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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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35/78

35. 本物の『氷室』を

 


     [1]



「おはようございます、お姉さま」


 朝、目が覚めたら。尋常でないレベルの可愛い女の子が、自分の顔を覗き込んでいた―――なんてことがあれば。誰だって、普通は夢だと思うだろう。

 事実、ナギは夢だと思った。重たい瞼を閉じ直して、もう一度眠気の海の中へと意識を沈ませようとして。そうして―――頬を軽くつねられた。


「お姉さま。今日は朝のうちから行動を開始するのでしょう?」

「……そうでした。すみません」


 小さなベッドから身を起こし、ゆっくりと伸びをして身体をほぐす。

 手早く着替えたあとに外に出て、古代樹の根本を包む泉の水を両手で掬い、顔を洗って眠気を取ろうとする。


 ここは『竜の揺籃地(ようらんち)』にある、結界の内側。古代樹の元に建てられたレビンの家で、ナギ達二人は夜を明かした。

 レビンの家に泊まるのももう二度目なので、少しは勝手が判ってきたような気がする。とはいえレビンの背丈に見合うサイズの小さなベッドの中で、一緒に眠ることだけは未だにどうしても慣れないけれど。

 お陰でナギはちょっとだけ寝不足だったりする。昨日の夜に身を浸らせた時にはぽかぽかと身体を温めてくれた古代樹の温泉が、朝方のこの時間には、眠気を吹き飛ばす程の冷たい水へ変わっていることが嬉しい。


「お姉さま、タオルと温かいお茶をどうぞ」

「ありがとうございます」


 レビンから受け取ったタオルで顔を拭い、泉のすぐ傍に設置した丸太のベンチに腰掛けながら、淹れてくれたばかりの温かいお茶を頂く。


 ちなみにこのベンチは、昨日ナギが【伐採】で作成した物だ。

 【伐採】で得られる木材は、ナギが意図する通りのサイズで手に入れることができる。だからナギが頭の中で『組み立てたらそのままベンチにできそうな形状』をイメージした上で【伐採】を行使すると―――果たして、始めから『木組み』するための部位を備えた、望み通りの形状の木材パーツが手に入ったのだ。

 頑張ればちょっとした小屋ぐらいなら、【伐採】で手に入れた木材パーツだけで簡単に組み上げることもできるかもしれない。


「何か僕が持っている物で、食べたい物はありますか?」

「では是非、つめたく冷えたポニカの実をお願いしたいですわ」


 レビンの要望を受けて〈氷室ボックス〉から数十粒のポニカの実を取り出す。

 昨晩、レビンが自宅にいくつも持っている遊具を遊ぶ傍らに、〈氷室ボックス〉から取り出したポニカの実を二人で摘んだ時に判ったのだけれど。どうやらポニカの実には、冷やすことでより甘味が引き出される特性があるらしい。

 ただでさえデザートのように甘いポニカの実が、〈氷室ボックス〉から取り出したばかりのキンキンに冷えた状態ではより甘味が増し、まるで品種改良された日本の高級果物のように美味しい。

 甘い物を頬張る多幸感と共に。身体の中に糖分が巡って、寝起きの頭がようやく普段通りに動き始めてくる気がした。


「なんだか、朝から随分と贅沢をしているような気になりますわね」


 そう告げて、レビンがくすりと小さく微笑んだ。

 確かに彼女の言う通り、ナギもちょっとそんな気がする。


「本日はまず、過去にオークに滅ぼされた、エルフの廃村を巡るのでしょうか?」


 ナギは主神アルティオから、この森で『およそ80年前にオークによって滅ぼされた村の跡地に、今も隠れ住んでいるエルフの人達を救う』という『使命(クエスト)』を与えられている。

 80年間もの長期に渡ってずっとオークから隠れ住んでいるというのも、なかなか想像しづらい話なので……正直、エルフの人達が現状でどういう生活を営んでいるのか、皆目見当も付かない。

 だからレビンの言う通り、一度廃村の跡地を一通り巡り、実際にエルフの人達の生活をこの目で確認してみる必要があるのは事実だ。

 そうしなければ、彼らを『救う』ためにナギに何ができるのか、それを考えることさえできはしないのだから。


《エルフの集落があった位置については、主神アルティオから情報提供を受けておりますので、必要に応じて私が案内することができます》


 レビンの言葉を受けて、エコーがそう応える。

 エコーの針路ナビがあれば森の中でも迷わず移動できるので、とても有難い。


「いえ。まずはエルフの廃村へ行くよりも先に、オークの人達と遭遇して、お酒を渡すことで交渉を試みようと思います」


 けれどナギは、目の前のレビンと頭の中のエコーにそう応えた。

 滅ぼされた村の跡地に住むエルフの人達の元を訪ねるのなら。やはり彼らが手放しに喜んでくれそうな『お土産』を携えた上で訪問する方が、色々と話をしやすいと思うからだ。

 先にオークと交渉をして、酒を対価に『もうエルフの人達や集落を襲わない』という約束を取り付けられれば。それは最上の『お土産』となることだろう。


 ―――もちろん、交渉なんて簡単じゃないとは判っている。

 この世界では、人が魔物を狩ってその素材を己の生活の糧にすることも、魔物が人を襲ってその命を奪うことも、自然の摂理の内であるらしいから。たぶんナギが頭の中で勝手にイメージするように、交渉が上手く行くことなんて無いのだろう。

 けれど―――それでも。〈非戦〉のスキルがあり、エコーの手助けを受けられるナギには、争うことなく魔物と言葉を交わす『力』がある。

 だったら、少なくともその『力』を試しもしないうちから、悲観的なイメージを抱いて自分の足を止めるようなことは、したくないじゃないか。


「何か、お酒以外にも、交渉材料にできるものって無いかな?」


 ナギはそう思って、レビンとエコーの二人に問いかける。

 オークの人達が欲しがっていたものは『武器』と『酒』の二つ。だから追加の交渉材料が欲しいなら、一度ロズティアの都市に戻って『武器』を調達してくるのが一番の正解なのだろうけれど―――流石に魔物を相手に武器を供与するとなると、ともすれば『人類の敵』の(そし)りを受けかねない。


 もちろん、こんな森の奥地でオークに武器を手渡したところで、他人にそれを見られるようなことも無いだろうから。レビンやエコーが黙っていてくれれば、露見することは有り得ないのかもしれないけれど……。

 それでもやっぱり、自分がオークの人達に武器を渡すことで、その武器によって誰かが殺されるかもしれないと思うと、正直あまり気が進まない。


「そうですね……。そもそもオークって、主に何を食べる魔物なのでしょう?」


《オークは雑食の魔物です。森に棲む動物や鳥を狩って肉を食べたり、魚を獲って食べたり、その辺の果物や野草などを採って食べることもあります。人間やエルフを殺したなら、その肉を食べることもありますね》


「………」


 最後のはあんまり想像したくない。

 折角の贅沢な朝食が、不味(まず)くなりそうだ。


「雑食ということは、例えばいま私達が食べている、ポニカの実も食べるということですよね」


 レビンの問いかけに、エコーが《食べはします》と即答する。


《オークの人間よりも体躯が大きい魔物ですが、木登りが得意ではありません。ポニカの実は樹木の高い位置に結実することが多いですから、木を登らずに摘み取れる機会は少ないでしょう。雑食ですので食べはしますが、食べた経験自体はあまり無いと思われます》


「雑食だからといって、味覚に乏しいというわけでは無いのでしょうか?」


《味覚は人間や亜人のそれと同程度ですが、オークは味が強かったり、刺激の強い食べ物を好む傾向があるようです。彼らが酒を好むのもその為ですね。

 特にエルフが仕込む伝統の酒は、口の中を焼くような強い刺激がありますので、オークにとっては垂涎の物であるようです》


「味が強いもの……。つまり『甘い』物も好物ということですわね?」


《確実にそうであるとは保証できませんが、その可能性は高いと思われます》


 レビンとエコーのやり取りを聞いていたナギは(なるほど)と得心する。

 つまり、いま正にナギとレビンの二人が口にしている、非常に強い甘味を持ったこのポニカの実も、交渉材料になり得るということだ。


「んー……」


 味が強い食べ物をほど好むのなら、甘ければ甘いほど良いということになる。

 ポニカの実は冷やすことで甘味が強くなる。だから冷たいポニカの実のほうが、より彼らにとっては価値のある食べ物ということになるが。

 とはいえ当たり前だけれど〈氷室ボックス〉から取り出した後に時間が経てば、食べ物は常温に戻る。それでは結局、普通のポニカの実と同じだけの価値しか評価されることは無いだろう。


「エコー。オークの人達も集落を作るのでしょうか?」


《はい、集落を作って生活しています。女性と子供のオークは集落に残し、男性のオークが森を徘徊して食べ物を獲て、集落に持ち帰る生活を行うようです》


「なるほど。食べ物やお酒は、やはり集落に備蓄することも?」


《保存が利くものは備蓄も行うようですね。彼らは独自の言語を話すだけの知性を備えた魔物ですので、その辺りは人間の暮らしと変わらないとお考え頂いて大丈夫だと思います》


「エコー、もうひとつ質問させて下さい。この世界にも『氷室』はありますか?」


《文化圏にもよりますが、普通に利用されています。設置されるのでしたら、私が設計を把握しておりますので、ナギ様の【伐採】魔法とレビン様の氷を作る能力があれば、すぐにでも作成することが可能でしょう》


 冷たい食べ物を冷たいまま取引したいと思うなら、相手に『冷蔵できる環境』を持たせるという手もある。

 氷室があれば食べ物を長く貯蔵できるようになるから、オークの人達にとっても有益な設備となるだろうし。交渉材料のひとつとして考慮するだけなら、こういう発想も悪くないのではないだろうか。





 

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お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.5 /掃討者[F]


  〈採取生活〉3、〈素材感知/植物〉2、〈繁茂〉1

  〈収納ボックス〉4、〈氷室ボックス〉1

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2

  【浄化】1、【伐採】2


  〈植物採取〉4、〈健脚〉1、〈気配察知〉2、〈錬金術〉1


  5,113,312 gita

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