64. アリス
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夜のロズティアを一台の馬車が駆けていく。
馬車の中にはナギとレビン、イヴ、そして馬車の持ち主であるアモンド。
ナギの対面に座っているアモンドは目を瞑り、両手を強く握り締めて、先程から一心に祈っている様子だった。
その祈りが主神アルティオに対してのものなのか、主神オキアスに対してのものなのかは判らないが。病に伏せているらしいアモンドの娘が、手持ちの薬草で無事に回復できれば良いと、ナギも心から思う。
ナギ達が乗ることで馬車の定員が一杯になってしまったので、アモンドの護衛兵の人達は同乗できず、『掃討者ギルド』から歩いて貰うことになった。
そのことが申し訳無くて、馬車が出発する前にナギが一言詫びると。護衛兵の人達は「これも仕事ですので」と、笑って許してくれた。
「どうかアリスお嬢様のことを、どうぞよろしくお願い致します」
別れ際に護衛兵の人達が、揃ってナギに頭を下げながらそう告げていた。
アリスというのが、おそらくアモンドの娘の名前なのだろう。
主人とその家族に対する忠誠心が顕れた、護衛兵の人達のその言葉にも、可能な限り応えたい。
街道を10分も走らないうちに、馬車はアモンドの自宅へと到着する。
ロズティアの中でもとりわけ大きく、立派な邸宅だった。スマホが手元にあったなら思わず撮影したくなるような、そんな瀟洒な建物だ。
馬車のことは御者の人に全て任せて、アモンドがすぐにナギ達を家の中へと案内してくれた。
「あなた、こんな時間にお客様ですか?」
案内されるままに邸宅の中へ上がると、背筋がぴんと伸びた、いかにも貴婦人の風格ある女性が姿を見せて、アモンドにそう告げる。
綺麗な金色の髪を持つ、やや若めの貴婦人だった。ナギの感覚だと歳が20代後半ぐらいに見えるから、こちらの世界では50~60歳ぐらいになるのだろうか。
貴婦人はナギ達のことを一瞥したあと、おもむろにひとつ溜息を吐いてから、
「私で満足できないのでしたら、あなたが別の若い女に手を出されるのも仕方ないとは思いますが。流石に……これは風聞がよろしく無いと思うのですが」
アモンドに向けて、侮蔑の混じった声色でそんな言葉を告げたのだった。
流石にその推察に対しては、ナギとしても全力で抗議を申し上げたい。
「失礼な憶測をするな。イザベラ、こちらの方は主神アルティオと主神オキアスの二柱から『使徒』として認められておられる程のお方だ」
「まあ……! それは、大変失礼なことを申しました。どうかお許し下さい」
「あはは……」
アモンドから『イザベラ』と呼ばれた貴婦人が、一瞬酷く狼狽した表情をしてみせたあと、深々と頭を下げて謝罪した。
本当に失礼なことを言われただけに、ナギは思わず返答に困ってしまう。
「使徒様がわざわざ来て下さったと言うことは―――もしかして、アリスを治して頂けるのでしょうか?」
「確約は致しかねますが、そうできたら良いと思っています」
「まあ! あ、ありがとうございます。どうか……どうか、お願いします……」
ナギの左手を取り、その腕に縋るようにしながら逼迫した声でイザベラが希う。
その願いに応えられたら良いとは思うが。手持ちの薬草が、説明文に書かれている通り、本当に『万病』に効くのかどうかは、実際に試してみなければ判らないことでもある。
《もし薬草が効かなければ、その時は『眷属』にするという手もあります》
心を読んだかのように、エコーが念話でそう教えてくれた。
ナギは眷属にした相手に、自分の持つ『不死種族』の特性を与えることができる。
文字通り『不死』の存在に生まれ変わることになるので、どれほど致命的な病を患おうと死に至ることは無くなり、身体は徐々に健康体へと戻っていく。
多少の時間は掛かるが、自力で『黒腐病』を克服できてしまうことだろう。
―――とはいえ、それはあくまでも最終手段だ。
レビンやイヴ、エコーのように、自ら志願するのであればともかく。
望まぬ相手に『眷属』の枷を嵌めることは、ナギとしても本意ではない。
「アリスは起きているか?」
「夕方頃に眠りましたので、まだ起きてはいないでしょう。起こしますか?」
「口の中で溶かして服用する、少し変わった薬草らしい。眠ったままだと呑み込んでしまうかもしれないから、起こした方が良いかもしれんな」
「そうですね……。今の状態が続くほうが、身体には良くありません」
邸宅の階段を上がる傍らに、アモンドとイザベルがそんな会話をしていた。
内容から察するに、娘のアリスは本当に酷い病状のようだ。
「……よければ、ナギ君以外は入らないで貰えないだろうか」
ナギ達を二階の一室へ案内したあと。扉の前でレビンとイヴの二人に対し、アモンドが静かにそう求めた。
「それは、何故ですの?」
「こう言っては何だが……現在の娘の身体は『見るに堪えない』ほど、酷い状態になってしまっている。治療に必要なら見て頂くのも吝かでないが、できればあまり今の姿を見ないであげて欲しいのだ」
レビンとイヴが、ちらりとナギのほうを伺う。
二人のその視線に、ナギはこくりと頷いて応えた。
「では、僕だけが入らせて頂きますね」
「よろしくお願い致します。弱いですが感染力を持つ病のようですので、娘の身体にはあまり触れない方がよろしいでしょう」
「ああ、それは大丈夫です。僕に『病』は効きませんので」
アモンドの言葉に、ナギは笑顔でそう即答した。
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ナギ/古代吸血種
〈採取家〉- Lv.14 (EXP: 31994 / 39200)
生命力: 1036
魔力: 2303
[筋力] 268 [強靱] 384 [敏捷] 345
[知恵] 1228 [魅力] 1075 [加護] 138668
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……なんだか、いつの間にかまた増えて、数値が『6桁』に突入しているが。
ナギのステータスの中で最も高い[加護]の能力値は、いわゆる『状態異常』に対する耐性として機能するものであるらしい。
ゲームによく登場する『毒』や『麻痺』のような状態ははもちろん、それ以外にも、あらゆる『病』や『呪い』などの耐性としても役立つそうだ。
ナギは[加護]が突出して高いため、まず『病』に冒されることが無い。
感染する病を持つ患者が室内に居るなら、他の人達への影響を避ける意味でも、尚更ナギだけが中に入るべきだろう。
「こちらをどうぞ」
アモンドから手持ちの燭台を受け取り、ナギはそれを持って部屋の扉を開ける。
「………!」
扉を少し開けた瞬間に、部屋の中から酷い腐臭が漏れ出てきた。
とてもではないが、人が生活する空間の匂いではない。ナギは意を決して部屋の中に入ると、空気が外に漏れ出てしまわないように、すぐに後ろ手に扉を閉じた。
部屋の中は真っ暗だったが、蝋燭の頼りない明かりひとつでも、充分にナギは室内の様子を把握することができた。
ベッドの脇にあるテーブルに燭台を置いて、ナギは安らかな寝息を立てている、ひとりの少女が眠るベッドの脇に腰掛ける。
この少女が、アモンドとイザベラの娘である『アリス』だろう。
(―――これは、酷い)
その姿を見て、思わずナギは息を呑む。
身体がベッドに埋まっているため、ナギから見えるのはアリスの頭部だけだが。少女の顔も頭も、首元までもが余すところなく、黒く腐り爛れてしまっていた。
頭の殆ども腐っているものだから、髪の毛もほんの僅かにしか残ってはいない。
右耳の近くに少しだけ残っている髪の毛が、燭台の光を受けて綺麗に輝いていることから。病に冒される以前には、アリスが母親のイザベラに似た、綺麗な金色の髪を持っていたであろう様子が、容易に想像できた。
想像できるだけに―――いま少女の姿を直視することが、あまりに辛い。
「……だれか、いるの?」
瞼を開けないまま、少女が小さな声でそう問いかける。
「ごめんね、起こしてしまった?」
「ううん。最近は眠りが浅いから、大丈夫だよ」
稚い少女の声が、痛々しい見た目と相俟って、尚更ナギの心に堪えた。
何としても治さなければ―――と、心の中で強く思う。
「父様とも、母様とも違う声……。お姉ちゃんは、一体だれ?」
「僕は―――」
少女から問われて、どう答えたものかナギは一瞬迷う。
僅かにだけ思案した後に、ナギは主神の名前を使わせて貰うことにした。
「僕はね、主神アルティオと主神オキアスの『使徒』だよ。アリスちゃんの身体を治すためにここへ来たんだ」
「わたしの身体を……? ほんとに、治せるの?」
「うん。治してみせるよ」
医者でも無い癖に、そんな言葉を口にするのは無責任かもしれないけれど。
今はこのアリスという少女に、自分の身体が『治る』と信じて欲しかった。
「お医者さんも、神殿の偉い人も来てくれたけれど、駄目だったんだよ?」
「そっか……。それは、辛かったね」
きっと、今まで医者や神殿の人が訪問してきてくれる度に、アリスは自分の身体が今度こそ治るのだと、期待を繰り返して来たのだろう。
幾度も心に希望を抱き、その度に裏切られるほど、辛いことがあるだろうか。
もうアリスはきっと、他者を信じることに疲れているに違いない。
「僕を信じて」
それでもナギは、敢えてアリスにそう告げる。
少女の頬に手のひらを宛がうと、ナギの指先に一筋の涙が伝って触れた。
身体が腐りゆく儘に死を迎えるなど、幼い女の子が迎えていい境遇ではない。
もし薬草が効かなくても、最悪『眷属』にするという手がある。
悲しい顔は今日限りにして、アリスを笑顔に変えてあげなければ―――。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉1、〈調理〉2
227,812 gita
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