46. エコーもそう思います
[5]
エルフの人達には約2週間前から食料を援助しているけれど、その内容は果物に偏っている。ナギが纏めて大量に集められる食材が、果物の他に無いからだ。
けれど、今日は新しく集落を興した記念となる日だ。今日ぐらいは何か別の物をエルフの皆に夕食として振る舞いたい―――と、ナギが思案していたら。
何とも都合の良いことに。集落にやってきたオークの人達が、鹿と猪を1頭ずつ抱えて持ってきてくれたではないか。
「メデタイ場ニハ、コウイウノガアルト便利ダロウ?」
「ありがとうございます!」
なんとこの集落の新興祝いに、わざわざ彼らが狩って持ってきてくれたらしい。
持つべきものはオークの友である。ナギが全力でお礼を口にすると、持ってきたオークの人達が逆に「ココマデ喜バレルトハ……」と驚いていた。
その様子を見ていた周囲のエルフの人達もまた、何人かがオークの人達にお礼を言ったり、頭を下げている様子が窺えた。
エルフとオークの間では言葉が通じないけれど。エルフの人達が口にした感謝の気持ちは、きっとオークの人達にも届いたのではないかと思う。
(……いっそ言葉が通じれば、和解も進みやすいんだろうけれど)
ふと、ナギはそんなことも思うが。無い物ねだりをしても仕方がない。
「さて、肉を焼く鉄板はあるけれど……」
好都合なことにナギはつい先日、露店市で調理用の大きい鉄板を購入している。
とはいえ、あるのは一枚だけ。サイズが大きめの鉄板とはいえ、この一枚だけで200人以上もいるエルフの人達の胃を満たすのは厳しい気がする。
《一度に10人前は焼けそうですし、20回に分けて調理されては?》
ナギの心を読み取って、エコーが頭の中でそう提案してくれた。
「それはそうなんだけれど……」
エコーの提案自体は、もっともなのだけれど。焼くたびに10人ずつにしか肉を振舞えないことになるから、それだと最初に肉を受け取れた人に較べて、後回しにされた人は随分待たされることになる。
ささやかなりにも『宴』という体裁を取るならば。やはり200人以上のエルフの人達に、一斉に食事を楽しんで欲しい所なのだが。
《では、予め20回分を焼き上げた後に、皆に一斉に振る舞われては?》
「それしか無いかなあ……。そうすると最初の方に焼き上げた肉は、渡す時点ではすっかり冷めてしまってそうなのが悲しい所ですが」
《ナギ様には〈保存ボックス〉があるのですから、活用なさればよろしいかと》
エコーからそう指摘されて。そういえばそんなスキルを新しく修得していたと、ナギは今更ながらに思い出す。
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〈保存ボックス〉Rank.1 - 採取家スキル
異空間にアイテムを2種類まで収納することができる。
収納したアイテムは、収納時点の状態が完全に維持される。
スキルランクが上がると収納枠が拡大される。
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ナギは『収納時点の状態が完全に維持される』という説明文を、単にアイテムの品質が維持される、という意味だけで解釈していたのだけれど。
エコーの説明によると、これは本当の意味で『収納した時の状態』が維持されるらしい。つまり焼きたてのお肉を〈保存ボックス〉の中へ収納すれば、取り出した時にも『焼きたて』の状態が保たれているそうだ。
「……実はこの〈保存ボックス〉って、凄まじく便利なスキルなのでは?」
《日本でナギ様が愛読していた小説に因んで喩えますなら、いわゆる『チートスキル』に該当するのではないでしょうか》
「エコーもそう思われますか」
《はい。エコーもそう思います》
収納枠が少ないから、ちょっと使いにくそうなスキルかもしれない……と思っていた自分を、猛省すべきかもしれない。
方針さえ決まれば、ナギが行動に移すのは早い。
ナギは一旦集落の外に出て、手早くポニカの樹木を2本【伐採】する。
1本目は得る木材を全て『串』の形状にし、2本目は『大皿』の形状にした。
「ナギ……。レビンをなんとかして欲しい……」
【伐採】を終えて集落に戻ると。ナギの帰還に気付いたイヴが、やや疲れたような声色でそう呼びかけてきた。
イヴの片腕には、腕を絡ませたレビンがぴったりと張り付いている。そのレビンの表情が満面の笑顔であるだけに、憔悴気味のイヴの表情との落差が凄い。
「思いがけず仲間に巡り会えたので、レビンは嬉しいんですよ」
「それは判るし、好意を寄せられていることも判る、けれど……」
「あら、この程度で私の好意を判った気になって貰っては、困りますわ?」
そう告げて、まるで猫のように、にゃんにゃんとイヴの身体に絡みつくレビン。
けれどもイヴは、レビンがしてくる過剰なスキンシップにはどうしても慣れないらしく、更に困惑の表情を深めるばかりだ。
「己の素性が明らかになったのは良かったが、これはこれで対処に困る……」
自分が何者なのか判らない―――と悲痛な面持ちで告白してきたイヴの悩みは、意外な程に呆気なく解決していた。
ナギの〈鑑定〉スキルで視るだけで、イヴの種族が何なのか、即座に看破することができたからだ。
―――イヴの種族は『古代森林種』。
これは文字通り『古代種』の『森林種』であることを示す。
『古代種』に寿命はない。ハイエルフの寿命限界を超え、2400歳を数えてもなお、イヴの身体に老化の兆しさえ無いのはそのためだ。
「うふふ。ご同類と判ったからには、逃しませんわよ?」
そう告げて、イヴの片腕に絡みつかせている腕の力を、より強めるレビン。
『古代森林種』であることが発覚したイヴは、『古代吸血種』であるナギや、『古代竜人種』であるレビンと、『古代種』という一点に於いて共通している。
この三人はいずれも、寿命という頸木に縛られてはいない。
―――逆に言えば、それは『永遠を生きなければならない』呪いに縛られている身とも言うことができる。
ならば、果てなく生きなければならない未来を憂い、せめて同じ呪いに冒されている相手と親密に長く付き合いたいと考えてしまうのは、もはや本能のようなものだとも思う。
「その……。僕も、イヴとはもっと仲良くなりたいのですが」
だからナギは、率直にイヴにそう伝えた。
レビンと同じ気持ちを、ナギもまたイヴに対して抱いているからだ。
「うっ。な、なんか……その……こ、困る」
「……困りますか」
仲良くなりたいと告げて、それを相手から拒まれるというのは。
結構ガチでへこむものなのだなと、ナギは身をもって学んだ。
今、ちょっとだけ、死にたい。不死種族なので死ねないけど……。
「あっ、ち、違っ……! そういう意味じゃない!」
「え?」
「その……ナギにそういうことを言われると、何だか凄く、照れるし……は、恥ずかしい。こういう経験は……今までにしたことが無くて、凄く、困る……」
しどろもどろな口調になりながらも、そう教えてくれるイヴ。
何にしても、彼女に嫌われていないのであれば本当に嬉しい。
「あ、あと、ナギは、私に話しかける時、顔を近づけすぎ……」
「えっ。そうですか……?」
特に意識はしていなかったのだけれど。
言われてみると確かに、無意識のうちにナギは身を屈めて、顔を近づけるようにしながらイヴと話していたようだ。
「お姉さまはわたくしと会話する時には、いつもそうして下さいますから。たぶん同じぐらいの背丈のイヴさんにも、無意識にそうしてしまうのでは?」
「ああ、なるほど。そうかもしれません」
「できればやめて欲しい。その……く、口説かれているようで、照れる……」
最後は消え入るような小声になりながら、顔を真っ赤にしたイヴがそう告げる。
当然ながらナギに口説こうなどという意図は全くなかったので、そう言われると却って、ナギのほうもちょっと照れくさいような気がしてきた。
「……もしかして私は、そっち系の嗜好が……? だから2400年も生きているというのに、男性と全く縁が無かった……?」
誰にともなく、ぶつぶつと漏らされたイヴの小さな独り言を、ナギの耳が拾う。
掃討者ギルドの人混みの中で、誰かがつぶやいた言葉を聞くことが出来た時にも思ったけれど。ナギの聴覚は日本に居た時より、随分と鋭敏になっているようだ。
……とりあえず、イヴのつぶやきは聞かなかったことにするのが優しさだろう。
「今からエルフの皆に振る舞う夕食を準備しようと思いますので、良ければ二人とも、手伝っては下さいませんか?」
「はい。お姉さまが仰るなら、喜んで」
「……ん。もちろんエルフの者として私も、て、手伝う……」
快諾してくれたレビンとイヴと共に、三人で小川がある方へ移動する。
これから周囲に良い匂いを放つ作業を行うので、なるべく集落で作業をしているエルフの人達からは、離れた方が良いと思ったからだ。
〈氷室ボックス〉から、オークの人達に貰った鹿と猪の死体を取り出す。
どちらも多少の血抜きだけはしてあるようだけれど。それ以上の加工はされず、二体とも亡骸が原形を留めている。
ナギとしては【解体】が利用できるので、そのほうが却って好都合だ。
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【解体】Rank.1 - 採取家スキル
〔魔法〕魔力消費:10
魔物や動物などの亡骸を完全に消滅させることができる。
また、その際に一定以上の価値を持つ素材を全て回収する。
スキルランクが上がると回収素材の品質値が高くなる。
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【解体】の魔法は【伐採】と同じで、解体時に得られる素材をどのような形状にするのか、術者であるナギの意志である程度自由に決めることができる。
なのでナギは、肉を全て『一辺2.5cmの立方体』サイズで得ると定めた上で、それぞれの亡骸に【解体】の魔法を行使した。
その結果、鹿と猪の亡骸から、大量に一口サイズの肉を得ることができた。
もちろん肉だけでなく、他に鹿と猪の毛皮や、鹿の角なども一緒に手に入る。
この辺の素材の用途はまた後で考えようと思う。
〈収納ボックス〉から先程【伐採】で得た木製の大皿を10枚ほど取り出し、その何枚かの皿の上にサイコロ状にカットされた鹿肉と猪肉を山積みにする。
また、同じく先程【伐採】で手に入れた木製の串も、ひとつの大皿の上に山積みにする。準備が出来たところでレビンとイヴの二人に【浄化】の魔法を行使して、二人の両手などを清潔な状態にした。
「レビンには鹿肉を、イヴには猪肉を、それぞれ木串に5~6個ずつ刺して頂きたいのです。できた物から空いている大皿に乗せて置いて頂ければ、僕が鉄板で逐次焼いていきますので」
「エルフの皆様に肉串を振る舞うのですね? 承知しましたわ、お姉さま」
「ん、判った」
二人に作業を頼んでいる間に、ナギは小川にある大きめの石を集めて『コ』の字形に積み上げ、その石積みに跨らせるように大きな鉄板を配置する。
鉄板の下には、やや細めの薪サイズで【伐採】しておいたアルバーグの木材を配置し、レビンにお願いして火を点けて貰った。
鉄板と自分の身体に【浄化】の魔法を掛けてから、露店市で購入しておいた調理用の油を鉄板の上に薄く引く。
適度に鉄板に熱が通り始めたら、レビンとイヴが作ってくれている肉串を、用意ができた分から順に焼いていった。
たまに油を引き直しながら肉を焼くだけなので、特に難しいことはない。
焼き上がった肉串は、速やかに〈保存ボックス〉の中へ収納する。
こうすれば後で取り出した時にも、出来たてそのままの状態で取り出せる筈だ。
「お疲れさまでした、お姉さま」
「疲れました……」
調理が終わった後には、ナギは疲労感でぐったりとしていた。
全ての肉串を焼き終わるのに、大体1時間半ぐらいは掛かっただろうか。
遠くない冬の訪れを感じさせる、涼しげな空気の中とはいえ。これだけ長い時間火に向かって作業をし続けるというのも、なかなかに辛い。
途中で〈調理〉のスキルを新しく会得したり、その会得したばかりの〈調理〉スキルがランク『2』に上がった程だと言えば、作業の過酷さも伝わるだろうか。
とはいえ苦労の甲斐あって、鹿肉の串と猪肉の串を、それぞれ数百本単位で用意することができた。
これなら200人以上のお腹を満たすのにも、充分な量だろう。
疲労を癒すために小休止を取っていると、少しずつ空が夕焼けに染まり始める。
一度こうなると、森の中が完全な暗闇に包まれるのに、そう時間は掛からない。
ナギ達は足早に集落へ戻ると、家屋の資材を置くのに使っていた少し開けた広場に幾つかの薪を組み、200人全員が暖まれるだけの焚き火を用意した。
「―――それでは皆さん、集落の建設、本当にお疲れさまでした!」
間もなく陽が落ち、とっぷりと周囲が暮れたあと。
幾つもの焚き火が用意された、煌々と明るい広場に集まって貰ったエルフの人達の前で、イヴから【拡声】の魔法を受けたナギがそう声を掛けると。わあっと一斉に歓声が上がった。
新しい集落を完成させたことを祝う、ささやかな宴が始まった。
手持ちのお酒はオークの人達にほぼ全てを寄贈してしまっているので、宴の場であるにも拘わらず酒は無い。あるのは大量の肉串と、いつものポニカの実だけだ。
なので本当にささやかな宴なのだけれど。それでもエルフの人達は、皆一様にとても嬉しそうな笑顔で喜んでくれた。
肉串も好評だった。香辛料も何も使っていない、ただ焼いただけの肉串なのだけれど。それでもこんな風に大勢で集まって食事をとれば、この上なく美味しいものに感じられてしまうから不思議だ。
酒も音楽も無い宴だけれど、その日はエルフの人達と夜遅くまで盛り上がった。
今日が初対面の人も多い筈なのに。ナギは何だか今日一日で、随分沢山の家族ができたようにも感じていた。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.12 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉6、〈素材感知/植物〉3、〈繁茂〉2
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉3、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉3、〈非戦〉5
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
【浄化】4、【伐採】5、【解体】1
〈植物採取〉7、〈健脚〉3、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
〈調理〉0→2
5,227,812 gita
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