55. オークの肉
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充分量の『カママ』を採取したあと、近くにあるオークの集落がある側へ向かうと。ここまでの道中で全く出逢わなかったオークの人達と、ようやく遭遇することができた。
彼らは10体以上が集まり、集団でポニカの木を伐採しているようだった。
1体のオークがポニカの木に、フルスイングで斧を何度も叩き付ける。そうして樹木の片側を抉ったあと、今度は逆側から二体のオークが力任せに押し倒した。
「凄い……!」
何とも怪力のオークらしい、豪快な樹木の伐倒方法を目の当たりにして、思わずナギは感嘆の声を漏らした。
その声が聞こえたのだろう。伐採作業に従事していたオークの何体かが、ナギ達の存在に気付いて歩み寄ってきた。
「ヨウ、ナギ。今日ハ俺達ノ集落マデ、何ノ用デ来タンダ?」
「採取で近くに来たので寄ってみました。そちらはポニカの伐採中ですか?」
「ソロソロ冬ダカラナ。今ノウチニ燃料モ食料モ、採ッテオイテ困ルコトハ無イ」
伐採の光景を眺めながら、色々と話を聞いてみると。オークの男性は寒さに強いので冬でも問題無く活動できるらしいのだけれど、オークの女性や子供、もしくは老齢のオークはそうとも限らないのだそうだ。
なので冬が始まる前の今頃からは、集落に残って暖を取るオーク達の為に、男が燃料や食料を集めることが習慣となるらしい。
「他のオークの人達の分も集めるとなると、大変そうですね」
「イヤ、ソウデモナイ。ナギガ集落ニ氷室ヲ作ッテクレタシ、大量ノ食イ物ト酒ヲ用意シテクレタカラナ。今年ハ飢エル心配ガ無イシ、モシ寒サデ井戸ガ凍ッテモ、酒ガアルカラ喉モ潤セル。
コレホド余裕ヲ持ッテ冬ヲ迎エルコトハ、今マデニ一度モ無カッタ。―――全テオマエノオ陰ダ。アリガトウ、ナギ」
話していたオークが、そう告げてナギに頭を下げる。
いや、話していたオークだけではない。伐採作業に従事していたオーク達の全員がナギのほうに向けて頭を下げ、感謝を伝えてきていた。
エコーの推測によれば、オークは同族と意志疎通や情報共有を行うための、何らかの特別な能力を有しているという。
ナギが話していた相手以外のオークも揃えて同じ行動をしてきたという状況は、その推測を少なからず肯定しているように思えた。
「お役に立てたなら、何よりです」
何にしても、喜んで貰えたなら幸いなので。ナギは素直に感謝を受け取る。
「デキレバ俺達モ、ナギノ役ニ立チタインダガナ」
「既にお世話になっていますよ。エルフの集落が完成したお祝いに、猪と鹿を差し入れして下さったの、凄く嬉しかったです。その節はありがとうございました」
「ソノ程度デ感謝サレテモナ……」
今度は逆にナギから頭を下げられたことで、話していたオークは却ってばつが悪そうな顔をしてみせた。
彼らからすれば『その程度のこと』であっても。ナギとしては本当に助かったのだから、感謝をするのは当然のことだ。
「―――あ、そうだ。もし嫌で無いようでしたら、ひとつ手伝って頂きたいことがあるのですが」
「判ッタ。何ヲ手伝オウカ?」
「………」
内容を聞く前から、さも当然のように『手伝う』と伝えてくるオーク。
何と言うか―――やっぱりオークの人達というのは、普通の人間よりもよっぽど誠実な相手であるようにナギには思えた。
「えっと、最近〈生体採取〉というスキルを新しく覚えたのですが……」
2つ前のレベルアップで覚えたスキルについて、ナギはオークに説明する。
物事を他人に解説するのはあまり得意ではないので、きっとナギの説明は要領を得ないものだったと思うのだけれど。にも関わらず、オークは真摯に耳を傾けて、ナギが話す内容を理解してくれた。
「使ったからと言って、特に害をもたらすスキルではないと思うので……。試してみても、良いでしょうか?」
「モチロンダ。遠慮ハイラナイ」
「では、失礼して……」
許可を得たので、早速ナギはオークの片腕に触れさせて貰う。
筋肉がたっぷり付いた、鍛えられた腕だ。人族よりずっと巨体で、しかも怪力なのだから、樹木を簡単に押し倒せることにも納得できようというものだ。
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-> ナギは『オークの肉』を『1個』採取。
-> ナギは経験値『7』を獲得。
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「………」
オークの筋肉について考えていたら、オークから肉を獲得してしまった。
スキルが発動したからといって、相手に害を与えることは無いと判ってはいるのだけれど。何となく、相手の腕から肉をもぎ取ってしまったような気がして、ナギはちょっと複雑な気持ちになった。
「ドウダ。何カ手ニ入ッタカ?」
「ええっと……」
肉が獲れました、とは言いづらくて。一瞬ナギは返答に詰まるけれど。
とはいえ嘘を吐くわけにもいかないので、正直に告白した。
「肉カ。コノ森デハ肉ガ食ベタクナッテモ案外手ニ入レニクイカラ、俺達ニ触レルダケデ手ニ入ルナラ、楽デ良イカモナ」
するとオークは平然とした顔で、そんな風に言ってみせた。
「……オークの肉を僕達が食べるというのは、嫌では無いですか?」
「気ニスルナ。生キテイレバ、誰モガ他者ノ肉ヲ喰ラウモノダ」
「それは、そうかもしれませんが……」
「コノ森ニ棲ム動物ハ、警戒心ガ強ク、ナカナカ狩リヅライ。俺達ニ触レルダケデ肉ガ手ニ入ルノナラ、積極的ニ活用スベキダ。折角ココマデ来タノダカラ、集落ニ寄ッテ、オーク全員ニ触レテ肉ヲ沢山手ニ入レテイクトイイ」
「それは……有難いですが、そんなに沢山肉を頂いても、食べきれないですよ」
オークの言葉に、思わずナギは苦笑する。
確かに楽に肉が手に入るのは良いことかも知れないけれど。かといって、食べきれない量を確保して無駄にするのは、あまり良くないだろう。
「オマエガ作ッタ集落ヘ持チ込メバイイ。エルフ達ナラ俺達ノ肉ヲ食ベ慣レテイルダロウカラ、調理法ニモ詳シイト思ウゾ」
「……そうなのですか?」
「昔ハ争ッテイタカラナ。俺達ハ倒シタエルフノ肉ヲヨク食ベテイタシ、エルフモマタ、倒シタ俺達ノ肉ヲ食ッテイタト思ウ」
そういえば以前、主神アルティオがナギに『使命』を課した際に『エルフは狩猟したオークの肉を食料とし、その牙や皮を加工して生活に役立てていた』と話していたのを覚えている。
「ソコニイル竜ノ娘モ、以前ハ俺達ノ肉ヲ、ヨク食ベテイタト思ウゾ? 一体ドンナ味ガシタノカ、訊イテミテクレナイカ?」
レビンのことを指差しながら、オークがどこか愉快そうにそう告げた。
「レビンがですか?」
「コノ森デ最モ強イノハ、オークノ俺達デハナク、ソノ竜ノ娘ダカラナ。コノ森ニ棲ム生物ノ肉ナラ、大体ハ食ベタコトガアルンジャナイカ?」
「な、なるほど……」
強い者が弱い者を喰らうのは、自然の摂理ということだろう。
知能を持つ相手だからといって、その肉を食べるということに心の中で抵抗感を覚えてしまう、ナギのほうがこの世界では異端なのかもしれない。
「あ、あの、お姉さま……? このオークは、私に何と?」
未だにオークから指差されているレビンが、困惑した表情でそう訊ねてくる。
エコーによる言語翻訳を受けられるのはナギだけなので、レビンにはオークが話している内容が判らないのだ。
「レビン、オークの肉って食べたことありますか?」
「え? あ、はい。昔はよく食べていました。この森では動物を探すよりオークを探す方がずっと楽で、すぐに確保できますから」
「……オークの肉はどんな味でしたか?」
「味ですか? 味はよくある獣のお肉と大差ありませんね。ただ、筋肉質でかなり硬いお肉ですので、普通に焼いたのではあまり美味しくなりません。煮込み料理などに用いますと、適度にコリコリとした食感が残って美味しいですわ」
「そ、そうなんだ……」
予想以上に仔細な回答がレビンから返されて、思わずナギは頬をひくつかせる。
……とはいえ『鋼の肉体』という表現が適切に思える、非常に鍛えられた肉体をしているオークの肉ともなれば、筋肉質で硬いという評にも頷けるけれど。
「ハハハ! ソウカ、俺達ノ肉ハコリコリシテイルカ!」
ちなみにレビンの言葉をそのままオークに伝えてみると。一瞬だけ驚いた顔をしてみせたあと、その場に居るオーク達の誰もが腹を抱えて、心底可笑しそうに笑い始めてしまった。
オークの誠実な性格については、ナギも多少理解したつもりになっていたのだけれど。……オークの笑いのツボに関しては、生憎とナギには当分理解できなさそうに思えた。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.13 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉7、〈素材感知/植物〉4、〈繁茂〉3
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉4、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉4、〈非戦〉5、〈生体採取〉1→2
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉2、〈複製採取/解体〉1
【浄化】4、【伐採】6、【解体】1、【素材探知/植物】1
〈植物採取〉8、〈健脚〉4、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
〈調理〉2
227,812 gita
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