41. エルフとオーク
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使えるものは、何でも使うべきだろうと思う。
正直を言えば―――『使徒』だとか『調停者』だとか、そんな大層な肩書きを付けられた所で。ナギとしては困惑するばかりで、あまり喜べないのだが。
それでも、それを己の身の証とすることで相手の信頼が得られるなら。便利に利用しない手はないと思うのだ。
「それなりに長く生きているつもりでしたが……。『神席』が2つも記されているカードを拝見したのは、これが生まれて初めてです」
ナギが手渡したギルドカードを入念に確かめたあと。エルフの女性はそう告げ、やや苦笑の入り交じったような微笑みを浮かべてみせた。
エルフの女性は『メノア』という名前で、かつてオークに滅ぼされたこの集落で暮らしていた住人であるらしい。今は当時の集落で生き残った人を集めて、幻術で偽装しているこの教会とその地下室に、隠れ住むように暮らしているそうだ。
ちなみにメノアの種族は、正確にはエルフの上位種族である『ハイエルフ』と言うらしい。見た目の違いはあまり無いが、寿命は通常のエルフよりも、かなり長いそうだ。
「信じて頂けましたなら、何よりです」
自分が主神アルティオの遣いで来た『使徒』だと証す方法として、ギルドカードを見せることぐらいしか思いつかなかったナギは、内心でほっと安堵する。
正直ナギの中では『あまり他人に見せたくないもの』になりつつあるギルドカードだけれど。こうして提示することで信用が得られるなら、悪いものではない。
「ギルドカードは神具によりて作られるもの。これを偽ることはできませんので、もちろん信用いたします。ただ……」
「何でしょう?」
「神席の方のお話を疑うなど、不遜なことだと承知してはおりますが。それでも、流石に……もう『オークから襲われることは無い』と言われましても、容易にそれを信じることは出来かねます」
―――それはそうだろうな、とナギは思う。
エルフの人達は今の今まで、この場所で必死に日々を生きてきたのだ。
結界や幻術の魔法を駆使してオークの脅威から自らの身を隠し、怯えながら生きてきた当事者にとっては。急に第三者が『もう安全だよ』と言ってきたとしても、安易に信じられよう筈もないのだ。
とはいえ、ナギが告げている言葉は事実なのだから。こればかりは実際に確認して貰うことで、証明するしかないだろう。
「では会いに行ってみませんか?」
「会う……ですか?」
「はい。直接オークの人達に会い、最早彼らが襲ってこないということを、実際にその目で見て頂ければ、エルフの皆さんもきっと安心できると思いますから」
ナギがそう提案すると。メノアはたっぷり数秒ぐらいの時間、面食らったように目をぱちくりさせてみせたあと。
やがて軽く唇の端を引き攣らせながらも、頷いてくれた。
「よろしいでしょう。事実、他に確認する術は無いのですから」
「では、行きましょう。結界の外を歩いていれば、すぐに出逢えるでしょうし」
「……判ってはいましたが、やはり私が張っていた結界は破壊されておられないのですね。意図的にこの場所へ向かおうとする相手であれば、確実に退けられる自信があったのですが」
「あー……。メノアさんの結界は十分効果を発揮していました、とだけ申し上げておきます」
実際、ナギも一度は針路を逸らされていたのだから。
エコーのナビが無ければ、結界を素通りすることは不可能だっただろう。その場合はレビンに頼んで破壊して貰う他に、有効な手は無かった筈だ。
「皆、出て来なさい。この方々と共に、結界の外に出ますよ」
メノアがそう告げると、ナギの周囲から6人ものエルフが姿を見せた。
6人全員が長弓を手に持ち、矢筒を背負っている。
本当に包囲されていたのだな―――と、ナギは今更ながらに思う。
〈非戦〉のスキルにより護られていなければ、おそらく教会に接近した時点で、6人のエルフから一斉に矢を射掛けられていたに違いない。
「……女性ばかりですね?」
姿を見せた6人のエルフを見て抱いた疑問を、ナギはそのまま口にする。
メノアも含め、この場にいる7人のエルフ全員が女性だった。
「男性は皆、オークから滅ぼされる前に集落を出て行きました。彼らは精霊を連れて、どこへでも行くことができますから」
「な、なるほど……」
男性のエルフは精霊を『使役』することで、どこへでも連れて行ける。精霊自身は森に棲むことを好むが、男性のエルフが告げる『感情』を乗せた言葉に、精霊は抗うことができないからだ。
他方、女性のエルフにとって精霊は『友』であり、一方的に利用する関係ではない。『お願い』をすることは可能でも強制はできないため、森を愛する精霊達を、その棲息圏から長く離れさせることはできないのだ。
つまり、男性のエルフは『精霊を縛る』が、女性のエルフは『精霊に縛られて』いるとも言えるだろうか。
「この森に棲む精霊の多くは、私達にとって家族のようなもの。いかに自らの身が危なくとも、森を出るという選択肢は、私達には無いのです」
「なるほど、だから……」
結界や幻術の魔法を駆使してまで、滅ぼされた村に住み続けているのか。
途中からは言葉にしなかったものの。ナギの言葉の意図を汲むように、メノアはゆっくりと頷いてみせる。
「もし使徒様の仰る通り、今後オークと戦わずに済むのでしたら、私達にとってはこの上なく幸いなことなのですが……」
「それは良かった。では早速、それが事実だと知って頂かないとですね」
メノアとその付き添いのエルフの人達、合計7人を引き連れて、ナギとレビンは集落跡を囲っている結界の外へと出る。
すぐにレビンがオークの気配を捉えたので、そちら側へと向かい、6体のオークの群れとナギ達は相対した。
「……っ!」
恐怖にか、それとも戦慄にか。メノアを含めた7人のエルフ達が、一斉に息を呑み込む―――が、もちろんオーク達がこちらへ襲い掛かってくることはない。
「ヨウ、ナギ。ソレガ、オマエガ話シテイタ、エルフノ生キ残リカ?」
それどころか、気さくな声でオークがそう話しかけて来るではないか。
もちろんエコーの翻訳が受けられない以上、オークが話している言葉の内容は、エルフの人達には判らないだろうが。それでも彼らがこちらに対して戦闘の意志を持っていないことぐらいは、すぐに理解できたことだろう。
「そうです。……彼女達はオークの人達に怯えているようですから、もしかしたら攻撃してしまうこともあるかもしれませんが。よろしければ、多少は許してあげて頂けると有難いのですが」
「判ッタ。ナギニハ恩ガアル。ソノ程度ノ願イヲ聞クノハ、当然ノコトダ」
ナギの要望に対し、オークは軽く笑みながらそう答えてくれた。
オークの人達の誠実さが、本当に有難い。
「まさか、本当に何もしてこないとは」
「びっくりです。こんなことがあるなんて……」
「……使徒様の威光は、魔物をも改心させるのですね」
オークの集団と別れたあと。エルフの人達は堰を切ったように、思い思いの感想を口々にそう語り始めた。
彼女達からすれば、オークが自分達を攻撃してくるのは当然のことなのだろう。その顔には嬉しさと言うよりも、どこか当惑したような表情が窺えた。
それからオークの小集団と遭遇すること、更に三度。
二度目の遭遇時点ではまだ警戒していたエルフの人達も、三度目の遭遇では警戒を解き、四度目にはオークの身体に少しだけ触ってみるエルフまで居た。
それならば―――と思い、ナギはオークの人達にちょっとした提案をしてみる。
「ソノ程度ハ、オヤスイ御用ダ」
気の良いオーク達は、すぐにナギの提案を了承してくれた。
四人のオークはエルフの女性達の身体を担ぎ上げると、自身の両方の肩に、それぞれ一人ずつのエルフを乗せ、座らせてくれた。
オークの体躯は人間のそれよりずっと大きく、そしてエルフの体躯は人間よりも随分と痩せぎすにできている。両者の体格に大きな隔たりがあるから、両方の肩にエルフを座らせていても、オークは全く重そうな様子を見せなかった。
「……オークは、この高さから、いつも世界を見ているのですね」
オークの肩の上で、メノアが小さくそんな言葉を漏らしていた。
見通しの悪い森の中にありながら。メノアが向けているその目線は、遙か遠くの世界を眺望しているかのように、ナギには思えた。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.10 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉4、〈素材感知/植物〉2、〈繁茂〉1
〈収納ボックス〉5、〈氷室ボックス〉2、〈保存ボックス〉1
〈鑑定〉2、〈非戦〉4
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
【浄化】2、【伐採】4、【解体】1
〈植物採取〉4、〈健脚〉2、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
5,227,812 gita
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