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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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59. 主神二柱からの報酬

 


     [3]



『エコーが自由に顕現できるように、力を少し分けてあげて欲しい』

『日本のお米が欲しい。こちらの世界で作付して増やせるものだと、より嬉しい』

『有事の際にエルフの人達が、精霊を伴って避難できる場所を教えて欲しい』

『エルフの人達の食が豊かになるように、様々な作物の種子が欲しい』

『エルフの人達の寿命を80年増やして欲しい』

『エルフの人達がオークと会話できるようにして欲しい』






「―――馬鹿じゃないですか、貴女は」


 報酬として要求する6項目についてナギの口から聞いたあと。主神アルティオはあからさまに呆れた表情で、ぴしゃりとそう言ってみせた。


「ええ……?」


 まさかそういう反応をされるとは思っても居なかったナギは、思わず困惑がそのまま言葉に出てしまう。

 『馬鹿』なんて言葉は、随分と久々に言われたような気がした。


「私はナギの望みを聞きたいのです。これらはあなたの望みではなく、ほぼ全てがあなたに助けられた、エルフの人達の望みではありませんか」

「エコーに顕現できるようになって欲しいのも、日本のお米が食べたいのも、どちらも紛れもなく僕自身の望みのつもりですが……?」

「お米はまあ、確かにナギの望みなので良いとしましょう。しかし前者の願いは、どう考えてもあなた自身より、エコーに利する望みではないですか」


 そう告げて主神アルティオは、はあっ、と大きな溜息をひとつ吐き出した。


 ―――どの願いが、誰にとって『利する』ものなのか。

 そういう考え方を一切していなかったものだから、ナギは主神アルティオの指摘を受けて、思わず戸惑う。

 眉間に皺を寄せている主神アルティオとは対照的に、その隣に立つ主神オキアスは、どこか愉快そうな表情でからからと笑っていた。


「アルちゃん、諦めなよ。こいつ、そういうどうしようもない性格なんだよ」

「ええ、判ってはいます。判っていたつもりなのですが……。こういうお人好しなお馬鹿さんって、本当に実在するものなのですね……」

「………」


 再び主神アルティオの口から『馬鹿』という単語が飛び出して、ナギは頬の端を引き攣らせる。

 何とも散々な言われようである。愚痴ならせめて、本人の居ないところで言って貰えないだろうか。


《妥当な評価だと思いますが》


 すると、その様子を見ていたエコーが口頭ではなく、わざわざ念話を使って追撃の一言を加えてきて。思わずナギは、がくりと肩を落とした。

 正直、それほど面識の無い『主神』にディスられるよりも。常に共に居る相棒からディスられるほうが、ナギの精神にはよっぽど堪えるものがあるのだ。


「―――良いですか、ナギ」

「は、はい」


 コホンとひとつ咳払いをしてから、主神アルティオは真面目に向き直る。

 ナギもまた、心を改めて、真摯な気持ちで相対した。


「正直に告白してしまいますが。私はナギに、負い目を感じています」

「え? 負い目……ですか?」

「そうです」


 主神アルティオは、厳かに頷く。


「ナギがいつも、私の神像に祈る際に『この世界に()ばれた』ことについて、感謝の気持ちを捧げてくれていることは、ちゃんと私にも届いています」


 ですが、と眉を曇らせながら、主神アルティオは言葉を続けた。


「結果的に喜んで貰えたとはいえ……私が同意を取ることなく、この世界にナギを招いたことは事実。私が転移させた時点で、それまで築いてきたナギの人生が悉く破壊されたことは、紛れもない事実なのです」

「それは……そうかもしれませんが……」


 主神アルティオの言う通り、この世界に喚ばれたあの日を境にしてナギの人生が一変したのは、間違いないことだった。


 今でこそ『1662歳』という、理解しがたい肉体年齢になっているナギだけれど。日本で生活していた頃は普通の『18歳』の高校生だったので、生活の中で最も比重を置いていたのは、当然『受験』を前にした『勉強』に関することだ。

 だというのに、こちらの世界に来たその日から、一度として『受験』なんて単語を意識することも無くなったわけだから。それまでの人生が『悉く破壊された』と言い表す主神アルティオの言葉も、決して的外れでは無い。


「負い目を晴らすためにも。私はナギがこの世界で望むままに生きられるように、今回は過分な報酬を要求されても、それを無下にはしないつもりでいました。

 例えば―――それこそ、ナギから『竜に匹敵する力を』求められたり、あるいは『自分の国が欲しい』と望まれても。おそらく私は、その願いを叶えるために神力を振るうことを厭わなかったことでしょう」

「え、ええ……?」


 例示された『報酬』のスケールに、思わずナギは圧倒される。

 竜に匹敵する力だなんて。それはもう、一種のチートのようなものではないか。


「もしナギが興味があるなら、今から『報酬』をそういうものに変えて頂いても、私は全く構いませんが」

「いえ。僕は特に『力』を欲しいとは思っていませんので」


 話が通じるなら、魔物とは戦うよりも交流を持ちたい。そう考えてしまうナギにとって『力』というのは、さして食指を動かされるものではない。

 それにナギの傍にはいつも、可愛らしい本物の『竜』が一緒に居てくれるのだから。彼女に匹敵する力をナギが持つ必要など、別に無いのだ。


「国も不要です。僕には既に『自分の国』がありますから」

「ああ、そうでしたね。あなたにこれ以上の『国』など不要でしょう」


 ナギの言葉を受けて、主神アルティオは嬉しそうに微笑んだ。


 ―――我々の王はナギだけ。もはや他の国に属する意志など皆無。


 以前イヴが告げたその言葉が、今もはっきりナギの脳裏に焼き付いている。

 イヴから最初にその言葉を聞かされた時は、流石にイヴが大仰に言い過ぎなだけだと思ったものだけれど。あれから同じ森という場所で『エコーズ』に住むエルフの人達と生活を共にしているうちに……その言葉がイヴ個人の意志で告げられたものではなく、エコーズに住むエルフの総意をイヴが代弁して告げたものであると、何となくナギにも理解できてしまった。

 ナギとしては、エコーズはあくまでもエルフの皆の集落なので、最初に幾らかの手助けをするだけで、後はあまり関与しないつもりでいたのだけれど―――。


 いまエコーズに住む人達は、自分たちの集落がどこの国にも属さず、主神二柱と古代竜の庇護を受けるナギという個人の地であることに、誇りを持ち始めている。

 この『誇り』という単語は、そのまま『希望』と言い換えてもいい。

 80年という苦しい時間を過ごし、いま誇りと希望を抱え、集落を立て直そうとしているエルフの人達を見ていると―――今更ナギのほうから距離を取ろうとするのは、やってはいけないことだと思い知らされるようになった。


 だから、今ではナギは、エコーズを『自分の国』だと思っている。

 集落1つだけしかなくても、非才な自分の(かいな)には大きすぎる国だ。

 だから主神アルティオの言う通り、ナギにとってそれ以上の『国』など不要以外の何物でも無かった。


「アルちゃん。もう私達から、形を決めて報酬を押しつけようとするのは、無駄なんじゃないかなあ」


 主神オキアスが何とも砕けた口調で、主神アルティオにそう語りかける。

 威厳も何もあったものではないが。その言葉遣いに主神アルティオが何も言わないところを見ると、多分この話し方のほうが主神オキアスの『素』なのだろう。


「ううむ……。ではオキアスは、どうしたほうが良いと思いますか?」

「ナギへの報酬は、ナギのことを一番よく知っている人に任せたら良くない?」


 そう告げて、主神オキアスはエコーの背中をぱんぱんと軽く叩いてみせた。

 意味が判らず、エコーが不思議そうな顔をしているのに対し。主神アルティオは何か得心したように「なるほど……」と小さな声でつぶやいていた。


「良い考えだと思います、オキアス。全てエコーに丸投げしてしまいましょう」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

「エコー。貴女は一体、誰のものですか?」

「私の支配権は、ナギ様ただひとりだけが有しています」


 主神アルティオの問いに答えた、エコーのその言葉を。

 ナギはこの世界へ来た初日の夜に、エコー本人の口から聞いたことがあった。


「では、私とオキアスがエコーに少し多めに力を分け与えたとしましょう。

 その場合、エコーはその力を、誰のために用いますか?」

「………? 先程も申し上げました通り、私の支配権は、ナギ様ただひとりだけが有しています。それで回答になるかと思いますが」

「はい、大変結構です」


 そう告げて、主神アルティオがにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 隣で主神オキアスもまた、どこか可笑しそうに笑っていた。


「ナギ。あなたに渡す報酬が決まりました」

「あ、はい」


 急にこちらに話が来たので、思わずナギは胡乱に返事をしてしまう。


「まず、あなたが望んでいる『日本のお米』ですが。これは精米済の米ではなく、そのまま播種に利用できる種籾を何種類か用意しておきましょう」

「それは……有難いのですが。僕には米作りの経験が無いので、たぶん種籾だけを頂いても、駄目にしてしまうと思うのですが」


 祖父が管理している田畑では水稲も陸稲も育てられていたが、特に栽培についてナギは教えを受けたりはしていない。

 読書で得た知識が多少は無くもないが、半端な知識だけを武器に問題無く種籾から育てられるほど、異世界での栽培が甘くないことは想像に難くなかった。


「それは心配ありません。このあと、私とオキアスが持つ力の一部をエコーに注いでおきますので、栽培に必要な環境をエコーに作って貰うと良いでしょう」

「環境を、エコーに作って貰う……ですか?」

「ナギは私が、一体何を司る『主神』なのかご存じですか?」

「多少は存じています」


 ナギは頷きながら、主神アルティオの問いにそう答える。


 主神アルティオは『天空』と『大地』を司る主神。

 原初にはただ海だけがあった世界(アースガルド)に『空』を創造し、人族(アースリング)が住めるように『大地』を創造した―――いわゆる『創世』の神様だ。


「元々エコーは私の欠片なのですから、神力があれば自由に顕現するだけでなく、私の権能に基づく力を行使することもできます。

 私とオキアスからそれなりに多い量の神力を分け与えておきますので、ちょっとした『世界』を創造する程度のことは、エコーにも可能となるでしょう」

「は、はあ……。何だかスケールが大きそうな話ですが」

「ふふ、そうですね。世界を創造というと、少し大きな話に聞こえるかもしれませんが。要はエコーに、自分たちだけが利用できる『小さな世界』を作成して貰うと良いでしょう、というだけの話です。

 世界を創造する際には、そこが『どういう世界』なのかを自由に設計することができます。例えば『作物がよく育つ』世界を作ることも可能ということです」

「そこでなら『初めての米作り』でも、きっと上手く行くだろうね」

「な、なるほど……」


 主神二柱の言葉に、ナギは開いた口が塞がらない。

 なんだかそれは『世界を作る』という大変なことを、随分と個人的な目的のために利用するかのように思えた。


「いっそ作物に限定せず『植物がよく育つ』世界を作ると良いかもしれませんね。そうすれば『竜の揺籃地(ようらんち)』にある古代樹を、株分けや挿し木で増やすことで、精霊が好む土地を作ることもできるでしょう。

 精霊が好む土地へなら、エルフも精霊を伴ったまま移動できます。これならナギが希望した報酬をもう1つクリアできますね」

「米以外の作物の種子を、ロズティアのオキアス神殿で集めるように指示を出しておくよ。これも『植物がよく育つ』世界では簡単に育つだろうから『エルフの人達の食を豊かにする』というナギの望みも叶うだろうね」

「でしたら、普段私がナギ様にやっている『言語翻訳』についても、世界設定の中で規定してしまいましょう。そうすればその世界の中でだけは、エルフとオークが会話することも可能となるでしょうし」

「なるほど。それは悪くない考えですね、エコー」

「いっそ古代樹より更に上位の樹木を据えるってのはどうだい? それなら精霊もより棲みたくなる土地になるだろうし」

「面白そうですね。後で主神インバに相談してみましょうか」


「………」


 いつの間にか主神二柱の中にエコーも混ざり、これから『新しく作る世界』について盛んに議論を交わしている。

 その様子を脇から傍観しているナギは(何だか大変なことになったぞ)と思いながらも。同時に、完全に蚊帳の外に置かれている自分の存在に気付いて、少しだけ淋しくなったりもするのだった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.14 /掃討者[F]

  〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3

  〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1


  〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1

  〈錬金術〉1、〈調理〉2


  227,812 gita

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しみに読んでいます。 6つの要望について、オークに襲われ苦しい80年を過ごしてきたからといって特定の地域のエルフを贔屓しすぎに思います。 武器を得たあとのオークの驚異にさらされた…
2020/02/17 02:02 退会済み
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