57. 冬月
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「どうでしょうか、レビン」
《余裕で大丈夫そうですね。お姉さまかイヴさんをもう1人乗せても、荷重的にはまだ許容内だと思いますわ》
古代樹の結界の内側。朝方は冷たくて透明な水を湛える泉の畔で、ナギとイヴの2人は竜に姿を変えたレビンの背に跨っていた。
まだ季節が『秋』だった昨日と一昨日の二日間は、ずっと採取に明け暮れていたナギ達だけれど。暦が『冬月』に入ると同時に、気候が『冬』のものへと変化した初日の今日になって、近くにある都市ロズティアへ移動することにしたのだ。
都市へ向かう理由は2つある。
1つは、アルティオとオキアスの主神二柱に会って『使命』の報酬を受け取ることだ。報酬の内容については、あれからレビンとイヴ、エコーの3人と一緒に色々と相談した結果、『6種類』のものを要求しようということになっていた。
もちろん、ナギとしてはそれほど充分な仕事をしたという実感も無いので、報酬に『6種類』も要求するのは多すぎると思っている。とはいえナギが少ない報酬を求めたなら、また主神オキアスから色々言われるのは判りきっているので、いっそ初めから多すぎるぐらいの報酬を要求することにしたのだ。
都市へ向かう理由のもう1つは『錬金術』を学ぶためだ。
この2日間の採取で、最下級の霊薬の調合に必要な材料を大量に収集したので、これを用いて生命霊薬と魔力霊薬を大量生産してみようと思っている。
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〈自採自消〉Rank.1 - 採取家スキル
自分で採取して得たアイテムを自ら生産素材として活用すると
生産スキルが成長しやすくなり、生産品の品質値も高くなる。
スキルランクが上がるとスキルの成長と生産品質がより向上する。
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〈採取後援者〉Rank.1 - 採取家スキル
自分が『後援』する相手を1人まで指名できる。
採取で得たアイテムを後援対象者に生産素材として活用して貰うと
後援対象者のスキルが成長しやすくなり、あなたは経験値を得る。
スキルランクが上がるとスキル成長が向上し、後援枠が拡大する。
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この世界では、スキルは活用しなければ成長することはない。
なので〈自採自消〉のスキルランクを上げるためには、ナギ自身が何らかの生産技術を修める必要があり、また〈採取後援者〉のスキルランクを上げるためには、ナギが素材を譲渡する誰かに生産を行って貰う必要がある。
既に錬金術師ギルドでギルドマスターを務めているジゼルと面識を得ていることもあり、この2つのスキルを成長させる目的も兼ねて『錬金術』についてレビンやイヴと一緒に学んでみようということになったのだ。
もちろん主神に要求する『使命』の報酬のひとつで、エコーが自由に顕現できるようになれたなら、エコーも交えた4人で一緒に学ぶつもりだ。
「凄い……。全然寒くない」
「竜の防護膜は寒さも防いでくれますからね」
イヴのつぶやきに答えるように、ナギが背後からそう囁くと。
頭の両サイドから突き出しているイヴのエルフ耳が、ピンと峙った。
「な、ナギ。急に耳元で囁くのはやめてほしい。ドキドキする」
「……すみません」
イヴと2人、前後に並んでレビンの背に跨っているので、その距離は近い。
後ろ側に座っているナギから話しかけようとすると、イヴの耳のすぐ傍になる。話しかける時には、意識して頭を後ろに少し離した方が良さそうだ。
《わたくしの背で二人いちゃいちゃしないで下さいまし。そういうことをなさるのでしたら、わたくしも混ざれる時にお願い致しますわ》
呆れたような声でレビンがそう告げると同時に、竜の身体が空へと舞う。
普段は地上から見上げた時に、まるで天を衝くかのような威容を魅せる古代樹。その大樹の高さを軽々と超え、ドーム状の結界の天頂部を突き抜けると、空一面に見事な青空が広がった。
地上を見下ろすと、空を飛ぶ竜の姿に気付いたエコーズの住人達が、こちらに手を振っている姿が見えて。すぐにナギのほうからも手を振り返すことで応えた。
飛行の時間はそれほど長くない。
前回と同じく『竜の揺籃地』の端に位置する小川沿いに着陸したナギ達は、そこからロズティアがある方へ向かって徒歩で移動する。
3人一緒に並んで歩くと、自然と歩行速度は一番小柄なイヴに合わせることになるのだけれど。10分ぐらい歩いた時点でイヴは「疲れた」と弱音を吐き、どこからともなく取り出した一本の杖に『浮遊魔法』を行使すると、その杖に腰掛けながらなんと浮いて移動を始めた。
杖に乗って浮いて移動する―――という、いかにも魔法使いらしい所業に、ナギの好奇心が大いに刺激されたのは言うまでもない。
「そういう魔法は、僕でも学べば使えるようになれるのでしょうか?」
「ん。ナギなら余裕」
魔法系の天職を持っていなければ無理なのかなと、なんとなくナギは思っていたのだけれど。イヴが言うには『余裕』らしい。
「魔法が扱えるか否かは結局、充分な量の『魔力』があるかどうかに尽きる。ナギは魔力の量がかなり多いから、学べば殆どの魔法は扱える」
「それは嬉しいです。この世界でやりたいことが、ひとつ増えました」
「大抵の魔法なら私が教えられる。いつでも言って」
「助かります」
教えてくれる人が身近に居るというのは、とても有難いことだ。
「とはいえ、幾つか修得不可能な魔法もある。例えば『精霊魔法』は無理」
両手の人差し指で、口元に小さくバツ印を作りながらイヴがそう告げた。
『精霊魔法』を扱うためには、精霊に語りかけるための言葉である『精霊語』を話せなければならないが、これを会得するためには種族が『エルフ』でなければならない。なので、いかに魔力が多くとも、ナギには修得不可能なのだ。
「そういえばイヴは、何日ぐらいまでなら森を離れても大丈夫なのですか?」
不意にナギは、思い出したかのようにイヴにそう訊ねる。
男性のエルフは精霊を『使役』するため、森から離れた場所にも精霊を無期限に連れ歩くことができるらしいが。女性のエルフは精霊を『友』とするため、あまり何日も森から離れた場所に精霊を連れ歩けないと聞くが。
「2週間ぐらいなら余裕。説得すれば、たぶん1ヶ月ぐらいまでなら大丈夫」
「あら? 普通は3日ぐらいが限界だと、わたくしは聞いておりましたが」
「普通のエルフはそう。下級の精霊は3日も森を離れると嫌がるから、それ以上の期間を離れるなら精霊と別れなければならない。だけど私の『友』には中級以上の精霊しかいないから。ある程度は長めに森から離れても大丈夫」
「なるほど、そうなのですか」
2週間もロズティアに居るつもりは無いので、それなら余裕がありそうだ。
できれば今月一杯は、たまに森へ帰ったりしながらも、生活拠点をロズティアへ移したいとナギは思っていた。そしてたぶん、イヴも同じことも思っている。
レビンの家は、決して住み心地が悪い場所ではない。
ないのだけれど―――あの場所は、とにかくナギとイヴには『寒すぎる』のだ。
古代樹の周囲に張られた結界は『古代種以外の侵入を阻む』だけでなく、もうひとつ『結界内の気温を低く保つ』という副効果も持っている。
結界の外に較べると、結界内の気温が大体『6~7℃』ほど低くなるのだ。
先月の間はそれほど気にならなかった。結界外の気温が大体『12~15℃』ぐらいだったので、結界内の気温は確実に『1桁』ではあったのだけれど、焚き火をしたりレビンの家に籠っていれば、寒さを問題無く凌ぐことができたからだ。
とはいえ、月を跨いで『冬月』に入った今となっては、話が変わってくる。
気候が『冬』へ変化した影響は劇的で、今朝の結界外の気温は一気に『4℃』にまで下がってしまった。
結界内の気温はそこから更に『6~7℃』低くなるわけだから―――ナギとイヴの二人が朝から凍えそうになったことは言うまでもない。
もっとも、唯一『氷竜』の血を継いでいるレビンだけは普段通りで。
朝食を食べる時にもパジャマ姿のまま平然としていたものだから。むしろ薄着で過ごすレビンの姿を見て、ナギとイヴのほうが寒さを覚えるぐらいだった。
「……暫くはこっちに居たい」
「ええ、全く……」
イヴがぽつりと漏らしたつぶやきに、ナギも全力で同意する。
暑い夏よりは寒い冬のほうが好きだけれど。流石に氷点下生活はちょっと……。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつもありがとうございます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.14 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈魔力察知〉1
〈錬金術〉1、〈調理〉2
227,812 gita
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