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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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29/78

29. エルフの店員さん

 


     [2]



「領主館から呼び出しを受けてしまってね、私はナギの商談に同伴することができなくなった。すまないが、ナギひとりで錬金術師ギルドへ行って欲しい」


 掃討者ギルド二階奥にある、ギルドマスターの部屋へ移動したあと。部屋の主であるディノークは、早速淹れてくれた珈琲のカップをナギの目の前に置きながら、開口一番にそう告げた。


「あ、はい。それは全く構いませんが……。あちらは承知なのでしょうか?」

「無論、既に先方に話は通してある。錬金術師ギルドの主であるジゼルが対応するそうなので、君は向こうでギルドマスターに面会を求めればいい」

「ぎ、ギルドマスターにですか」


 いまナギの目の前にいるディノークもそうだけれど。偉い人って、意外に簡単に会ってくれるものなんだなあと思ったりもする。

 偉い人とは会えなくて当然、と考えてしまうナギが、日本的な思考に囚われすぎなのだろうか。……異世界の気風に染まるには、まだまだ時間が必要そうだ。


「私はもうここを出るが、君が錬金術師ギルドを訪ねるにはまだ少し時間が早い。その一杯をゆっくり味わって行くぐらいが丁度良いだろう。空のカップはそのまま置いていてくれて構わないから、味の感想だけ次に会った時に聞かせて欲しい」

「判りました。有難く頂きます」


 ナギがそう答えると、ディノークは満足そうに一度頷いてから、すぐに部屋を出て行った。

 淹れたての珈琲から湯気と共に香る、ナッツに似た香ばしさが鼻腔を擽る。早速ナギはカップに口を付けてみて、


「……甘い」


 と、反射的に口に出していた。

 砂糖の甘さではない。珈琲の中には、砂糖を加えずとも豆自体がシュガー系に似た甘味を備えているものもあるけれど、それともまた違う。

 どちらかといえば、いわゆるハニー系の甘味に近い。苦みや酸味と正面から争わない、心地良い甘さがあった。


 日本で味わったことのある品種のどれとも異なる味わいだけれど、これはこれでナギの好みとはかなり合致する。

 今度ディノークと会った時は、豆の調達先を教えて貰うほうが良さそうだ。


 掃討者ギルドは利用者が多いので、一階ホールはいつも騒がしい。

 その喧騒が、ナギが珈琲を楽しんでいる二階の部屋へも、少しだけ届いてくる。

 ギルドマスターを務めるディノークは、いつもこの部屋で、階下から届く穏やかな喧騒に耳を傾けながら、カップ一杯分の休息を楽しんでいるのかもしれない。


 ゆっくり15分ぐらい掛けて味わってから、ナギは二階奥の部屋を出る。

 ディノークから言われた通り、カップは応接テーブルの上に置いてきたけれど、一応〈浄化〉の魔法だけは掛けて綺麗にはしておいた。


 ギルド一階の広間に下りると、相変わらずそこかしこから、ナギを見つめてくる視線を幾つも感じる。

 また誰かに腕を掴まれ、引き留められても面倒なので。ナギはそそくさと足早に掃討者ギルドの建物を後にした。


 錬金術師ギルドの場所は、掃討者ギルドから然程も離れていない。

 昨日酒を買いに来た際に覚えたこともあり、エコーに案内して貰うまでもなく、ナギひとりでも辿り着くことができた。

 ギルド一階の販売店に入ると。店の奥側にいたエルフの女性店員がナギの来店に気付いて、すぐに駆け寄ってくる。

 

「いらっしゃいませ」


 店員がそう告げて、深々とナギに頭を下げた。

 金色のウェービーヘアが可愛らしいその容貌には、見覚えがあった。確かナギが昨日酒を買った際に、試飲や会計の対応をしてくれたが、このエルフの女性だったように思う。

 昨日は白いワンピース姿だった筈だけれど。今日は黒いワンピースの上から白いエプロンを身に付けており、さながらメイド服のような格好をしている。

 これで頭にホワイトブリムが乗っていれば完璧なのだろうけれど。残念ながらエルフの店員が頭に付けているのはフリルの無い、シンプルなカチューシャだった。


「本日はどのような酒をお求めでしょうか?」


 おそらく昨日一気に6樽も買ったことで上客と認識されたのだろうか。エルフの店員はどこか期待するような眼差しと声色で、そうナギに問いかけてくる。


「あ、いえ。すみません今回は買い物では無くて……。こちらでギルドマスターをしておられるジゼルさんと、面会の約束をしておりまして」

「……ジゼルとですか? 失礼ながら、あなた様のお名前をお伺いしても?」

「えっと、僕はナギと言います。掃討者ギルドのギルドマスターである、ディノークさんの紹介でこちらに参りました」

「まあ! では、あなた様が」


 エルフの店員は驚いたような表情で、少しの間ナギを見つめたあと。

 にこりと優しく微笑んで、言葉を続けた。


「お話は確かに伺っております。三階の部屋へご案内させて頂きますね」


 店員に先導されて、ナギは会計窓口の脇に設けられた階段を上る。

 ギルドの二階には錬金術の工房があり、いかにも化学実験などが行われていそうな印象を受ける設備が、所狭しと並べられていた。

 工房には錬金術師と思わしき人が何人か居たけれど、彼らはナギの存在に全く気付くことなく、何かの作業に没頭しているようだ。


「工房が気になりますか?」


 思わず階段を上る足を止め、二階の様子を眺めてしまっていたナギに。先導していた店員が少し先の位置から振り返り、眉尻を下げてそう言葉を掛けてきた。

 慌ててナギは、彼女の後を追う。


「すみません……」

「いえ。私には見慣れた光景ですが、外部の方には気になるのでしょうね」


 そう零すエルフの店員の表情は、少しだけ嬉しそうにも見えた。

 先導されながら更に階段を上がり、三階の一番奥の部屋へと案内される。


 部屋のドアには『マスタールーム』と書かれた小さな看板が掛けられていた

 エルフの店員はそのまま、ガチャリと部屋のドアを押し開く。


(えっ)


 部屋に入る前にノックのひとつもしなかったことに、ナギはちょっと戸惑う。

 偉い人の部屋に入るときでも、こちらの世界ではそれが普通なのだろうか。


 中は大きな出窓がひとつ設けられ、陽光が充分に入ってくる明るい部屋だった。

 部屋の中にはとても見覚えがある、大きな執務用の机がひとつ設置されている。確か掃討者ギルドでディノークが部屋に置いていたものと、全く同じ机だ。

 他にも部屋の中には応接テーブルがひとつと、それを挟むように対面ソファーが設置されていて。全体的な配置もまた、ディノークの部屋のそれと非常によく似ているように思えた。


「こちらで少々お待ち下さい」


 そう告げて、エルフの店員が部屋を出て行く。

 商談相手であるギルドマスターの『ジゼル』さんが来るのを待つ間、なんとなく室内を眺めていると。執務机に置かれているインク壺や卓上カレンダー、本立て、手燭に至るまで、全てディノークの部屋に置かれていたものと同じであることに、今更ながらナギは気付かされた。


(もしかして『ジゼル』さんは、ディノークさんの兄弟か奥さんなのかな)


 出窓から射し入る、ぽかぽかした陽気を感じながら。ナギはそんなことを思う。

 ナギの記憶が確かなら『ジゼル』はヨーロッパのどこかで使われる『女性名』であったように思う。こちらの世界でも同様であるなら、兄弟よりは夫婦の可能性が高いだろうか。

 もしその推測が正しいなら。掃討者ギルドと錬金術師ギルドの二つを纏め上げている夫妻は、この街でも屈指の権力者なのでは無いだろうか。


「お待たせ致しました。粗茶ですが、どうぞ」

「ありがとうございます」


 数分程経って部屋に来たのは、ギルドマスターと思わしき相手ではなく、先程のエルフの店員だった。

 先程まではメイド服さながらの格好をしていた筈なのに、今はエプロンを外してシックな黒のワンピース姿へと変化している。

 メイド服って、エプロンを外すだけでこんなにも印象が変わるものなのか。


 ナギの前に差し出されたお茶のカップからは、つい昨日嗅いだものと同じ香りがする。

 早速口を付けてみると、案の定ディノークが淹れていたお茶と同一の、あの甘く心地良い味わいがした。


「改めまして、ジゼル・バルハーと申します。本日はわざわざギルドまで出向いて頂き、誠にありがとうございます」


 エルフの店員がナギの対面側のソファーに座り、頭を下げてそう挨拶する。

 思わずナギの口から「えっ」と驚きの声が漏れた。


「店員さん……ではなく、こちらの、ぎ、ギルドマスターさんなのですか?」

「はい、ギルドマスターさんです。もちろん店員さんでもありますよ?」


 ジゼルと名乗った女性はそう言って、くすくすと可笑しそうに笑ってみせた。

 ギルドマスターといえば、当然ながらギルドで一番偉い人を指す言葉の筈で。

 そんな人が―――どうして一階の販売店で、普通に店員をしているのだ。


「ん……。『バルハー』ということは、やっぱりジゼルさんは、ディノークさんの奥さんか何かでいらっしゃるのでしょうか?」


 名乗ってくれたジゼルの姓が、ディノークと同じ姓であることに気付き、ナギがそう訊ねると。

 ジゼルはどこか困ったような表情で「あー……」と言葉を零す。


「ディノークとは家族というだけで、ご推察頂いたような関係ではありませんね。私の髪と全く同じ色を、ディノークもしていましたでしょう?」

「あ、言われてみれば……確かにそうですね」


 ジゼルとディノークの二人は、色味まで完全に一致した金の髪だ。

 ここまで一致するとなれば、明らかに遺伝によるものだろう。つまり夫婦ではなく、ディノークとは兄弟姉妹の関係にあるというわけだ。


「ディノークは生まれてこの方独身ですね。……まあ、あの堅物に意中の相手がいるなら、是非見てみたいものですけれど」


 そう言ってジゼルは、心底可笑しそうに笑ってみせた。

 ディノークを『あの堅物』と表した物言いに、ナギとしては苦笑する他ない。


「お名前は……確か『ナギ』さんでしたね。ディノークから伺っております。今時掃討者として登録しに来るにしては珍しいぐらい、真面目そうな女性だとも褒めておりましたよ。

 ……ナギさんさえよろしければ、ディノークの『そういう相手』として立候補されてみてはいかがですか? あの子も良い歳なので、そろそろ伴侶のひとりぐらい居なければ格好が付きませんし。料理と珈琲ぐらいしか趣味を持たないので、金もかなり貯め込んでいる筈です。狙うなら応援しますよ?」

「うぇ!? い、いえ、僕は、結構です」

「あら、そうですか。やっぱり堅物はモテないものですねえ」


 くすくすと、更に笑いを深めながらジゼルがそう口にする。

 堅物かどうかはともかくとして―――


「……相手が男性というのは、ちょっと」


 男のナギとしては。……身体はともかく、精神の性別は間違い無く『男』であるナギとしては、やっぱり相手は女性のほうが好ましい。


「あら。ナギさんは、同性の方のほうがお好みなのですか?」

「えっ!? え、えっと、それは……。ま、まあ、そうです、ね……?」


 即座にジゼルから問われた言葉に驚いて。慌てたナギは、しどろもどろな口調になりながらも、そう答える。

 確かに、女性の見た目をしているナギが男性を厭う発言をすれば。ジゼルがそのように理解するのも、無理からぬ話だった。





 

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お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.4 /掃討者[F]


  〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1

  【浄化】1、【伐採】1


  〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉2


  169,912 gita

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