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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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38/78

38. 彼女の喜びは、自分の喜び

 


     [3]



「……ああ、気持ちいい……」


 身体に蓄積していた疲労感が、温かな湯に溶け出すかのような心地よさ。

 温泉ならではの快楽に、思わずナギの口から熱い溜息が漏れた。


 レビンの自宅のすぐ傍にある古代樹の、根本に広がる小さな泉は、昼間は冷たい泉であるのに、陽が落ちた後はなぜか温泉へと姿を変える。

 それほど熱い湯ではないのが少し残念なところだけれど。温かな湯というだけでも、疲れきっていた身体には充分気持ちいい。


「流石に一日で三軒も建てるのは、なかなか大変でしたわね……」


 隣で一緒に湯に浸かっているレビンもまた、そう告げながら温かい湯の心地よさに溜息を漏らした。

 肩や腕、足などがぴったりと触れ合うぐらいに、レビンが身体を寄せてくるものだから。お湯自体はぬるいのに、油断すると逆上(のぼ)せてしまいそうだ。


「ごめんね、僕の我侭に付き合わせてしまって」


 オークの人達に『エルフを襲わない』という約束をして貰うだけならば、彼らがナギ達のことを『友』と呼んでくれた時点で。つまり、最初に6樽分の酒を渡した時点で、あっさり承諾して貰えていたのだ。

 なのにナギ達がオークの集落に押しかけて『氷室』を作成したり、大量の酒樽や果実を贈ったりしたのは。(ひとえ)にナギがオークの人達と『もっと仲良くなりたい』と思ったからに過ぎない。


 想定していた以上に気の良い人達だったオークが、早い段階でナギの要望を受け容れてくれたからといって。

 彼らに渡そうと考えていた交渉材料の、まだほんの一部だけしか提示していない内に、結果に満足して残りを引っ込めてしまうのは。

 何と言うか―――不誠実なことであるように、ナギには思えたのだ。


 だから、元々オークの人達に渡そうと思っていたものは、全て渡した。

 彼らの集落全てに『氷室』を建造したし、ポニカの実はナギ達が明日の朝に食べる分を除いて〈氷室ボックス〉に入っている分を全て贈答した。

 錬金術師ギルドに売却した薬草の、対価の一部として購入した150樽の酒樽も、三箇所の集落に50樽ずつ贈ったので、もう〈収納ボックス〉の中には1樽も残ってはいない。


 使命(クエスト)のためとはいえ、結果的にはナギひとりが大損した形だけれど。

 それでも、後悔の思いなんてちっとも無い。これでオークの人達の生活が少しでも豊かになれば嬉しいなと、ナギは静かに心の中で思った。


「いえ。結果としてオークの皆様との仲を深められたのですから、これで良かったのだと思いますわ。彼らは―――本当に喜んでいらっしゃいましたし」

「そうだね。あんなに喜んで貰えるとは思わなかったよ」


 集落にはオークの女性や子供も沢山住んでいた。

 彼らは集落の代表であるオークリーダーの手によって、氷室でよく冷やされたポニカの実が分配されると、それを何とも嬉しそうに平らげてくれたのだ。

 オークはあまり感情を出さない魔物だけれど。女性や子供はこの限りでは無いようで、彼らは嬉しさを満面の笑みで示してくれた。


「お姉さまは、凄いお方です」

「えっ。……何、急にどうしたの?」

「いえ。人とオークは殺し合って当然の関係ですのに。お姉さまが動くと、それがたったの一日で変わってしまいます。これは本当に凄いことだと思いますわ」

「……そこまで評価されるようなことじゃ、無いと思うけれど」

「そんなことはありませんわ。最後の方は私、結構お姉さまから離れた場所で行動していた時間もありましたけれど―――彼らは〈非戦〉で護られていない私にも、決して武器を向けるようなことはしませんでした。

 それどころか、敵意の籠った目で見るようなことさえ全く無かったのですから。こんなの、普通は有り得ないことです。お姉さま以外には出来ないことですわ」


 嬉しそうな声色でそう告げて、レビンはにこりと微笑む。

 評価して貰えるのは素直に嬉しいけれど。レビンは何故か、ナギのことをいつも全肯定してくれるので、正直どう応えて良いものか困ってしまう。


(いや―――『何故か』も何も無いか)


 理由なんて判っている。レビンはナギに、好意を向けてくれているのだ。

 そのことだけは、ちゃんと理解していなければならない。


「明日こそは、エルフの廃村を巡らなければなりませんね」

「ん……。そうだね。もう安全だよって、伝えに行かないと」


 オーク達が『襲わない』と約束してくれた以上、もはやエルフの人達にとって、この森に脅威となる相手は存在しない。

 一応この森には、ゴブリンや鳥の魔物なども出るし、熊や猪のように危険な動物も出るらしいけれど。そのぐらいの相手ならば、エルフの人達は簡単に対処できる強さを持っている。

 オークという相手が強すぎるから、『武器』の優位を失っただけで敗北し、村を滅ぼされてしまっただけであって。もともとエルフの人達は、決して弱者ではないのだ。

 彼らが脅威に怯えながら暮らす日は、もう当分訪れることは無いだろう。


「そういえば、お姉さまは今日一日で結構な量の木材を伐採していたようですが。レベルのほうも随分上がったのではないですか?」

「あ、うん、上がってますね。もう『9』レベルになりましたし」


 【伐採】で得られる経験値の量は凄まじい。

 今日オークと遭遇する前には『6』だったレベルが、氷室を建てるのに必要な木材を【伐採】しているだけで、3つも上がってしまった。

 そもそもレベルが『5』から『6』に上がったのも今朝のことなので、今日一日だけで一気に4つもレベルが上がったことになる。


 当然、能力値の成長量もまた、かなりのものだ。

 戦闘をしないので、あまり成長の実感が伴わないのが、少し悲しい所だけれど。


「それで、今回はどんなスキルが増えたのでしょう?」


 ニコニコと嬉しそうに微笑みながら、レビンが興味深げにそう訊ねる。

 いつだってナギのレベルが成長した時には、ナギ自身よりもレビンのほうがそのことを喜んでくれる。そのことがナギには、何だか少し気恥ずかしくもあった。


「スキルが3つ増えたのですが、ひとつは〈自採自消〉というものですね」


 レビンの要望通り、ナギは自分が得たスキルについて説明する。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 〈自採自消〉Rank.1 - 採取家スキル


   自分で採取して得たアイテムを自ら生産素材として活用すると

   生産スキルが成長しやすくなり、生産品の品質値も高くなる。

   スキルランクが上がるとスキルの成長と生産品質がより向上する。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 〈自採自消〉は簡単に言えば、『自分が採取した素材』を『自分で生産素材として利用』すると、生産スキルの成長が早くなり、生産で出来上がるアイテムの品質値も高くなるというものだ。

 ナギはあくまでも〈採取家(ピッカー)〉なので、生産系の天職(アムル)を持つ人に較べると、適性自体はあまり高くないのだろうけれど。それでもこのスキルがあれば、少しは質の高いアイテムが作れそうな気がする。


「では、先日お姉さまが本を読んで学ばれたという〈錬金術〉に、実際に手を出してみられるのも面白いかもしれませんね」

「そうですね。でもその時は、レビンも一緒に挑戦してみませんか?」

「わたくしが、ですか? それはもちろん構いませんが……」

「実は〈採取後援者〉というスキルも、新しく修得したんです」




+--------------------------------------------------------------------------------+

 〈採取後援者〉Rank.1 - 採取家スキル


   自分が『後援』する相手を1人まで指名できる。

   採取で得たアイテムを後援対象者に生産素材として活用して貰うと

   後援対象者のスキルが成長しやすくなり、あなたは経験値を得る。

   スキルランクが上がるとスキル成長が向上し、後援枠が拡大する。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 こちらは〈自採自消〉とは真逆で、ナギが採取した素材を『他の誰か』に活用して貰うことで、初めて効果を発揮するスキルだ。

 要は、生産者に素材を提供する『後援者(パトロン)』になるためのスキルなのだろう。


 生産系のスキルは、種類によっては成長させることがかなり難しいという話を、錬金術師ギルドのマスターであるジゼルと交渉した際に聞いたことがある。

 例えば錬金術師にとっては、最も重要な〈錬金術〉がそうであるらしい。

 錬金術師は生産スキルとして〈錬金術〉以外にも、〈醸造〉や〈製錬〉といったスキルをギルドで学ぶ。

 〈醸造〉は酒などを造るためのスキルで、これは主に穀物を素材として用いる。〈製錬〉であれば金属を作る為に、鉱石を素材に用いるわけだ。

 穀物や鉱石などの素材は、農業をやっていたり露天掘りをしている集落と交易することで手に入れられる。定期的に纏まった量を輸入しているのでロズティアでは価格も安定しており、簡単に手に入れられるものだ。


 けれども一方で、〈錬金術〉に用いる素材は簡単には手に入らない。

 何しろ〈錬金術〉の生産に必要となる素材の大半は、都市の外でしか採取できない薬草類なのだ。

 この世界では、安全圏で手に入らない素材は基本的に高価となる。

 なので〈錬金術〉のスキルを上げようと思うのなら、掃討者ギルドから少量だけ回ってくる薬草素材を、大金を出して購わなければならないのだ。


 そんな苦労をしている錬金術師の人達に、採取してきた素材を提供することは。それこそお金を直接渡すよりも、ずっと価値のある『後援』ともなり得る。

 自分で拾った素材を自分で使うのも良いけれど。他人に供与して成長を促すのもまた〈採取家(ピッカー)〉の役目なんだよ―――と。スキルがそう語っている気がした。


「嬉しいですが……私で、よろしいのですか? 私ではなく〈錬金術師〉の天職(アムル)を持つ方を『後援』なさるほうが、適切なように思えるのですが」

「僕がレビンと一緒にやってみたいのですから、良いんじゃないですか?」


 いつも一緒にいてくれるレビンとだから、色んな事に挑戦してみたい。

 それは〈錬金術〉でも良いし、あるいは他の生産でも構わない。何でもいいのでレビンと一緒に挑戦して、その大変さや楽しさを彼女と共有したいのだ。


「そういうことでしたら、謹んで『後援』をお受けしますわ」


 レビンはそう告げながら、何とも嬉しそうに破顔する。


 彼女が嬉しそうにしてくれることは、まるで自分のことのように嬉しい。

 結局はそういう部分も含めて。何から何まで、ナギはレビンと瓜二つだった。





 

-

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.9 /掃討者[F]

  〔調停者〕


  〈採取生活〉4、〈素材感知/植物〉2、〈繁茂〉1

  〈収納ボックス〉5、〈氷室ボックス〉2

  〈鑑定〉2、〈非戦〉4

  〈自採自消〉0→1、〈採取後援者〉0→1

  【浄化】2、【伐採】4


  〈植物採取〉4、〈健脚〉2、〈気配察知〉3、〈錬金術〉1


  5,227,812 gita

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