58. ロズティア再訪
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ロズティアの都市内へ入る際に、2つのトラブルがあった。
1つはイヴが提示したギルドカードの有効期限が切れていたことで、西門を護る衛士から咎められ、必ず本日中に掃討者ギルドで更新を行うよう警告を受けた。
ギルドカードには有効期限があり、最後に掃討者ギルドを利用して『10年間』が経過すると、無条件で『期限切れ』となってしまうらしい。
エルフのような長命種族の人は、うっかり期限切れを迎える人も割と少なくないらしく、衛士の人は慣れた口調で更新について説明してくれた。
ちなみにイヴのギルドカードは、レビンと同じ金縁の『Aランク』だった。
これについて、イヴは「長く生きていれば勝手に上がる」と言っていたけれど。それが謙遜されたものであることは、ナギにもすぐに理解できた。
もう1つのトラブルは、ナギのギルドカードに『神席』が3つも刻まれていたことだ。
ナギは神席のことなんてすっかり失念していて、普通にギルドカードを手渡してしまったものだから。衛士の人に露見した瞬間、大変な騒ぎになってしまった。
幸い、すぐに西門を護る衛士の中で、最も身分が高い『衛士頭』という立場の人が飛び出してきて、速やかにナギ達の応対に当たってくれたお陰で、騒ぎはすぐに沈静化したのだけれど。
「馬車を手配させて頂きますので、暫くお待ち頂けますでしょうか」
下にも置かぬ応対で、さも当然のように衛士頭の人がそう告げてきたことには、流石にナギも困惑した。
ロズティアは規模が大きい都市だけれど、移動に馬車を必要とする程ではない。ナギが馬車の辞退を申し出ると、衛士頭の人は明らかに納得がいかない顔をしていたけれど、最終的には不承不承といった様子ながら認めてくれた。
「うふふ。前回ここへ来た時とは、お姉さまの扱いが全く別物になりましたね」
「そうですね……」
ようやく西門を潜って都市内へ入ることができたナギは、疲労感に肩を落としながらレビンの言葉に頷く。
別にこの都市に何か貢献したわけでも無いのに『上客』扱いされるというのは、何と言うか……正直を言って、違和感があるし、落ち着かない。
ましてや『馬車』だなんて。どこの貴族か富豪かと思うような扱いだ。
ナギとしてはただ都市を利用しに来た、いち旅行者として門を通して貰えれば、それで充分なのだけれど。
「………?」
ふと、何かの気配を感じて、ナギは空を見上げる。
今、何か―――幾つかの魔力の気配が、頭上を通過していったような。
「あれは【伝言鳥】の魔法」
「【伝言鳥】?」
イヴの言葉に、ナギが鸚鵡返しにそう訊ねると。
何故かイヴに代わってレビンが詳しく説明してくれた。
「【伝言鳥】とは、鳥を作って飛ばし、離れた相手に『伝言』を届ける魔法です。肉眼では不可視の魔法ですが……気付けたのですから、お姉さまは〈魔力察知〉のスキルを修得なさっていらっしゃいますね?」
レビンの問いかけに、ナギは首肯して答える。
スキルランクはまだ『1』だけれど、確かにナギは〈魔力察知〉のスキルを既に会得している。
「〈魔力察知〉のスキルを鍛えると、武具や道具が『魔法付与品』であれば即座に判別できるようになりますし、魔法の罠を看破する役にも立ちます。伸ばしておいて損はないスキルですわ」
「へえ、確かに便利そうですね」
ナギは以前『偏向結界』という侵入者の移動針路を逸らす結界に、まんまと進行方向を狂わされてしまったことがある。
もしあの時点で〈魔力察知〉のスキルを修得していれば、針路を狂わされる前に魔力を察知して、結界の存在に気付くことも出来ただろうか。
「ところでお姉さま。いまわたくし達の頭上を飛んでいった【伝言鳥】は、西門の衛士が、お姉さまに関することを各所に伝達するものだと思うのですが」
「え。僕に関すること……ですか?」
「はい。全部で4羽飛んでいった様子でしたから、たぶん領主館と掃討者ギルド、あとはアルティオ神殿とオキアス神殿に、『神席』の所持者が都市を来訪したことが伝えられたのだと思われますわ」
「うわあ……」
思わずナギは、その場で顔を覆う。
ロズティアに着いたら、真っ先に神殿に行こうと思っていたのに。なんだか凄く行きづらくなったような気がした。
「いかがなさいますか? 後日、ほとぼりが冷めた頃に行くという手も……」
「……いえ。予定通り、まずは神殿に行こうと思います」
早くエコーには自由に顕現できるようになって欲しい。
ナギだけでなく、レビンもイヴの二人もそれを切望しているのだから。
西門から伸びる目抜き通りを歩く最中に、レビンが通り沿いに設けられた露店で何かお茶系の飲み物を購入していた。
喉が渇いたのかな―――と思っていると、レビンは購入したばかりの飲み物を、すぐにイヴに手渡していた。
どうやら喉が渇いていたのはレビンではなくイヴのほうらしい。
先程イヴの代わりに魔法の説明役を買って出たのも、イヴの喉への負担を心配しての行動だったのだろう。レビンの気配りの良さを、改めてナギは感じさせられた気がした。
暫く歩いていると、やがて都市中央の広場が見えてきた。
露店市が広場で催されるのは、日付が『4の倍数』の時らしい。今は『冬月』の初日、つまり『冬月1日』なので、次回の開催はまだ3日先のことになる。
広場の外周に沿って歩き、五つの神殿が並んだ区画へと辿り着く。
その中央にある、一番大きなアルティオ神殿の建物へと近づき、ナギは重たい門扉をゆっくりと押し開けて中へと踏み入った。
神殿の中は―――以前に来た時と、全く同じ様相だった。
入ってすぐの大広間には、中央に主神アルティオを模した神像が置かれていて。その周囲には、思い思いの形で神像に祈りを捧げている人達がいる。
もしロズティアの西門から連絡が来ていたなら、神殿の人に変な歓待でもされるのでは―――と内心で警戒していたナギは、平穏な光景を見てほっと安堵する。
これならば、普通に祈りを捧げていっても問題無いだろう。
神像の周りを取り囲む人垣に加わり、ナギもまた祈りを捧げる。
目を閉じ、この世界に喚んで貰えたことについて、改めて主神アルティオに感謝の祈りを捧げて。
それから、ゆっくりと瞼を開けると―――。ナギの視界は眩いばかりの『白』に包まれていた。
前回も経験したことなので、特に焦ることもなく瞼を閉じ直して1分ほど待っていると。やはり前回と同様に光は徐々に収まっていき、アルティオ神殿の大広間の光景が再び見えるようになってきた。
但し、あれだけ居た人垣はその姿を消し、ナギの両隣に座っていた筈のレビンとイヴの姿も見当たらない。
その代わりに、ナギの正面には三柱の『神様』がその姿を顕現させていた。
「またお会い出来ましたね、ナギ様」
三柱の『神様』の中で、断トツに背が低い少女がナギにそう声を掛ける。
その言い方がなんだか可笑しくて、ナギは少しだけ笑ってしまった。
「僕達はいつも一緒にいるようなものではないですか」
「それもそうですね」
久しぶりに姿を見ることができたエコーが、そう告げながら微笑む。
その姿を見て、両隣に立つ主神アルティオと主神オキアスの二柱が、まるで愛娘を見るかのような優しい表情を浮かべていた。
「さて―――よく来て下さいましたね、ナギ」
「はい。お久しぶりです、アルティオ様、オキアス様」
主神アルティオの言葉を受け、ナギは深く頭を下げる。
どこか軽い印象を与える薄桃色の髪とは裏腹に、主神アルティオの声や姿には、いかにも『神』らしい威厳が備わっている。
「お久しぶりです。私が出した『宿題』は、ちゃんと考えて来ましたか?」
ナギにそう問いかけた主神オキアスは、今日も真っ赤な髪をポニーテールの形状に束ねていた。
主神アルティオの言葉には、どこか人を従わせるような『威厳』があるけれど。一方で主神オキアスの言葉からは、率先して従いたくなる『カリスマ』みたいなものが感じられるようにナギには思えた。
「い、一応、6つほど考えて来ました」
「そうですか、楽しみです」
にこりと微笑みながら、そう告げる主神オキアス。
一方で主神アルティオは、どこか意外そうな表情でナギを見つめていた。
「報酬を6つも、ですか……。意外にあなたは欲張りなのですね?」
「あ、違う違う。それは私がナギに報酬を多めに要求するよう圧力を掛けたんだ。私達が吝嗇だと思うなら安い報酬を要求するがよい―――ってね」
「ああ、なるほど道理で……」
得心したように、うんうんと頻りに頷いてみせる主神アルティオ。
何にしても、誤解されずに済むならそのほうが有難い。
「こうでも言わないと、どうせナギはしみったれた報酬しか要求しないでしょ?」
「そうですね。オキアスの推測はおそらく正しいでしょう」
「………」
―――何故だろう。
こちらは『使命』を達成した側である筈なのに。ナギには二柱の主神から、褒められるどころか、凄い勢いでディスられている気がしてならなかった。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
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ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉1、〈調理〉2
227,812 gita
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