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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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68. 稀人の両親

 



 午前中はイザベラから料理を教わりながら過ごした。

 ポニカの実を大量に持っていることを話すと、イザベラに「ではジャムを作ってみませんか」と勧められたので、是非にと作り方を教わったのだ。


 日本で暮らしていた頃には、自炊中心の生活を送っていたナギだけれど。流石にジャムを作った経験は無かったので、初挑戦は学びが多く楽しかった。

 ジャム作りというと、砂糖を大量に入れるイメージがあったのだけれど。実際に作ってみると、意外に砂糖を投入する量はそこまで多くも無かった。

 砂糖が高価というのもあるのかもしれないが。ポニカの実自体がかなり強い甘味を持っているので、その分節約できるということだろう。

 ジャムにすると味が圧縮されて、濃縮された果実の味を楽しむことができるのが面白い。普段朝食に果実そのものを食べている時とは、また違った新鮮な美味しさが感じられるような気がした。


 ジャムを固めるために柑橘の果汁を加えることだけは、日本で暮らしていた頃に科学の先生から聞いて知っていたのだけれど。これは異世界でも同じだった。

 ただ、果汁を加えればすぐに固まるものだと思っていたから。なかなか鍋の中でジャムが上手くゼリー状に固まらず、ナギが少しずつ果汁を追加しようとすると、イザベラが慌てて制止してくれた。


「あとは充分に冷ませば固まってくれますよ」


 鍋を火から下ろして、暫く待っていると。果たしてイザベラの言う通り、冷めていくのに従って、ジャムは理想通りのゼリー状に固まってくれた。


 ちょっと煮詰めただけですぐ出来上がりという感じだったので、ジャムの調理には正味30分も掛かっていない。こんなに簡単にできると思っていなかったので、正直びっくりだ。

 イザベラから空き瓶を幾つか貰ったので、早速瓶詰めにする。

 出来上がった瓶詰めのジャムを渡そうとすると、イザベラから「私は自分で作れますので夫にプレゼントしてあげてくれませんか?」と言われた。


「娘の手料理……! これぞ親冥利に尽きるというものだね!」


 勧めに従い、アモンドに瓶詰めのジャムを差し出すと、満面の笑顔で喜ばれた。


「僕は娘では無いですが」

「ナギ君は私の嫁になってくれないから、代わりに娘だと思うことにした」

「ええ……?」


 ナギとしては困惑するばかりなのだが、アモンドの中ではそう決まったらしい。

 ……まあ、特に実害は無い気がするので、あまり気にしないでおこうと思う。


 キッチンに戻ると沢山のパンや具材が用意されていて「では次にサンドイッチを作りましょう?」とイザベラから提案されたので、これもすぐに同意した。

 大きなハムの塊を薄くスライスしたり、鶏卵よりも一回り大きい何かの卵を甘く炒めたり。出来たてのジャムを塗ったりして、3種類のサンドイッチを作る。

 イザベラと他愛もない話をしながら大量に作っていると。なぜかアモンドが、ちらちらと居間の側からナギ達の方を覗いて来るのが不思議だった。


「夫のことは気にしないであげて下さいな。……妻と娘が一緒に手料理をしている光景をこっそり眺めるのが、多分幸せなだけだと思いますので」

「僕は娘ではありませんが」

「娘は何人居ても良いものです。だからナギさんも娘だと思うことにします」

「は、はあ……」


 理屈は全く理解できないが、イザベラの中ではそう決まったらしい。

 そう言ってくれること自体は嬉しくもあったので、ナギもまたイザベラを『母』のようなものだと思うことにした。

 正直、育児放棄(ネグレクト)全開だったリアル母親より、よっぽど親しみが持てそうだ。


「……僕は『稀人(ミレジア)』なのに、なぜか両親ができてしまいましたね」


 まさか異世界で両親を得てしまうと思っていなかったものだから。

 ぽつりとナギがそう漏らすと、イザベラは嬉しそうに相好を崩してみせた。


「ちょうど良いではないですか。親孝行して下さいね?」

「お小遣いを期待してもよろしいのでしたら」

「ふふ、小遣いを強請(ねだ)る時には覚悟して下さいね。私も夫もかなり稼いでおりますから、その時には金貨で大量に渡してしまいそうですので」

「うわあ……。教育に悪い両親ですね」


 くすくすと笑うイザベラにつられて、ナギもまた笑みを零す。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。調理の手を止めずにイザベラと歓談していたせいで、思わずサンドイッチを大量に作りすぎてしまった。


「作りすぎた分は頂いてしまっても?」

「ええ、もちろんです」


 イザベラから許しを得たので、全体の三分の一ぐらいを編み籠(バスケット)の中に収納して、入れた時の状態を完全保存できる〈保存ボックス〉の中へ入れておく。

 サンドイッチなら【浄化】の魔法で手を清潔にすれば、出先でもすぐに食べられる。森で採取している時のお供にも良さそうだ。


 視界に表示されている時計が午後2時に差し掛かる頃になると、ようやく徐々に皆も目を覚ましてくれたので。早速作りたてのサンドイッチを振る舞った。

 レビンもイヴも、エコーもアリスも。誰もが大いに喜んでくれたけれど、中でも際だって喜びながら食べていたのは、家主であるアモンドだ。


「大勢の娘に囲まれて、娘の手料理を頂く……。ああ、幸せだなあ……」


 じーんと目を潤ませながら、感慨に耽っているアモンド。

 そのアモンドの姿をエコーがいつものジト目で、レビンは露骨に軽蔑する目で、それぞれ冷たく見つめていることが、何だか妙に面白かった。


「そうだ、お姉さま。すみませんが……ひとつ、我侭を言っても構いませんか?」

「何でも言って下さい」


 やや申し訳なさそうに口にしたレビンに、ナギは強く頷いて応える。

 普段何くれとなく世話になっているレビンの我侭であれば、ナギは何を望まれても即座に応じるつもりだった。


「今日は『錬金術師ギルド』に学びに行く予定でしたが……申し訳ありませんが、わたくしは辞退してもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。それは勿論構いませんが。他に何か予定が? 別にギルドに行くのはいつでも構わないのですし、僕もレビンの用事に同行しましょうか?」

「いえ、それは大丈夫です。……実は、わたくしは以前から『建築』に少々興味がありまして。イザベラさんに少し教わってみようかと思いまして」

「ああ、なるほど―――」


 レビンの言葉を聞いて、ナギは得心する。

 古代樹の下にある、レビンが自力で建てた自宅は『小屋』のように小さい。

 これについてレビンが「本当はもっと大きな建物を作りたかった」と零していたことが幾度となくある。なのでレビンが『建築』について学ぶことに興味を持っているのは、ナギも薄々察していたことだった。


 レビンは短命種族である『人間』を少し嫌ってもいるけれど。一方では、人間という種族を高く評価してもいる。

 過去には「巨大な建造物を平気で建ててしまう人間の技術力には驚かされるばかりです」と口にしていたこともあるが。おそらく、この台詞を告げた際にレビンが頭に想像していた『巨大な建造物』とは、ロズティアにある五つの神殿だろう。


 その神殿を設計した本人である、イザベラがいま目の前にいるのだから。

 レビンが彼女に『建築』を教わりたいと思うのは、当然かもしれない。


「ナギ様。それでしたら私も『建築』を―――特に『設計』についてイザベラ様に是非とも教わってみたいのですが」

「エコーもですか」

「はい。やっているうちに、少々興味が出てしまいましたもので」


 エコーズに住む皆に自力で建てて貰った家屋や、オークの集落とエコーズの両方に建てた『氷室』の設計は、全てエコーが担当してくれたものだ。

 やっているうちに興味が出る、という気持ちはとても良く判る。『設計』のプロであるイザベラが目の前にいるのだから、学ぶのにも最適だろう。


「すみません、イザベラさん。レビンとエコーの二人をお願いしても?」

「ええ、もちろんです。こんなに可愛らしい教え子なら大歓迎ですよ」


 にこりと笑って、快諾してくれるイザベラ。

 朝から色々と話をしてよく判ったのだが、イザベラはかなりの人格者でもある。

 イザベラから教えを受けることは、レビンの『人間嫌い』を改善する意味でも、良い経験となるかもしれない。


「ではナギさんも代わりに、アリスのことをよろしくお願い致しますね」

「承知しました。アリスちゃんは、僕と一緒に『錬金術師ギルド』に行こう?」

「はい!」


 ナギの言葉に、アリスが元気よくそう応えてくれた。

 元々はレビンやエコーと一緒に『錬金術』を学ぶ予定だったので、ナギの〈氷室ボックス〉の中には、最下級の生命霊薬(ライフポーション)魔力霊薬(マナポーション)の材料である『カママ』と『セイズダケ』が、それぞれ『2000個』以上ずつ収納されている。

 この大量の素材をナギとイヴの二人だけで使い切るのは相当に大変だろうから、〈錬金術師〉の天職(アムル)を持つアリスにも積極的に消費して貰いたい所だ。


「むう……。皆ばかりでずるい。私も仲間に入れて欲しいのだが」

「そ、そう言われても……」


 口を尖らせながらそんなことを言ってきたアモンドに、思わずナギは苦笑する。

 確かに、この場でアモンドひとりだけが蚊帳の外に置かれているが。とはいえ、いい大人の男が『ずるい』と口にする様子は、正直ちょっと可笑しかった。


「誰か私から教えを受けてみたい子はいないのかい? 『商売』や『都市運営』に関することであれば、私にも教えられると思うのだがね」

「む……。それはちょっと、興味がある」


 小さく手を上げて、アモンド言葉に応じたのはイヴだった。


「私は何にでも興味がある。『建築』にも『錬金術』にも興味があるし、学べる物は何でも学んでみたい。だから、どちらに同行しても構わないと思っていたが。

 ……とはいえ大手の商会主から『商売』を教わったり、領主から『都市運営』を直接教われる機会など、そうそうあるものではない。今後のエコーズでも活かせそうな分野でもあるし、教えを請えるのであれば是非ともお願いしたい」

「大歓迎だとも!」


 イヴの言葉に、満面の笑顔でそう応えるアモンド。

 どうやら『錬金術師ギルド』へは、アリスと二人だけで行く羽目になりそうだ。

 あの大量の素材が二人だけで消費しきれるのかと思うと、ちょっと怖いが。


「ナギ様」


 皆との食事を終えた後に、外套を羽織って出掛ける準備をしていると。エコーが近寄り、そう声を掛けてきた。


「何でしょう?」

「私は離れた場所に居ても、常にナギ様と共に在ります。普段と変わらぬサポートを行うことができますし、いつも通り会話することもできます。

 また、その気になればナギ様がいらっしゃる場所にまで一瞬で『転移』することも可能です。何かありましたら、遠慮無くいつでも声を掛けて下さいね」

「了解です。それはとても助かります」


 笑顔でナギがそう応えると、エコーもまた小さく顔を綻ばせた。

 ナギには『念話』は使えないけれど。どうやらエコーにだけなら、いつでも話しかけることができるらしい。

 できれば別行動していても、夜には一緒に夕飯を摂りたいので。エコーに声が届くのであれば、合流の際に便利に活用できそうだ。


「それとアルティオ様が『報酬を渡すので、今夜時間を空けておいて欲しい』と」

「……り、了解しました」


 一体何を見せられるのだろうと、思わずナギは苦笑する。

 元々は自分で望んだ『報酬』である筈なのに。主神アルティオから一体どういう形のものを手渡されるのか、ナギには皆目見当も付かなかった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.14 /掃討者[F]

  〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3

  〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1


  〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1

  〈錬金術〉1、〈調理〉2→3


  〈神癒〉3


  227,812 gita

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