40. エルフの廃村
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『竜の揺籃地』に戻って来て三日目、ようやくナギ達は本来の目的であるエルフの集落跡へと向かう。
集落跡がある位置は主神アルティオから情報提供を受けており、エコーが把握してくれている。だから視界に投影されている針路のナビに従って、ナギとレビンの二人は森の中を歩いて行く。
本当は飛んで移動できれば楽なのだけれど。離着陸に適した開けた場所は、森のどこにでもあるわけではない。
結局、川沿いに位置する集落跡以外には、徒歩で移動するしかないのだ。
移動中に採取は行わない。本当は色々と拾いながら歩きたいのだけれど、そうするとどうしても歩みが遅くなる。
できれば陽が落ちる前にエルフの集落跡を一通り巡ってしまいたいので、今日は移動を優先しようと思う。
但し【伐採】の魔法だけは、たまに行使する。
魔法を使うだけなら大して手間も掛からないし、木材などはオークの集落に氷室を建てる際に大量に消費してしまっている。
手持ちのポニカの実もほぼ全部を譲ってしまったので、在庫は増やせる時に増やしておかなければならない。
レベルが『9』へ増えたことで、現在のナギの魔力は『1691』まで増えている。
【伐採】は魔力を『100』消費するので、そのままだと16回しか行使できないのだけれど。魔力は徐々に回復するので、実際にはそれ以上の回数を行使できる。
多少の誤差はあるかもしれないけれど、大体1分間に17点ぐらい……つまり、最大魔力の約『1%』が自然回復しているような気がする。
なので、もし魔力を使い切った場合でも、二時間も経てば全快しそうだ。
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◆レベルが『10』にアップしました!◆
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ナギ/古代吸血種
〈採取家〉- Lv.9 → 10 (EXP: 633 / 20000)
生命力: 761→810
魔力: 1691→1800
[筋力] 197→210 [強靱] 282→300 [敏捷] 253→270
[知恵] 902→960 [魅力] 789→840 [加護] 29808
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新規修得スキル → 〈保存ボックス〉Rank.1 - 採取家スキル
異空間にアイテムを2種類まで収納することができる。
収納したアイテムは、収納時点の状態が完全に維持される。
スキルランクが上がると収納枠が拡大される。
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【伐採】していると、やがてレベルが『10』へと成長した。
……何だか[加護]がバグったような数値になっているけれど、あまり気にしないことにしようと思う。
たぶん『神席』関連で変なことになっているのだろう。『追認』とか何とかで、沢山の神様にナギのことが認知されてしまったようだし……。
この世界に来たばかりの頃。つまりレベルが『1』の時点の[筋力]が『105』で、[知恵]が『480』だったような気がするから。[加護]以外の能力値は、今回のレベルアップで元々の値のちょうど2倍に達した計算になる。
今のナギは、この世界に来た時のナギよりも、2倍強くなっているのだろうか。
正直、そういう実感は全く無いけれど。
新しく修得したスキルは〈保存ボックス〉というもの。
これでナギが利用できる『ボックス』系のスキルは、全部で3つになった。
こちらは『収納時の状態が完全に維持される』ボックスであるらしい。つまり、入れておくだけで品質の自然劣化を完全に止めることができるようだ。
残念ながら収納枠はかなり少ないようだけれど。効果の強力さを思えば、これは仕方ないことのように思える。
効果だけを見るなら、実質的に〈氷室ボックス〉の上位とも言えそうだけれど。ポニカの実や飲料水は『冷やす』ことでのメリットもあるので、今まで通り〈氷室ボックス〉のほうに入れておく方が良さそうだ。
《ナギ様、目標への針路から大きく外れて移動しています》
「えっ?」
エコーから指摘されて、慌てて視界に描画されているナビを確かめると。いつの間にか、目的地のある側とは60度ぐらいずれた方向へと向かっていた。
ステータス画面を眺めていたので、注意力は多少散漫になっていたかもしれないけれど。とはいえ、ここまで露骨に方向を間違うものだろうかと、ナギは少し訝しく思う。
「ああ―――結界がありますわね。上手く隠されているようですが」
「結界?」
「いわゆる『偏向結界』と呼ばれるものですね。人や魔物が進む方向を少しだけ逸らして、中心部へ侵入されるのを阻もうとする結界です。おそらく、わたくし達が向かっている集落跡に隠れ住むエルフが設置したものでしょう」
「なるほど……」
その結界のせいで、気付かないうちに移動方向を逸らされていたわけか。
教えて貰わないと全く判らないものだな、とナギは思う。
こんな便利な結界に護られているのであれば、今もなお集落の跡地に住んでいるエルフの人達は案外、ナギが手助けするまでもなく安全に暮らしているのではないだろうか。
《偏向結界は私達のように、『集落跡に行こう』と明確な針路を持っている相手の方向を逸らすのには適しているのですが。この森に棲むオーク達のように、明確な目的地を決めず無作為に徘徊している相手の侵入を阻むのには、充分な効果を発揮しなかったりします。結界がこれひとつなら、安全とは言えませんね》
「そういうものなのですね……」
「どうしましょう? 私が結界を破壊することもできますが」
「それはやめて下さい。敵対的な接触は避けたいので」
自分たちを護る為に設置していた結界を無断で破壊されれば、相手が良い顔をしないことは明らかだ。
移動方向を逸らすだけであって、侵入自体を阻む結界では無いようだから。視界に表示されているエコーのナビを、注意深く確認しながら移動すれば、別に結界を破壊せずとも目的地へ辿り着くことは可能だろう。
「お姉さま、わたくしの手を引いて下さいませ」
「判りました」
視界にナビが表示されているのはナギだけなので、レビンの言葉はもっともだ。
はぐれてしまわないように、しっかりとレビンの手を掴むと。レビンの方からもまた、強く握り返してくれた。
「………」
ナビの表示と睨めっこしながら、森の中を歩くこと数分。
果たしてナギ達は、迷うことなく集落の跡地へと辿り着けたのだが―――。
かつてエルフの集落があった地を目の当たりにして、ナギは思わず言葉を失う。
そこにある光景は、自然の緑に埋め尽くされた、建物の残骸ばかりだった。
(……80年経てば、こうもなるか)
オークに滅ぼされ、建物の多くが破壊された集落の跡地を。80年もの時間を掛けて、大自然が丸呑みにした姿がそこにはあった。
滅ぼされる以前にはひとつの家族が暮らしていたであろう家屋は、天井や石壁の大部分が破壊され、灌木や草むら、無数の蔦によって侵食されている。
もはや人が暮らせる環境でないことは、明らかであった。
レビンと共に、集落の中を一通り歩き回ってみる。
やはりどの建物も破壊されてから長い年月が経っており、自然の緑に全てを呑み込まれている。人が住んでいる痕跡など、全く見当たらないが。
(本当にここに、今も隠れ住んでいる人が……?)
主神の言葉を疑うようで申し訳無いけれど、正直ナギにはそう思えた。
《お姉さま。どうぞそのままで、お聞き下さい》
そんなことを思っていたナギの頭に、突如としてレビンの声が届いた。
レビンとは今も手を繋いでいる。普通に会話すれば良い距離で、わざわざ念話を使ってくるのだから、当然そうしなければならない事情があるのだろう。
《集落内でひとつだけ、幻術魔法で偽装されている建物があります。お姉さまから見て右斜め前の方向にある、大きめの建物です》
レビンの言葉に、ナギは視線だけを向けてその方向を伺う。
そこにはこの集落の中で唯一と思われる、まだ原形を留めている建物があった。
レビンの言う通り、普通の家屋よりも一回り大きめの建物で、石壁にはどこかで見た記憶のある紋様が描かれている。
《あれは『神印模様』ですね。教会の壁に描かれるものです》
ナギの疑問に答えるかのように、エコーがそう教えてくれた。
つまり、あの建物は教会というわけか。
それならば建物が、普通の家屋より大きいことにも頷ける。
《お姉さま。教会に近寄るのでしたら、私の手を離さないで下さいまし》
(……何かあるのですか?)
《お姉さまではまだ気づけないかもしれませんが、わたくし達の周囲を、何者かが少しずつ包囲しております》
ナギの〈気配察知〉スキルでは、全く何の気配も知覚できないが。
レビンがそう言うのなら、間違い無く周囲に何者かが存在しているのだろう。
《殺気も感じられますので、お姉さまから〈非戦〉のスキルで護って頂かないと、向こうから射掛けてくるかもしれません。エルフは弓の名手ですから》
(な、なるほど……)
オークの集落を訪問して氷室を建てたりしている間に成長したので、ナギが修得している〈非戦〉スキルのランクは、現在『4』まで上がっている。
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〈非戦〉Rank.4 - 採取家スキル
左右の手に武器を持っていない場合、絶対に攻撃されない。
周囲3m以内にいる武器を持たない仲間にも効果が適用される。
スキルランクが上がると仲間への効果範囲が拡大される。
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スキルランクが上がるたびに効果範囲も少しずつ拡大され、現在ではナギの周囲『3m』以内の味方なら保護できるようになっていた。
だいぶ範囲が広くなったなとも思うが、一方で『3m』程度ではまだ、何かの拍子に有効範囲から漏れてしまうことも充分に有り得る。
レビンを〈非戦〉の効果範囲内に絶えず入れておくなら、やはり手を繋いでおくほうが確実だろう。
《わたくし達を囲んでいる気配の数は『7つ』ありますわね。もし7人から一斉に矢を射たれても、かすり傷ひとつ負わない自信はありますが。それならばいっそ、相手に『射たせない』ほうが、このあとの交渉がスムーズに進むと思いますわ》
(交渉がスムーズに……? それは一体、どういう意味でしょう?)
《お姉さま。攻撃したいと思っている相手が目の前に居るのに、何故か相手を『攻撃できない』というのは。かなりの畏怖を感じる状況だと思いませんか?》
(……なるほど)
何となくだけれど、レビンの言わんとすることは判った。
理解が伴わずに抱く『畏怖』の感情は、得てして『神秘』に似ている。
レビンと強く手を繋いだまま、ナギ達は教会の方へと近づく。
教会のすぐ目の前まで来る頃には、ナギの〈気配察知〉スキルでも捉えられるぐらいに、何者かによる包囲の輪も狭まっていた。
この距離にいる相手になら、普通に声が届くだろう。
「―――僕達は、主神アルティオから『使命』を受けて、ここへ来ました」
だからナギは、誰にともなく、意志を籠めてそう言葉を告げる。
「神の『使徒』である僕達を攻撃できるものなら、やってみて下さい。
ですが―――それが出来ないなら、話し合いに応じて頂けると有難いのですが」
ナギの言葉に応えるように、周囲から戸惑うような声が小さくさざめいた。
神の『使徒』だと自ら語る相手など、もちろん信用できる筈が無い。
無いのだが―――事実、その言葉通り、矢を射掛けることもまた、できない。
包囲している人達の心に生まれた疑念が、高まっていた殺気を挫く。
もちろん実際には、未だに姿を見せない彼らがナギとレビンを攻撃できないのは〈非戦〉のスキルに護られているからであって、神の力によるものではない。
けれど、そのことが相手に判ることはないだろう。
何故なら〈非戦〉のスキルは、ナギが喚ばれたその瞬間まで、この世に存在していなかったスキルで。ナギ以外の誰も、有してはいないスキルなのだから。
「……確かに攻撃できないようです。認めるしかありませんね」
そう告げながら、背後からゆっくりと誰かが歩み寄って来る。
ナギがそちらの方を振り返ると。そこには今まさに弓に番えている矢の先端を、正確にナギの頭部に向けた、一人のエルフの女性の姿があった。
彼女が弓の弦から指先を離せば、立ち所にナギの頭部は射ち抜かれるだろう。
けれど、それは『出来ない』と判っている。
判っていればこそ、鏃を向けられていても、ナギは恐怖を全く覚えなかった。
はあっ、と観念したように大きな溜息をひとつ吐いて。
手に持っていた弓矢を下ろしたエルフの女性は、その場に膝を付き、頭を垂れて真摯に言葉を告げた。
「ようこそお越し下さいました、主神アルティオの使徒様」
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-> ナギは『アルティオの使徒』の神席を獲得。
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―――うわ、絶妙なタイミングで、何か来た。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.10 /掃討者[F]
〔アルティオの使徒〕〔調停者〕
〈採取生活〉4、〈素材感知/植物〉2、〈繁茂〉1
〈収納ボックス〉5、〈氷室ボックス〉2、〈保存ボックス〉0→1
〈鑑定〉2、〈非戦〉4
〈自採自消〉1、〈採取後援者〉1
【浄化】2、【伐採】4、【解体】1
〈植物採取〉4、〈健脚〉2、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1
5,227,812 gita
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