26. 使命〔クエスト〕
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「エコーさんのお姿、わたくしも見てみたかったですわ」
ロズティアに取った宿の一室。ふかふかのダブルベッドの上で、少しだけ眉尻を落としながらレビンがそう漏らした。
ナギがギルドカードを作っている時にレビンが確保してくれていた宿の部屋は、かなり上等なものだった。二人で泊まるには過分な広さがあり、部屋に設置されたテーブルもベッドも、装飾こそ華美ではないものの頑丈な作りをしている。
……正直を言えば、大きめのベッドがひとつだけ置かれた部屋を最初に見た時、(なぜツインでなくダブル?)と疑問に思わなかったと言えば嘘になるけれど。
とはいえ、これは部屋の手配をレビンに完全に任せてしまっていた以上、後からナギが文句を付けるようなことでも無いのだろう。
……うん、たぶん日本のホテルと同じで、ツインよりはダブルの部屋の方が安いとか、そういう理由なのだろう。たぶん。
というか異世界の宿泊施設にも『ダブル』の部屋ってあるんだな、とも思った。
《私の姿は、神殿に置かれていた『主神アルティオ』の像と同じものですが》
「そうですね、アルティオ様と同じ見た目だったのでびっくりしました。とはいえエコーの姿はアルティオ様の像より随分小さくて、レビンの背丈より更に一回りは小さいようでしたが」
《以前にもお話ししました通り、私はアルティオの欠片であり、その僅かな一部に過ぎません。分割された神力の総量自体が圧倒的に少ないので、どうしても身体を構成した際に、そのサイズは小さくなってしまいます》
ミニサイズなのにも、ちゃんと理由があるらしい。
神力というのがどういうものなのかは、よく判らないが。本体の一部だけを分けたのなら、確かに小さくもなるだろう。
「ミニサイズなエコーさん……。きっと、とても可愛いのでしょうね」
「ええ、大変可愛らしかったですよ」
《ですから……そういう恥ずかしいことを、真顔で言わないで下さい》
素直に本音を口にしただけだったのだけれど、エコーに窘められてしまう。
一度その姿を見て想像が容易になったせいだろうか。小さな主神アルティオからジト目を向けられている自分の姿が、ありありと想像できてしまった。
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◆レベルが『4』にアップしました!◆
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ナギ/古代吸血種
〈採取家〉- Lv.3 → 4 (EXP: 117 / 3200)
生命力: 486→526
魔力: 1080→1170
[筋力] 126→136 [強靱] 180→195 [敏捷] 162→175
[知恵] 576→624 [魅力] 504→546 [加護] 32
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新規修得スキル → 【伐採】Rank.1 - 採取家スキル
〔魔法〕魔力消費:100
直接触れている樹木ひとつを伐採して、素材を余さず採取する。
伐採した樹木は切り株を残し、通常よりも短期間で再成長する。
スキルランクが上がると再成長に必要な期間がより短縮される。
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ちなみに主神アルティオとの会話を終えた後、ナギはレベルが『4』に上がっていた。
神殿で祈りを捧げると、これまでの行いに応じた『経験値』が得られる。
魔物を討伐するのに較べると得られる経験は少ないという話だったのだけれど。それでもまだレベルが『3』だったナギからすると、充分『多い』と思えるだけの纏まった量の経験値が一気に手に入ったのだ。
この世界では、レベルが上がった時に全身が一瞬だけ眩く『光り輝く』。
自分のレベルが『2』や『3』に上がった時に経験していたそれを、ナギは一種のゲーム的な演出―――つまりレベルアップしたことが容易に判るように、エコーがそう見せてくれているのだと思っていたのだが。
その認識は間違いであり、この世界でレベルが上がった人は、本当に全身が光り輝くのだ。
全身を眩く輝かせたことで、ナギのレベルが上がった事実は、神像に祈っていた人達全員に、即座にバレてしまった。
お陰で周囲の人達から一斉に「おめでとう!」「おめでとう、お嬢ちゃん!」と祝福の声を掛けられまくってしまった。
レベルが上がった人に「おめでとう」と声を掛けることは、オンラインゲームなどでは割とよくあることだけれど。実際にそれを体感すると……うん、正直言って凄まじく恥ずかしかった……。
お陰で恥ずかしさに耐えきれず、ナギは逃げるように神殿から立ち去っていた。
エコーがナギの視界に表示させてくれていたレベルアップの表示も、宿の部屋に着いて一息吐けたいま、やっとゆっくり確認できるのだ。
(能力値の上がり幅って、大体いつも同じな気がするな)
流石に3回もレベルアップの表示を見れば、色々と気付くことも多くなる。
ナギの能力値で最も低いのは、[加護]を除けば[筋力]になるが。この[筋力]はレベルアップによって『105→115→126→136』と増えている。
つまり、レベル事の増加量は『10』または『11』。
『10.5』ずつの増加と考えるなら、初期値の10%ずつ増えている計算になる。
最も高い能力値の[知恵]だと、成長は『480→528→576→624』といった具合。
これは完全に『48』ずつ成長しているので判りやすい。初期値の『480』から、レベル事にきっちり10%ずつ増えている。
また、『生命力』は多分[強靱]を2倍にして[筋力]を加えた値が。
『魔力』は[知恵]と[魅力]を足し合わせた値が、最大量となるようだ。
……なぜ[魅力]が『魔力』に影響するのかは、正直よく判らないが。
《神から力を借りて行使する『神聖魔法』や、精霊から力を借りて行使する『精霊魔法』のように、他者から力を借りる魔法の効果は[魅力]に依存します》
ナギが疑問に思っていると、エコーがそう説明してくれた。
逆に自分の力だけで引き起こす魔法の効果は[知恵]に依存するらしい。
《ナギ様が行使できる魔法は【浄化】と、今回覚えた【伐採】の二つですが。この二つはどちらも[知恵]に依存しています》
「ふむふむ……。僕は[知恵]が高めのようですから、その分【浄化】と【伐採】の魔法効果も高くなるのでしょうか?」
《間違いなく効果は向上しているでしょうが……。どちらも効果が地味ですから、あまり実感は伴わないかもしれませんね》
「……なるほど」
確かにそれは、その通りかもしれない。
ともあれ、今回のレベルアップで【伐採】の魔法が使えるようになったことで、ナギは新たに『樹木』の採取を行うことができるようになった。
今までは、せいぜい見かけたペルメットの枝を手折るぐらいしか、樹木に対してできることは無かったので。この魔法は大きく採取の幅を拡げてくれる気がする。
ちなみにエコーによれば、この【伐採】の魔法もまた〈非戦〉や〈採取生活〉のスキルと同じように、今までこの世界には存在していなかったものであるらしい。
普通は斧などを用いて樹木を切り倒すわけなので、木材を手に入れるというのはなかなか大変な行為だ。
それなのに、この魔法を行使すれば簡単に手に入る。しかも、残された切り株が短期間で再成長するお陰で、植樹を行わなくても森の環境を破壊しないというのが素晴らしい。
魔力消費が『100』とちょっと多めではあるものの、そもそもナギは普段魔力を使う機会があまり無いので、あまり支障は無いように思う。
《【伐採】の魔法を行使すると、木材を術者が望む『サイズ』と『乾燥状態』で手に入れることができるため、乾燥の工程を経ず建材などに用いることができます。
また、花や葉、果実や根など、その樹木を構成する木材以外の部分も、価値がある箇所は余さず素材として〈収納ボックス〉の中に回収することができます》
「おお、便利ですね……。果実の収穫目的でも便利に使えそうです」
森の中を歩いていた際に、林檎や枇杷によく似た果実を沢山生らせている樹木を何度か見かけたことがある。
〈素材感知/植物〉のスキルには反応していなかったので、おそらくその果実の単価は安いのだろうけれど。樹木ひとつ分を手間無く丸ごと回収できるのだから、収入面でも美味しいのでは無いだろうか。
「果物を沢山手に入れて、露店市で売ってみるのも良いかもしれませんね。幾つか都市内で育てられている果物はありますが……それ以外のものを手に入れる機会は普通殆ど無いでしょうし」
エコーとナギの会話を聞いていたレビンが、そう提案してくれた。
それは確かに良いかもしれない。多少の収入にはなるだろうし、普段手に入らないものが安価で買えれば、きっと都市の住人にも喜んで貰えるだろうから。
ただ―――そういうことを楽しむのは、今やるべきことを全て終えてからだ。
「レビン。少し大事な話があるのですが、良いですか」
「あら、お姉さま。何でしょう? わたくしは必ずお姉さまの力になりますわ」
そう告げて、レビンはにっこりと微笑んだ。
無条件に力を貸します、と。言葉と共に、その笑顔が雄弁に語っている。
レビンが寄せてくれる優しさが、ナギにはとても嬉しい。
「ありがとうございます、レビン。助かります。えっと、実は……神殿でお会いした主神アルティオから、ひとつ頼み事をされまして」
「まあ! それは使命ではありませんか!」
ナギの言葉を受けて、レビンが声を上げて驚いた。
この世界では、主神が人族に何かを依頼することを使命と言うらしい。
「レビンが暮らしている森に、エルフの人達が住んでたことは知ってる?」
「あ、はい。私が生まれて間もない頃には、十を超える数の集落がありましたわ。わたくしの家を包む結界のすぐ近くにも幾つか集落がありましたので、はっきりと覚えておりますが」
眉尻を下げながら、レビンは「ですが……」と小さく言葉を続ける。
「どの集落も、わたくしが気付いた時には既に、もぬけの殻になっていたようですから。多分……もうオークに滅ぼされてしまっていると思いますが」
「……うん、そうらしいね。主神アルティオもそう言ってた。かつて幾つもあったエルフの集落は、八十年ほど前に全てオークに滅ぼされてしまっているって」
「……でしたら、わたくし達に今更、何かできることがあるのですか?」
首を傾げながら、そう問いかけるレビン。
彼女の疑問はもっともだろう。
「……滅ぼされてしまった集落の、その跡地に取り残されて。今でもオークに怯えながら、ひっそりと隠れ生きているエルフの人達が居るらしいんだ」
主神アルティオから教わった真実をナギが告げると。
レビンは「まあ!」と声を上げて、流石に驚いた様子を見せた。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.4 /掃討者[F]
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1、【伐採】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉1
169,912 gita
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