23. 全然わからない、僕は雰囲気で酒を買っている
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「ご馳走様でした、レビン。凄く美味しかったです」
「はい、お粗末様でした。お姉さまに喜んで頂けたなら、私も嬉しいですわ」
Aランクのギルドカードを持ったレビンに『お話』して貰い、ナギ達を尾行していた人達全員にお帰り頂いた後。尾行者全員を当てたご褒美としてレビンの奢りでご馳走になった昼食は、何と米料理だった。
(この世界にも米があるんだな)という驚きと、(どうしてレビンが僕の好みを知っているんだろう)という驚きとが相俟って、二重の意味でナギは驚かされることになったが。何にしても嬉しいサプライズだったのは間違い無い。
「以前に両親から、一千年前にこの世界へ来た稀人がお米を使った料理を溺愛していた、という話を聞いたことがありましたの。それで、もしかしたらお姉さまも同じものが好きではないかと思いまして」
米料理の店に案内してくれた理由を、レビンはそのように話していた。
前の稀人もナギと同じで日本人だったのだろうか。もしそうなら、米料理を溺愛していたという気持ちが、ナギにもよく理解できる気がした。
ちなみにお店で出された料理は、お米と一緒に何かの肉と小魚の干物、それと何種類かの野菜をひとつの土鍋に投入して炊き込んだだけの簡単なものだった。
炊き込みご飯……というよりは、中華料理の土鍋飯に近いものだろうか。
全体の味は醤油に近いもので纏められていて、日本人的な味覚のナギにはとても美味しく頂けたのだけれど。一方で料理からは、明らかに醤油とも魚醤とも異なる独特な香りもしていた。
何か、この世界ならではの調味料が使われているのだろうか?
そういえば具材として混ぜ込まれていた肉も、牛や豚、鶏、羊のどれとも違う食感だったような気がする。もしかしたら魔物の肉だったのかもしれない。
お気に入りの店がひとつ増えたのは間違いないので、今後もロズティアに滞在している間は積極的に利用したい所だ。
「ではお腹も膨れましたし、本日はゆっくりお買い物を楽しむと致しましょうか。お姉さまは何か、最初に購入しておきたいものはありますか?」
「ん、そうだね……とりあえずお酒は調達しておきたいかな」
もちろんナギが飲むためのものではない。
森でオークの人達に頼まれた酒を、忘れない内に確保しておきたいのだ。
「この辺りに酒屋があれば教えて欲しいのですが?」
「……酒屋、ですか? 酒場ではなく?」
店の場所を知りたくてレビンに訊ねると、逆にそう問い返されてしまう。
《一般的に、飲料は『酒場』で購入します》
すぐにエコーがそう説明して、助け船を出してくれた。
詳しく話を聞いてみると、どうやらこの世界では酒や果実水のような飲料は『酒場』で、食材であれば『料理店』で購入するのが一般的であるらしい。
但しランデンのように規模の小さい集落などは例外で、そういう場所では食料や飲料の販売は『宿屋』が一手に引き受けることが多いそうだ。
「とはいえあくまで個人用の販売ですから、あまり沢山買うと嫌な顔をされてしまいます。お姉さまは『樽』でお酒が欲しいのですから、それでしたら『錬金術師ギルド』で購入するのが良いと思いますわ」
「えっ。錬金術師ギルド、ですか……? 何の関係があるのでしょう?」
中級霊薬の材料であるコジシキョウとミズネンタケを売る商談のために、錬金術師ギルドへは明日ディノークと一緒に訪問する約束をしている。
「わたくしも詳しくは存じませんが、お酒は錬金術で製造するそうですね」
「へえ……!」
となれば多分、日本酒やワインのそれとは全く違う行程で作っているのだろう。
この世界のお酒がどういう風に作られるのか、ちょっと興味もあるけれど。飛び込みで見学を希望したところで、まず受け付けては貰えないだろうなとも思う。
「ご予算はいかほどですか?」
「一応『10万gita』分ぐらい買おうと思っています」
オークの人達から預かった金額が、大体『8万gita』程度。
多くなる分には構わないという話だったので、それより少し多めに購入していくつもりでいる。
「では樽での購入ですと、大体5~6樽ぐらいですわね」
「……詳しいですね、レビン。お酒を樽で購入した経験があるのですか?」
「はい、実はロズティアの錬金術師ギルドで何度か購入したことがあります。わたくしは少量で良いのですが、両親は竜の姿で飲む方が好きなので……」
「な、なるほど」
確かに、竜の姿で酒を飲むなら『樽』サイズが必要というのも頷ける。
別に明日商談で訪ねる予定だからといって、今日訪ねてはいけないということも無いだろう。そう思い、ナギは早速レビンに案内して貰う。
幸い錬金術師ギルドの建物も都市の中心部から近い場所にあったので、さして移動に時間が掛かることもなかった。
錬金術師ギルドは掃討者ギルドより一回り小さな施設だった。
石作りの建物で、たぶん三階建てだろうか。
《生産職ギルドの多くは、一階が誰でも利用可能な販売店になっています。二階より上は工房であることが多く、ギルド登録者以外は普通立ち入りできません》
エコーがそう教えてくれたので、早速一階に入ってみる。
入口付近に立っていた店員が「いらっしゃいませ」と笑顔で対応してくれた。
広めに取られた販売スペースに置かれている陳列品を一通り眺めてみたところ、どうやら錬金術師ギルドで販売している商品は大きく分けて三種類あるようだ。
一つ目が『酒』。ロズティアで採れた穀物や果樹などを利用して、この錬金術師ギルドで製造している商品らしいので『地酒』と言うほうが適切かもしれない。
二つ目が『霊薬』。怪我を治療したり、魔力を回復させたり、あるいは飲用者の能力を一時的に増強するような霊薬も販売されているようだ。
三つ目が金属の塊である『鋳塊』。鉱石を製錬して金属を作ったり、複数の金属材料から合金を作ったりするのも錬金術師ギルドの仕事の範疇らしい。
霊薬は1本単位から売っているようだけれど、価格がかなり高い。酒は樽単位でしか購入できないし、鋳塊は大きさ自体はそれ程でもないけれど、かなりの重量がある。
基本的には個人客よりも、業者向けの販売なのだろう。
「ちなみに他都市から輸入されるお酒の場合は、商品の運搬を担当する『商会』で購入できますわ」
「やっぱり輸入品のほうが高いですか?」
「もちろん、そうなりますわね。運搬に費用が掛かるだけでなく、都市へ持ち込む際に税金も掛かってしまいますから」
なんとなくだけれど、わざわざ高いお金を出して珍しいお酒を買うよりは、この土地で製造された格安のお酒を沢山買っていく方が喜ばれる気がする。
「お姉さま。樽のお酒は、店員に言えば味見もできた筈ですわ」
「あ、そうなんだ。じゃあ試してみようかな」
「では店員に声を掛けて来ますね」
レビンが店内の隅で掃除をしていた店員に声を掛けて、呼んできてくれる。
近くに人間の店員もいたのに敢えてエルフの側へ声を掛ける辺りに、ディノークの言う通りレビンの好悪感情が出ているような気もした。
「………」
一口だけ味見させて貰ったお酒は、なんだか枯れ草を煮詰めたような味がした。
「………」
別のお酒も味見させて貰うと、こっちは焦げ付いた芋みたいな味がした。
他にも幾つか味見したけれど、どれもナギにはあまり美味しくない。
「お味はいかがですか?」
エルフの店員が期待の混じった視線を向けながらそう訊ねてくるけれど、正直反応に困ってしまう。
とりあえず―――味見までして買わないのも酷い気がするので。値段がお手頃な酒樽の中から、適当に幾つかをチョイスしてしまう。
「えっと……。まずこれを1樽と……」
樽に『エール』という商品名が書いてあるけれど、一体何だろう。
がんばれがんばれって、応援しながら作ったお酒だろうか。
「あと、このラムというのも1樽下さい」
「畏まりました」
こっちは判る。
たぶん羊肉から作ったお酒だ。
「この樽と、奥の焦茶色の樽も下さい。あと向こうにある赤いのと……」
色々考えても仕方無い気がするので、もう残りの樽も適当に選んでしまう。
購入を頼んできたオークのオグルスは種類を指定しなかったのだから、酒でさえあれば別に何を買っていっても文句は言われない筈だ。
全部で6樽チョイスして、合計金額は11万gita弱ぐらいになった。
エルフの店員が「今後も是非ご利用下さいませ」と言って、丁度『10万gita』に負けてくれたので、有難く全額を即金で支払う。
その後、購入した6樽をナギが〈収納ボックス〉へ入れた時には、一瞬で消滅する樽を見てエルフの店員も流石に驚いた表情をしていた。
「次にどこか行きたい所はありますか?」
錬金術師ギルドを出た後、レビンからそう訊かれてナギは少し考え込む。
とりあえず酒は確保したのだから、あとは自分の為の買い物だろうか。
「えっと……靴が欲しいですね。森の中や山道を歩きやすい靴が欲しいです」
採取をする機会が多い筈なので、いまナギが履いている革靴とは違い、悪路を平気で歩ける靴が望ましい。
「靴は雑貨店に行けば購入できますが……。いま買うよりは、広場で明日開かれる露店市で買う方がお勧めかもしれません」
「あ、そうなのですね。露店市ということは中古品を買うのかな?」
「いえ。露店市には中古品も多く出ますが、新品も並びますから」
蚤の市のようなものだと思っていたので、ナギは露店市を『古物を商う場』だと認識していたのだけれど。どうやらそういうわけでもないらしい。
《この世界には『農業を生業とする者』が最も多いですが、一方で『農夫』という天職は存在しておらず、農業従事者は必ず別の天職を有しています。
なので『縫製職人』や『皮革職人』といった生産系の天職を持つ農夫は、手空きの時間や農閑期に天職に基づいて得た技術で、衣服や靴、鞄などを内職し、露店市で販売して副収入を得ることが少なくありません》
その理由を、エコーが丁寧に説明してくれた。
農夫などが内職で作った品は雑貨店に陳列される商品とは違い、利益をそこまで重視していないことが多いので格安で購入できることが多く、その割に天職が与えてくれるスキルの効果が大きいので、出来は良質な物も多いそうだ。
「但し武器や防具などは露店市で安い出物を探すより、多少高く付いても鍛冶屋や武具店で購入する方が良いですが」
「……それは、どうして?」
「ちゃんとしたお店は、販売した商品に責任を持って下さいますから。使っているうちに性能が落ちてくる物品は、定期的に購入したお店へ持ち込んで整備補修を頼む方が却って安く付きますの」
「へえ、なるほどなあ……」
詳しく聞いてみれば、何とも頷ける話だ。
もちろん魔物と戦うつもりが無いナギにとって、武器や防具は全く必要の無い物ではあるが。掃討者にとっての武具が商売道具であるように、ナギにとっては採取道具が同じぐらい重要なものとなり得る。
特に金属製の道具は整備補修のことも考えると、ちゃんと店を構えている鍛冶屋で購入する方がいいかもしれない。
「では鍛冶屋に行ってみたいです。できれば武具だけでなく、農具なども扱っている所がいいですね」
「判りました。良い店に心当たりがありますので、ご案内しますわ」
レビンが案内してくれた鍛冶屋で、ツキヨゴケの採取用としてヘラを、果実類の採取用にナイフを、硬い植物を切断する用途として鎌を、地中にある根菜類の採取用としてスペードという道具を購入する。
ピッチフォークという名前の、食器のフォークをそのまま巨大化させたような形状の道具も少し気になったけれど。色んな道具を〈収納ボックス〉に入れると、当然その種類数と同じだけ収納枠を消費してしまうことになるので、一旦諦めることにした。
切れ味が鈍ったり錆びたりした時には、お店に持ち込めば安価で翌日までに補修して貰えるそうなので、購入した道具は今後遠慮無く多用しようと思う。
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お読み下さりありがとうございました。
※エールはビールの一種です。パンと一緒にどうぞ。
※ラム(酒)はサトウキビから作るスピリッツ(蒸留酒)です。
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ナギ - Lv.3 /掃討者[F]
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉1
286,912 → 169,912 gita
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