65. 治療
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ナギは〈鑑定〉のスキルを、自分自身の状態を確認したり、魔物の強さを看破したり、もしくはアイテムの詳細を識るためのスキルだと思っている。
だからナギは、滅多に自分以外の人族を〈鑑定〉で視たりはしない。
他人の持つスキルや能力値を覗き見るのは、勝手にしてはいけないことのように思えるからだ。なのでナギは付き合いの長いレビンの『レベル』や『天職』についてさえ、実はまだ知らなかったりする。
例外として、一度だけ人族を〈鑑定〉で視たこともあるが。それはイヴが知りたがっていた、彼女の本当の『種族』を調べるための行為としてだ。
もちろん〈鑑定〉を行使する前には、ちゃんとイヴから許諾も得ている。
少なくともナギは、無許可で他人を『視た』ことは一度も無い筈だった。
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アリス・ナッシュ/人間種
〈錬金術師〉- Lv.2 (EXP: 690 / 800)
生命力: 22 / 22
魔力: 24 / 24
[筋力] 2(-14) [強靱] 10(-14) [敏捷] 26(-14)
[知恵] 28(-7) [魅力] -4(-42) [加護] 90
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『黒腐病』 - 病患強度:17.0 / 罹患期間:2年64日
魅力減衰(大)、肉体衰弱(中)、知性減衰(小)/接触感染(弱)
肉体が外側から徐々に黒ずみ、腐り爛れてゆく病。
沼地に棲息する特定の魔物が持つ病だが、鳥に媒介されて
遠地の抵抗力が弱い生物にも伝染することがある。
罹病1年で失明を引き起こし、4年で体内まで腐らせ死に至らしめる。
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そんなナギが、いま初めて他人のステータスを独断で覗いていた。
病に衰弱しているアリスに〈鑑定〉のスキルについて説明し、許可を取るような冗長な手順を踏む暇は無いと思ったからだ。
必要が無ければ他人のことを勝手に覗いたりはしないけれど。必要があるなら、他人の情報を勝手に詳らかにするのを厭うつもりもない。
もしアリスから咎められたなら、後で心から謝れば良いのだ。
(罹患してから、2年と64日か……)
幼い少女が、初めて自分の身体に『腐食』を見つけた時の恐怖は、いかばかりであっただろう。
それから『腐食』が体中に拡がり、母親譲りの綺麗な髪を喪い、全身の肌が黒ずみ爛れていく最中の絶望は、一体どれほど耐え難いものだっただろうか。
想像するだけで胸が痛み、目頭が熱くなる。それでも、いまアリスの目の前で、治療役のナギが涙を見せるわけにはいかない。
「薬を飲んで貰いたいから、身体を起こして貰ってもいいかな?」
「えっと……ごめんね。もう自分では起きられないんだよ」
「……そっか。ううん、僕のほうこそごめんね」
4年で死に至る病に、もう2年以上罹っているのだから。アリスの身体には沢山の不自由が生じているのだろう。
それに〈鑑定〉で得られる病の情報は、おそらく一般的な大人を基準とするものだろうから。幼い子供であるアリスの場合は、2年間患っている現時点で、病状が最終段階近くまで進行していてもおかしくないようにも思う。
「僕がアリスちゃんの身体に触れて、起こしてもいい?」
「いいけど……アリスの身体、汚いし臭いよ?」
「大丈夫」
そんなことないよ、と。否定してあげられないことが酷く悲しい。
アリスの肩と背中に手を添えて、ナギはゆっくりと彼女の上体を起こす。
幸いと言うべきか、早くも嗅覚は完全に麻痺してしまったらしく、アリスの身体をナギは全く臭いと感じなくなっていた。
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□サンクレアム/品質[191]
【カテゴリ】:薬草
【流通相場】:139,000 gita
【品質劣化】:なし
魔力が濃密な森林でのみ、およそ十年をかけて成長する伝説の薬花。
生物が少なく、魔力の揺らぎが乏しい環境で育つと品質が高くなる。
飴に似た性質を持つ六枚の花弁は、口の中で溶かすと万病に効く。
根を煎じて飲むと服用者の自然治癒力を極限まで高められる。
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ナギは〈収納ボックス〉から、ひとつの薬草を取り出す。
―――サンクレアム。
『竜の揺籃地』でレビンに初めて出逢う直前に採取した、懐かしい薬草だ。
採取してからかなりの期間が経っているにも関わらず、不思議とサンクレアムは摘み取ったばかりのように、瑞々しく新鮮な状態を保っていた。
「今から、アリスちゃんの口の中にお薬を入れるけれど、飲まないで欲しいんだ」
「……お薬なのに、飲まないの?」
「うん。呑み込まずに、口の中でゆっくり溶かして欲しいんだ。できる?」
ナギがそう問いかけると、アリスはゆっくり頷くことで答えてくれた。
サンクレアムにある六枚の花弁のうち、一枚分をナギは摘み取る。
「もしかしたら、少し苦かったりするかもしれないけれど―――」
良薬は何とやら、とも言う。サンクレアムの花弁は苦いかもしれない。
手持ちのサンクレアムは1つしかないので、試しにナギが口に含んで、その味を確認するわけにもいかない。だから事前にナギがそう告げると、アリスはふるふるとゆっくり頭を振ってみせた。
「大丈夫。もう味は判らないんだよ」
「……そっか」
少女の回答に、胸が詰まる。
本当に―――少女は一体どれ程の苦痛を、これまでに味わってきたのだろうか。
幸せにしてあげたいなと、ナギは心からそう思った。
「じゃあ、口の中に入れちゃうけれど、なるべく飲み込まないでね」
「うん」
手早く【浄化】の魔法を掛けてから、サンクレアムの花弁のひとつを、アリスの口腔内にそっと差し入れる。
身体は動かせなくとも舌を動かすことはできるらしい。飴を楽しむかのように、アリスは口の中でサンクレアムの花弁を転がしているようだ。
「溶けるまで、ちょっと掛かるかも」
「ゆっくりでいいよ。でも、飲み込まないでね」
「うん」
花弁は六枚あるが、サンクレアム自体は1つしかない。
無駄にする余裕があるかは判らないので、嚥下しないように再度念を押した。
サンクレアムの花弁を舐め始めて1分ほど経つと、仄かにアリスの体温が温かくなってきたことを、彼女の背中と肩に添えているナギの手が感じ取った。
―――もしかして、薬が効き始めている証拠だろうか。
そう思って〈鑑定〉でアリスの状態を確かめてみると、『黒腐病』の病患強度の数値が『17.0』から『16.7』に下がっていた。
薬草が効果を発揮し、徐々に快方へ向かっているのは間違いないようだ。
とはいえ快復には、まだ結構な時間が掛かりそうでもある。なのでナギはエコーにお願いして『念話』を発して貰い、部屋の外にいるレビンとイヴに「結構時間が掛かりそうだから別室で待っていて欲しい」旨を伝えて貰う。
やがてドアの外にあった4人分の気配が、徐々に離れていくのが判った。
「し、使徒のお姉ちゃん、どうしよう」
「うん? もしかして、飲み込んじゃった?」
「違うんだよ。そうじゃなくて―――あ、あまいんだよ?」
「……『あまい』?」
少女の言葉を受けて、ナギは思わず首を傾げてしまう。
「ぜ、全然苦くないの。甘いの。甘いのが、わかるんだよ……?」
感極まった声でそう告げるアリスの頬を、再び涙が伝っていた。
どうやらアリスは薬草の効能により、早くも『味覚』を取り戻したらしい。
そしてサンクレアムの花弁は、良薬にも拘わらず『甘い』そうだ。
「よく効く薬でしょう? ちゃんと最後まで、口の中で溶かしてね」
「うん、うん……!」
アリスの双眸から滂沱の涙が溢れ、幾重にも少女の頬を濡らした。
『黒腐病』の病患強度の数値は、早くも『9.0』にまで下がっている。
この調子なら、花弁を二つも溶かして貰えば、すぐに快癒しそうだ。
「……使徒のお姉ちゃんの手、とっても冷たいんだよ」
肩に添えていたナギの手に、そっとアリスが片手を重ねてそう告げた。
今のアリスの身体は薬効により体温がかなり上がっているようなので、殊更そう感じるのかもしれない。
「アリス知ってるよ。身体が冷たい人は、そのぶん心があったかいんだよ」
「それはどうかなあ」
アリスの言葉に、ナギは思わず苦笑する。
ナギは決して善人ではない。つい先程だって『掃討者ギルド』でアモンドに対して「貴方がレビンの敵なら僕も貴方の敵になる」と宣言したりしている。
善悪を見極めようとするよりも、ただ親しい人の側に立つことを優先するのは、少なくとも『心が温かい』人間がする振る舞いでは無いだろう。
「お姉ちゃんは、あったかいんだよ」
「……そっか」
それでも、無垢な少女から重ねてそう言われれば、悪い気はしない。
とはいえ少女の言が真実であるなら。きっと薬効で体温が上がっていなければ、ナギよりもアリスの身体のほうがずっと冷たかっただろうとも思うが。
5分ほど掛けてサンクレアムの花弁のひとつを口の中で溶かし終わった頃には、アリスの『黒腐病』の病患強度は『3.5』にまで下がっていた。
もう殆ど治りかけのようにも思えるが、とはいえここで治療を中断するという選択肢は無い。ナギは迷わず二枚目の花弁をアリスの口に含ませた。
更に数分が経過し、二枚目の花弁も溶かしきる頃には。アリスを〈鑑定〉してもステータス画面に『黒腐病』の文字列は完全に視えなくなっていた。
「―――【浄化】」
アリスの肌の大部分を覆っていた腐食が【浄化】の魔法ひとつで除去される。
身体が完治した今となっては。アリスの身体にまだ残っていた腐食部分は、全て取り除いても構わない『余計な存在』に変わったということだろう。
「身体の調子はどう?」
「すっごくいい! 今なら自分でも立てそう。立ってみてもいい?」
「いいよ。でも転ばないように、ゆっくりね」
「うん!」
ベッドの脇から足を降ろして立とうとしたアリスは、けれどもバランスを崩して身体をふらつかせてしまう。
慌ててナギがアリスの身体を支えて、事なきを得た。
(軽すぎる……。もう『華奢』ってレベルじゃないな……)
アリスの身体の重さは、ナギの体重の半分も無さそうに思える程、いとも軽々と支えることができた。
痩せていると言うよりも、病的に『痩せこけている』と言い表した方が適切だと思える程に、アリスの身体は肉付きが少なくて骨っぽい。
病は確かに治った筈だけれど。もう少し筋肉や脂肪を身体に備えてくれないと、まだ現状では『健康』とは言えないような気がした。
ナギから支えられれば、アリスは自力で立つことも、部屋の中を歩き回ることもできるようになっていた。
ただ、残念ながら病が快復しても失明までは治らなかったようで、アリスは部屋の状況を把握することができず、頻繁に身体をふらつかせてもいた。
また、身体の腐食自体は余すところなく取り除けたものの、アリスの肌は容貌の幼さに反して、まるで老木の樹皮ようにごわごわと硬くなっている。
このままでは可哀想なので、なんとか肌も年齢相応の状態まで戻してあげたい。できることなら髪も、自然に生え揃うのを待つのではなく、今の段階で回復させてあげることはできないだろうか。
《病が完治した今なら、全て『神力』を消費して実現可能と思われます》
(やり方を教えて下さい)
エコーの言葉に、ナギはそう即答する。
『神力』でも何でも、アリスを治せるために使えるものを惜しむつもりは無い。
《必要なのは想像力です。アリスの視力や肌、髪などがどのように再生していき、また最終的にどんな状態に仕上げることを目標とするのか。頭に具体的な青写真を思い浮かべながら、彼女の身体の中へ『神力』を注いで下さい》
指示された通りに、ナギはエコーを通して得た『神力』を行使する。
服の上からアリスの身体に触れ、その内側にある身体を癒す。
腐食一途だった2年余りの時間を逆行するかのように、アリスの肌が人間らしい艶と柔らかさを取り戻していき、やがて少女特有の瑞々しい肌へと戻った。
肌を治したら次は髪に着手する。
あまり一気に髪を伸ばしすぎると頭皮に良くないとエコーから忠告されたので、20分ぐらいの時間を掛けながら本当にゆっくりと、アリスの髪を少しずつ再生させていく。
金色の綺麗な髪がアリスの両肩近くに到達する頃になって、今更ながらナギは、長時間の運動を終えた直後のように、酷く自分の息が上がっていることに気付く。
《まだ今のナギ様には、『神力』の行使は身体に負担が大きいようですね。今日はここまでの治療で終えて、目を治すのは明日にされてはいかがでしょうか》
(……いえ、きりの良い所までやろうと思います)
どうせなら、少女の悪夢を今日限りで終わらせたい。
「瞼の上から、アリスちゃんの目に触るよ。いい?」
「……うん。ありがとう、使徒のお姉ちゃん」
最後に目を治そうとしているのだと、アリスにも判ったのだろう。
身動ぎひとつせずに、治療を受け容れてくれるアリス。見えない視界のままでも躊躇な預けてくれる彼女の信頼に、応えなければならない。
過去に学校の授業で教わった、人体の『眼』の構造について頭の中でイメージを仔細に描きながら。『神力』を送り込んでアリスの両目を癒していく。
更に20分程の時間を掛けて、ゆっくり視力を回復させた後に。外側を覆う瞼と目元の睫を再生していると、不意にナギの両膝がぶるっと震えた。
(まずい)
―――と思った時には、もう遅かった。
かくんと膝から崩れ落ち、ナギの全身が床へと倒れ込む。
そのままナギは静かに意識を失ったのだった。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉1、〈調理〉2
〈神癒〉0→3
227,812 gita
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