63. アモンド子爵
男性の何人かが即座に抜剣して、闖入者のレビンに剣先を向ける。
その動きが充分に訓練されたものであることは、素人のナギにもすぐに判った。
帯剣している人など、この『掃討者ギルド』では珍しくも無いけれど。抜剣した男性達の誰もが、揃って単一の紋章が彫り込まれた胸甲を身に付けていることに、ナギは気付かされる。
これはおそらく、彼らが特定の主に仕えていることを示すものだろうか。
「武器を下ろせ。彼女達と敵対するつもりはない」
ディノークの隣にいる男性が、威厳ある声で周囲にそう告げる。
一目で『貴族』か『富豪』だと判る、いかにも高そうな衣服を身に纏う男性の、その言葉に応えるように。抜剣した男性達の全員が納刀し、部屋の隅で直立不動の姿勢を取った。
つまり剣を抜いていた人達は、この男性が雇っている護衛兵なのだろう。
「噂話をすれば、というヤツだね。ようこそロズティアへ。歓迎するよ、主神アルティオと主神オキアスから認められし、使徒のお嬢さん」
男性がそう告げながら、ナギが居る方へ歩み寄って来て。
握手を求めようと、男性が差し出してきた手を、ナギが取ろうとした―――その瞬間に。男性とナギの間に、レビンが割り込むように入って来た。
「アモンド。貴方みたいな悪徳男爵がお姉さまに触れようとするのは、やめて下さいまし。お姉さまの清らかな手が、汚れてしまいますわ」
どうやらレビンは、アモンドと言うらしいこの男性と面識が有るらしい。
レビンに突っかかられたアモンドは、判りやすく肩を竦める仕草をしてみせて。それから、いかにも「やれやれ」と言いたげな表情でレビンに言葉を発する。
「―――おや、これは『嵐氷の乙女』のレビン君ではないかね。
居たのかい? 済まないね、あまりに小さくて視界に入っていなかったよ」
「……!! アモンド、喧嘩を売っているのなら、買いましてよ!?」
「竜に喧嘩を売るだなんて、おっかない真似をするつもりはないよ。それと、私は二年前に陞爵して、今はアモンド子爵だ。覚えておくといい」
くつくつと、嫌らしそうな笑みを浮かべながら、アモンドがそう告げる。
レビンが怒りを露わにしながらアモンドを睨んでいる姿が、ナギの目からはとても珍しいものに見えた。
レビンはいつも朗らかに笑っていることが多いので、こんな風に怒りを剥き出しにしている姿は、普段なかなか見ることが無いからだ。
もっとも、レビンは実年齢はともかく、外見年齢的には『少女』と『幼女』の中間ぐらいなので。感情を露わにした姿は、ある意味よく似合ってもいるのだが。
「………」
ふと、ナギの左隣に立つイヴの姿を見てみると、彼女もまたどこか怒気を孕んだ視線でアモンドのことを睨み付けている様子が窺えた。
イヴの身長はレビンよりも更に低いので、おそらく間接的に、レビンと一緒に自分のことも馬鹿にされたように感じたのだろう。
「アモンドさん。……いえ、アモンド子爵とお呼びした方が?」
ナギがそう呼びかけると、アモンドはにこりと笑って応じる。
「人の位階など、使徒様にとっては取るに足らぬものでしょう。どうぞお好きなようにお呼び下さい。呼び捨てにして頂いても、私は一向に構いませんが」
「初対面ですし、アモンドさんがどんなお人かは知りませんが。
貴方がレビンの敵なら―――僕も貴方の敵になりますが」
そう告げて、ナギもまたキッとアモンドのことを睨み付ける。
すると、レビンから睨まれても、どこ吹く風といった調子を見せていたアモンドは一変して、酷く狼狽したような表情をしてみせた。
「……し、謝罪するのでお許し頂きたい。神殿勢力を同時に二つも敵に回すのは、流石に都市運営に支障が出かねませぬ」
「謝罪をして下さるのでしたら、僕よりもレビンに」
「う、うむ。そうですな。……すみませんでした、レビン君。ですが、人をいきなり『悪徳』呼ばわりする君の発言にも、些か問題があるのではないですかな?」
「……それは、その通りです。申し訳ありませんでした、アモンド」
そう告げて、アモンドに向けて小さく頭を下げるレビン。
二人の過去にどういう経緯があるのかは知らないが。素直に相手に頭を下げられるぐらいなのだから、表面上の態度はともかく、どうやらそこまで深い確執があるというわけでは無さそうだ。
掃討者ギルドのギルドマスターであるディノークが、気を利かせて5人分のお茶を用意してくれたので。ひとまず全員で部屋にある応接テーブルへと、会話の場を移すことにした。
応接テーブルを挟むように設置されている二台のソファは、どちらも二人掛けのものなので、全員は座れない。
身体が小さいナギ達ならば、なんとか3人一緒にも座れそうだったので。一台にナギ達が座り、もう一台にディノークとアモンドが並んで腰掛けた。
席が足りず、アモンドの護衛兵の人達が立ったままなことに、ナギが申し訳なく思っていると。
そうやらそのことが表情に出ていたようで、護衛兵の一人が「我々はこれが仕事ですので、どうぞお構いなく」とナギに言ってくれた。
「僕のことをご存じのようですが……?」
全員でお茶を啜る、微妙な沈黙があったので。ナギのほうからアモンドに、そう会話を切り出してみる。
高そうな服に似合う、気品のある手つきで茶を楽しんでいたアモンドは、ナギの言葉におもむろに頷いてみせた。
「存じている、という程ではありませんが。西門の衛士頭から連絡を受けましたので、『神席』を3つも持つ『ナギ』という少女が来たことだけは伺っております」
「……報告? アモンドさんは、衛士の方から報告を受ける立場なのですか?」
「おっと―――これは失礼。先に申し上げておくべきでした。
私は『アモンド・ナッシュ』と申します。カラート王国で最も西に位置する、この『ロズティア』の都市を治めております、領主でもあります」
そう告げて、アモンドは小さく頭を下げてみせる。
何気に『カラート王国』という国名自体が、ナギにとっては初耳だった。
「恐縮ですが、よろしければギルドカードを拝見させて頂いても構いませんか? 衛士頭の報告を信じぬわけではありませんが、それでも『神席』を3つも持つ方がいらっしゃるというのは、容易には信じ難いものがありまして」
「あ、はい。もちろんです」
ナギは(カードよ出ろ!)と念じて、左手からギルドカードを取り出す。
┌――――――――――――――――――――┐
│ ■ナギ
│ - 天職:採取家
│ - レベル:14
│ - 〔現人神〕
│ - 〔調停者〕
│ - 〔アルティオの使徒〕
│ - 〔オキアスの使徒〕
└――――――――――――――――――――┘
「なんと……!」
「む……」
ギルドカードを受け取ったアモンドと、それを隣で見たディノークが、それぞれ驚愕の色がありありと浮かんだ表情をしてみせた。
「すみません。今はひとつ増えて『神席』が4つになってしまっていますが」
「え? あ、ああ……確かにそのようですな。私が衛士頭から報告を受けたのは、下の3つだけだったように思います」
そう告げながらも、矯めつ眇めつといった様子で、アモンドは念入りにカードをチェックしている様子だったけれど。
やがて、アモンドに手渡していたギルドカードは、無情にも端から崩れるように消滅してしまった。
ギルドカードは出現させてから1分程度が経過すると、自動的に消滅するという何とも不思議な仕様を持っている。
逆に言えば、こうして自然に消滅することこそが。今までアモンドの手にあったギルドカードが、間違いなく『本物』であるという証左でもあった。
「『神席』を4つも授かった方が訪問して来られるなど、前代未聞の出来事です。失礼ながら今回は、一体どのような目的でわざわざロズティアまでいらっしゃったのでしょうか……?」
おそるおそるといった調子で、そう訊ねてくるアモンド。
明らかにナギが何らかの重大な『使命』により、ロズティアを訪問したものだと誤解しているその態度に。ナギはどう答えたものか、正直困惑してしまう。
「えっと……。主に『錬金術』を学ぶために来ました……」
とはいえ、結局は正直に回答する他にないわけで。
少し申し訳無い気持ちになりながら、ナギは率直にそう告げた。
「錬金術、ですか? 何か大変な霊薬などが必要なのでしたら、私も微力ながら、使徒様のお役に立ちたいと思うのですが」
「いえ、その。単に『趣味』で、錬金術の『初歩』を学びに来ただけです……」
「は? 趣味で、ですか……?」
意味が判らない様子で、目を丸くしているアモンド。
それとは対照的に、得心したように隣のディノークが頷いてみせた。
「アモンド。先程ギルドカードを見たのだから判っていると思うが、ナギの天職は『採取家』という珍しいものでね。その名の通り『採取』に特化されたスキルを得ることができる天職であるらしい」
「……それが何か『錬金術』と関係があるのか?」
「大有りだ。霊薬の材料が何かぐらいは、君も知っているだろう」
「む……。な、なるほど。確かに材料が自前で調達できる者が『錬金術』を学ぶというのは、理に適っているとも言えるか」
ディノークの説明を受けて、アモンドがそう言葉を漏らす。
とりあえず納得して貰えたようで、ナギはほっと安堵の息を吐いた。
ナギは密かに〈収納ボックス〉から『錬金術の初歩』の本を取り出し、テーブルの上に置いた。
「以前『錬金術師ギルド』のギルドマスターであるジゼルさんに、中級霊薬の材料になる薬草を、大量に買い取って頂いたことがありまして。その際に錬金術の初歩を手引するこの本を頂いたので、少し学んでみようかと思ったんです」
「ああ……確かにその件についての報告は、以前受けたことがある。普段は滅多に手に入らない薬草が、大量に持ち込まれたらしいが……。
そうか―――あの薬草は、ナギ君が持ち込んでくれたものだったのか。底を突きかけていた治療院の霊薬備蓄状況が、そのお陰で一気に改善されたという報告も受けている。その節はありがとう、とても助かった」
そう告げて、今日一番に深々と頭を下げてみせたアモンド。
都市のために頭を下げるのを厭わないその姿勢から、アモンドの『良い領主』としての一面が、垣間見えたようにナギには思えた。
「……ひとつナギ君に質問させて貰えるだろうか」
「あ、はい。僕に答えられることでしたら」
「君が持ち込んでくれた薬草の数々は、希少性もさることながら、特に品質が大変素晴らしかったそうで、それこそ王都の薬草店でもまず揃えられないレベルのものばかりだったと報告を受けている。
それほどに貴重な薬草を、大量に用意してみせたナギ君の『採取』の技倆については、おそらく相当なものだと思うのだが」
「そう……ですね。そうだったらいいな、とは思います」
採取しか出来ないからこそ、それを評価して貰えるのは率直に嬉しいと思う。
とはいえ現時点でのその評価は、流石に行き過ぎなように思えるが。
「ところで、私の娘が数年前から病に伏せっていてね。ナギ君は『黒腐病』という病についてご存じだろうか?」
「……いえ、存じませんね」
一瞬思案してから、ナギはそう返答する。
実際には『黒腐病』という名前自体には心当たりがあった。キャベツや白菜などの野菜を黒変させる病害の一種が、確かそんな名前だったように思う。
とはいえ、今このタイミングで野菜の病害についての話を、アモンドが切り出す筈もないので。おそらくはナギの知る『黒腐病』とは、全く別のものだろう。
「簡単に言えば、それは人を『腐らせる』病気でね」
「人を、腐らせる……」
ナギの頭の中で、映画などで見るゾンビの姿が彷彿とされる。
それはもう病気というより、『死体』になった後の姿のような気もするが。
「見る度に腐りが酷くなっていく娘の姿というのは、堪えるものがあってね……」
「それは……そうでしょうね……」
憤りを漏らしたアモンドの言葉に、ナギも目を伏せながら頷く。
実の娘がゾンビのような姿になるというのは、かなり悲痛なものだろう。
「その病は、治療魔法などで治せないのですか?」
「普通の治療は無駄。治したそばから、どうせ腐っていくだけ」
レビンの言葉に、病について知悉しているらしいイヴがそう答える。
「そうですか……」
気落ちしたように、レビンが悄然とそう言葉を零した。
アモンドの娘を素直に気遣えるあたり、やはりレビンはアモンドと本当に確執があるというわけでは無いようだ。
「治療術師や錬金術師、薬師の方々が言うには、通常の手段で治すことはまず不可能だそうでね。私も、もう諦めることにしているのだが……。
非常に高度な完治霊薬、もしくは特定の地域でしか手に入らない、極めて希少な薬草であれば、あるいは『黒腐病』も治し得るという話も聞いたことがあってね。どうにも心の片隅では、未だに諦めがつかずにいる。
薬草の採取に長けているナギ君であれば、何か『黒腐病』を治せそうな薬草にも心当たりがあったりしないだろうか?」
「………」
そういえば、心当たりがひとつだけだけれど、ある。
〈鑑定〉で視えた相場価格が『139,000gita』だった、あの薬草であれば。
あるいは―――治せるのではないだろうか。
「僕の手持ちの薬草で、何とかできるかもしれません」
だからナギは、迷うことなくそう答えた。
必要とする人がいるなら、供出を躊躇う理由なんて無いのだから。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉1、〈調理〉2
227,812 gita
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