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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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60. お着替えからは逃げられない

 


     [4]



 瞼を開くと、そこは本来のアルティオ神殿の光景だった。

 神像の周囲には、思い思いに祈りを捧げる人垣ができている。床に膝を着いて、今の今まで祈りを捧げていたナギもまた、その人垣を構成する一人だった。


「お姉さま、いかがでしたか?」

「結果を教えて」


 ナギよりも早めに祈りを終えていたのか、レビンとイヴの二人がナギの顔を覗き込むようにしながら、そう問いかけてきた。

 期待が入り交じった二人の瞳に、ナギは頷くことで応える。


「大丈夫ですよ。エコーも今後は自由に顕現できるそうです」

「本当ですか、お姉さま!」

「ええ、本当です。まあ……それ以外のことは正直、僕にも何が何だか……という感じだったりしますが」


 そう告げるナギの頬を、一筋の汗が伝う。


 結局あの後、主神アルティオと主神オキアス、そしてエコーの三者による議論はどこまでもエスカレートしていき、ナギはたっぷり30分ぐらいの間、完全に蚊帳の外に置かれることになった。

 議論の結果、どういう形に話が纏まったのかはナギも知らないが。二柱の主神もエコーも満足げな顔をしていたので、よい落としどころが見つかったのだと思う。


《ナギ様、ここでは人の目が多すぎて顕現できません》


「ああ、それもそうですね……。一旦神殿の外に出ましょうか」

「ん、判った」


 レビンとイヴを連れて、ナギはそそくさとアルティオ神殿を退出する。

 場所を移し、宿屋や商店などが並ぶ一角から、人目が無さそうな路地に入ると。すぐにエコーが顕現して、その姿を皆に見せてくれた。


「すみません、ナギ様。〈収納ボックス〉にあった服をお借りしました」

「それはもちろん構いませんが……」


 エコーが着ているのは、上衣とスカートのツーピースに、短いポンチョがセットになった衣服。以前ランデンの村で宿屋の女将さんから貰った、懐かしの『瀟洒な村娘の衣服』だった。

 村娘風ならではの可愛さが、エコーによく似合っている。

 ……間違い無く似合ってはいる、のだけれど。とはいえ、ナギより20cm近く身長の低いエコーには丈が合っていないようで、服が所々ぶかぶかになっていた。

 ただ服が大きめのお陰で、エコーが背中に持つ白い両翼が、なんとか衣服の中に収まってもいるようだ。


「わあ……! この方がエコーさんなのですね!」

「はい。初めまして、レビン様、イヴ様」

「初めましてですわ! ああ、何とも小さくて可愛らしい……!」


 エコーに駆け寄るや否や、その身体をぎゅっと力強く抱き締めるレビン。

 小さな女の子達が初対面ながらも打ち解け合い、じゃれあっている姿は、横から見ていて何とも微笑ましいものだった。


「……い、痛いです、レビン様。つ、翼が、折れ」

「わああっ! レビン、手を離してあげて下さい!」


 慌ててナギは、レビンのことを引き留める。

 レビンは小柄だけれど、その力は人間の姿のままでもかなり強いのだ。


「す、すみません、わたくしとしたことが……。

 エコーさんは背中に翼があるのですね。種族は『有翼種(アンゼリオ)』なのでしょうか?」

「違いますが、『そういう設定にしよう』とは思っています」

「なるほど。そうですね、そのほうが良いかもしれませんわ」


 エコーの言葉に、レビンは首肯しながらそう応えていた。


 『有翼種(アンゼリオ)』というのは、その名の通り背中に翼を生やした種族のことだ。

 翼があるのを除けば普通の人間と変わらない見た目をしていて、ここロズティアの都市内でも、たまに見かけることがある。

 『古代種(アンシェント)』の有翼種(アンゼリオ)は、その翼を用いて自由に空を飛ぶことができたらしいけれど。今の有翼種(アンゼリオ)は立派な翼を持っていても、基本的に空を飛ぶことはできない。

 ただ、常人の倍ぐらいの高さまで跳躍したり、落下速度を遅くしたりする程度のことであれば、今でも人によってはできるそうだ。


「まずはエコーさんに似合う服を買う所からですわね!」

「うん、そうしよう」


 レビンの提案に、ナギも即座に賛同する。

 翼を服の中に収めていては、エコーも窮屈だろう。


 ひとまずの行動方針を決めたナギ達は『縫製職人ギルド』の施設へと移動する。

 この世界では基本的に『服屋』は注文服(オーダーメイド)を仕立てて貰う店なので、既製服(レディ・メイド)が欲しい時にはギルドで購入するのが手っ取り早い。

 露店市では新品・中古を問わず既製服がよく商われているので、そちらで購入するという手もあるのだけれど。生憎と露店市はあと3日は開催されないのだ。


 というわけで、ナギ達は『縫製職人ギルド』1階の販売店で散財した。

 この世界では新品の服というのは、なかなか良いお値段がする。

 イヴに『500万gita』もの大金を支払った後なので、ナギの〈収納ボックス〉にある残金はそれほど多くない。なので少し支払いが心配だったのだけれど、そこはレビンが全額受け持ってくれるそうだ。


「うふふ……! エコーさん、次はこちらの服を着て下さいまし!」

「わ、判りました」

「お姉さまはこちら! イヴさんはこちらをお願いしますわ!」

「はい……」


 その代わりに、ナギ達三人は揃ってレビンの望むままの着せ替え人形にされる。

 テンションが高くなったレビンには、抵抗しても無駄であることを、過去の経験から既にナギは学んでいた。


「げ、現世はなかなか、ハードですね……」


 小声でエコーが、そんな言葉を漏らしていたのがちょっと面白い。


 レビン1人の為のファッションショーは、1時間ぐらい続いただろうか。

 20着ぐらいの衣装に袖を通した時点で、最初に力尽きたのはイヴだった。


「もう無理……」

「あらあら、仕方ありませんわね」


 打合せ胸(カシュクール)のニットワンピースを着たまま、店内の脇に設置されているベンチに崩れ落ちたイヴ。

 その様子を見たレビンが高揚した表情のまま、くすくすと笑みを零した。


「では、お会計をして参りますわね」

「お願いします……」


 ナギとエコーもまた、近くのベンチに腰を下ろす。

 次々に服を着せられるというのは、意外に疲れるものだ。イヴほど疲労困憊というわけではないにしても、体力的にも精神的にも疲労は大きかった。


 ナギ達が試着した服のうちの半分ほどを、レビンは購入したようだ。

 一気に30着近くもの既製服が売れたことで、店員が歓喜の声を上げているのが、休憩しているナギ達の元にまで聞こえてきた。

 新品で30着ともなればかなりの額になる筈なので、気持ちは判らなくも無い。

 その額をあっさり払えてしまう辺り、やっぱり『Aランク』の掃討者であるレビンはお金持ちなのだなあ、とナギは改めて思った。


「すみません、少し買いすぎてしまいました……。お姉さま、これを全部収納して頂くのは、大丈夫でしょうか?」

「一部を梱包すれば大丈夫だと思いますよ」


 おそるおそるといった調子で告げたレビンの言葉に、ナギは笑顔で応える。

 現在ナギの〈収納ボックス〉は、スキルランクが『6』まで成長している。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 〈収納ボックス〉Rank.6 - 採取家スキル


   異空間にアイテムを60種類まで収納することができる。

   スキルランクが上がると収納枠が拡大される。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 〈収納ボックス〉には既に結構な数の薬草や木材が収納されているけれど、それでもまだ『20枠』分ぐらいは余っている。

 衣類は(ケース)に入れれば、1箱に付き『1枠』分しか収納枠を圧迫せずに済むので、すぐ着そうなもの以外を梱包してしまえば余裕で入るだろう。


「疲れましたが……お陰で今月着る服には困らずに済みそうです。ありがとうございます、レビン」

「うふふ。気に入って頂けましたら、わたくしも嬉しいですわ」


 そう言って、にっこりと微笑むレビン。

 〈収納ボックス〉には、以前レビンから貰った10着ぐらいの服が既に入っているけれど。それらの服は秋物が多いので、冬場に着るには少々不向きなものも多い。

 今日レビンが見繕ってくれた服はどれも防寒性が高そうなので、冬の気候になり急に寒さが増した今月着る分には、とても有難いものだ。


「ナギ様。一部を梱包して、服は全て収納しておきました」

「ありがとうございます、エコー」


 ナギがレビンと話しているうちに、エコーが手早く収納を済ませていた。

 顕現できるようになったことで、実務的な部分でもエコーが手伝ってくれることを嬉しく思う反面、今まで以上に頼り切りになってしまいそうだな―――と、ナギは内心で少し申し訳無くも思う。


「あら。エコーさんも〈収納ボックス〉がお使いになれるのですか?」


 その様子を見て、レビンが首を傾げながらそう訊ねる。

 言われてみれば―――ナギは特に違和感を覚えていなかったのだけれど。レビンの言う通り、エコーは普通に衣類を『収納』しているようだ。


「いえ、詳しくはまたお話し致しますが、私にはナギ様のスキルが使えますので」

「ああ……それで先程は、僕に『服を借りた』と?」

「はい。ナギ様の〈収納ボックス〉にあったものを、使わせて頂きました」


 ナギの問いに、こくりと頷いて答えるエコー。

 こんな風に直接目を見てエコーと話せることが、ナギにはとても嬉しかった。


「あの村娘風の衣装も可愛かったですが、今のエコーもとても可愛いです」

「……そういう恥ずかしいことを、真顔で言わないで下さい」


 頬を僅かに赤らめながら、ふてくされ気味にそうつぶやくエコー。

 外套(オーバーコート)の背に開けられた隙間から出た両翼が、ぴこぴこと揺れていた。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.14 /掃討者[F]

  〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3

  〈収納ボックス〉6→7、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1


  〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1

  〈錬金術〉1、〈調理〉2


  227,812 gita

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