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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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51. 四人家族

 


     [4]



「本当に通れる……」


 『竜の揺籃地(ようらんち)』の中心に聳え立つ古代樹から、周囲約1キロメートル程の領域を、取り囲むように張られている結界。

 その障壁に実際に触れてようとして―――自分の手や身体が素通りしてしまうのを目の当たりにして、イヴが驚きの声を上げた。


 ナギとレビンからすれば、イヴの種族が『古代森林種(アンシェ・エルヴァ)』だと判明した時点で、彼女が結界を通過できるのは判りきっていたことだけれど。

 当事者のイヴからすれば、エルフの人達の間で『絶対に通れない結界』として知られているらしい古代樹の結界は、自分も通れなくて当然と考えていたのだろう。


「うふふ。両親とお姉さま以外のお客様をお招きするのは、初めてですわ」


 そう告げるレビンの声は、何とも嬉しそうなものだ。

 いまレビンが最も仲良くなりたい相手であるイヴを、自分の生活空間に招待できるのだから、その喜びようも当然かもしれない。


「………」


 一方で、レビンとは対照的に、ナギの心中はあまり晴れやかではない。


(女の子が『私を買っては貰えないだろうか』だなんて……)


 一種の身売りのようなことを、自ら提案するという状況。

 それが尋常のものではないことぐらいは、ナギにも理解できるからだ。


 金が必要なのであれば、そんな無茶な提案などせず、普通に要求してくれればいいのに……と正直ナギは思う。

 まだエルフの人達との付き合いは浅いとはいえ、それなりにイヴと仲良くなれたつもりでいただけに。身売りを考えるほどに金に苦心している状況でありながら、率直に頼って貰えないことが少し淋しくもあった。


「それで。先程の提案は一体、どういう意味なのでしょうか?」


 古代樹の泉の畔に設置している、木製テーブルと椅子のセット。主にレビンとの夕食時に活用している椅子のひとつに腰掛けて、ナギはイヴにそう問いかけた。

 テーブルセットは以前にナギが【伐採】で手早く作ったものだ。二人での食事用として作ったものだが、椅子は3脚分用意されているので、ちゃんとイヴも座ることができる。

 ちなみに椅子が3脚ある理由は、レビンと二人きりで摂る食事の際に、エコーも一緒に同席してくれている気分に浸りたくて、ナギが1脚余分に作成していたからだったりする。


「……もしかしてナギは、怒っている?」


 ナギの言葉を受けて、イヴが上目遣い気味にそう問い返した。

 もしかしたら怒気のようなものが、無意識のうちに声に混ざっていただろうか。ナギはコホンとひとつ咳払いをしてから、感情が声に出てしまわないように改めて注意を払いながら、イヴに言葉を述べる。


「別に怒ってはいませんが……。あまり女の子の口から聞きたい言葉では無かったとは思っています」

「何か誤解させたなら申し訳無い。別に『私を買って欲しい』というのは、さして深刻な意味で提案したわけではない」

「そうなのですか? てっきりお金に困っているのかと……」

「もちろん、お金には困っている」


 ナギの言葉に対し、イヴは平然とそんなことを口にした。


「二人はエルフの集落が元々、どんな物を生産していたか知っている?」

「いえ、存じませんわね。今は畑を作っておられるようですが……」

「あれは『グルシ』という豆を植える畑だと聞いています」


 イヴの問いに答えたレビンの言葉に、ナギは首肯しながら補足を入れる。


 現在の『エコーズ』では、家屋の傍に小さな畑が点々と作られている。

 何を作付する為の畑なのか、興味があってナギは訊ねたことがあるのだけれど。ここには食料と油を得るために『グルシ』という豆を植える予定なのだそうだ。

 あまり美味しくはないらしいが、季節を問わず作付でき、収穫量も多いらしい。

 採れた豆は保存も利くので、オークから隠れ住んでいた時には、主食としていた人達も多かったそうだ。


「グルシはあくまでも予備作物として育てている。集落で主に営んでいた産業は、養蚕や綿羊、縫製、酒造、伐採と木工、果樹栽培、薬草摘みといったもの」

「色々な産業を、手広くやっておられたのですね」


 ナギの言葉に、イヴが「その通り」と胸を張りながら頷いた。

 しかし誇った直後に一転、イヴは落胆するように眉尻を下げてもみせる。


「かつての集落は滅ぼされたが、こうして私達は200人以上が生きている。必要な知識や技術は今も頭の中にあるから、再び同じ産業に着手することも可能。

 ……とはいえ、集落を滅ぼされた私達は多くを失ってもいる。沢山飼育していた蚕や綿羊といった家畜はもう1匹も手元には残っていないし、縫製や酒造に必要な器具も全て破壊されてしまった。産業を再興すべく、必要な家畜や器具を買い揃えるためには、かなりの大金が必要」

「ああ……。それは確かに……」


 養蚕の技術を持っていても、蚕が手元に無ければ意味がない。

 森林で綿羊を育てた経験者がいても、綿羊そのものが無ければ活かせない。

 縫製や酒造の技術はあっても、必要な器具がなければ作れる筈もない。

 手広くやっていただけに、元々やっていた産業のそれぞれを再開するとなれば、最初に莫大な額の投資が必要となるだろう。


「……だから、お姉さまに『私を買って欲しい』なんて仰ったのですか?」

「それも理由のひとつではある。集落の為にも、お金は少しでも欲しい」


 レビンの問いに、イヴはあっさり首肯してみせる。

 お金のために自分を売る、という気持ちが理解できないナギとしては、ただ困惑するばかりだ。


「けれど、一番の理由は別にある」

「別に……? それは一体どのようなものでしょう?」

「……口にすると少し恥ずかしいので、どうか笑わずに聞いて欲しい」


 やや躊躇いがちに告げられたイヴの言葉に、ナギは即座に承諾の意を示す。

 レビンもまた、静かに頷くことで応えてみせた。


(かね)てより私は『誰か』の為に生きてみたい、という憧れを持っていた」

「誰か……? 自分ではない誰かの為に、ということですか?」

「そう」


 こくりと頷くイヴの頬は、僅かに赤みを帯びている。


「今もイヴさんは、エルフの皆様の為に尽くしておられるのでは?」

「いや、それは全く違う。別に私は自分が属する集団に寄与したいわけではない。そうではなく……ただ無条件に、特定の『誰か』の為に尽くしてみたいのだ」

「特定の誰か、ですか。……例えばわたくしが、お姉さまに尽くすように?」

「まさしくその通り。というか、あなた達のせいでもある」

「わ、私達のせいですの!?」


 イヴの言葉に、レビンが狼狽しながらそう言葉を零す。

 一方、イヴは普段と変わらない淡々とした口調で「そう」とだけ応えながらも。頬に刺した紅がより色濃くなっている辺りに、彼女なりの感情の豊かさが垣間見えるような気がした。


「今までは、いつか……恋人のような相手ができたら、その時にこそ相手のために尽くしてみたいと。そう思うだけの、漠然とした憧れだったのだけれど……。

 ナギとレビンの二人が築いている関係は、あまりにも私が憧れていたものに近すぎるように思う。あなた達を見ていると、憧れを求めたいという衝動が膨らんで、抑えきれなくなってしまった。だから、その、私も―――」


 こくん、とイヴの喉が小さく鳴った。


「私も―――迷惑でなければ、あなた達とそういう関係になりたい」

「まあ! イヴさんでしたら大歓迎ですわ!」


 ナギが何か言うよりも早く、即座にレビンが大きな歓喜の声を上げた。

 仲良くなりたいと思っていた、イヴの側から踏み込んできてくれたわけだから。レビンからしてみれば、まさに天にも昇るような心地なのだろう。


 もちろんナギもまた、イヴと仲良くなりたいと思っていたのだから。彼女の言葉が嬉しくない筈もなかった。

 ―――とはいえ、疑問に思うところは残る。


「僕もイヴでしたら歓迎ですが。……でもなぜ、自分を『買って』などと?」

「私は自分の欲に対して正直に行動するというのが、あまり得意ではない。ならばいっそ私という個人の所有権自体をナギかレビンに買い取って貰えたなら、それを動機にして、あなた達の為に尽くすことができると思ったから。

 つまり簡単に言えば―――自分という堅物を言い聞かせられる、もっともらしい理由が欲しかっただけ」

「な、なるほど……」


 欲に正直になるのが難しいという気持ちは、ナギにも判らないでは無かった。

 ナギもまた日本に住んでいた頃には、自分の欲を隠したり、否定したりしながら生きていたように思うから。


「なんだか良く判りませんが、イヴさんと仲良くなれるのでしたら、こんなに嬉しいことはありませんの! うふふ……これでイヴさんが加わり、私達は4人家族のようなものですわね」

「ん、そうだね」


 レビンの言葉に、ナギは頷く。

 お互いに永遠を生きなければならない者同士なのだから。レビンの言う通り、家族のように親しい関係を築いていけたら素敵だと思う。


「……4人? 私達の他にも、1人誰かが?」


 イヴが小首を傾げながら、小さな声で疑問を口にする。

 その様子を見てナギもレビンも、思わず顔が綻んでしまった。


「イヴさんには、その辺の話も詳しくしないといけませんわね。今日はわたくしの家にどうぞ泊まっていって下さいまし。お姉さまも交えて、夜更かししながら色んな事をお喋りしましょうね」

「夜更かしのお喋り……。初めてなので、楽しみ」


 レビンの言葉に、イヴは目元を易しく緩ませながらそう告げる。

 語調こそ普段と変わらなくとも。意外にイヴは、感情が豊かなようにも思えた。





 

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お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.13 /掃討者[F]

  〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕


  〈採取生活〉6、〈素材感知/植物〉3、〈繁茂〉2

  〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉3、〈保存ボックス〉1

  〈鑑定〉3、〈非戦〉5、〈生体採取〉1

  〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1

  〈複製採取/植物〉1、〈複製採取/解体〉1

  【浄化】4、【伐採】5、【解体】1


  〈植物採取〉7、〈健脚〉3、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1

  〈調理〉2


  5,227,812 gita

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