30. 沈黙は金
「では、私と同じですね」
「……えっ?」
言われた言葉の意味が判らなくて、ナギは一瞬戸惑う。
目の前のジゼルは、ナギが同性愛者だと誤解した上で、そう発言したのだから。
つまり―――ジゼルさん自身がそうだという、カミングアウトに他ならない。
「ディノークは独身ですが、私は以前には妻帯していたこともございます。相手は人間でしたから、先立たれてしまいましたけれどね」
「……そう、なのですか」
淋しさを孕んだジゼルの言葉に、ナギも眉を曇らせる。
800年を生きるエルフが、100年しか生きられない人間を妻とするなら。それは、避けられない運命としか言いようがない。
もちろんジゼル自身も、それを承知の上で結婚したのだろうが。だからといって最愛の人を失った悲しみが無くなるわけではないだろう。
この世界に於いて、エルフを始めとした『長命種族』の殆どは、人間に代表される『短命種族』を嫌悪するというが。
もしかしたらそれは―――差別というより、一種の自己防衛なのではないかともナギには思えた。好きになればいつか辛い思いをすると、判っているのだから。
「ふふ……。ディノークが嫌でしたら、では私が相手でしたらいかがでしょう? これでも私は、意外に妻に尽くす女でしたよ?」
「えっ!? い、いや……それは、その……」
「―――なんてね。ごめんなさい、冗談です。ナギさんみたいな見た目の女性は、とってもタイプなんですけどね。流石に私も、もう短命種族の方はいいかな」
淋しげに小さく笑いながら、そう口にするジゼル。
冗談だと言われて、安堵の息を吐きながらも。
……実はほんのちょっとだけ、残念な気もした。
《ナギ様の種族を教えて差し上げればよろしいのでは?》
エコーが淡々と告げた言葉は、聞かなかったことにしようと思う。
今のこの状況で。短命種族どころか―――たぶんジゼルさんよりもずっと長生きできますなんて。余計な言葉は口にしない方が賢明というものだ。
黙るべき時を知るのは人生でとても大切なことだと、昔祖父も言っていた。
……とはいえ当の祖父自身は、何かにつけて余計な一言を口にしてしまうことが多いタイプだったので、祖母からよく頬を叩かれていたけれど。
「いけませんね、話が逸れました。商談の方を始めましょうか」
「お願いします。素材をここに出してもよろしいですか?」
「いえ、商売の取引はお互いに身を証すことから始めるのが鉄則。お手数ですが、まずはナギさんのギルドカードを確認させて頂けますでしょうか」
「あ、それもそうですね」
元よりナギは、ジゼルさんに会えたら最初に自分のギルドカードを提示するつもりでいたのだけれど。色々と驚かされることがあったせいか、つい忘れてしまっていた。
慌ててナギは(カードよ出ろ!)と念じて、左手から自分のギルドカードを取り出す。
┌――――――――――――――――――┐
│ ■ナギ
│ - 天職:採取家
│ - レベル:4
└――――――――――――――――――┘
カードに記載されているナギのレベルは、ちゃんと『4』に上がっていた。
どうやらレベルの値は自動的に更新されるものらしい。
流石は『神具』を使用して作成する、特別なカードだけのことはある。
「ありがとうございます。こちらが私のカードになります」
「……? ジゼルさんもギルドカードをお持ちなのですか?」
「ええ。私も掃討者をしていた頃がありますので」
ナギがカードを差し出すと、ジゼルのほうからもカードを手渡された。
┌――――――――――――――――――┐
│ ■ジゼル・バルハー
│ - 天職:錬金術師
│ - レベル:25
└――――――――――――――――――┘
(レベルが凄く高い……!)
ジゼルのカードに記されているレベルは『25』。
他の人のレベルを見たことが無いので、確証をもってそう思うわけではないが。少なくともナギのレベルよりは6倍も高いし、それに―――確か『竜の揺籃地』に棲んでいるオークが、大体同じぐらいのレベルだったように思う。
しかも、ジゼルのカードは縁が『銀色』で彩られている。
カードが金で縁取られる『Aランク』よりは格下なのだろうけれど。おそらく、これも相応にランクが高いカードなのではないだろうか。
《銀縁は『Bランク』であることを意味します》
ナギの推測を裏付けるように、エコーがそう教えてくれた。
『Bランク』の掃討者は全体の『1%』しか存在していない筈なので、ジゼルはその『1%』に入れる程の腕前を持っていることになる。
熟練の掃討者だと考えても、まず相違ないだろう。
驚きと感心とが入り交じった気持ちで暫くカードを見つめていると。ナギが両手で持っていたカードは、やがて端から崩れるように消滅した。
ギルドカードは出現させて1分ぐらいが経過すると自動的に消滅するという、現代科学もびっくりの仕様を持っている。
この仕様があるお陰で、ギルドカードは他人に譲渡することが絶対に不可能であることが保証されている。なので、この世界では最上級の『身の証』として機能するのだ。
「予めディノークから話は伺っていたのですが……。こうして実際に未知の天職が刻まれているカードを見ますと、自分の目を疑いそうになりますね」
どうやらナギと同じように、ジゼルもまたカードを見て驚いていたらしい。
ギルドマスターのディノーク程ではないにしても、『Bランク』の熟練掃討者ともなれば、天職の種類にも詳しいのだろう。
「名前から察するに、やはり採取に特化した天職なのでしょうか?」
「そうですね。採取以外は何もできませんので」
「採取以外は何も……つまり戦うことも苦手ということでしょうか? もしかして魔物との戦闘を回避するスキルなども修得できる天職でしたり?」
「……その辺は、ご想像にお任せします」
ジゼルのことを信用したくないわけでは無いのだけれど。あまり自分のスキルについて、他の人にペラペラ喋るものでも無いだろう。
特にナギの場合は、この世界に同じ天職を持つ人が存在しておらず、ナギ自身が喋らない限り自身のスキルを知られることが無いのだから。
黙るべき時を知るのは人生でとても大切なことだと、昔祖父も言っていた。
……とはいえ当の祖父自身は、酒が入ると他人の恥ずかしい話などをすぐ暴露してしまうタイプだったので、祖母からよく頬を叩かれていたけれど。
《スキルランクの高い〈鑑定〉持ちには、看破される可能性があります》
思念による会話で、エコーがそう忠告してくれた。
そういえば〈鑑定〉のスキルは〈非戦〉や〈採取生活〉などとは違い、以前からこの世界にもスキルの所持者が居たという話だった。
「採取特化の天職となりますと、期待ができそうですね。
それではナギさん、本日取引予定の薬草を拝見させて頂いても?」
「判りました」
ジゼルから促されて、ナギは〈収納ボックス〉に入っている『コジシキョウ』と『ミズネンタケ』を全て纏めて取り出す。
生命霊薬の材料となる『コジシキョウ』が60個に、魔力霊薬の材料と生る『ミズネンタケ』が58個。合計118個の薬草とキノコが出現し、応接テーブルの上に堆く積み上げられた。
「これは凄い……! こんなに沢山の『コジシキョウ』と『ミズネンタケ』を見るのは、私も初めての経験です……!」
微かに震える指先で、ジゼルは素材に触れて質感を確かめる。
採取したナギ自身、今の今まで気付いていなかったのだが。コジシキョウは時折揺れるような赤い光を、ミズネンタケはぼんやりと青い光を纏っているようだ。
〈素材感知/植物〉のスキルをオンにしていると、条件に適合する素材は何でも光って見えてしまうので、採取時に気付けなかったのはそのせいだろう。
ジゼルはポケットから取り出した何かを、自身の片目にあてがう。
それは、いわゆる片眼鏡と呼ばれるものだ。ジゼルはレンズを眼窩に嵌めると、素材をひとつずつ手にとって矯めつ眇めつ状態を確認していく。
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□品質鑑定の片眼鏡/品質[76]
【カテゴリ】:装身具(片眼鏡)
【流通相場】:175,000 gita
装備者にランク『1』の〈品質鑑定〉スキルを付与する。
素材の『名前』と『品質』を見極めることができる片眼鏡。
とある宝飾職人へ送るために開発された原品を複製したもの。
ルグルストの〈導具職人〉イゴールによって作成された。
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〈鑑定〉で見てみると、その片眼鏡が装備者に〈品質鑑定〉のスキルを付与するものであることが判った。
レベルアップ時に天職に応じて修得したり、努力によって会得したりする以外の方法でも、スキルを得ることはできるんだな……と、ナギは思う。
説明文から察するに〈品質鑑定〉のスキルは、アイテムの『名前』と『品質』だけを見あらわすものであるようだ。ナギが持つ〈鑑定〉のスキルよりも、一段劣る効果のスキルということだろうか。
「……すみません。ちょっと時間を掛けて見させて頂いても?」
「あ、はい。もちろんです、どうぞ」
断る理由は無いので、もちろんナギは快諾する。
ゆっくりお茶を楽しむ間に終わるだろう、とナギは考えて。ジゼルが素材を吟味している光景を眺めながら、彼女が淹れてくれた甘いお茶の風味を堪能する。
けれど、ナギが10分ぐらいかけてカップを空にしても。丹念に素材ひとつひとつを調べているジゼルの手が、動きを止めることはなかった。
(うーん……)
そうなると、ナギとしてはちょっと手持ち無沙汰になる。
何か興味を惹かれる物が無いかなと、ナギは部屋の中をぐるりと見渡して。壁に置かれた本棚に、幾つもの『錬金術』関係の本が収められているのに気付いた。
中には『鉱物・宝石素材/特性大全1巻』と書かれた、百科事典並みの分厚さを誇る本もあるけれど。一方では『錬金術の初歩』と書かれた本もある。
「ジゼルさん。あの『錬金術の初歩』という本を読ませて頂いても?」
「ああ―――すみません、お暇にさせてしまっていますよね」
申し訳なさそうな表情で一度謝罪を口にしてから。ジゼルは本棚から『錬金術の初歩』の本を取り出し、「どうぞ」とナギに手渡してくれた。
「誤解されることも多いのですが、錬金術は別に『錬金術師』の天職を有している者だけしか手を出せない生産技術というわけではなく、その気があれば誰でも修めることが可能なものです。
とはいえ錬金素材は金食い虫ですので、『錬金術師』の方以外にはなかなか勧めづらいのも事実ですが……。採取特化の天職を持つナギさんの場合は、自前で素材を集めることもできそうですから、案外向いているかもしれませんね」
「なるほど……。そうなのですね」
「その本は最初の一歩を踏み出す錬金術師のために書かれた本ですから、ナギさんが読むには最適でしょう。お待たせしてしまっているお詫びに差し上げますので、どうぞお持ちになって下さい。読まれた上で、もし錬金術に興味がありましたら、もちろん『錬金術師ギルド』はいつでもナギさんを歓迎いたします」
「ありがとうございます」
暇つぶしに読ませて貰うだけのつもりが、本自体を頂戴してしまった。
日本で暮らしていた時にファンタジー小説やRPGを愛好していた身としては、やはり『錬金術』という単語に心惹かれるものがあるのも事実。
向いているかもしれないなら、手を出してみるのも面白いだろうか。
最初の一歩を踏み出す錬金術師のため、と説明したジゼルの言葉通り、その本はナギのような錬金術についてまだ何も知らない読者を想定して書かれていた。
錬金術に使用する道具を説明する章では、それぞれの道具がイラスト付きで解説されている。また、本全体が専門用語を殆ど使わずに書かれているし、もし使われる場合でも、必ず補足説明が付記されていて。
何とも配慮が行き届いた本だなと、読んでいて感心させられる思いがした。
背幅2cmぐらいの、そこそこ厚めの本なのだけれど。紙の一枚一枚に厚みがあるせいか、意外にページ数は少なそうだ。
これなら、読むのにそれほど時間は掛からないだろう。
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-> ナギは〈錬金術〉スキルを新たに修得した!
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15分ぐらい掛けて一通り読み終わると、思わずスキルが会得できてしまった。
これなら本当に『錬金術』に手を出してみるのも面白そうだ。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.4 /掃討者[F]
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1、【伐採】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉2、〈錬金術〉0→1
169,912 gita
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