44. 集落の所属
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「ではレビン、今回もお願いできますか」
家屋を建てるための木材パーツを、広場に1軒分ずつ揃えて設置し終えたあと。ナギはレビンにそう声を掛けた。
エルフの人達用の『氷室』を建てるためだ。
清流がすぐ近くを流れているので、魚の貯蔵に利用できるだけでも便利だろう。
とはいえ、利用頻度が多ければそれだけ入口の開閉機会も多くなるだろうから、氷が融解するのも早まる可能性がある。なので今回はオークの集落のものより少し大きめの氷室を建設して、貯氷しておく量を増やそうと思う。
「もちろんお手伝いします。ですが……お姉さまにひとつお願いがあるのですが」
「僕にですか? 判りました、何をしましょう?」
レビンの言葉に、ナギが即座にそう回答すると。
そのナギの反応を見て、レビンは少なからず驚いた表情をしてみせた。
「お姉さま? 相手の要求も聞かないうちに承諾の意思を示すのは、あまり感心できません。商人が相手であれば、言質を取られてしまいますわよ?」
「商人はそうかもしれませんが、レビンはそんなことはしないでしょう?」
「……それは、絶対にしませんけれど……」
「それに、必要なのであれば、僕の言質ぐらい幾らでも取ってくれて構いません。もとよりレビンの為になるなら、僕は自分にできることなら何でもしますよ」
ナギは現在、この世界で自分が充実した毎日を生きていられるのは、偏に二人のお陰だと思っている。
もちろん言うまでも無く、ひとりが『エコー』で、もうひとりが『レビン』だ。
だからエコーやレビンが、もしナギに何かして欲しいことがあるなら。いつでも何でも求めて欲しいと、ナギは本心から思っている。
自分に出来ることがあるなら、助力を惜しむつもりなど皆無なのだから。
「……うふふ。お姉さまは、女殺しですわね」
一瞬だけレビンは驚きの表情を強めたあと、忽ち破顔しながらそう口にした。
普段から笑顔でいることが多いレビンだけれど。これほど全力で、頬をにやけさせているのを見る機会は、なかなか希少かもしれない。
「では、ひとつ我侭をお願いしたいのですが。『氷室』を作るために、地面に穴を掘る作業をしている間、お姉さまには私の背に乗っていて頂きたいのです」
「レビンの背中にですか? それは構いませんが……」
安全的にどうなのだろうと、ちょっとナギは思う。
もちろんレビンにとって必要なら、自分にとって危険なことも厭うつもりは無いけれど。とはいえ背に乗ることが、それほど必要な行為だとも思えない。
「それについては大丈夫ですわ。空を飛ぶ時と同じように防護膜を張りますので、間違ってもお姉さまの身に怪我のひとつもさせたりは致しません」
レビンが太鼓判を捺してくれるなら、実際大丈夫なのだろう。
ナギが提案を快諾すると。すぐにレビンは白い姿へと竜に変え、その背にナギを乗せてくれた。
穴を掘るべく、レビンが鋭い鉤爪を勢いよく地面に打ち込むと。それだけで周囲一帯の大地が轟音を立てて震える。
だというのに、その力を遺憾なく発揮しているレビンの背に跨っているナギは、その衝撃を全く感じない。どうやら竜の防護膜は風だけでなく、衝撃からも保護してくれるようだ。
「り、竜だ! 竜が現れたぞ!」
「あれは! この森の古代竜様だ……!」
大地を打ち震わせた衝撃に、今更ながらレビンの存在に気付いたエルフの人達が驚きの声を張り上げる。
一応、事前にレビンが竜であることは、各集落跡の代表者に話してあるけれど。代表以外のエルフの人達にも周知されているかどうかは判らないので、衆目を集めてしまったことに、ナギはちょっと不安な気持ちになった。
「古代竜様に、使徒様が乗っておられるぞ!」
「……なんと、本当だ! 使徒様が古代竜を使役しておられる!」
「流石は使徒様だ! 私達とは格が違う……!」
続けてエルフの人達が上げた声に、
「えっ。待って」
思わず、ナギはそう声を上げるが。【拡声】の効果が切れている今となっては、その声がエルフの人達にまで届くはずもない。
「れ、レビン。まずいです。僕がレビンを使役していると思われています。早めに誤解を解いた方が良いと思うのですが」
《あら。お姉さまは、おかしな事を仰いますのね》
声が届く相手は、同じ防護膜に包まれているレビンにだけだ。
ナギが慌ててそう提案すると。レビンはくすくすと笑みながら、言葉を続ける。
《以前にも申し上げました通り、わたくしはお姉さまのことをお慕いしておりますから。お姉さまに言われれば何でも躊躇せずに従ってしまう、従順な竜ですわ。
わたくしがお姉さまに『使役』されていると判断したエルフは、なかなか見込みがありますわね。できれば『使役獣』ではなく、お姉さまの恋の『奴隷』と思って頂く方が嬉しいですけれども》
心底愉快そうな声色で、レビンはそう言葉を告げた。
さすがにそこまで言われれば、レビンの意図がナギにも判る。
「……レビン。初めからこのつもりで、僕を背に乗せましたね?」
《うふふ。さて、何のことでしょう。―――まあ、これでもしお姉さまを『敵』に回したなら、自分たちがどうなるかエルフの方々にも理解できたことでしょう》
今はレビンの姿が竜に変わっているから、表情を見確かめることはできないけれど。そう告げるレビンの声には、少し冷たい声色が混じっているように感じる。
《お姉さま、ご存じですか? 世間では竜を『破壊と恐怖の象徴』に喩えることが多いらしいですわ》
そういえば、つい先程。もしオークを率先して攻撃することがあれば、エルフの敵になる―――と、そのようにナギが宣言した時に。各集落跡で代表を務めている人達だけが、随分顔を真っ青にしていたことを覚えている。
あの時には、どうして彼女達がそんな反応をしているのか判らなかったけれど。代表を務めている人達だけは、レビンが『竜』であることを事前にナギから聞かされて知っていたから。だから―――『破壊と恐怖の象徴』であるところのレビンに脅威を感じていたということか。
「僕は別に、エルフの人達を恐怖で怯えさせたいわけでは無いのですが」
《いえ、お姉さまには適切に『力』を示して頂く方が良いとわたくしは思います。エルフの方々は、お姉さまが食料や居住環境を提供すると申し出たことに対して、感謝こそ口にはしていましたが。受けた恩を今後どのように返すのかといった具体的な展望は、一切口になさいませんでした。
これは良くないことです。自らを不幸だと考えている民は、弱き己を受け容れ、他人の好意に甘えることに拒否感を覚えなくなり、際限なく傲慢になりますから》
「そうかもしれないけれど……」
《この『竜の揺籃地』は三つの国家の間に位置しており、エルフの集落が沢山あった頃には、集落のそれぞれがいずれかの国家に属していたと聞きます。
しかし全ての集落が残らず滅ぼされた今となっては、この森はいずれの国家にも属さない魔物の地です。お姉さまがこの地にて、新しく集落を興すということは、即ち新しい国を建てることと何ら変わりありません。
そして国家を庇護する者は、強く在らねばなりません。そうでなければ外敵から守れないというのもありますが、統治者を見くびる民はより卑屈になりますから。現時点で既に少々卑屈であるエルフの方々には、お姉さまという強き者を王に抱く国家の民として、誇りを取り戻して頂くのがよろしいでしょう》
「……あのう、レビンさん」
《はい。何でしょう、お姉さま?》
「突っ込みどころが多すぎて、もう何から突っ込んで良いやら……」
そう漏らして、ナギは溜息をひとつ吐く。
なんだかレビンはひとりで色々と妄想を膨らませているようだけれど……。
そもそもナギは、エルフの人達とそれほど深い繋がりを持つつもり自体がない。
今回の件が終わったなら、ナギはこの集落からは手を引くつもりでいる。今後はエルフの人達自身の手で、自由に集落を運営して貰えたら良いと思っているのだ。
集落を統治しようとは思っていないし、まして建国なんて単語は僅かにさえ考えたことも無い。レビンの言葉は、流石に妄想が過ぎるものとしか思えなかった。
《……お姉さまは少々、現実を見た方がよろしいと思います》
「ええ……?」
《この作業が終わった後にでも『小さき賢者』に訊ねてみるとよろしいでしょう。この新しい集落はどこの国家に所属するつもりなのか―――と。そうすれば、お姉さまにも現実が見えると思いますわ》
レビンのその言葉は、ナギには理解できかねるものだったけれど。
ナギはそれ以上、レビンに言葉の真意を問うようなことはしなかった。ともかく今やるべき事は、エルフの人達が利用する『氷室』を建てることなのだ。
それから二時間ぐらいの時間を掛けて、ナギ達は『氷室』を完成させる。
いつもよりは一回り大きい氷室なのだけれど。流石にこれが4軒目ともなると、建てるのにも随分慣れてきたようだ。
「【浄化】」
建設作業で汚れたナギとレビンの身体を【浄化】の魔法で綺麗にする。
家屋の建設が終わったら、忘れずエルフの人達にも掛けるようにしたい。
「イヴ。そちらの調子はどう?」
氷室の建設場所から然程離れていない場所に立っていた、『小さき賢者』に話しかけると。彼女もまた「ナギ」とこちらの名前を口にして応えた。
「既に30軒以上の建設が終わっている。全ての建設が完了するまでに、もうそれほど時間は掛からない」
「予想よりもずっと早いペースですね。何よりです」
「確か『組立式工法』と言った? この建設方法は実に画期的。我々エルフは木を扱うことに長けている者は多くとも、建築に携わった経験がある者は少ない。にも関わらず、素人だけでこうも手早く組めてしまうのだから」
感心したように、イヴがそう言葉を述べる。
エルフの人達が簡単に組めるように、木材のパーツをどのような形にするのか、必死に知恵を絞ってくれたエコーのお陰だろう。
また、難しい部分は予めナギとレビンで組み合わせてパーツを作ってあるので、実際エルフの人達がやっているそれは『組立式工法』のそれにかなり近い。
もちろん組むのが簡単な構造にした分だけ、個々のパーツはかなり大きく、重量があるものになってしまっているのだけれど。
エルフの人達は優れた『精霊魔法の使い手』であるため、風の精霊の力を借りれば重くて大量の荷物も浮遊させることで纏めて運べるし、土の精霊の力を借りれば女性の手でも重いパーツを軽々と持ち上げることができる。
だから、こんなに組立式工法が上手く行ったのは、半分はエコーの力であり、もう半分はエルフの人達自身の力によるものだ。
「そういえば、イヴにひとつ訊きたいことがあるのですが」
「何? 私で答えられることなら」
「この森にあった集落が、滅ぼされる前には周囲にある三つの国のいずれかに属していたという話は、本当ですか?」
ナギの問いに、イヴは首肯することで答えた。
「それは事実。例えば、私が住んでいた集落なら『グラタード王国』という国家に属していた。もちろん税も支払っていた」
「……税を支払っていたのでしたら、普通はオークに滅ぼされる前に、国が護ってくれるのでは?」
「私達は収穫した作物の半分以上を税として納めていた。無論これは私達にとって大きな負担だったが、しかし国家にとっては、大した収入でも無かったということだろう。
当然オークとの戦いが劣勢に転じた時点で私達は援軍を要請したが、軍が私達の集落に派遣されて来ることは無かった。小さな益しか齎さぬ集落のために、軍を消耗させるという選択肢は、彼らには無かったわけだ」
胸に浮かんだ純粋な疑問を問いかけたナギに対し、イヴは淡々とそう回答する。
税だけ取っておきながら、有事の際には護らない―――というのは。ナギの感覚からすると、随分と阿漕なやり方であるように思えるが。
「ナギが悲しい顔をする必要は無い。私達も、どうせ来ないと確信していた」
「……庇護してくれないと思っていたのに、税を納めていたのですか?」
「税を払わなければ村を焼くと言われれば、他に選択肢は無い。我々はいつだってオークとの戦いで手一杯だったのだから、更に人間まで相手にする余裕など無い」
「………」
何と言うか、本当に。随分と惨い仕打ちではないか。
ナギはこの世界の国家というものに対する自分の認識が、一気に悪い方向へ傾いた気がした。もちろん、そんな酷い国家ばかりでは無い―――と思いたいが。
「ナギのお陰でもうオークとは戦わずに済むし、復興の初速も随分早くなる。今後はどの国が集落を狙って来たとしても、余裕で返り討ちにすることができる」
「……それは良かったですね」
「これからの未来、我々の王はナギだけ。もはや他の国に属する意志など皆無」
さも当然のことように、そう口にするイヴの言葉を受けて。
脳内でナギが頭を抱えていることには、きっとイヴも気付いていないだろう。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.12 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉6、〈素材感知/植物〉3、〈繁茂〉2
〈収納ボックス〉6、〈氷室ボックス〉3、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉3、〈非戦〉5
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
【浄化】4、【伐採】5、【解体】1
〈植物採取〉7、〈健脚〉3、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
5,227,812 gita
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