42. 新天地
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ナギ達がエルフの集落跡を巡り始めてから、二週間と3日の時間が流れた。
こちらの世界では一週間が『8日』あり、また一ヶ月が『5週間』で構成されているので、これは実質的に『ほぼ半月』とも言い換えられる。
最初に訪問した、ハイエルフのメノアが護っていた集落跡地からしてそうだったけれど。どのエルフの集落跡に残っている人達にも、いかにナギが「もうオークは襲って来ない」と説いたところで、なかなか信用しては貰えなかった。
お陰で、事前に主神アルティオから教わっていた、エルフの人達が隠れ住んでいる9箇所の集落跡を巡り、それぞれの代表者と対話して説得を終えた時点で、まず一週間もの時間が掛かってしまった。
―――時間は掛かったが、交渉自体は上手く行った。
どの集落跡に残っていたエルフの人達も、最終的にはナギの言葉を信じてくれたし、最早オークが『敵では無い』という事実も認め、受け容れてくれた。
但し、問題が全く無かったわけではない。
集落跡に隠れ住んでいる人達は、多い場所ではまだ40人ぐらいの人が居たのだけれど、少ない場所ではもう10人ぐらいしか残って居なかったのだ。
当然ながら、たった10人で村を立て直すというのは、容易ではない。
なのでナギは集落をどのように立て直すのか、各集落の代表者から意見を聞いたり相談を受けたりするために、更に一週間、森の中を奔走することになった。
最終的には、9箇所の集落跡を全て遺棄して、残っている人達全員が集まり、新しく1つの大きな集落を作る―――ということで話がついた。
新しい集落を作る場所については、全ての代表が『使徒様に一任する』と言ってくれたので、これはエコーやレビンと相談した上でナギが決定した。
『竜の揺籃地』の中心にある、古代樹の周囲を囲む結界。その北側から北東側に掛けては、結界のすぐ傍を小さな川が流れている。
川幅こそやや狭いものの、綺麗な清流で、水量が多く水勢もなかなか強い。
オークぐらい強力な魔物であれば苦もなく越えてしまうが、ゴブリンや野生動物の多くは渡河することができないだろう―――とエコーが教えてくれたので。この川と、古代樹の結界に挟まれた一帯を、エルフの新天地とすることに決めた。
一部に柵を立てるだけで外敵に侵入されるのを容易に防ぐことが出来るし、付近に清流が流れていれば生活も楽だろう、と考えてのものだ。
まず下準備としてナギ達は、該当区画に生えている樹木を撤去することから着手した。
残念なことに、土地から樹木を撤去するのに【伐採】の魔法は使用できない。
【伐採】の魔法を使うと、樹木が切り株を残してしまう上に、短期間で再成長までしてしまうからだ。
樹木を資源として活用する上では非常に便利な魔法も、土地から資源を取り除く役には全く立たないのである。
だから樹木は、竜の姿になったレビンに『引き抜く』ことで取り除いて貰った。
根ごと引き抜いて貰うので、樹木があった場所には結構なサイズの大穴が開く。これはオークの集落に氷室を作成する際に〈収納ボックス〉の中へ回収していた、土砂を取り出して埋めることにした。
もちろん引き抜いた樹木は〈収納ボックス〉の中へ回収する。途中からは樹木を引き抜く作業を、通りがかったオークの人達が手伝ってくれたこともあり、この作業には2日しか掛からなかった。
翌日の午前中には草刈りも行う。
この森は林冠が薄いこともあり、もともと林床にまで様々な植物が生えている。なので樹木を取り除いても、まだ地面には草むらが多く存在しているのだ。
それをレビンに【氷刃】という魔法で刈り取って貰う。
これは文字通り『氷の刃』を発射する攻撃魔法だ。レビンにはこの魔法を、地面スレスレの高さで何度も射出して貰い、地面に残っている植物を纏めて刈り取って貰った。
強引な方法なので、処理した後の地面には、大量に植物の塵が残る。
これは様々な植物の破片が入り交じった塵なので、〈収納ボックス〉に回収すると、収納枠を一瞬で圧迫してしまう。
なので、こちらは【浄化】の魔法で取り除くことにした。
厳密には【浄化】の魔法は、術者が取り除きたいと考える『余計な付着物』を、対象とする人や物、もしくは対象空間から取り除く効果の魔法だ。
【氷刃】の魔法によって乱雑に刈り散らされた植物は、最早『素材』ではなく、無価値な塵でしかない。
そう認識した上でナギが【浄化】の魔法を行使すると―――果たして、裁断された無数の植物は、あっという間に大地から消去された。
「これは……見事に開かれた場所ですね」
その日の午後には、メノアが各集落跡に残っている人達を纏めている、代表者達を引き連れて来てくれた。
樹木と草むらが撤去され、森の中にありながら開けた平地と化した一角を見て、メノアがそう驚きの声を上げる。
「ここなら幾らでも家が建てられそうです」
「家だけでなく、畑も充分に作れる広さがある」
「牛や鶏などの畜産に、手を拡げてみるのも良いかもしれませんね」
「清水や川の恵みも手に入れられて、食がとても豊かになりそう」
各集落跡から来た代表者達もまた、メノアに続いて思い思いに感想を口にした。
新天地として気に入って頂けたようなら、何よりだと思う。
「……あれ? 予定よりもおひとり多いようですが」
今もなおエルフの人達が住んでいる集落跡の数は『9つ』だと聞いている。
今日はメノアに、それぞれの集落の代表者を1人ずつ集めてきて貰ったわけだけれど。実際にはメノアを含め、10人のエルフがその場には居た。
「実は使徒様にご紹介したくて、ひとり余分に連れて参りました。
こちらの者は―――ハイエルフの中でも特に広範な知識を持ち『小さな賢者』の二つ名をお持ちのお方、イヴリナ殿です」
メノアがそう紹介して、フードを被ったひとりの少女の背中を押す。
押された少女はナギの側へ一歩進み出ると、フードを外して小さく頭を下げた。
薄く紫を帯びた、綺麗な髪を持つ少女だった。双眸には、森緑に染められたような淡い翠の瞳がある。
「イヴリナ・イヴェリース。良ければイヴと呼んで欲しい」
「僕はナギと言います。よろしくお願いしますね、イヴさん」
「……呼び捨てで構わない。私もナギと呼ぶ」
「判りました。イヴ」
名前を呼び、ナギが片手を差し出すと。レビンと同じぐらいの背丈をした小さな賢者は、辿々しい手つきながらも、しっかりと握り返してくれた。
手を繋ぎながら、イヴはナギだけに聞こえる小さな声で、一言問いかけてきた。
「もしかして、あなたは『稀人』?」
「―――判るのですか?」
イヴの言葉を受けて、僅かに驚きながらナギがそう問い返すと。
小さく首肯したあとに「判る」と、イヴは答えてくれた。
「あなたが発している言葉は、あなたの口の動き方と一致していない」
「……それだけで、僕を稀人だと判断したのですか?」
「私が昔会ったことのある稀人もそうだった。だから訊いてみただけで、確証があったわけではない」
「な、なるほど……」
イヴはそう告げると、ナギに向けて少しだけ頬を緩めてみせる。
それはレビンがいつも向けてくれる満面の笑顔に較べると、随分と表情に乏しいものではあったけれど。イヴらしさのある、可愛らしい笑顔だった。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.10→12 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉4→6、〈素材感知/植物〉2→3、〈繁茂〉1→2
〈収納ボックス〉5→6、〈氷室ボックス〉2→3、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉2→3、〈非戦〉4→5
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
【浄化】2→4、【伐採】4→5、【解体】1
〈植物採取〉4→7、〈健脚〉2→3、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
5,227,812 gita
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