47. 主神オキアス
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―――気がつけば、白い靄の中に居た。
周囲のどの方向を見渡しても、あるのは靄ばかり。空も、床も、全てが白い靄だけで埋め尽くされた世界だった。
白だけがある世界で、ナギの視界の先に、急に赤みがかった靄が生まれる。
その靄は徐々に色濃くなり―――ナギの目の前で、急に人間の形となった。
「こんにちは、ナギ。私が誰だか判りますか?」
イヴを思わせる淡々とした声色で、その人物はナギにそう問うた。
真紅の髪をポニーテールに束ねた女性だった。身長がかなり高く、2メートル以上……2メートル半近くはありそうに見える。
そして彼女は何故か、両眼を閉じた状態で、ナギにそう話しかけていた。
もしかして目が見えないのだろうか、とナギは訝しく思う。
「いえ。すみません、全く判りません」
「そうですか。では当ててみて下さい。私は一体何者でしょう?」
少しだけ楽しげな語調で、赤髪の女性はそうナギに問いかけた。
問われたナギは、ふむ、と顎に指先を触れながら暫し沈思黙考する。
訊き方から察するに、おそらくナギも名前は知っている女性なのだろう。
改めてナギは女性の容貌もう一度確認する。
最も特徴的なのは、やはり燃えるように色濃いその赤の髪だが。こんな色の髪を持つ女性に、ナギは心当たりが全く無かった。
女性は両耳に天秤の受け皿を模したような形の、特徴的な耳飾りを身に付けている。右手には細かい装飾が施された、短い杖のようなものも持っていた
(ん……?)
一瞬、何か女性の背後で、白いものがちらついたように見えて。
ナギが目を凝らして確認してみると、それは白い羽根だった。
どうやら赤髪の女性の背中からは、白い翼が生えているらしく。パタパタと揺れる両翼の姿が、正面からでも時折垣間見えるようだ。
「……もしかして、主神オキアス様ですか?」
今まで『翼』を持つ相手は、二人しか見たことが無い。
ロズティアの神殿で相対した、主神アルティオとエコーの二人だけだ。
だとするなら―――いまナギの目の前に居るこの女性も、それに縁ある相手だと考える方が自然だろう。
そのように推測して、ナギは『主神オキアス』の名を口にした。
主神アルティオを除いて、少しでもナギに関わりありそうな主神の名前が、他に思いつかなかったからだ。
「当てられてしまいましたね。初めまして、オキアスと申します」
目を閉じているにも関わらず、まるでナギのことが見えているかのように、主神オキアスを名乗った赤髪の女性はにこやかに頷いて応えた。
大きな体躯に見合う、長い片手をすっと差し出してきたので。慌ててナギは差し出されたその手を取り、軽く握ることで応える。
「えっと……こちらこそ初めまして。ナギと言います」
「ええ、存じています。まだ貴女の本体は眠っている最中だというのに、こんな場所に(よ)喚んでしまって、ごめんなさいね」
「……僕が、眠っている最中?」
「私が喚んだのはナギの精神だけですから……喩えるなら今の私達は、貴女の夢の中で会って、話しているような状態ですね。身体のほうは今もベッドの中で、レビンさんに抱き締められているのではないかしら」
そう告げて、主神オキアスはくすりと微笑んだ。
同じベッドで眠っている最中に、しばしばレビンはナギの身体に抱き付いてくることがある。時には強めの力で抱き締めてくる場合もあるので、ちょっと痛かったりもするのだけれど……どうやら今まさにナギの『身体』のほうは、その被害に遭っているようだ。
「えっと……こうして喚ばれたということは。オキアス様は僕に、何か用事があるのでしょうか?」
「はい、2つ目的があってお呼びしました。1つはナギにお礼を言いたかったからですね。この度は私が課した『使命』に応えて下さり、ありがとうございました」
そう告げて、主神オキアスは小さくナギに頭を下げた。
主神アルティオの時もそうだったけれど。とても偉い神様に頭を下げられるというのは、何だか凄く恐れ多いことのように思えてしまう。
「僕が、オキアス様の使命に応えた……ですか? 僕はアルティオ様からしか使命を引き受けていませんので、何かの間違いでは?」
「エルフとオークの関係を、貴女は見事に『調停』されたではありませんか」
両眼をずっと閉じているので、主神オキアスの表情は少し読み取りづらいのだが。そう告げる声に、賞賛が籠められていることはナギにも判った。
自分を評価して貰えるというのは、素直に嬉しいことだ。
「貴女が持つ〔調停者〕の神席は、私が勝手に贈ったもの。しかし貴女は、その神席者として相応しい行いをなさいました。『竜の揺籃地』に棲むエルフ達とオーク達が、この先の未来、互いに武器を向け合うことは無いでしょう。彼らは『調停』を行った貴女に深い謝意を持っている。武力ではなく、心を以て『調停』を為す。真に神席者に相応しい、見事な行いです。
貴女は〔調停者〕の神席を贈った私の期待に、十分に応えて下さいました。それは私の『使命』に応えて下さるのと、同等の行いだと言えるでしょう」
「……そういうものでしょうか?」
「少なくとも私は、そのように考えております」
そう告げて、ふふっ、と主神オキアスは満足げに微笑む。
正直、あまりよく判らないのだが。何にしても―――主神オキアスが自分に少なからず期待を掛けてくれて、それに応えられたという意味に受け取っても良いのであれば。それはナギにとって、喜ばしいことかもしれない。
「はい。そういう意味にとって下さって、構いませんよ」
「……う。もしかして、僕の心が読めたりしていますか……?」
「心を読める、というのとは少し違いますが。私は両目が見えない代わりに、普通は目に見えぬものが少し見えます、とだけ申し上げておきましょうか」
どこか愉快げな声色で、主神オキアスはそうナギに告げる。
何だか心を裸にされているようで、ナギとしては少し恥ずかしかった。
「ナギ。貴女は私とアルティオに、報酬を要求する権利があります」
「……報酬、ですか?」
「はい。『使命』は常に報酬とセットです。あなたは自分が果たした成果に見合うだけの報いを、私達に要求することができます。
報酬の内容は『使命』を達成した者が、自由に決めることができます。但し、成果に対して報酬の要求量が過剰な場合には、適当な報酬に縮小させて頂きますが」
「僕としては報酬のためにやったわけではないので、不要なのですが……」
「貴女が私達のことを、使徒を便利に利用しておきながら報酬を出しもしない傲慢な主神だと思うなら、『報酬を要求しない』というのも良いでしょう」
「………」
そう言われると、要求しないわけにはいかなくなる。
「では果物やお菓子のひとつでも、お気持ちとして頂ければと……」
「貴女が私達のことを、使徒をこき使っておきながら報酬を出し渋る、吝嗇な主神だと思うなら『安い報酬を要求する』のも良いでしょう」
「………」
主神オキアスの言い方が狡い……!
そうまで言われてしまうと、結構大きめの報酬を要求しないわけにはいかなくなるが。とはいえ大きな報酬なんて、すぐに思いつくようなものでもない。
「では、宿題ですね」
ナギの心情を見透かすように、主神オキアスはそう告げた。
「次にロズティアの都市を訪れた際に、アルティオ神殿でお会いしましょう。そこでアルティオと共に報酬を訊きますので、ナギはその時までに、要求する報酬の内容を決めておくように」
「わ、判りました……」
宿題と言われれば、是非もない。
ナギが頷くと、主神オキアスは満足げにいちど頷いて。
それから―――徐々に主神の姿は、姿が白い靄の中へと薄れていった。
「あ、あの! オキアス様!」
《……はい? 何でしょうか、ナギ》
慌ててナギが声を掛けると。
まだ主神オキアスへの会話は届くようで、念話で返事があった。
「僕を喚んだ目的は『2つある』という話でしたが、まだ1つしかお伺いしていません。もうひとつの用事は一体何なのでしょう?」
《ああ、そのことですか。―――ふふ。2つ目の用事は、実はナギに会った時点で、既に完了していたのですよ》
「と言いますと……?」
主神オキアスの真意が判らず、ナギがそう問い返すと。
くすりと小さい笑い声を零した後に、主神オキアスは言葉を続けてくれた。
《あなたは集落の新しい神殿に置くために、アルティオとエコーの像を作っていましたが。ですが、私の像は作って下さいませんでしたね。その理由は一体何故なのでしょう?》
「それは、僕がまだ主神オキアス様の姿を知らなかったからで―――」
《はい。姿を知らない相手の像を【伐採】の魔法で作るのは不可能でしょうから、それは仕方が無いことだと私も理解しています。
ですが―――もう、作れますよね?》
「あっ……。な、なるほど」
《それが私の2つ目の目的です。ふふ、私の像も期待していますよ?》
そう主神オキアスが告げると同時に、急速にナギの意識は薄れていく。
とりあえず―――目を覚ましたらすぐにでも、集落の神殿に設置するために主神オキアスの神像を作らなければいけないことだけは、朧気な意識の中でもはっきりと判った。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.12 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔オキアスの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉6、〈素材感知/植物〉3、〈繁茂〉2
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉3、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉3、〈非戦〉5
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
【浄化】4、【伐採】5、【解体】1
〈植物採取〉7、〈健脚〉3、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
〈調理〉0→2
5,227,812 gita
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