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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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21. 要衝都市ロズティア - 5

 



「いや、その言い方では語弊があるな。より正確に言えば……レビンという個人の嗜好の問題ではなく、単に彼女の『種族』自体が人間を嫌悪しているのだ。

 ひとつ訊ねるが―――ナギはレビンの種族を知っているかね?」

「『竜人種(ドラコニス)』であるとだけは、既に本人から聞いています」


 実際には両親がともに『古代竜エンシェント・ドラゴン』であるため、レビンの種族がただの『竜人種(ドラコニス)』ではなく『古代竜人種(アンシェ・ドラコニス)』であることもナギは知っている。

 もちろん、それを馬鹿正直に口にするつもりは無いが。


「ならば話は早い。レビンは竜人種(ドラコニス)、つまりその本性は『竜』だ。……ちなみに、私の種族が何かは判るかね?」

「エルフですよね?」

「これを見れば流石に判るか」


 自身の片耳を触れながらディノークは小さく苦笑してみせる。

 特徴的なその尖った耳は、種族がエルフであることを示す判りやすい特徴だ。


「正確にはエルフではなく『森林種(エルフェア)』と言うのだが……。ナギは我々が大体800年の時を生きる種族であることも知っていたかね?」

「寿命が長いことぐらいは存じていましたが、具体的な数値までは全く」

「まあ、そんなものだろう。この世界(アースガルド)には実に様々な種族が存在しているが、概ね我々『森林種(エルフェア)』と同等かそれ以上の寿命を持つ種族を『長命種族』と呼ぶ。

 そして『長命種族』は基本的に、人間のような『短命種族』を蔑視(べっし)する」

「蔑視、ですか……」


 悲しいことだけれど、それは少し理解できるような気もした。


 この世界に於ける人間の寿命は、大体100歳程度だ。

 と言うと、平均寿命が80歳強である現代の日本以上に、この世界の人間の寿命が長いようにも見えるけれど。この世界では1年がたったの『160日』しか無いので、これは地球の感覚に当て嵌めると大体『43~44歳』程度で死ぬことに等しい。

 つまり人間は、本当に短命の種族なのだ。


 寿命が800年のエルフから見れば、寿命が100年の人間は『自分の1/8しか生きられない種族』ということになる。

 これほど顕著な寿命格差がある相手を、自分と同格に見るというのは……おそらく簡単なことではないのだろう。


「私は掃討者ギルドのギルドマスターという立場があるので、通常の森林種(エルフェア)よりも人間と接する機会が多く、私なりに彼らの良さを知悉しているつもりだが。

 ……そんな私でさえ、ともすれば人間という種族を少しだけ『下』に見ている瞬間がある。そのことに気付かされる度に、我ながら少し嫌な気分にもなるよ」


 眉尻を下げながら、そう告白するディノーク。

 鋭い目つきと厳しい物言いのせいで、ディノークは他人に少し怖い印象を抱かせるが。実際にはたぶん、かなり良い人なのだろう。


「とはいえ我々森林種(エルフェア)ぐらいならまだ良い方でね。何しろ森林種(エルフェア)の寿命が800年であるのに対し、竜は平気で数千年という単位の時を生きるから―――」

「ああ、なるほど……」


 エルフでも人間を蔑視するぐらいなのだから。寿命が更に1桁多い竜からすれば、人間に対する悪感情もより顕著なものとなることだろう。

 なるほど、レビンという個人ではなく、竜という種族自体が人間を嫌っているというディノークの話にも、頷けるような気がした。

 レビンの場合は、ただの竜ではなく『古代竜人種(アンシェ・ドラコニス)』でもあるだけに。人間に対する感情もまた、より苛烈であるのかもしれない。


「ですが『吸血種(カルミラ)』である僕は嫌われていないどころか、むしろ初めて会ったその日から、随分とレビンから親切にして貰っている気がしますが。『吸血種(カルミラ)』は長命種族に含まれているのですか?」

「む、ナギは自分の種族についてあまり知らないのかね? 吸血種(カルミラ)の寿命は人間と同じ100年程度でしかないので、一般的には短命種族として扱われるが」


 但し、と付け加えてディノークは言葉を続ける。


吸血種(カルミラ)は、その者が糧とする『血』に大きく影響される種族でもあってな。例えば森林種(エルフェア)と結婚した吸血種(カルミラ)は、毎日相手から血を貰って生きるため、森林種(エルフェア)と同じだけの時を生きられるようになるという。

 当然、竜の血を吸う吸血種(カルミラ)は、竜と同じだけの時を生きられることになる。なので吸血種(カルミラ)は短命種族ではあるが、同時に長命種族になれる可能性を秘めた種族でもあるわけだ」

「なるほど……」

「長命種族は相手が短命種族というだけで嫌悪を向けるが、一方で自分と同じ長命種族の相手に対しては無条件で好意を抱く。特に『竜』はこの世界(アースガルド)で最も長い寿命を持つ種族でもあるから、自分と同じだけの時を生きられる相手に出逢えば、まず己の伴侶の候補として考えるという。

 竜人種(ドラコニス)であるレビンは本性こそ『竜』に含まれるが、あくまでも人族(アースリング)の一種であり、人間に近い嗜好や考え方を持つ。当然己の伴侶も、自分と同じ人族(アースリング)が望ましいと考えているだろうから……」

「……もしかして僕は、レビンから伴侶候補として見られている?」

「そのように私は考えるがね」

「ですが僕とレビンは、どちらも女ですよ?」


 ―――いや、精神的には男なのだが。

 けれど、少なくとも『身体』のだけで言えば、ナギは間違い無く女性なのだ。


「それは主神インバにお祈りをすれば、解決する問題だろう?」


 ナギの言葉を受けて、ディノークは即座にそう言ってみせる。

 生憎とその『インバ』という主神の名は、初めて耳にするものだった。


《インバはアルティオと同格に位置する、豊穣や繁栄を司る主神です。農夫などの耕作に従事する人族(アースリング)からの信仰が厚い主神ですが、一方で『子を与える主神』としても世間では知られています》


(子を与える……?)


《はい。都市に設けられている『インバ神殿』に個室を借り、子を望む夫婦が一晩神殿の中で睦び合えば、主神インバはその夫婦に必ず子を与えます。

 これを利用すると通常では子を成すことのできない夫婦でも、必ず子を得ることができます。例えばエルフと人間のように、種族が異なる者の間には普通は子を成すことができませんが、それも主神インバを頼れば可能となります。あるいは『女同士』または『男同士』の夫婦であっても、インバ神殿を利用すれば子を儲けることが可能です》


(そ、そうなのですか……)


 ナギは以前にエコーから、新種の天職(アムル)の祖としてこの世界で60人ぐらいの沢山の子を成して欲しいと求められたことがある。

 実はそれを告げられた日の晩、ナギは自分が60回にも渡って子を孕むことになる悪夢を見たりもしたものだが―――。どうやら別に身体が女性のものであるからといって、別にナギが産まなければならないわけでは無いようだ。


「―――いかんな、話が逸れてしまった。別に今はレビンの話はいいのだ。まずはギルドへの登録手続きを完了させてしまおう」

「あっ……そ、そうですね。そうしましょう!」


 慌ててナギは、頭の片隅に想像してしまった、お腹を大きくしている自分の姿を振り払う。

 コホンと咳払いをひとつ置いてから、ディノークが言葉を告げた。


「では質問を続けるが。今までに魔物を討伐した経験はあるかね?」

「ありません」

「では討伐までいかずとも、魔物と戦った経験は?」

「それもありませんね」

「……全く無いのか? 小遣い稼ぎに最弱の魔物であるピティと戦ったことも?」


 少し呆れたような表情をしながら、ディノークはそう問いかける。

 それでもナギには否定するしかない。魔物と戦った経験は一度として無いし、そもそもナギは『ピティ』なる最弱の魔物についても知らないのだ。


「こう言うと気を悪くするかもしれないが……。それでよく『掃討者』になろうと思ったものだな。判っているとは思うが、掃討者とは『魔物との戦いを生業とする職業』だぞ?」


 そう告げるディノークの言葉はもっともだ。

 彼からすれば、ナギは魔物と一度も戦ったことがない癖に「今後は魔物を狩るのを仕事にする」と嘯く少女のように見えるのだろう。


「僕は今後も魔物を狩るつもりはありません」

「……では、何の為に掃討者としての登録を?」

「僕は採取を得意とする『天職(アムル)』を有しています。なので掃討者として登録して、拾って来た素材をこのギルドで買い取って頂きたいのです」

「ふむ。確かに植物素材などの買取はギルド業務のひとつだが……」


 顎に手をあてて、ディノークは少し考えるような素振りをしてみせた。


「採取が得意ということは、ナギの天職(アムル)は『薬師』か『錬金術師』か?」

「いえ、違いますね」

「む、違うのか。……まあ、ギルドカードを作ってみれば判ることか」


 そう告げて、ディノークは応接テーブルの上に持ってきていた小袋から、銀色に輝く一枚のカードを取り出して見せた。


「……それが『ギルドカード』なのですか?」

「いや、これは掃討者となることを望む者にギルドカードを与える道具だ。古い時代に主神エスクが御手ずからに作成され、掃討者ギルドの各本部に与えて下さった貴重な神具のひとつでもある」

「神具……!」


 ゲームや小説(ライトノベル)でしか耳にしなさそうな単語に、ナギはちょっと心を惹かれる。

 だって『神具』だなんて。実際に目にすると、わくわくするじゃないか。


「ナギ。このカードに君の血を一滴垂らして欲しい」


 そう告げて、ディノークは自身の腰に付けていた、革製の鞘に収められている一本のナイフをナギのほうへ手渡してくる。


「血を、ですか。……神具を血で汚してしまって良いのですか?」

「構わない。というか、それが登録する上で必要なのだ」


 まるで鏡面のように綺麗に磨かれた銀板を汚すのには少し抵抗を覚えるけれど、必要と言われれば仕方が無い。

 ナギは鞘を外して、ナイフの刃を自身の左手の指先に押し当てる。

 鋭い切れ味のナイフは、すぐに左手人差し指の腹から真っ赤な血を滴らせた。


「わわっ」


 目の前の銀板が、ぼんやりと紫を交えた光に包まれる。

 その光景を眺めていると、やがて十数秒ぐらい経って光は収まった。


「これで登録作業は完了だ。ナギ、自分の手からギルドカードを出してみてくれ。頭の中で『手からカードを出そう』と強く意識すれば簡単に出せる筈だ」

「あ、頭の中で、ですか?」


 ……そう簡単に言われても、なかなか難しそうに思えるのだが。

 試しに左手を前に出して(カードよ出ろ!)と念じると。果たしてディノークの言う通り、ナギの目の前に一枚のカードが飛び出した。

 但しそれは、一階の窓口でレビンが出していた金縁(きんぶち)のギルドカードとは違って、黒で縁取られているように見える。


《カードの(ふち)の色はランクによって異なり、Fランクは『黒』になります》


 その疑問に答えるように、エコーがそう説明してくれた。




┌――――――――――――――――――┐

│   ■ナギ

│     - 天職:採取家(ピッカー)

│     - レベル:3

└――――――――――――――――――┘




 ギルドカードの板面には見たことが無い文字で幾つかの情報が記されている。

 当然読めない筈なのだが、そこはいつも通りエコーがサポートしてくれているようで、記されている内容が『名前』と『天職(アムル)』、『レベル』の3つであることがナギには容易に理解できた。


「ば、馬鹿な……! この私が初めて見る天職(アムル)だと……!?」


 対面側からカードを覗き込んでいたディノークが、そこ記された『採取家(ピッカー)』という文字列を目の当たりにして。声を荒げながら、顔全体にありありと驚きの表情を浮かべてみせた。


《掃討者ギルドの本部で『ギルドマスター』を任される者ともなれば、この世界にに存在する天職(アムル)については知悉しているでしょうから。この反応は当然かもしれませんね》


 ナギの頭の中で、エコーが小さくそう言葉を漏らした。


 つい一昨日まで、この世界に全部『99種類』しか存在しなかった筈の天職(アムル)

 その『100種類目』を目の当たりにすれば―――無理もない反応だろうか。





 

-

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.3 /掃討者[F]


  〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1

  【浄化】1


  〈植物採取〉3、〈健脚〉1


  91,690 gita

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