22. 謎解きはランチの前に
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「まあ! それがお姉さまのギルドカードですのね!」
掃討者として登録する作業が終わった後。宿の手配を終えて戻って来たレビンと合流して一緒にギルドの建物を出たナギは、早速レビンに作ったばかりのカードを出してみせた。
「レビンのカードと違って黒縁だから、地味だけどね」
「そんなことはありませんわ。お姉さまの髪と同じですから、わたくしには羨ましい色でもあります。戻れるなら今からでも黒縁のカードに戻りたいですわ」
「そう? 陽光が当たっている時のレビンの髪は、金色に見えることも多いから。今のカードはレビンに似合っていると思うけれど?」
「あら。お姉さまからそう言われると、わたくしも自分のカードが少しだけ愛しいものに思えてくるから不思議ですわね」
そう告げたレビンは嬉しそうに頬を緩めながら、くすくすと笑ってみせた。
銀糸の上に淡い水色を重ねたようなレビンの髪は、実際光の当たり方によっては綺麗な金色のように見えることがある。
「あのあと思ったのですが。採取がメインのお姉さまにとっては、カードのランクが低いままのほうが、却って色々と有利かもしれませんわね」
「あ、うん。それはディノークさんにも言われた」
高ランクの掃討者は、ランクに応じて都市やギルドから厚い待遇を受けられる。
例えば『Aランク』掃討者であるレビンはロズティアに滞在している間、好きな宿を9割引の値段で利用でき、飲食店に至っては完全に無料で利用できるのだ。
これにはお酒の値段も含まれる。ディノークの話によると、掃討者には酒好きが非常に多いそうで、この『酒場で一番高い酒が無料で飲み放題』という特典に惹かれて、Aランクを目指す人も少なく無いらしい。
他にも、毎月決められた回数だけ神殿で治療魔法を受けられたり、怪我の治療のために薬や霊薬を少し安めに購入できたり、重い怪我を負った場合にはギルドから当面の生活費が支給されるといった一種の『保険』のような特典もあるそうだ。
但しそれらの特典は、厳密には無料ではない。
Aランクの掃討者が依頼を達成した場合、依頼票に記載されている報酬金額から25%の税金を差し引いた額が、掃討者には報酬として支払われる。
Aランクが取り組む依頼は難易度が高い分だけ報酬も高額となるので、天引きされる額もかなり馬鹿にならないそうだ。
同様に、狩猟した魔物の素材や、採取・採掘などによって手に入れた素材をギルドに持ち込んだ場合にも、その買取額から税金として25%が引かれてしまう。
特典を多く受けられる身には、それだけ税金も多く掛かるということだ。
一方で底辺に位置する『Fランク』は、滞在している都市や掃討者ギルドから、何の特典も与えられない。
宿の利用時には普通の旅客と同等の料金を払わなければならないし、武器のメンテナンスを鍛冶屋に依頼したときにも、補助金など一切支給されはしない。
戦闘で怪我を負った場合も完全に自己責任だ。治療費は全額自腹になるし、怪我で働けない間の生活費には自分の財産を切り崩すしかない。
当然、財産が無い状態で『全治一ヶ月』などの怪我を負えば、生活が詰む。
そうなればもう、奴隷として自らを身売りするしかないそうだ。
但し『Fランク』は一切の特典が受けられない代わりに、税金も掛からない。
ギルドに貼り出される『Fランク向けの依頼票』は驚きの『控除率0%』。依頼を達成した場合、依頼人が供出した報酬額がそのまま掃討者に手渡される。
というのも、Fランクが達成できるような依頼は難易度が低い分、そもそもの報酬が端金同然に安いのだ。
この報酬額から税金を天引きしたり、下手にギルドが手数料を引いたりしていては、現実問題としてFランク掃討者の生活が立ち行かなくなってしまう。
また同様にFランクの掃討者であれば、ギルドに持ち込んで素材を買い取って貰う場合にも、その買取額に税金は掛からない。
ナギの場合、採取した素材に税金が掛からないのは大きなメリットだ。
逆に各種の特典に対しては、正直あまり魅力を感じない。普通の掃討者であれば魔物と戦う日常を送ることになるだろうから、怪我と縁深い生活になるのかもしれないけれど。ナギの場合は魔物と戦う意志自体が皆無なので、もとより怪我をするリスクなど殆ど存在しないのだ。
お酒を飲むことには……こうして異世界に来てしまい、もはや日本の法律に縛られることが無くなった以上、ちょっと興味はあるけれど。嗜む程度で充分なので、別に『飲み放題』である必要は無い。
ナギにとっては、結局『Fランク』のほうが都合が良いのだった。
「わたくしが一緒に居ますから、お姉さまはFランクとAランクのいいとこ取りをなさいますのが、一番賢いと思います」
「いいとこ取り、と言うと?」
「ちょっと高めの良い宿を手配させて頂きましたが。わたくしと同室でしたらお姉さまの分の料金も、ちゃんと9割引になるそうですわ」
そう告げて、満足げに微笑むレビン。
ちょっと前にレビンが「二人部屋なら少しは安くなると思う」と言っていた事があるけれど。9割引は『少し』どころの値引き額ではないと思う。
「な、なるほど」
薄い胸を小さく張りながら言葉を告げたレビンを見て、ナギは少し照れくさいような気持ちになった。
昨日はレビンのことを、小さくて可愛い女の子だとしか思っていなかったから。ひとつのベッドで眠っても、一緒に古代樹の下で温泉に浸かっていても、それほどレビンのことを意識せずに済んでいたのに。
なのに今は―――どうしても頭の中に『伴侶候補』という単語がちらついて。
その身体に触れたい、と。そんな欲を持ってしまっている自分がいた。
(……触れたいだけな辺り、まだ健全なのかもしれないけれど)
レビンの綺麗な髪や白い肌に触れたいとは思うが。ナギにそれ以上の欲は無い。
身体が女性に変わったせいで、単純に男性的な欲求が失われてしまっただけかもしれない。……もしそうだったら、ちょっと悲しいとも思う。
「それで昨日採取されていた素材は、ギルドで買い取って貰えたのですか?」
「あ、うん。えっと、昨日レビンと出逢うまでに採取していた素材は、ほぼ全部を買い取って貰えたかな」
大都市だけのことはあり、ここロズティアの掃討者ギルドでは、壁一面に渡って非常に沢山の依頼票が貼り出されていた。
魔物討伐の依頼が最も多くて、約半数がこれに当たる。次に多いのが特定の魔物の肉や牙といった素材を求める納品依頼で、これが4割ぐらいだろうか。
これらを除いた残り1割程度が、自然素材の納品依頼になる。
薬草や野草、果物などの植物素材を納品する『採取』依頼。
銅鉱石や鉄鉱石、石材、あるいは宝石などの素材を納品する『採掘』依頼。
灌木の枝や、高木から切り出した木材を納品する『伐採』依頼。
指定された動物を狩って肉などを納品する『狩猟』依頼や、動物そのものを捕獲して納品する『採捕』依頼など、意外にその依頼内容は多岐に渡るようだ。
ナギにできるのは植物素材の採取だけなので、達成可能な依頼はかなり少ない割合になってしまうのだけれど。ロズティアでは依頼の母数自体が多く、また多くの掃討者がそもそも採取自体に関心がないこともあって、実際には選り取り見取りに近いぐらい沢山の採取依頼を受けることができた。
そのお陰で〈収納ボックス〉に入っていたステギやツキヨゴケ、マハウフ、ペルメットといった素材は、全部一気にお金に換えることができた。
ちなみに、なぜか『綺麗な河川水』の納品を求める採取(採水?)依頼も幾つか貼り出されていたので、道中で確保していた『トルキーア河川水』も多少の小銭収入になっていたりする。
受け取った報酬額は全部で『195,222gita』。
ロズティアで二ヶ月半は遊んで暮らせる額だ。まだ採取した素材の中でも高額のものに一切手を付けていないというのに、この額というのが凄い。これだけ手持ちに余裕があれば、料金が高い浴場施設も躊躇無く利用することができそうだ。
額が額だけに、税金が一切掛からないというのも地味に有難い。
しかも掃討者ギルドのランクは『魔物の討伐依頼』の達成実績に基づいて昇格するものらしいので、採取依頼だけなら幾ら達成しても昇格することはないようだ。
ちなみに流通相場が『10,000gita』以上の高額素材であるコジシキョウとミズネンタケは、まだナギの〈収納ボックス〉へ入ったままになっている。
高額素材はその殆どが希少なものなので、素材を求める人がギルドに依頼票を貼り出すのではなく、逆に『たまたま素材を手に入れた』掃討者がギルドを通じて、買い手を求めるような形を取ることが多いそうだ。
そしてナギの場合、それなりに希少である筈のコジシキョウとミズネンタケを、纏まった数揃えてしまっているので。ギルドマスターであるディノークの提案で、買い手を探すというよりは直接『錬金術師ギルド』相手に売り込む方が早いだろうという話になった。
なので明日はその商談のために、昼過ぎ頃に掃討者ギルドを訪ねてディノークと合流したあと、一緒に『錬金術師ギルド』を訪問する約束をしている。
「ふふ……。お姉さまが〈収納ボックス〉から大量に採りだした素材を目の当たりにして、泡を吹くディノークを見てみたかったですわ」
愉快そうにくすくすと笑みながら、そう零すレビン。
「ディノークさんはギルドカードを作ったときに、僕の天職を目にして驚いてはいたけれどね。大量の素材を見て驚いたのは……どちらかというとディノークさんより、掃討者ギルドで窓口に立っていた職員の人かなあ」
「あら、そうなのですか?」
「うん。大量の依頼票を達成するために、窓口のカウンターに数百個の薬草を一気に並べちゃったからね」
その時に窓口のお姉さんが見せた驚愕の表情は、正直ちょっと面白かった。
ちなみに依頼の達成処理にかなり時間が掛かったこともあって、お姉さんからは素材の引き取り後に「次はなるべく窓口が空いている時にお願いします……」とも言われてしまった。
相手に迷惑を掛けることは本意ではないので、今後は言われた通りにしようと思う。昼を過ぎて少し経った頃合なら窓口も割と空いているそうだ。
「なるほど、道理で……」
「………?」
「お姉さま、後ろを振り返らず聞いて下さいませ。お気づきでは無いようですが、誰かに尾行されておりますわ」
淡々とレビンからそう言われて。
言葉が意味することを理解して―――思わずナギは戦慄した。
「私のほうを向いて談笑する素振りをしながらこっそり後ろを窺ってみると、少し判りやすいかもしれませんね」
「……や、やってみます」
言われた通り、隣を歩くレビンのほうへ顔を向けて、談笑する様子を作り笑顔で偽りながら。横目に後ろ側を窺ってみるけれど……ロズティアの目抜き通りは行き交う人が多すぎて、正直どの人に尾行されているのか全く見当も付かない。
「ぜ、全然判らない……」
「相手は素人のようですが、それでも最初から尾行相手を見破るというのは難しいかもしれませんね。
お姉さま。窓口で受け取った報酬額が『195,222gita』でしたか? ということは、受け取った中に『1万gita金貨』が19枚含まれていたことになりますね。ギルドの窓口のように、他の人から見られる可能性がある場所で金貨を何枚も受け取ったりしますと、こういう面倒なことが起こる原因になることがあります。できれば掃討者ギルドに自分の預金口座を開設して、依頼報酬はそちらに振り込んで貰うようにしたほうが賢明だと思いますわ」
「……勉強になります」
実際にこうして面倒が生じているだけに、ぐうの音も出ない。
軽率な行動をしてしまった自分に落ち込むナギとは裏腹に、レビンはくすりと小さく笑みを浮かべて、どこか嬉しそうな表情をしてみせた。
「まあ、これだけ人が沢山居る場所では、相手も何もできないでしょう。
お姉さま、ちょうど良い機会ですから、今のうちに尾行に気づけるように練習を積んでおくのが良いと思いますわ」
「れ、練習ですか? ……一体どうやって?」
「このまま人通りの多い道を歩いて、時々立ち止まって談笑したり、露店で売っている串焼きを立ち食いしたりしながら、こっそり後ろを盗み見て尾行相手を看破してみて下さいませ」
にこりと微笑みながら、あっさりそう口にするレビン。
簡単に言ってくれるけれど、それって全然簡単なことじゃないと思う……。
「全部で何人いるのでしょう?」
「10人ですわね。7人組と2人組、あとはぼっちが1人ですわ。追い払うことはいつでもできますから、どうぞゆっくりと背後を観察して下さいませ。お姉さまが見事全員を見破りましたら、わたくしが美味しい昼食をご馳走して差し上げますわ」
「ええ……。僕、もう結構お腹減ってるんだけれど……」
「ふふっ、お姉さま。昼食は全員見つけた後のお楽しみですわ?」
「………」
何気にレビンのスパルタな一面を見てしまった気がするが。
レビンに案内されるままに人通りが多い道を歩きながら。ナギは相手に警戒されないように注意しつつ、小まめに背後を観察する。
7人組と2人組は割とすぐ判ったのだけれど。最後の1人がなかなか見つけられなくて、結局全員当てるまでに1時間近い時間が掛かってしまった。
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〈気配察知〉Rank.1 - コモンスキル
周囲の気配に敏感になり、他者の存在を察知・判別しやすくなる。
スキルランクが上がると察知・判別能力がより向上する。
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途中でスキルも会得できたし、決して無駄な時間では無かったのだろうけれど。
正直―――こんな『帰れま10』は嫌だな、ともナギは思ったりしていた。
……ホント困ったことに、最後の正解ひとつがなかなか埋まらないんだよね。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.3 /掃討者[F]
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1、〈気配察知〉1
286,912 gita
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