表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/78

27. 『逆鱗を貫かれた』

 


     *



 レビンが暮らしている森―――『竜の揺籃地(ようらんち)』には八十年前まで、沢山のエルフの集落があった。


 『竜の揺籃地(ようらんち)』は樹木の密度がそれほど高くないので風通しが良く、林冠も浅いため、森のどこにいても適度に陽光が射し込んでくる。そのお陰で、森という環境独特の鬱蒼とした不気味さが無い。

 高木が陽光を独占しておらず、林床にまで様々な植物が生えているお陰で、人の手が届く高さにも沢山の自然の恵みが存在している。また、森を渡るように何本もの清流が流れているため、水の調達に苦労する事もない。


 更には『古代樹』と『古代竜エンシェント・ドラゴン』という(いにしえ)の存在が二つもある。

 古代樹は精霊に力を与える。森の中央に古代樹が存在していることで、森全体に棲む精霊の力が活発になるのだ。

 古代竜エンシェント・ドラゴンは周囲に魔力を撒き散らす。精霊は魔力を糧として生きているので、古代竜エンシェント・ドラゴンが存在しているだけで糧に満たされ、森全体が養える精霊の許容数(キャパシティ)が大幅に増大する。


 精霊の数が増え、更に活発化される。これにより、土の精霊が林床の土壌を更に豊かなものへと変え、風の精霊が清浄な空気で森を満たし、水の精霊が小川や地下水をより清い水へと変えてくれる。

 そうした自然環境が、森と共に生きるエルフには好ましいものだったのだろう。オークという脅威が多数棲息しているにも拘わらず、彼らは『竜の揺籃地(ようらんち)』を自らの生活拠点に選んだ。


「戦いと隣り合わせの日常は容易なことではありませんが。勇敢にして精強であるエルフの戦士は、安定してオークを撃退することに成功していました」


 神殿で主神アルティオは、ナギにそう話してくれた。

 オークは、全体の1%しか存在しない『Bランク』の掃討者がパーティを組み、ようやく安定して討伐できる程の強力な魔物だ。そんな魔物との戦いを日常的に行うことがどんなに過酷かは、想像に難くない。


「エルフの集落がオークの襲撃を退け続けられたのには理由があります。ひとつはエルフが優秀な『精霊魔法の使い手』の種族であること。そしてもうひとつは、彼らがドワーフと交易して手に入れた『優れた武器を持っていた』ことです。

 二つの優位があればこそ、オークを上回る戦力を有していたわけですから。当然ながら、その優位の片翼でも失えば、事態は急変することになります。……そして実際に、そうした事態が九十年ほど前のある日に生じてしまいました。エルフの集落のひとつが、流行病により滅亡してしまったのです。

 オークは意外に高い知能を備えている魔物です。自分達を幾度となく屠ってきた武器の強力さというものを、彼らは正しく理解していました。オークは病により滅亡したエルフの集落を漁り、そこに残されていた武具を全て手に入れたのです」


 武具という優位性を失ったことにより、エルフとオークの立場は一転する。

 エルフは残された『精霊魔法』の優位を活かして必至に抵抗を試みるが、オークにも巨躯と強靱な肉体という優位がある。しかも魔物は不思議なことに、討伐されてもその数を一向に減らすことがない。

 結局十年と掛からないうちに。抵抗虚しく、エルフの集落は全てがオークにより滅ぼされてしまったそうだ。


「人族と魔物が争うのは自然の摂理であり、そこに善悪は存在しません。エルフは狩猟したオークから得られる肉を食料とし、その牙や皮を加工して生活に役立てていたのですから。逆にオークから倒されて滅ぼされる瞬間を迎えたとしても、それ自体は憐れむようなことでもありません。

 ですが、私が憐れに思うのは―――滅ぼされた廃村の跡地に、今もなお数十人のエルフ達が取り残され、ひっそりと隠れ住んでいることです。彼らは最早オークに抵抗する術を持たず、多数棲息するオークから身を潜めて怯えながら日々を生きており、その暮らしの中で誰もが疲弊しています」


 ―――できれば何らかの方法で、残されたエルフの人達を救って欲しい、と。

 ナギは主神アルティオから、そう『使命(クエスト)』を授かったのだ。

 


     *



「つまり……主神アルティオは、お姉さまがオークと交渉して、今後エルフの人達が襲われなくなる協定を締結するように求めたわけですか?」

「あ、ううん。それはちょっと違うかな」


 神殿で主神アルティオから受けた話を、レビンにも一通り話し終わると。それを聞いて10秒ほど思案した後に、レビンはそう疑問を口にしてみせた。

 話の流れから、レビンがそう考えるのも無理はないが。問いかけたレビンの言葉に、ナギは(かぶり)を振って答える。


「僕は〈非戦〉のスキルがあるお陰でオークから襲われないし、エコーが翻訳してくれるお陰でオークと会話もできます。だから交渉も可能なんだけれど……。

 これって実は、エコーとレビンの二人だけしか知らないことで。アルティオ様も知らなかったから、『交渉で解決』なんて方法は考えもしなかったそうです」

「……? エコーさんが知っていることは、主神アルティオもご存じなのでは?」


《現在の私はアルティオから独立した存在であり、その支配権はナギ様だけが有しています。ですから私は、自身が知り得たナギ様に関する情報を主神アルティオに勝手に伝えたるようなことは致しません》


 レビンの疑問に、エコーがそう回答する。

 詰まるところ、主神アルティオが知っているのは日本に住んでいた頃の『凪』のことだけだったのだ。

 こちらの世界での『ナギ』のこと。例えば、ナギが持っているスキルのことや、ナギがこの数日でやってきたことなどについては、主神アルティオは何ひとつ把握していなかった。


「アルティオ様は残されたエルフの人達を『何らかの方法』で救って欲しいって、僕に依頼してきたんだ。例えばエルフの人達が移り住めそうな安全な新天地を探したりとか、そういう方法でね。

 もちろん僕が、オークと直接交渉して『エルフの人達を襲わないように』約束を取り付けることができるかもしれない、って告げたら。もしそれが可能なら最善の方法でしょうって、アルティオ様も認めてくれたけれど」


 ちなみに、オークと交渉できるという話をナギが切り出したときには、流石のアルティオ様もかなり動揺していた様子だった。

 それぐらい、今までのこの世界―――『採取家(ピッカー)』という天職(アムル)をナギが持ち込むまでのこの世界(アースガルド)では、魔物との交渉など有り得ない話だったということだろう。


「ふふ……。お姉さまが主神から評価されるのは、嬉しいものですわね」


 そう告げたレビンは、心の底から嬉しそうに微笑んでいた。

 まるでナギが評価されることが、自分が評価される以上に嬉しいことであるかのように。―――率直にそう思えるぐらいの、満面の笑顔で。


 既に重々理解していたことではあるけれど―――。レビンは最早、ナギのことを全く『他人』としては扱っていない。

 親友、家族。あるいは……恋人であるかのように。一線を踏み越え、強く結ばれた相手であるかのような親愛対象として、ナギのことを扱っている。

 もちろんナギも、それをとても嬉しくは思っている。思っているけれど……同時に、少し異常なことだと思う気持ちも、無いと言ったら嘘になるのだ。

 何しろ、ナギがレビンと出逢ったのはまだ昨日のことで。レビンと関わってきた時間は、昨日と今日、たったの二日間しかないのだから。


「どうしてレビンは―――そんなにも僕に、よくして下さるのですか」


 殆ど無意識に、ナギはそうレビンに向けて言葉を吐露していた。

 ナギの言葉を受けて、レビンは少し不思議そうな表情をしてみせる。

 無理もない。ナギが唐突に告げてしまった言葉は、あまりにも話の脈絡とは結びつかないものだったのだから。


 レビンは微笑みながら一瞬何かを口にしかけて―――けれども、逡巡するかのように、吐き出し掛けた言葉をそのまま呑み込んでしまう。

 もしかしたら、問いかけたナギの表情があまりに真剣なものだったから。曖昧に答えてはいけないと、そう思い直したのかも知れない。


 やがてレビンは、真剣な面持ちでナギと視線を重ねて。

 自身の首元にそっと片手の指先を触れさせながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「わたくしは『逆鱗(げきりん)を貫かれた』のです」

「………? 逆鱗?」

古代竜エンシェント・ドラゴンにだけ伝わる、古い言葉ですわ。

 わたくし達は稀に―――本当に稀で、大体数百年に一度あるかないかのことだと聞いておりますが。そのぐらいの頻度で、頭で思惟を巡らすでもなく、かといって感情が心で導くでもなく。まるで『逆鱗を貫かれる』かのように、どこからともなく『こうするのが最上なのだ』という声に身体の芯を穿たれて、立ち所に理解できてしまうことがあります。

 これは普通の竜には無く、古代竜エンシェント・ドラゴンだけが体験する感覚です。例えばわたくしの母は『卵を古代樹の元に託すのが最も良い』という声に『逆鱗を貫かれた』ので、結界を張ってまでして、わたくしの卵をあの森預けたそうですわ」


 そう述べたレビンは、更に「それはきっと正しかったのでしょう」と続けた。


「あの森に託されて、古代樹の泉の元で生活していたからこそ。わたくしは昨日、お姉さまと出逢うことができたわけですから。母が逆鱗に受け止めた声は、間違い無く正しいものだったのだと思いますわ。

 そして―――わたくしも昨日、初めて自身の『逆鱗を貫かれる』のを体感致しました。お姉さまと初めて出逢った、その瞬間のことですわ」

「僕と、出逢った時に……?」

「はい。わたくしは『この人と一緒に居るのが最も良いのだ』と、そう訴える声に自身の逆鱗を穿たれました。いわゆる一種の『一目惚れ』のようなものですね」


 そう告げて、レビンはくすくすと笑ってみせる。

 一方でナギはそれとは対照的に、自分がどんな表情をすれば良いのかも判らず、ただ困惑するしかなかった。


「お姉さま、どうかそんなに困った表情をなさらないで下さいませ。ただひとつ、知っていて下されば良いのです。わたくしが常に、お姉さまの傍に居たいと。そう思っているということだけを。

 ああ―――ひとつだけ申し上げておきますが、わたくしがお姉さまをお慕いしていますのは、何も『逆鱗を貫かれた』ことだけが全てというわけではありません。艶やかな黒髪と整ったお顔をお持ちの、お姉さまの魅力的な容貌にも、わたくしは間違い無く心惹かれておりますし。また、この二日間を一緒に過ごし、お姉さまの性格や内面をつぶさに観察させて頂いた上でも、改めてお姉さまのことを幾度となく『好き』だと自覚してもおります。

 両親からも、定命の者と夫婦になればいつか悲しい思いをすることになるから、(つが)う相手には同じ古代種(アンシェント)を選びなさいと言われておりますので。そういう意味でも永遠を生きられる『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』であるお姉さまは、わたくしが恋する相手として理想的ですわ」


 照れくさいのか、頬に紅を差してはにかみながらも。

 レビンは真っ直ぐな瞳でナギを見つめながら、そう教えてくれたのだった。





 

-

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.4 /掃討者[F]


  〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1

  【浄化】1、【伐採】1


  〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉1


  169,912 gita

------------------------------------------------------------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] プロポーズ来ましたね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ