48. あっ、はい
[1]
その日、ナギは朝から悩んでいた。
と言っても、昨日今日に生まれた悩みではない。一週間ほど前に、夢の中で主神オキアスと相対した翌日から、毎日のようにナギは悩んでいた。
もちろんあの夢を見た朝には、すぐに【伐採】で主神オキアスの姿を模した神像を作成し、集落の神殿に設置しておいた。なので主神オキアスがナギに会いに来た『目的』については、既に対応済なのだけれど……。
あの日、主神オキアスから出された『宿題』の回答が、未だに決まらないのだ。
『使命』の報酬として、何でも自由に望むことができる―――。
そう言われても、あまりこれといって希望すべきものが思い当たらない。
今の生活に満足しているからだ。衣食住のどれにも満たされているし、エコーとレビンがいつも一緒に居てくれるお陰で、話し相手にも困ることはない。
こちらの世界に来たばかりの頃には、一刻も早く『男に戻りたい』と思っていたけれど。これについても……今は別に、急がなくてもいいかなと思っている。
もし身体が男に戻ってしまうと、垣根を全く作らずに接してくれているレビンと少し距離が開いてしまいそうな気がするし。……もしナギが男に戻っても、距離が今まで通りだったなら、それはそれで問題がありそうな気がするからだ。
かといって『報酬を要求しない』という選択肢は無い。
そんなことを口にすれば、主神オキアスからどう言われるかは判りきっていた。
(欲しいもの……。お米、とか?)
ナギはこの一週間の間に、二度、米の炊飯を行った。
ロズティアの食堂で購入しておいた例の米を、露店市で確保して置いた文化鍋に似た調理器具で炊いたのだ。文化鍋での炊飯方法については、昔祖父から教わっていたこともあり、問題無く炊くこと自体はできたのだが―――。
けれども、その米の味は。
やはりと言うべきか、日本で生産されている白米の味わいに慣れているナギからすると、随分と味気ないものに感じられた。
日本の米は、スーパーなどで安価に購入できるものでも、品種改良が繰り返された結果、日本人の味覚に合致する食感や味わいに調整されている。
けれども、この世界で手に入る米は、当然そういった改良など施されてはいないわけだから。その差が顕著に出てしまっているということだろう。
だから『日本のお米』というのは、いまナギが『欲しい物』を挙げるなら、結構上位に食い込んでくるものではある。
(でもなあ……)
次に主神オキアスに会った時、ナギが『日本のお米を下さい』と希望したなら。
それはそれで『安い報酬を要求した』と見なした主神オキアスが、どういう反応を示すかも判りきっているだけに。ナギとしては苦悩するしか無かった。
頭の中で色々と悩みながらも。ナギは古代樹の結界内の一角に屈み込み、地面に生えている薬草を、ひとつずつ丁寧に摘み取っていく。
考え事をしている最中の採取作業というのは、妙に捗るものだ。
以前、錬金術師ギルドに大量売却した『コジシキョウ』と『ミズネンタケ』が、この1時間だけでも100個以上ずつ〈収納ボックス〉の中に回収できていた。
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〈複製採取/植物〉Rank.1 - 採取家スキル
自然状態下にある植物系素材アイテムを採取すると、
20%の確率で全く同じ素材アイテムがもうひとつ手に入る。
スキルランクが上がると素材の獲得個数や確率が向上する。
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〈複製採取/解体〉Rank.1 - 採取家スキル
動物や魔物の亡骸から【解体】を用いて素材アイテムを採取すると、
20%の確率で全く同じ素材アイテムがもうひとつ手に入る。
スキルランクが上がると素材の獲得個数や確率が向上する。
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その理由は、レベルが『11』と『12』に成長した際に覚えた二つのスキルの内、前者で修得した〈複製採取/植物〉の効果に拠るところも大きい。
何しろ植物素材を10回も採取すると、大体2個ぐらいは〈収納ボックス〉の中に余分に手に入っていたりするのだ。
このスキルがあるだけで、純粋に採取効率が20%向上したとも言える。もちろん今後スキルランクが上がれば、効率もより向上していくことだろう。
ちなみに〈複製採取/植物〉は【伐採】の魔法にも適用される。
ポニカの樹木を1本【伐採】するたびに、大体『200~250粒』ぐらい手に入っていたポニカの実が、このスキルを得てからというもの一気に『240~300粒』ぐらい手に入るようになっていた。
お陰でエルフの人達に幾ら配っても、〈氷室ボックス〉に入っている実だけは、全く不足することが無い。
また、もちろん入手量が増えれば、それだけ〈採取生活〉スキルで手に入る経験値の量も増えることになる。既にレベル『13』への成長も見え始めていた。
「……お姉さま。何だか最近は、ずっとお悩みですね」
それからも、主神オキアスから出された『宿題』についてあれこれ悩みながら、採取を続けていると。いつの間にかナギのすぐ近くに立っていたレビンが、小さくそう声を掛けてきた。
「レビン……」
「大した悩みではないとのことでしたが。そこまでお姉さまが苦悩されているのを知っていながら、看過することはわたくしには出来かねます。無理にとは申しませんが……よろしければ、そろそろ話しては頂けませんか?」
憂いを帯びたレビンの声色に、今更ながら随分と心配させてしまっていたことにナギは気付かされる。
本当に大した悩みではないだけに……今までレビンに二度、何を悩んでいるのか訊ねられても、何となく答えずにはぐらかしていたのだけれど。こんなにも彼女に心配させてしまうなら、早々に話しておくべきだった。
「心配させてごめんね、レビン。本当に大した悩みじゃないから、つまらない話になるかもしれないけれど……」
「お姉さまに関するお話でしたら。わたくしはどのような些末なことでも聞きたいと常に思っていますので、遠慮は無用ですわ」
そう告げてにこりと微笑んでくれるレビン。
無条件に向けてくれるレビンの優しさに、いつもナギは救われている。
「なるほど……。ふふ、一体何を悩んでおられるのかと思っておりましたが、贅沢な悩みだったのですね」
ナギが悩みを打ち明けると、レビンは穏やかな顔でそうつぶやいた。
贅沢な悩み―――。なるほど、確かにレビンの言う通りかもしれない。
「今レビンは、何が欲しいですか?」
「わたくしですか?」
「はい。参考にしたいので」
アルティオとオキアスの二柱の主神に。一体何を望めばよいか判らないナギが、レビンの意見を聞きたくてそう訊ねると。
「そうですね……。お姉さまにもっと、わたくしのことを好きになって頂きたいとは、常日頃から思っておりますが」
頬を僅かに赤らめながら、レビンは小さな声でそう答えてくれた。
そう口にしながら、お腹の前でもじもじと両手の指を絡ませている仕草がまた、何とも可愛らしい。
「レビン……判っているとは思いますが、僕は精神的には『男』ですので」
「あ、はい。承知しておりますが……?」
「可愛い女の子からそういうことを言われると、我慢が聞かなくなりそうです」
ナギはその場で立ち上がると、薬草摘みで土に汚れた両手と衣服に、手早く【浄化】の魔法だけを掛けてから。
すぐ傍に立っていたレビンの身体を、ぎゅっと優しく抱き竦めた。
「お、お、おお、お姉さま……!?」
「僕はこれでも結構、独占欲が強いんです。……あんまり隙が多いと、襲っちゃいますからね?」
「………!!」
そう告げてレビンの唇を、そっと指先でなぞると。
熟れた林檎と同じぐらい顔を真っ赤に染めながら、レビンはへなへなとその場に座り込んでしまった。
慣れないことをしたせいで、ナギの頬もまた、熱い。
きっと僕の頬も赤くなっているのだろうな―――と、ナギは静かに思う。
「や、やや、やばいですわ……! おねえさま、ぱないですわ……!」
何だかレビンの語彙力が、大変なことになってしまっている。
というか『ぱない』って。今更だけれど、エコーがしてくれている言語翻訳は、かなり高度な柔軟性を持っているように思えた。
林床に崩れ落ちたレビンを横目に、採取作業を再開していると。
暫くして、ようやく落ち着いたのか、レビンが軽く口を尖らせて不満を訴えた。
「むう……。わたくしはもう、知性面でも年齢面でも、充分に大人なのですから。お姉さまが、お……襲いたいのでしたら、何も問題、あ、ありませんわよ?」
レビンは務めて平静を装いながらそう口にするけれど。残念ながら呂律のほうが追い付いていない。
あまりにも可愛らしい女性の誘い文句に、思わずナギは破顔させられてしまう。
「すみませんが、残念ながら僕がまだ子供なので、少し待って頂けませんか」
「えっ……。そ、そうなのですか?」
「はい。僕が前に住んでいた居た国では、二十歳を以て『成年』として見なされていました。僕は十八歳になったばかりでしたので、成年まではあと『2年』掛かることになります」
「お姉さまが居た世界で『2年』……。ということは、こちらの世界では『4年』に相当するのでしょうか?」
「そうなりますね」
レビンの言葉に、ナギは頷きながら答える。
こちらの世界では1年が『160日』なので、地球の暦に較べると半分もない。
ナギが元居た世界と、この世界との違いについては、ある程度話してあるので。それはレビンも既に把握していることだった。
「少なくとも、自分の中で『大人』になれたという実感ができるまでは、レビンに何かしたいと思っても、自制するつもりでいますから。なので、僕を誘惑して下さるのでしたら、あと4年以上経った後にお願いできますか」
「誘わっ……!? わ、わかりました。よねんご、ですわね」
言葉で誘われるだけでも、充分衝撃は大きいのだけれど。それ以上に、古代樹の温泉に浸かり、互いに裸になっている時にレビンが身体をぴとっと寄せてきたりするのは……正直、誘惑としての破壊力が高すぎる。
こちらとしては必死に自制しなければならないので、できれば自分が『大人』になれた自覚が持てるまでは、抵抗できなそうな誘惑はあまりしないで欲しかった。
「わたくしは既に400年を生きた竜です。あと4年なんて、あっという間ですわ」
「では、4年後にレビンがまだ、僕のことを好きで居てくれた時には。もう僕も、一切容赦はしませんから、覚悟しておいて下さいね」
「あ、ああ、あたぼうですわ……!」
……レビンは一体いつから江戸っ子になったのだろう。
兎にも角にも、これで4年間の猶予が出来たと考えても良いだろうか。
《確かナギ様が元居た世界の民法では、他者との婚姻を行えば、その時点で満20歳未満でも『成年』として見なされることになって―――》
(エコー。しーですよ、しー)
《あっ、はい》
その事実は、できればレビンにはまだ知られたくない。
知られた時点で婚姻を迫られることになるのが、目に見えているからだ。
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お読み下さりありがとうございました。
『独占欲』という言葉が大好きで、よく使ってしまいます。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.12 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉6、〈素材感知/植物〉3、〈繁茂〉2
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉3、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉3、〈非戦〉5
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
〈複製採取/植物〉0→1、〈複製採取/解体〉0→1
【浄化】4、【伐採】5、【解体】1
〈植物採取〉7、〈健脚〉3、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
〈調理〉2
5,227,812 gita
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