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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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61. 祝杯

 


     [5]



「それでは、エコーさんの顕現をお祝いしまして―――」

「「「「乾杯!」」」」


 四つのベッドが並んだ宿屋の一室で、幼い少女の声が四つ重なった。

 もっとも、本当に『幼い少女』である者は、この場には少ない。レビンとイヴの二人はそれぞれ『400年』や『2400年』以上の時を生きているし、ナギに至ってはそもそも『女性』ですらない。―――少なくとも、精神的には。

 そう言う意味ではエコーが、この場で最も少女らしい存在とも言えるだろうか。


 『縫製職人ギルド』での買い物のあと、疲労でぐったりしたイヴが「もう今日は宿をとって引き籠もりたい……」と訴えたので。ナギ達はロズティアの中心部から程近い場所にある宿屋に部屋を取り、そこで四人一緒に過ごしていた。

 道中で菓子店に立ち寄り、何種類かの焼き菓子を購入してある。

 また先程、宿の人にお願いして四人分の温かい飲み物も用意して貰ったので、これでエコーが無事顕現できるようになったお祝いをすることにしたのだ。


「いかがでしょう? わたくし、このお店の菓子が結構好きなのですが」


 満面の笑顔を浮かべながら、焼き菓子が入ったバスケットを皆に勧めるレビン。

 勧められるままに、ビスコッティに似た形状の細長い焼き菓子を手に取り、その端をカリッと囓ったエコーは。目を細めながら、幸せそうな声で「甘くて美味しいです」と答えていた。

 ナギも1つ貰って、焼き菓子の端を囓ると。ナッツの香ばしい食感と共にある、しっとりとしたドライフルーツの甘さがとても美味しく感じられた。

 生地から仄かに柑橘の香りが感じられる辺りも、なかなか爽やかで心地良い。


「高そうな部屋……。ここは1泊で幾らする?」


 菓子を床に零してしまわないよう、左手で受け皿を作りながら慎重に食べているイヴが、キョロキョロと部屋の中を見回しながらレビンにそう訊ねていた。


 部屋の中には、ふかふかの立派なベッドが4つと、四人掛けのテーブルが1つ、更に部屋の端にはちょっとした鏡台まで設置されている。

 一般的な『宿屋』のイメージとまるでそぐわない、何とも高級感のある部屋だ。イヴはどこか緊張して落ち着かない様子なのも、無理はないかもしれない。


 この宿屋を利用するのは二度目なので、流石にナギはもう緊張することもない。

 むしろ、ダブルベッドが1つだけ置かれていた前回の部屋に較べたなら、今回はちゃんと四台のベッドが用意されているだけ、気分的には楽なぐらいだ。


「お値段は気にしなくて構いませんわ。わたくしが負担致しますので」

「……本当に、いいの?」

「はい。イヴさんのお陰で『Aランク』料金で済むでしょうから、大した出費でもありませんので」


 高ランクの掃討者には、ランクに応じて都市内の施設を安価に利用できるという特典がある。最もランクが高い『Aランク』の掃討者であれば、宿屋の利用料金は破格の『9割引』にまで下がるのだ。

 但し、複数人数が宿泊できる部屋を借りる場合には、宿泊人数のうち半数以上がランクを満たしていなければ特典は適用されない。

 今回は『4人部屋』を借りているので、その中の二人が『Aランク』でないと、料金が『9割引』とはならないのだ。


「……判ってる。ちゃんと後で更新してくる」

「すみません、お願いしますね。わたくしもギルドへはご一緒しますので」


 頷きながら告げたイヴの言葉に、レビンが眉尻を下げながらそう応えていた。


 イヴのギルドカードは期限が切れているので、宿泊手続を行った際に宿の人から『今日中にギルドカードの更新しておいて下さいね』と念押しをされている。

 それを反故にすれば、おそらく値引きは受けられなくなるだろう。


「掃討者ギルドはずっと開いていますから、急ぐ必要は無いでしょう」

「ん。お腹が減ったらいく」


 エコーの言葉に、イヴがまだ疲れを残した顔でそう答えていた。

 時刻はまだ正午を過ぎたばかり。掃討者ギルドは24時間利用できる施設なので、別に急いで行く必要は無いのだ。


「ところで、お姉さまとエコーさんにそろそろ教えて頂きたいのですが」

「あ、はい。何でしょう?」

「結局、主神のお二方は、どこまで要求を受け容れて下さったのでしょう?」


 レビンが顎に指先を宛がいながら、興味深そうにそう訊ねてみせた。

 今回『使命(クエスト)』の報酬として、主神アルティオと主神オキアスの二柱にナギが要求した『報酬』は、全部で6つある。


■エコーが自由に顕現できるように、力を少し分けてあげて欲しい。

■日本のお米が欲しい。こちらの世界で作付して増やせるものだと、より嬉しい。

■有事の際にエルフの人達が、精霊を伴って避難できる場所を教えて欲しい。

■エルフの人達の食が豊かになるように、様々な作物の種子が欲しい。

■エルフの人達の寿命を80年増やして欲しい。

■エルフの人達がオークと会話できるようにして欲しい。


 1つ目と2つ目の報酬は、単純にナギ自身の欲求に基づいて決めた。

 ただ、この2つだけしか報酬として要求しないと、また主神オキアスから吝嗇がどうこうと叱られかねないとも思ったので。

 だからナギはエコーズに住まうエルフの人達から直接話を聞いた上で、3つ目から6つ目までの4項目を、更に要求内容として加えたのだ。





-

■有事の際にエルフの人達が、精霊を伴って避難できる場所を教えて欲しい。


 色々と話を聞いてみてまず判ったのが、一度『平穏を失った』経験がある人は、再度の平穏を手にしても『また失うことを怖れる』ということだ。

 オークは最早、エルフを攻撃することはない。だからエルフの人達が再び集落を滅ぼされる可能性など、限りなくゼロに近い筈なのだが。

 それでも―――エルフの人達は、今の平穏がいつまで続けられるだろうと、内心で怯えてもいるようなのだ。


 だからエルフの人達の何人かは、いつか来るかもしれない有事の際に『逃げられる場所が欲しい』とナギに希望してきた。

 エルフは精霊を『友』とするため、何かあっても精霊を連れて行ける場所にしか逃げることができない。『友』を置いて森から離れるという選択肢は無いのだ。

 滅ぼされた集落にしがみついて生きていた彼女達は―――本当なら、逃げられるものなら逃げたいと、きっとこの80年間ずっと思ってきたのだと思う。


-

■エルフの人達の食が豊かになるように、様々な作物の種子が欲しい。


 エルフの人達は、家屋の傍に小さな畑を作り『グルシ』という豆を植えている。だけど、これが収穫できるまでには大体2ヶ月ぐらい掛かるそうだ。

 森の中では鹿や猪といった動物を狩猟することができる。けれど動物はオークも積極的に狩っているため、生息数が少なく、狩猟の成果は安定しない。

 そのため、エルフの人達が日々口にするものは、結局『ポニカの実』か『魚』の二択になりがちだった。


 食べ物がほぼ二種類だけという生活は、あまり豊かとは言えないだろう。

 畑は作ろうと思えば、もう少しは拡げられるのだから。矮小な畑でも纏まった数が採れる、作物の種子などが幾つか欲しいところだ。


-

■エルフの人達の寿命を80年増やして欲しい。


 エルフの人達はおくびにも出さないが、集落跡に隠れ住んでいた『80年』という途方も無い時間の中に、一体どれほどの苦労があったかは想像に難くない。

 だからこそナギは、彼女達にその『80年』を取り戻して欲しいと思う。


 200人以上もいるエルフの人達の寿命を80年増やす―――なんて望みが、あまりに欲張りすぎだということはナギ自身にも判っている。

 判ってはいるのだけれど。それでも、彼女達にそれを贈りたいとナギが真面目に思っていることだけは、主神二柱にも伝えておきたかったのだ。


-

■エルフの人達がオークと会話できるようにして欲しい。


 更に言えば『オークに怯え続けた80年』を真の意味で取り戻すためには。

 真逆の『オークと友誼を持つ80年』が必要なのではないかと、ナギは思う。


 『調停』により、争いを止めさせることができたのなら。

 あとは当事者同士の間で『会話』さえできれば、その先の『和解』に足を進めることだって、きっとできる筈なのだ。


-




「ナギ様の要求は、概ね主神から承認されたとお考え頂いて大丈夫です」


 先程のレビンの問いに、エコーがそう答えていた。

 求めた報酬がどういう形で決着したのかはナギ自身も知らないことだったので。ナギが「そうなんだ?」と重ねて問うと、エコーは短く「はい」と笑顔で答えた。


「ですが、ひとつだけ明確に却下された要求があります。それは『エルフの人達の寿命を80年増やす』というものです」


 エコーの言葉を受けて、ナギは(それはそうだよね)と思う。

 『寿命を増やす』だなんて奇蹟のような願いが、そうそう叶えられる筈もない。


「主神オキアスはこう言っておられました。『エルフの皆の寿命を伸ばしてやりたいのなら、神を頼らずナギの自力でやってみると良い』と」

「……は? え、僕が、どうやって……?」


 その言葉に、思わずナギの目が点になる。

 神様でもなければ絶対に不可能な奇蹟だから望んだのに。まさか『自力でやれ』と返されるとは思ってもいなかった。


「なるほど。お姉さまにでしたら、それが可能ですものね」


 ぽん、と両手を打ち合わせて、レビンが得心したようにそう告げる。

 どういう意味なのか判らず、ナギが首を傾げていると。イヴも合点がいった様子で「なるほど」とつぶやいていた。


「眷属にすればいい」

「眷属に……ですか?」

「そう。ナギは古代吸血種(アンシェ・カルミラ)だから、不老不死の『不死種族(イモータル)』。ナギが眷属にすることで、エルフの人達にもその特性を与えることができる」

「―――ああ、そういえば」


 そんな話を昔、レビンから教わったことがあった気がする。

 確かに、寿命という頸木から解き放たれれば、80年という時間を取り戻すなんて容易なことだろうけれど。


「結構、重いことのような気がしますね……」


 相手を眷属にすることの『責任』の重さを考えると、正直苦笑するしかない。


 それに『永遠を生きられる』というのは恩恵である反面、呪いでもある。

 縁を持ったからには、エコーズに住むエルフの人達にはいつまでも生きて貰い、長くこの縁を続けたいという気持ちはあるけれど。

 とはいえ―――ナギの側からそれを求めるのは、あまりに傲慢過ぎる望みではないだろうか。


「一応『エルフの方々の寿命を延ばす』という1つを除き、ナギ様が求めた5つの希望は全て叶えられることになりました。その為に、新しい世界を1つ作ります」

「せ、世界を、作る……ですの?」

「はい。というか世界自体はもう、既に私の方で作っちゃいましたが」


 さも当然のことを済ませただけであるかのように、淡々とそう告げるエコー。

 そのエコーの言葉を受けて、流石にレビンもイヴも言葉を失っていた。


「エコーが主神のお二方と話している内容は、正直あまり聞いていませんでしたもので……僕はその『新しい世界』について、よく判っていないのですが。

 世界自体はもう作成済なのでしたら。例えば、その世界に実際に行ってみて確認する、ということも可能なのでしょうか」

「いえ、ナギ様。申し訳ありませんが、それは明日までお待ち下さい。

 私が作成した世界は至って普通の平面世界ですので、現在主神のお二方がそれに世界設定面などで色々と魔改造を加え―――最終調整をなさっていますので」

「―――は?」


 思わずナギは調子外れの声色になりながら、エコーにそう問いかける。

 なんだか今、とても不穏な単語が聞こえたような気がしたのだけれど……。





 

-

お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.14 /掃討者[F]

  〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3

  〈収納ボックス〉7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1


  〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1

  〈錬金術〉1、〈調理〉2


  227,812 gita

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