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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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67. ナッシュ家の朝

 


     [4]



「おはようございます」

「おはよう、ナギ君。よく眠れたかね?」


 翌朝、居間に顔を出したナギが、既に起きていたアモンドに挨拶すると。読んでいた書類を脇に除けて、アモンドがそう挨拶を返してくれた。


 昨晩からナギ達は、アモンドの邸宅の一室に泊めて貰っていた。

 宿は既に借りていたわけだから、ちょっと勿体なくもあったのだけれど、昨晩は身体が随分疲れていたものだから、アモンドが告げた「今晩は是非泊まっていきなさい」という言葉に甘えてしまったのだ。


「正直言って、あまり眠れませんでしたね……。やっぱりちょっと狭いですよ」

「ふふ、仲が宜しくて大変結構じゃないかね」


 ナギの言葉を受けて、アモンドは愉快そうに笑む。


 泊まらせて貰った客室には、天蓋付きのかなり大きなベッドが置かれていたのだけれど。そのベッドにナギだけでなくレビンやイヴ、エコー、更にはアリスまでもが混ざって来たものだから、流石に狭かった。

 最終的にはベッドに対して横向きに、5人並んで眠ったわけだけれど。疲労からすぐに会話に参加する気力を失ったナギを余所に、残り4人の女の子達は楽しげな声を上げながら、夜遅くまで様々な歓談に耽っていたようだ。

 疲れているのに、会話が絶えず耳から入ってくるものだから、どうしても眠りが浅くなる。お陰で今日のナギは、判りやすく寝不足だった。


 ちなみにナギ以外の4人は、まだベッドで安らかな寝息を立てている。

 そろそろ朝日が昇るのではと思うぐらいの時間まで起きていた様子だったから。たぶん今日は、時刻が正午を回るぐらいまでは起きてこないことだろう。


「ナギ君は精神的には私と同じ『男』なのだろう? ならば4人もの可愛い女の子に囲まれて眠るというのは、男冥利に尽きるのではないかな」

「あはは……」


 アモンドの言葉に、ナギはただ苦笑することで応じた。

 どうやらレビンとイヴは、昨晩ナギがアリスの治療後から気を失っていた間に、ナギが『男』であることを含めた、こちらの事情の何もかもを既にアモンドに話してしまっているらしい。


 あの賢い二人のことだから、うっかり『口を滑らせた』わけでは無いだろう。

 おそらく二人は意図的に、自分達の事情をアモンドに開示したのだ。


 ロズティアは古代樹やエコーズの集落から最も近い都市なので、今後も訪問する機会が多くなるのは間違いないが。訪問するたびに門を護る衛士から【伝言鳥】の魔法で各所に情報がバラ撒かれるのは、決して好ましいことではない。

 それならば―――ロズティアの領主であるアモンドにこちらの事情を全て話し、身内に引き込むことで便宜を図って貰おうと、おそらく二人は考えたのだろう。


 聡明な二人がそう判断したのなら、それで良いとナギには思えた。


「ナギ君が普通の女性ならば、私が求婚したいところなのだがね」

「……は?」


 アモンドの言葉に、思わずナギが目を瞠ると。

 その様子を見て、アモンドはくくっと愉快そうに顔を歪めた。


「私は妻のために全てを捧げることが、夫の務めだと思っているからね。アリスを助けてくれた感謝を示すためには、君を妻に迎えることが最も良いと思っている」

「勘弁して下さい」

「ふ、ふははっ! そんな文句で断られたのは私も初めてだよ!」


 今度こそアモンドは噴き出して、大笑いを始めてしまった。

 同じ男からそんな言葉を言われても嬉しくないし、ナギとしては困惑するばかりだ。


「そもそもアモンドさんには、イザベラさんがいるじゃないですか」

「あら。ナギさんが夫の求婚を受けて下さるのでしたら、喜んで正妻の座を譲り、私は第二婦人の座に納まらせて頂きますが」


 いつの間にか居間に顔を出していたイザベラが、しれっとした顔でそう告げる。

 『正妻』という男として受け容れ難い単語に、ナギが盛大に顔を顰めていると。それが面白かったらしく、アモンドに続いてイザベラもまた、くすくすと笑い声を零してみせた。


「夫は見ての通りなかなか顔が整っていますし、今は子爵の身。そして商才については申し分ありませんから、これでも婦人方には結構人気があるのですけれども。夫もナギさんの前では形無しですわね」

「女性に振られたのは君に続いて二人目だよ、イザベラ」

「あら。私はちゃんと二度目の求婚に応じたのですから、良いではありませんか」


 アモンドに答えながら、可笑しそうにイザベラは微笑んでいた。

 確かに、アモンドはそれなりに年齢こそ重ねていそうだが、イザベラの言う通り顔が良いし、体形も痩せ形で整っている。

 日本に住んでいた頃にテレビで見かけた、ちょっとした俳優並みに優れた容貌をしているので。社交場ではかなり婦人に人気がありそうに思えた。


「ん、商才……? アモンドさんは商人なのですか?」

「私は生まれた時から貴族ではあったけれど、三男だから家を継がないことはほぼ確定していたんだ。だから、ここロズティアを拠点に『ナッシュ商会』を興して、10年ぐらい前までは商人として気ままに活動していたんだよ。

 ―――ただ、父親が亡くなった後に長男と次男が相続で争ってね。長男が毒殺されたり、次男が刃に掛かったりして、気がついたら私が相続してたんだけど」


 そう告げるアモンドは、片手をひらひらと振りながら苦笑していた。

 どうやら、なりたくて『貴族』の身分に納まったわけでは無いらしい。


「有能な部下に運営を任せているけれど、商会自体は今もあるからね。何か都合を付けたい物があったり、逆に換金したい商品があったりする時には、いつでも私を頼ってくれて構わないよ」

「それは……有難いですね。近いうちに頼ってしまうかもしれません」


 ナギ自身が欲しいと思う物は対して無いのだが、これから本格的にエコーズの集落を復興させていくことを思うと、必要となる物など幾らでもあるだろう。

 エコーズの長であるメノアの相談に乗って欲しい旨をナギが伝えると、アモンドは笑顔で快諾してくれた。


「『竜の揺籃地(ようらんち)』に残っていたエルフを集めて新しく集落を興した話は、レビン君とイヴ君から既に聞いている。もちろん協力は惜しまないとも」

「ありがとうございます」

「それに集落の復興ということなら、私だけでなく妻も役立てるだろうしね」

「イザベラさんも、ですか?」


 ナギの言葉に、アモンドの隣に座ったイザベラが「ええ」と笑顔で応えた。


「夫と同じく私もまた商人ですから。……と言っても夫のように商品をやり取りするのではなく、注文に応じて家屋や店舗などを建てる『建設商会』ですが」

「イザベラは商会の主であると同時に、腕の良い設計技師でね。ロズティアにある五大神殿は全てイザベラの商会が建てて、その設計はイザベラが行ったんだ」

「それは凄い……!」


 ロズティアにある神殿は、どれも巨大にして荘厳な作りをしている。

 あれらの建物を造っただけでも凄いことなのに。まして設計を自らの手で行ったというのは、ナギからすれば驚嘆に価することだった。

 ナギが敬意を籠めた目でまじまじと見つめたからだろうか。イザベラは気恥ずかしそうな表情をしながら、視線を逸らしてみせる。


「それほど大したことではありませんよ。巨大な建物を建てるというのは、意外に皆が思っているほど難しいことでも無いのです。魔法で補強もできますからね」

「魔法で補強……。なるほど、そういうことも可能なのですね」

「そういえばエルフの皆様が住む『エコーズ』の住居は、全てナギさんが用意されたそうですね。なんでも50件以上の家屋を1日で建てられたとか。建築技師として大変興味がありますので、良ければ詳しくお話を伺えませんでしょうか?」

「あ、はい。大したお話はできないと思いますが」

「やれやれ、せめて朝食を摂ってからにしてはどうかね」


 イザベラとナギの話を聞いていたアモンドが、肩を竦めながらそう告げた。


 アモンドが侍女に注文してサンドイッチと温かい飲み物を用意してくれたので、それを頂きながら『エコーズ』の集落を作った時の話をする。

 イザベラは集落に『氷室』を建てた話にも驚いていたが。それ以上に、組み立てるためのパーツを配布し、住人であるエルフの人達自身の手で居住する『家屋』を建設させたという点に驚嘆し、とても評価してくれた。


「なるほど……。『組立式(プレハブ)工法』というのは面白いですね。是非私の商会でも取り入れて、建設をしてみたいものですが。そのためには―――」

「〈収納ボックス〉を扱える人が必要になりますね」

希少(レア)スキルの持ち主を確保するのは、なかなか容易ではありませんね。とはいえこうして価値を示して頂いた以上、積極的に求人は行おうと思いますが」


 この世界(アースガルド)に於ける〈収納ボックス〉の所有率は、全体の『0.02%』しかないと、以前エコーが言っていたのを覚えている。

 5000人に1人のスキル所持者を雇用するのは、イザベラの言う通り決して容易では無いのだろうけれど。とはいえ『絶対に無理』という程の割合でも無い。

 積極的に求人を行い続ければ、運が良ければ雇用できることもあるだろう。


「〈収納ボックス〉のスキルさえあれば、パーツを運ぶのに時間は掛かりません。僕でよろしければ、たまに運搬をお手伝い致しますが」

「それは願ってもないことです、是非ともよろしくお願い致します。代わりというわけではありませんが、ナギさんも『エコーズ』に建てたい施設がありましたら、遠慮無く私に言って下さいね。全力で協力致しますので」

「ありがとうございます。その時は是非」


 ナギのほうから片手を差し出すと、イザベラはすぐに握ることで応えてくれた。

 木材の調達はお手の物だけれど、ナギが持つ『建設』の知識など大したものではない。プロであるイザベラの協力は非常に得難く、有難いものだ。


「そういえば―――夫から聞いたのですが。ナギさんは今回ロズティアに錬金術の初歩を学ぶために来られたとか」

「あ、はい。そうです」

「実は私が持つ天職(アムル)は〈錬金術師〉なのです。とはいえ、私は建築を学ぶのが楽しかったものですから、折角の天職(アムル)を無駄にしてしまっているのですが。

 ―――その私の〈錬金術師〉の天職が、娘のアリスに引き継がれておりまして。もしナギさんのご迷惑でなければ、学ぶために『錬金術師ギルド』を訪問される際に、娘のアリスも連れていっては頂けませんでしょうか。そろそろ手職を学ばせるのも、悪くない年齢だと思いますので」

「それは構いませんが……。アリスちゃんに錬金術を学ばせる、のですか?」


 イザベラの言葉に、思わずナギは首を傾げてしまう。


 アモンドは子爵であり、アリスはそのアモンドの一人娘だ。

 この世界(アースガルド)では貴族位の相続は女性でも問題無いらしいので、アリスはナッシュ家の『嫡子』ということになる。

 ならば、アリスが学ぶべきは『天職(アムル)』に関することよりも、貴族位を継いだり領を運営する上で必要な諸々のことのほうでは無いのだろうか。


「私も夫もまだまだ若いですので、あと三人は産んでみせます。家のことは、次に生まれ来る子に継がせれば良いのです」


 言葉には出さなかったが、ナギが抱いた疑問が判ったのだろう。イザベラは愉快そうに微笑みながら、そんな風に言い切ってみせた。

 この世界では『インバ神殿』を利用することで確実に子を儲けることができる。なのでイザベラが積極的なら、運に左右されず、実際にそれは可能なのだ。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.14 /掃討者[F]

  〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3

  〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1


  〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1

  〈錬金術〉1、〈調理〉2


  〈神癒〉3


  227,812 gita

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