いにくい』という以外にはそれほど多くない。
もちろん、多くの旅人によって踏み慣らされた街道は、単純に歩きやすいという意味では優れているだろう。けれども代わりに、街道には旅人を襲撃して金品を奪うことを目的とする盗賊が待ち構えていることも、稀にあるそうだ。
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〈非戦〉Rank.1 - 採取家スキル
左右の手に武器を持っていない場合、絶対に攻撃されない。
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ナギの持つ〈非戦〉のスキルは対象を問わない。
相手が魔物でも動物でも、あるいは―――同じ人間にでも効果を十全に発揮するらしいので、盗賊もまた脅威とはならないのだが。
とはいえ素材の宝庫である森の中に較べると、街道上を歩くのでは、やはり移動中に植物素材を採取することもあまり期待できなくなってしまうだろう。
昨日採取した素材は全て宿の女将さんに売って処分したのだから、今日は今日で移動中に積極的に植物素材を採取して、路銀を増やしておきたいところだ。
《ロズティアに向かって直進する場合、道程の七割程は森を移動することになります。確かにナギ様がお考えになられている通り、移動中に素材を採取するのでしたら、森の中を進む方が都合がよろしいとは思いますが、ただ……》
(何か問題がありますか?)
《ナギ様がいま履かれている革靴は、悪路の歩行にはあまり適さないものです。今回はまだ大丈夫だと思われますが、ダメージは積み重なると思われますので、ロズティアへ到着されたら交換品を調達しておくほうが良いと思われます》
(ああ、それは確かに……)
エコーの言葉に、ナギは内心で頷く。
ナギがいま履いている靴は、一年ちょっと前に購入した合成皮革製の学生靴だ。
革靴は舗装された路面を歩くためのものなので、森の中のような悪路を歩く用途には向いておらず、確実にダメージが積み重なっていく。
特に靴底は砂利などで傷つきやすいので、そんな使い方をしていれば遠からず損傷し、靴自体が駄目になってしまうことだろう。
ここが日本であれば靴底が破損しても、交換や修理は安価で済むのだが。こちらの世界で日本の靴製品を直すのは、きっと容易ではない。
〈収納ボックス〉のスキルがあるお陰で、手荷物が多少増えても困ることは無いのだから。エコーの言う通り予備の靴を予め準備しておくのが賢明だろう。
靴だけでなく、肌着や靴下の替えも準備しておきたいし、衣服もローテーションできるようにもう何着かは持って置いた方が良いだろう。どうやらロズティアに着いたら、色々と生活に必要なものを纏めて買い込む必要がありそうだ。
「となると、やっぱりお金も、もっと程度稼いでおかないとなあ……」
現在ナギの所持金は全部で10,840gitaあるが、これは決して余裕のある金額ではない。
というのも、エコーから聞いた話によれば、ロズティアのような大都市では全体的に物価が上がる傾向があるらしいからだ。
特に顕著なのが宿の料金で、ランデンであれば1泊あたり800gitaしか掛からなかったところが、ロズティアのような大都市では、1泊ごとに1500gita近い出費にもなるらしい。
それに、朝食は宿の料金に含まれていることが多いものの、昼食と夕食は飲食店などで食べなければならない。この出費を含めると、都市に泊まるためには大体1日あたり2500gita前後のお金が必要となるそうだ。
つまり現在のナギの所持金など、たったの4泊で底を突いてしまう。
(それに、できれば風呂にも入りたいし……)
一応、今朝になって女将さんから桶に入った水を貰い、宿の部屋に置かれていた自由に使用できる布で、身体を拭く程度の身嗜みは整えているが。とはいえ、それで日本人であるナギの心が満たされよう筈もない。
特にナギは元々、シャワーだけでは満足できない性分で、普段から毎晩浴槽に湯を張り、風呂に浸かる生活を続けていたから尚更だ。
この世界にも、ロズティアのような大都市であれば浴場施設はあるらしい。
但しそれは、日本の銭湯のように安価で利用できる施設ではない。
数人から十数人が一度に利用できるサイズの浴場を―――つまり、日本の旅館で言う『家族風呂』より少し広めに設けられた区画を、時間単位で借り切って利用する施設なのだそうだ。
浴場一室を丸ごと借り切るわけなので、その利用額はかなり高額となる。エコーの話によれば、大体1時間で6,000gita程度が相場であるらしく、宿の宿泊などより遙かに高い金額が掛かってしまう。
相当な出費となるので、気軽には利用できないが。けれど毎日とまではいかずとも、せめて数日に一度ぐらいは風呂に入れるのを目標にしたい所だ。
現在の〈収納ボックス〉にはナギが元々着ていた制服の上下と学生鞄が入っており、残りの収納枠はあと7枠。つまり収納枠にはまだまだ充分な余裕がある。
ロズティアは規模が大きい都市らしいので、利用価値がある植物素材なら大抵の物は売るのに苦労しないらしい。なので色々と積極的に採取しながら移動したいところだ。
とはいえ直進距離で40kmある道程は、普通に歩くだけでも半日かかるのだから。下手に採取に時間を掛けすぎると、到着する頃には夜が更けてしまいかねない。
なので今回は、ある程度金銭価値の高い素材に絞って採取を行おうと思う。
(エコー、移動針路のナビをお願いできますか)
《承知致しました》
エコーの補助により、ナギの視界に目的地であるロズティアがある方向と、そこまでの距離が正確に示される。
あとは指針に沿って真っ直ぐにロズティアへと向かいつつ、閾値を高めに設定して〈素材感知/植物〉スキルに反応する素材だけを採っていくとしよう。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.2
〈採取生活〉1、〈素材感知/植物〉1、〈収納ボックス〉1、
〈鑑定〉1、〈非戦〉1、〈繁茂〉1
10,840gita
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