24. 保存魔法、そういうのもあるのか
[3]
「僕は軍手と、肌着類の予備が買いたかっただけなのに……」
「うふふ。素敵でしたわ、お姉さま」
縫製職人ギルドの建物をようやく出られたナギは、精神的な疲労感からぐったりと肩を落とした。
植物の中には直接触れると手に炎症を起こす物もあります―――エコーがそう助言してくれたのをきっかけにして。酒と採取道具を購入した後、ナギ達が次に訪れたのは、ロズティアの『縫製職人ギルド』だった。
炎症対策として採取に使う為の軍手を購入するのが主目的で、他にも肌着や靴下の換え、大小サイズのタオルなどをナギは購入するつもりだったのだが。
訪問した衣料店の中で待っていたのは―――レビンによる着せ替え地獄だった。
「全部わたくしからのプレゼントなのですから、良いではありませんか」
「そうだけど……」
所属している職人が仕立てた服が、ずらりと並べられていた『縫製職人ギルド』一階の販売店で。ナギはレビンから求められるままに、立て続けに30着ぐらいの服を試着させられただろうか……。
最初は、以前レビンから貰ったようなミリタリー系のドレスの試着だったので、ナギもそれほど抵抗なく袖を通したのだが。
その後には帯革付きのワンピース、ブラウスと打合せ胸のジャンパースカートの組み合わせへと続いていき、更に黒単色のドレスやゴシック・ファッション、肩まで出た夜会用ドレス、ナイトシャツ、無駄に露出が多い民族衣装調の何か―――。
……いやもう、途中で何を着せられたか、ナギ自身でも判らなくなりそうな。それぐらい多種多様な服を、レビンから延々と着せられ続けた気がする。
試着したうちの10着ぐらいをレビンが気に入って、プレゼントしてくれたのだけれど。それで枠が圧迫されたことで、一度は〈収納ボックス〉が満杯になってしまったりもした。
ただ、この問題自体は割とすぐに解決した。10着の服を〈収納ボックス〉にそのまま入れると収納枠を『10』使ってしまうけれど、服を2つの箱に収納してから〈収納ボックス〉に入れると、収納枠を『2』しか使わずに済んだからだ。
なので販売スペースの隅で、衣装運搬用として売られていたトランクケースを、自腹で2つ購入して事なきを得た。
日本でよく見かけるトランクケースと違って、ケース底面にキャスターが付いていなかったり、値段もあまり安くなかったのがちょっと残念だけれど。
「すみません。お姉さまをそんなに、疲れさせるつもりは無かったのですが……。すぐそこに宿屋がありますから、一旦入って休憩しませんか?」
「ん、そうだね……。そうしたいかも」
レビンの提案に、ナギも即座に頷いて応えた。
なんだか『宿屋で休憩』というと、ちょっと事案的な意味にも聞こえるけれど。これは部屋を借りて休むという意味では無く、宿屋の一階にある飲食店スペースで飲み物などを注文して、暫く休憩しようということだ。
宿屋一階の飲食店に入り、席に座ってメニューが書かれた用紙を眺めると。その中に『緑茶』や『カスタードパイ』といった、日本でもよく見るような名前が記載されていたので、早速ナギはその二つを注文する。
緑茶は野性味が強くて日本のものとは結構違う味わいだったけれど、これはこれで悪くないものだった。
パイに至ってはバニラの風味が無いことを除けば、完全にナギが知っているのと同じカスタードクリームが使われている。
もちろん、言うまでも無く美味しかった。
(カスタードクリームって、異世界にも普通にあるんだなあ)
つい、そんなことを思ってしまったりもする。
作ること自体は技術的に難しくないので、異世界で作られていてもおかしくないのだけれど。材料に卵や牛乳を使う物なので、常温環境では1日と持たずに傷み始めそうな気がするのだが。
《魔術師ギルドで保存魔法を掛けて貰えば、半月ぐらいは持ちます》
―――保存魔法。そういうのもあるのか。
カスタードクリームは冷蔵庫を使っても2~3日しか持たないものなので、むしろ日本よりもこの世界での方が、よっぽど長期保存できるようだ。
「……あっ。もしかしてこのクリームも、持ち帰り用に買えたりする?」
「はい、お姉さま。たぶん買えると思いますわ」
この世界の料理店は、店内飲食だけでなく持ち帰り品の販売もしている。
学んだばかりのその知識が、早速役に立った。ちょっとお値段は張るけれど、瓶詰めのクリームが販売されていたので、早速ナギは1瓶購入した。
カスタードクリームを焼いたトーストに塗って食べるの、好きなんだよね。
パイに舌鼓を打った後は、お茶を1度お代わりをしながらレビンと他愛もない話をしながら時間を潰す。たっぷり1時間ほど休憩してから宿屋を出ると、空はもう暮れ始めていた。
「そろそろお店も閉まり始める時間ですわね……。
宿に戻っても良いですが、あと一箇所ぐらいでしたらまだ立ち寄ることもできるでしょう。お姉さま、他にどこか行きたい所はありますか?」
「ん……」
お酒は買ったし、必要な買い物も概ね済ませた。
だったら―――他に行きたい場所は、ひとつだけだ。
「……神殿に行ってみたい、かな」
「なるほど。では『アルティオ神殿』ですね?」
レビンの言葉に、ナギは頷く。
ナギをこの世界に召喚してくれた神様である『アルティオ』という神様に。直接会うことは叶わなくても、せめて祈ることで、色々なお礼を伝えたかった。
*
天空と大地を司る主神『アルティオ』。
豊穣と繁栄を司る主神『インバ』。
時間と成長を司る主神『ウルファ』。
叡智と魔法を司る主神『エスク』。
秩序と国家を司る主神『オキアス』。
この世界には『主神』呼ばれる神様が五柱ある。
神様自体はもっと多く、それこそ八百万という表現がよく使われる、日本の神様にも負けないぐらい沢山居るらしいのだが。とりわけこの五柱は他の神様に較べ、抜きん出た存在であるらしい。
そのぶん五柱の主神は信仰も多く集めているため、人族が集い住む場所には、必ずと言って良いほどに主神を祀る教会や神殿が存在する。
一昨日ナギが宿泊した『ランデン』のように規模が小さな集落でも、五柱全ての主神を纏めて祀る教会がひとつは設けられる。
逆にロズティアのような大都市ともなれば、五柱の主神それぞれに大きな神殿の建物を用意するのが普通なのだそうだ。
ナギをこの世界に召喚した主神『アルティオ』は、天空と大地を司る神様。
原初には全てが海で閉ざされていた世界に『空』を創造し、更に人族が住めるように創造した『大地』を浮かべた―――という逸話を持つ神様なのだそうだ。
もちろんそれは、ナギが元居た世界での『神話』のように本当にあったかどうかが疑わしい創作物ではなく、古い時代に実際にあったことだ。
つまり、この世界では本当に、全ての大地が『海に浮く』形で存在している。
「50年から100年ぐらいが経つと、島国の位置などは結構変わりますのよ」
既に400年を生きているレビンが、それを裏付ける事実を話してくれた。
大空からの視点で世界を俯瞰する機会が多い、『竜人種』の彼女ならではの経験談だと言えるだろう。
レビンと一緒にロズティアの中心にある広場の外周を歩いていると。やがてナギ達一行は、掃討者ギルドよりも更に一回りも二回りも大きい建物が、五つも並んでいる区画へと辿り着いた。
十字架こそ掲げられてはいないものの。なるほど、それらの建物は『神殿』と言われると納得できそうな、それっぽい威容をしているように見えた。
「どこの都市でも、普通は『アルティオ』の神殿を一番立派に作りますね」
「へえ……。それは、どうして?」
「たぶん世界を作った神様が一番偉い、ということではないでしょうか」
「なるほど」
言われてみると確かに、ナギが前に居た世界で読んだ『神話』の類でも、殆どのケースで世界を作った神様が一番偉い扱いをされていたように思う。
五つ並んだ建物の真ん中にある、一番大きな神殿。
威容に見合う、大きな門扉を開いてその建物の中に入ると。既に夜になろうかという時間だというのに、建物の中には意外な程に多くの、都市に住んでいる人達の姿が見られた。
神殿に入ってすぐの大広間には、中央にひとつの大きな像が設置されている。
おそらくは、これが『アルティオ』という神様の姿を模した像なのだろう。
人に近い姿をしていながらも背中に大きな両翼を持ち、杖を手に持っている。
大広間の中に居る人達の多くは、囲うように神像の付近に集い、思い思いに祈りを捧げているようだ。
神像に向けて何度も繰り返し叩頭している人もいれば、胡座をかきながらじっと神像を見つめている人もいるし、あるいは立ったまま目を瞑っている人もいる。
どうやら神像への祈り方は決まっておらず、完全に個人の自由であるらしい。
「主神のいずれかを祀る神殿で神像に祈りを捧げますと、これまでの行いに応じて力が与えられ、レベルが上がることがあるそうです」
「へ、へえ……。そうなんだ」
『レベル』という単語が、どうにもナギにはゲーム的な単語に思えてしまうが。
掃討者ギルドで作成したギルドカードにも『レベル』の数値が記されていたわけだから。『レベル』という概念自体は、この世界で一般的に認知されているものなのだろう。
《実際には『祈る』ことで、これまでの行いに応じた『経験値』が付与されます》
思念会話でエコーがそう捕捉してくれた。
その結果、一定量の経験値が溜まれば『レベル』が上がるということだろう。
「では僕みたいに『採取で経験値が得られる』という特殊な例でなくても、魔物を一切狩らずにレベルを上げること自体は可能なわけですね」
《そうなります。但し、魔物を討伐した際に得られる経験値に較べますと、神像が与えてくれる経験値の量はあまり多くありませんが》
「ふむふむ……」
「お姉さま、とりあえず私達もお祈りをしておきましょう?」
「あ、そうですね。そうしましょうか」
レビンに促される形で、ナギ達も神像に祈りを捧げる人達の中に混ざる。
祈り方は自由なようなので、日本でやっていたのと同じ方法でも大丈夫だろう。
とはいえ神社で祈る時のように柏手を打つと、音で他に祈っている人達の邪魔をしてしまうかもしれない。
だからナギはお寺で祈る時のように、合掌して、ただ静かに祈った。
(僕をこの世界に導いて下さって……。エコーやレビンと逢わせて下さって、本当にありがとうございます)
最初こそ戸惑った異世界召喚も、三日目のいま振り返れば感謝しかない。
ナギのためにではなく、あくまでも先方の都合で召喚されたことは理解しているけれど。だからといって感謝の気持ちが目減りするようなことはない。
沢山の感謝を祈りと共に捧げて。
そうして数分ぐらい祈りを続けた後に、ゆっくりと両眼を開けると。
―――ナギの視界の全てが、眩いばかりの『白』に包まれていた。
-
お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.3 /掃討者[F]
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉1
169,912 gita
------------------------------------------------------------




