28. パーティへの勧誘
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翌日。窓から射し込む穏やかな朝の陽光を感じながらも、レビンと共に微睡みの時間を楽しんだナギは。視界にエコーが表示してくれている時計が『11時』を過ぎた頃合いになって、ようやくベッドからのそのそと起き上がる。
レビンが部屋を取ってくれた高級な宿は、快適な睡眠環境を提供してくれるのと同じように、朝食もまた美味しいものを提供してくれた。朝から豪華な食事に舌鼓を打ち、充分に英気を養ったナギ達は、部屋を後にして行動を開始する。
今日は『掃討者ギルド』でギルドマスターを務めるディノークと合流したあと、一緒に『錬金術師ギルド』を訪問して、ナギの〈収納ボックス〉に入っている植物素材『コジシキョウ』と『ミズネンタケ』について商談する約束をしている。
『コジシキョウ』は中級の生命霊薬の材料になり、『ミズネンタケ』は中級の魔力霊薬の材料になる。どちらも高い需要がある割に、かなり市場に出回りづらい素材であるらしく、その流通相場価格は『10,000gita』を優に超える。
ナギのように、これらの素材を纏まった量で揃えて持ち込む者など、当然ながら普通はまず考えられないらしい。
これらの素材はもちろん『掃討者ギルド』で売却することも可能なのだけれど。『掃討者ギルド』は中継ぎをするだけで、買い取られた霊薬素材は結局『錬金術師ギルド』へ転売されることになる。
それならば最初から『錬金術師ギルド』へ持ち込み、素材全てを纏めてテーブルに乗せて交渉したほうが高く売れるだろうから、そうしたほうが良い―――と。そのように昨日、ディノークが提案してくれたのだ。
「ですが、僕がここで素材を売却した方が、掃討者ギルドの利益になるのでは?」
掃討者ギルドの主であるディノークから、自分の組織を通さず錬金術師ギルドに持ち込むよう言われるのも、考えてみれば変な話だ。
だからナギは昨日、そうディノークに訊ねたりもしたのだが。
「霊薬を最も必要とするのは、魔物との戦いを生業とする『掃討者』だ。優れた材料を用いた効果の高い霊薬が出回れば、結局はこちらのギルドに所属する者の利益ともなるのだから、細かい収入に拘泥するつもりはない」
ナギの問いに、ディノークはあっさりとそう答えていた。
ディノークは淡々と厳しい物言いをすることが多いので、他人に少し怖い印象を与えがちだけれど。やっぱり本当は、とても誠実な人だと思う。
「そういえば……。滅ぼされた集落の跡地に取り残されているエルフの人達のことは、ギルドマスターのディノークさんにも相談しておいた方が良いでしょうか」
レビンとエコーの二人に、ナギはそう問いかける。
ディノークの種族はエルフ。つまり、主神アルティオから『救って欲しい』と頼まれた、集落に取り残されている人達と同じ種族だ。
エルフのことは、同じエルフであるディノークに相談しておくべきではないだろうか。そう思ってナギは疑問を口にしたのだけれど、
「お姉さま、それは悪手ですわ」
《やめておいたほうが、よろしいでしょう》
レビンとエコーの二人共から、殆ど同時に否定されてしまった。
「……それは、どうして?」
「今回の件を相談する場合、お姉さまが主神アルティオから『使命』を受けた身であることを、ディノークに話さなければならなくなります。
主神が『使命』を託すというのは滅多に無いことです。また、お姉さまのように主神から『使命』を託される者のことを『使徒』と呼びますが、この『使徒』は殆どの場合、常人ではありません。
お姉さまが『使徒』だという話を、もしディノークが信じたなら。ディノークは子飼いの密偵を使い、お姉さまが一体何者なのか嗅ぎ回らせることでしょう。逆に『使徒』であることを信じなければ、ディノークはお姉さまのことを『主神に縁あり』と騙る者だとして軽蔑することでしょう。
―――いずれにしても、お姉さまに利はありませんわ」
《それにナギ様はまだ、ギルドマスターから信用を得ていません。『竜の揺籃地』で不幸な境遇下にあるエルフが居るという話をしたところで、おそらくギルドマスターがその話を信じることはないでしょう。
仮に信用してくれたとしても、その場合には腕利きの掃討者や兵士が集められ、エルフを救出する部隊として『竜の揺籃地』へ派遣され、幾つものオークとの戦闘が勃発することになるでしょう。
これは交渉を通じて、オークとの平和的な解決を試みるナギ様にとって障害になることはあっても、助けとなることはまず無いでしょう》
「な、なるほど……」
要は、レビンはナギの立場が危うくなることを危惧して、エコーは使命の達成に支障が生じることを危惧して、それぞれ否定意見を述べてくれたらしい。
二人共がそう言うのだから。秘密にしているようでちょっと申し訳無いけれど、ディノークには黙っている方が賢明なのだろう。
「それではお姉さま、わたくしはこれで」
「うん。商談が終わったらエコーにお願いして、念話で連絡するからね」
「はい。近くで買い物でもしておりますので、連絡頂けましたらすぐに合流できると思いますわ」
さすがに商談に連れていくわけにもいかないので、掃討者ギルドの入口前でレビンとは一旦別れた。
ナギには無理なのだけれど、レビンとエコーは自分がよく知っている相手にであれば、相手が離れた場所に居ても『念話』で語りかけることができる。
なのでレビンとは別行動していても、あとで再合流するのは簡単だ。
飾り気に乏しい『掃討者ギルド』の建物。
重厚な門を開けて、その施設の中へナギが単身で踏み入ると。すぐに周囲から、幾つもの視線が向けられていることにナギは気付いた。
(……11人、かな)
寄せられている視線の元を、ナギはひとつずつ確かめて数えることができた。
こんな芸当が可能になったのは、おそらく〈気配察知〉のスキルを会得したお陰なのだろう。レビンからスパルタを受けた経験は、無駄ではなかったようだ。
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-> ナギの〈気配察知〉スキルが『Rank.2』にアップ!
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それを裏付けるように、早くもスキルがランク『2』へと成長する。
スキルは活用すればするほど成長の機会がある。沢山の視線が一度に向けられている状況は、それだけスキルが酷使されているということだろう。
視線を向けている相手の何人かは、ゆっくりとナギのほうへ歩み寄って来る。
〈非戦〉スキルがある以上、まさか攻撃されるようなことは無いだろうけれど。一応警戒はしておいたほうがいいだろう。
「ねえ、君」
ギルドの窓口がある側へゆっくり移動していたナギの片腕を掴み、二人組の若い男性が声を掛けて来た。
歳の頃はナギと同程度で、日本感覚でなら18歳ぐらいか。ひとりは腰に片手剣と背中に盾を、もうひとりは背中に大剣を背負っている。前衛同士のペアでパーティを組んでいるのだろうか。
いきなり腕を掴まれたものだからナギはちょっとびっくりしてしまったけれど。掃討者ギルドの中は利用者が多く、それなりに騒がしい場でもあるので、これぐらいの行動を取らないと他人に気付いて貰うのは難しいのかもしれない。
「何でしょう?」
「うわっ、すっげ美人」
「………」
相手が口にした言葉に、思わずナギは複雑な表情になる。
あまり男としては、言われて嬉しい言葉ではない。まして自分と同じ男性からであれば尚更だ。
「……何か?」
「あ、ああ、ゴメン。良かったら俺達とパーティを組んでくれないかと思ってさ」
「パーティを、ですか?」
男性二人がしてきた提案は、ナギにとって意外なものだった。
何しろナギは、ギルドの底辺に位置する『Fランク』の掃討者だ。普通は誰かをパーティに誘うのであれば、もっとランクが高くて戦力になりそうな人を選ぶものではないだろうか。
「僕は見ての通り、武器も防具も持ち歩いていませんが。そんな相手をパーティに誘うのですか?」
「だって君は〈収納ボックス〉が使えるだろう?」
ナギの問いかけに、男性はさも当然のようにそう答えた。
どうやらこの二人は、昨日ナギがここ掃討者ギルドで手持ちの植物素材を売却した時に、アイテムを〈収納ボックス〉から取り出す所を見ていたらしい。
流石にそこまで言われれば、ナギにも相手の真意が理解できる。
「ああ―――荷物を押しつける相手が欲しいわけですか」
無意識のうちに冷めた声色になりながら、ナギはそう言葉を吐き出す。
〈収納ボックス〉が使える仲間がいれば、解体する手間も掛からず、討伐した魔物をそのまま収納して持ち運ぶことができる。
荷物になるから普通は諦めるような魔物の部位も余すことなく持ち帰ることができ、収入増が期待できるのはもちろん。荷物を他人に押しつけられれば身軽に行動でき、移動も楽ができるという魂胆だろう。
「なんだ、荷物持ち扱いが気に入らないのか? じゃあ別に端っこで魔物と戦ってくれていても構わないよ」
「そうそう。死なれたら困るから、弱い魔物とならね」
「………」
思わずナギは、閉口して呆れてしまう。
彼らの物言いは、ナギを『利用してやろう』という意志を隠しもしていない。
別に敬意をもって接して欲しいと望むわけではないけれど……。こうもあからさまに下を見るような目で話されては、提案を真面目に考える気にもならない。
「お断りします」
「―――えっ。何で? 俺ら二人とも『Eランク』なんだぞ?」
「あ、ひとつだけ上なんですね」
正直、相手があまりに強気で提案してくるものだから。
ナギよりも3つ上の『Cランク』か、せめて2つ上の『Dランク』だと予想していたのだけれど。
「そうだよ。俺達の方が格上なのに断るのか?」
「はい、お断りします。それでは」
頭を小さく下げて、ナギは二人から離れる。
自分のことを『格上』って言っちゃう人って、ちょっと痛いと思うんだ。
レビンのように、いきなり二階のギルドマスターの部屋へ押しかけるわけにもいかないので。取り次ぎを頼むべく、改めてギルドの窓口がある側へと向かうナギ。
そのナギの腕が再び、先程とは別の男性によって力強く掴まれた。
今度は物理的な意味で、ちょっと痛かった。
「……何か?」
「じゃあ俺達のパーティに入れ。こっちは『Cランク』が1人に、『Dランク』が3人だ。これならお嬢ちゃんにも不満は無いだろ?」
今度の誘いは四人組からのもので、内訳は男性が三人に女性が一人だった。
男性はいずれも金属製の胸当てを身に付けており、背中に大剣や槍といった両手武器を背負っている。もう一人の女性は軽装の革鎧で、背中に弓と矢筒を背負っていた。
「あー……。お断りします」
とりあえず誘いを断って、ナギは頭を下げる。
別にナギは相手のランクに不満があって、誘いを断ったわけではなくて。採取をメインとするナギには、パーティを組むこと自体に利点が感じられないのだ。
「はあ!? 馬鹿にしてんのか!」
「ええ……?」
どうしてパーティへの誘いを断るのが、馬鹿にしていることになるのだろう。
たちまち激昂した男性に、ナギがただ困惑していると。相手集団に混ざっている女性がこちらを見ながら、酷く申し訳なさそうな表情をしているのが見て取れた。
「『Fランク』の癖に、一体何の不満があるんだよ!」
「いえ、不満とかではなく。僕は誰とも組む気が無いんです」
「てめえ! やっぱり馬鹿にしてやがるな!?」
「………」
どうしよう。会話が通じない。
対処に困り果てて、ナギはエコーに内心で助けを求めるが。
《無視でよろしいのでは》
エコーのコメントは、何とも冷ややかなものだった。
無視できるものならしたいけれど。それはそれでキレられそうな気がする。
はあっ、とナギが溜息をひとつ吐くと。
その様子さえ相手からは挑発的なものとして映ったのだろうか。かあっと一気に顔を真っ赤にして、男性はナギに向かって右手の拳を振り上げてみせた。
「………」
その様子をナギはただじっと見つめる。
男性がナギに向けて、振り上げた拳を下ろすことは無かった。
〈非戦〉スキルで護られているナギには、攻撃できないからだ。
「な、何だ……!?」
狼狽しながら、男性はそう言葉を吐き出す。
目の前の相手をどうして殴れないのか判らない。
―――男性の表情には、その心情がありありと顕れていた。
「お話は終わりのようですので、失礼しますね」
そう告げて、ナギは男性に小さく頭を下げる。
男性は憮然として立ち尽くすばかりで。今度はナギの腕を掴んで引き留めるようなこともしてこなかった。
改めてギルド窓口がある方向へナギが再び歩き出すと。すぐ正面に、ナギが既に見知っている、金髪の長い髪をした男性の姿があった。
「……無闇に同業者と諍いを起こすのは、感心しないな」
呆れたような声色で、金髪の男性―――ディノークがそう告げる。
こちらからは何もしていないだけに。ナギの心は解せない気持ちで一杯だった。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.4 /掃討者[F]
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1、【伐採】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉1→2
169,912 gita
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