62. カチコミ(Take 2)
[6]
エコーが顕現できるようになったことを、焼き菓子と共にお祝いしたあと。
疲れのままベッドに突っ伏すように眠りに落ちたイヴにつられるように、ナギ達は全員揃って、ふかふかのベッドで午睡を楽しんだ。
日本で過ごしていた、受験勉強に追われるばかりの日々が、まるで嘘であったかのように。こちらの世界に来てからというもの、いつも時間がゆっくりと流れているような―――そんな風にナギは感じることがある。
こちらで過ごした日々はまだ1ヶ月も無い。緩やかに流れる時間の中で、けれど毎日が充実して過ごせるというのは、一体どれほど幸せなことだろう。
それから結局、4時間ぐらいは眠ってしまっただろうか。
目を覚ましてから窓の外の景色を見遣ると、空が僅かに朱を帯び、もう陽が落ち始めている頃合だった。
どうやら季節が『冬』に変わったことで、太陽が沈み始める時間もまた、随分と早くなったらしい。
全員眠っていた中でひとり目を覚ましても手持ち無沙汰なので。以前ジゼルから貰った『錬金術の初歩』の本を読み直していると。それから1時間も経たないうちに、自然と皆も起きはじめた。
空を夜の帳が包んだ頃になって、ナギ達は宿の外へと繰り出す。
目的はもちろん『掃討者ギルド』へ行くことだ。日付が変わる前にイヴのギルドカードだけは、必ず更新しておかなければならない。
《ナギ様にお話ししておくべきことがあります》
ギルドへ向かい歩いている最中に。顕現するのをやめて、今はナギの中に戻っているエコーが、念話でそう語りかけてきた。
「何でしょう、エコー?」
《一度ナギ様のギルドカードを取り出して、確認してみて頂けますか》
「………?」
エコーがそう告げる意図は判らなかったけれど。彼女の言う通り、念じることでナギは自身のギルドカードを取り出してみる。
┌――――――――――――――――――――┐
│ ■ナギ
│ - 天職:採取家
│ - レベル:14
│ - 〔現人神〕
│ - 〔調停者〕
│ - 〔アルティオの使徒〕
│ - 〔オキアスの使徒〕
└――――――――――――――――――――┘
「げっ」
思わずナギの口から、そう声が漏れてしまった。
いつの間にか、ギルドカードに記されている『神席』の項目が、また1つ増えている。
「現人神……?」
ナギのすぐ脇からカードを覗き込んだイヴが、訝しげにそう言葉を零した。
《『人族でありながら、同時に神族でもある』という言葉ですね。主神アルティオと主神オキアスから神力を分けて貰った結果、そうなりました》
エコーは当然のようにそう言ってみせるけれど。
その説明が、全くナギには理解できない。
「……なぜ僕が? 主神二柱から力を分けて貰ったのは、あくまでも『エコー』の方なのですから、僕にはあまり関係が無いように思えるのですが」
《いえ、そもそも私は、この世界に転移させられたナギ様の補助をする為に、主神アルティオから分け与えられた欠片ですから。私の本質は『ナギ様の身体の内』に溶け込んでおり、常にナギ様と共にあります。
私が〈収納ボックス〉を利用できるのもそのためですね。私は『ナギ様の一部』ですので、ナギ様が修得している『スキル』を使用することができますので》
「な、なるほど……?」
こちら世界に来た最初の瞬間から、エコーは常にナギと共に在った。
最初に、あわやゴブリンから攻撃されかねない状況を作りそうになった、ナギを制止して助けてくれたのはエコーだった。
日本で生きていた間にナギが積み重ねてきた過去の記憶について、エコーはその全てを把握している。また、エコーはナギが思考している内容を読むことができるので、ナギが何か判らないことに直面した時、いつも真っ先に助言を与えてくれるのもエコーだった。
この世界で得た全ての感動は、エコーと共に体感したものでもある。
エコーの言うように、彼女を『自分の一部』だと考えるのは難しいけれど。
『エコー』という存在は、もう一人の『自分』のようなものかもしれない、と。
そう考えると―――すとんと胸の内に落ちるものはあった。
《主神アルティオと主神オキアスは、それぞれが持っていた神力の2割ほどを私に分譲して下さいました。それにより現在の私は、この世界に於いて『主神』に次ぐ位階の神族となっています。
私がナギ様のスキルを利用できるように、ナギ様もまた、私が持つ力を利用することができます。主神に次ぐ神力を自在に扱うことができるわけですから、現在のナギ様は人族であると同時に、神族でもあると言うことができるでしょう》
「僕もエコーの力を使える、ですか……。確か、神力が扱えると『治療』の奇蹟が利用できるのでしたっけ?」
以前エコーの口から、そんな話を聞かされたことがある。
《はい、利用可能です。但し『神力』は本来、『神格』を有している者以外には、なかなか扱いづらい形の力でもあります。
『神力』を万全に扱うには、以前もお願いした通り私を『眷属』にすることで、『神格』ごとナギ様に支配して頂くのが最も効率的かと思われます》
「う……」
既に約束を交わしているので。近いうちにナギは、エコーから血を吸い、彼女を自分の『眷属』にしなければならない。
古代吸血種という種族のせいなのか、血を吸うという行為自体には、それほど忌避感を覚えたりしないのだけれど……。エコーの白い肌に自分の歯を立てなければならないと思うと、なんだか無性に恥ずかしくもあった。
そんな話をしながら歩いていると。もともとロズティアの中心近くにある宿から移動していたこともあり、同じく都市中心部にある『掃討者ギルド』の建物へは、程なくして辿り着いた。
エコーは相変わらず、ナギの中に居て顕現する様子が無い。
「どうせならエコーも、掃討者ギルドに登録されてはどうでしょう?」
ナギからそう提案してみるものの、エコーは《いえ》と即座に否定した。
《ナギ様のスキルを利用できる私がギルドカードを作りますと、おそらく天職の欄には『採取家』と記されると思われます。トラブルの原因になりかねませんので、今回はやめておこうと思います》
「そうなんだ……。残念、僕と同じ『Fランク』が増えるかと思ったのに」
レビンもイヴも『Aランク』なので、この場ではナギひとりだけが底辺だった。
《作成経験のあるナギ様は既にご存じと思いますが、ギルドカードは主神エスクが掃討者ギルドに与えた『神具』を用いて作成されます。
ですので、ギルドカードは別に掃討者ギルドで作らずとも、主神エスクにお願いすれば作成して貰えます。私の分は後で別途用意しておきますね》
「え? う、うん。判りました……」
それって、ギルドカードの『偽造』なんじゃないだろうか、とナギは一瞬思う。
いや……神具の作成者本人が手掛けるのであれば。それはもう偽造品ではなく、一種の『本物』だと考えるべきだろうか。
掃討者ギルドの建物に入ると、中のホールは人で溢れかえっていた。
夜になったばかりの今の時間帯が、都市の外で狩りを終えた掃討者が戻ってきて成果を清算する、ちょうど混雑する時間帯なのだろう。
「うげ……」
イヴが心底嫌そうに、小さくそんな言葉を吐き出していた。
あまり、可愛い女の子が口にして良い言葉では無いような気もするが。
「長蛇の列ができていますね……」
掃討者ギルドの一階には、全部で四つの受付窓口が設けられているけれど。その四つ全てに、それぞれ30人ぐらいの列が形成されていた。
最後尾に並ぶことはできるが、間違い無く長時間待たされることになるだろう。仮に受付の人が1人2分で捌いたとしても、1時間は掛かるのだから。
「どうします? 一旦どこかで時間を潰して、出直すのもアリだと思いますが」
ナギはそう提案してみるが。
イヴは少し思案した後に、ふるふると頭を左右に振って拒んでみせた。
「また後で来るのも、それはそれで面倒。……私は並ぶので、ナギ達は宿屋に戻るなり、街の中を散策するなり、好きに過ごせばいい」
「並ぶなら僕も付き合いますが?」
「やめたほうがいい。私達は一所に集まると、ちょっと目立ちすぎる……」
「……それはまあ、そうかもしれませんが」
掃討者ギルドという場所は、本来『戦闘能力を持つ大人』が集まる場所だ。
夜になった今頃に、そんな場所に幼い女の子が3人も集まっていれば。周囲から視線が集まってしまうのは、ある意味当然のことではあった。
「おいおい、いつからギルドはガキのたまり場になったんだ……?」
案の定と言うべきか、離れた場所で誰かが零したつぶやきを、ナギの耳が拾う。
「いや、あれは『嵐氷の乙女』だな。あの見た目だが『Aランク』だぞ?」
「うおお、マジかよ……。『Aランク』なんて初めて見たぜ。じゃあ、もしかして一緒にいる黒髪のガキとフードのガキも、同じ『Aランク』なのか?」
「多分そうだろうな。常にフードを被っている『Aランク』の『賢者』が居るって話を、確か昔、吟遊詩人の歌で聞いた覚えがある……」
混雑したホール内はそれなりに騒がしいのだけれど。相変わらずナギの聴覚は、ホール内で誰かが噂している内容を、いとも簡単に聴き取ることができた。
どうやらレビンだけでなく、イヴも掃討者の中では知られた存在であるらしい。
『Aランク』というだけでなく、吟遊詩人の歌になるぐらいなのだから。イヴも昔は結構、派手なことを色々とやったりしたのかもしれない。
「……たぶん、私ひとりなら、それ程目立たない」
「うーん、そうですね……。じゃあ僕達は、一旦ギルドの外に出ましょうか」
列に並ぶなら、付き合って話相手にぐらいはなってあげたいのだけれど。
この場にナギとレビンも留まると、衆目を集めて余計に居心地が悪くなってしまいかねない。速やかにこの場を離れる方が、却ってイヴの為になりそうだ。
「うふふ。お姉さま! イヴさん! それには及びませんわ!」
すると、唐突にレビンがそう声を張り上げた。
「建物に入る前に、ギルド二階奥の部屋の窓に、灯りが付いていたのは確認済ですわ! 受付が混んでいるなら、直接二階に乗り込めばいいのです!」
「ああ……」
言わんとする意味を理解して、思わずナギは顔を覆う。
レビンは両手で、速やかにナギとイヴの手を取ると。足早にホールを歩き、階段を上がり、ナギ達の身体をぐいぐいと二階へと引っ張っていく。
こうなるとどうしようもないので、ナギはもう、されるが儘になっていた。
「お邪魔しますわ!」
掃討者ギルドの二階にある、一番奥の部屋。
バン! と盛大な音を立てて、レビンはその部屋のドアを押し開く。
「………」
部屋の中にいた金髪の若い男性―――ディノークがその様子を目の当たりにし、何とも疲れた表情をしながら、はあっと大きな溜息をひとつ吐き出す。
その表情は、以前ナギが同じ状況で目にしたものと、全く同じものだった。
それだけなら、ナギが初めてここに来た時の状況再現でしか無いのだけれど。
今回はひとつだけ―――その時とは全く違っていることがあった。
部屋の中にディノークだけでなく、他に何人もの男性の姿があったのだ。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
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ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉1、〈調理〉2
227,812 gita
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